『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

「アンナ・カレーニナ」8-06~8-10(『世界文學大系37 トルストイ』1958年、米川正夫による翻訳、筑摩書房)

[#5字下げ]六[#「六」は中見出し]

 いつモスクワを発《た》てるかわからなかったので、コズヌイシェフは義弟のところへ、迎えを出してくれるようにと、電報を打たなかった。カタヴァーソフとコズヌイシェフが、停車場で雇った馬車に乗って、十一時すぎたころ、黒ん坊のように埃《ほこり》こだらけになって、ポクローフスコエ村の邸の車寄せに着いたとき、レーヴィンは家にいなかった。父親と姉といっしょに、バルコンにいたキチイは、義兄の来訪に気がついて、出迎えに二階から駆けおりた。
「あら、前もって知らせてくださらないなんて、よくまあ、お恥ずかしくございませんのね」コズヌイシェフに手をさしのべ、その接吻を受けるために額をさし出しながら、彼女はそういった。
「なに、われわれはいい気持でやってきたし、あんたたちにも迷惑をかけなかったんだからね」とコズヌイシェフは答えた。「私はすっかり埃まみれなので、あんたにさわるのが心配ですよ。じつは、とても忙しかったんでね、いつ抜け出されるかわからなかったものだから。ところで、あんたがたは変りないでしょうな」と彼はにこにこしながらいった。「流れの外の静かな入江で、静かな幸福を楽しんでいるんでしょうな。ときに、われわれの親友のフョードル・ヴァシーリッチも、とうとうやってこられましたよ」
「しかし、私は黒ん坊じゃありませんから、きれいに洗ってきます。そうしたら、人間らしくなるでしょうよ」とカタヴァーソフは手をさし出し、黒い顔の中でかくべつ光る歯を剥《む》いて微笑しながら、いつものふざけた調子でいった。
コスチャもさぞ喜びますことでしょう。いま農場のほうへ行ってますの。もうそろそろ、帰ってきそうな時分ですけど」
「相変らず農村経営ですかね、いや、全くこれは静かな入江ですね」とカタヴァーソフはいった。「われわれ、街の人間は、セルビヤ戦争のほか何一つ目に入らないんですからね。ところで、レーヴィン君はどんなふうに見ています? きっと世間並みとは違った見方でしょうな?」
「いいえ、別に。みなさんと同じことですわ」いくらかまごついた様子で、コズヌイシェフをふり返りながら、キチイは答えた。「では、あたし主人を迎えにやりますわ。うちにはいま父が逗留《とうりゅう》に来ていますの。つい近ごろ、外国から帰ってまいりましてね」
 それから、レーヴィンを迎えにやることや、埃だらけの客を一人は書斎へ、一人は以前ドリイにあてられていた部屋へ案内し、からだを洗わせることや、客人たちに食事を出すことなど指図した後、彼女は妊娠中さしとめられていたけれども、今は自由になった軽快に動作する権利を利用して、バルコンへ駆けこんだ。
「あれはセルゲイ・イヴァーノヴィッチと、カタヴァーソフ教授でしたわ」と彼女はいった。
「やれやれ、この暑いのにえらいこった!」と公爵が応じた。
「いいえ、パパ、あのかたとても気持のいいかたでしてね、コスチャも大変すきなんですのよ」父の顔に冷笑の翳《かげ》を認めたキチイは、まるで何か哀願するような様子で、微笑を浮べながらそういった。
「なに、わしは何もいわないよ」
「ねえ、お願いだから、あのかたたちのとこへ行って」とキチイは、姉のほうへ向いていった。「お相手してちょうだいな。あのかたたちは停車場で、スチーヴァに会ったんですって、兄さんはお達者だそうですわ。わたし、ミーチャのとこヘ一走り行って来ます。ちょうど運わるく、もうお茶の時からおっぱいをやってないんですの。あの子はきっと今ごろ目をさまして、泣きたてているに相違ないわ」乳房が張ってくるのを感じて、彼女は急ぎ足で子供部屋へ行った。
 はたせるかな、彼女は自分の乳が張ったことによって、ミーチャがお腹を空《す》かしているのを、察したというよりも、正確に知ったのである(彼女と赤ん坊との連繋《れんけい》は、まだ切れていなかった)。
 まだ子供部屋へ近づくよりも先に、彼女は子供が泣いていることを知っていたが、案の定、ミーチャは泣き立てていた。彼女はその泣き声を聞きつけて、歩みを早めた。けれど、彼女が急げば急ぐほど、ミーチャはなお大声にわめき立てた。その声は健康そうで、気持がよかったけれども、ただ空腹のためにこらえ性《じょう》がなかった。
「前からなの、ばあや、前から?」椅子に腰をおろして、授乳の用意をしながら、キチイはせかせかとそういった。「さあ、早く坊やをちょうだい。まあ、ばあや、じれったいね、ささ、そんな頭巾《ずきん》なんかあとで結んだらいいわ!」
 赤ん坊はがむしゃらにわめきたてて、へとへとになっていた。
「だって、奥さま、そうはまいりませんよ」ほとんど年中、子供部屋に入りびたりのアガーフィヤはいった。「ちゃんと身じまいをおさせしなくちゃ。はいよ! はいよ!」母親には一顧の注意も払わず、彼女は赤ん坊にかがみこんで、歌うような調子でいった。
 ばあやは、赤ん坊を母親のところへ抱いて来た。アガーフィヤはいとしさにとろけそうな顔をして、そのあとからついて来た。
「おわかりなんでございますよ、おわかりなんで。全くのところ、奥さま、カチェリーナ・アレクサンドロヴナ、わたくしを見分けがおつきになりましたよ!」とアガーフィヤは、赤ん坊に負けないほどの声を出した。
 しかし、キチイはそんな言葉に耳もかさなかった。彼女のじれったさは、赤ん坊のじれったさと同じに、ますます募るばかりであった。
 あまりじりじりしたために、長いことうまくいかなかった。赤ん坊は、見当ちがいのところばかりくわえて、癇癪《かんしゃく》を起すのであった。
 息も切れそうな死に声を立てたり、空しく咽《む》せ返ったりしたあとで、ようやく事はうまくおさまった。母も幼な児も、同時にほっとした気持で、両方とも静かになった。
「それにしても、かわいそうに、体じゅう汗びっしょりよ」キチイは赤ん坊にさわってみながら、ひそひそ声でいった。
「おまえどうしてそう思うの、あの子がおまえを見分けたって?」ずり下がった頭巾の陰からずるそうに(と彼女には思われた)母を見ている幼な児の目や、規則ただしくふくらむ頬や、丸を描くように動く掌の赤いもみじのような手を、じっと横目にながめながら、キチイはこうつけ足した。
「いえ、そんなはずはない! もし見分けるとしたら、あたしのほうを見分けるはずだわ」アガーフィヤの断定に答えながら、キチイはそういって、にっこり笑った。
 彼女が笑ったのはほかでもない。彼女は自分で、ミーチャに見分けのつくはずはないといいながらも、心の底では、幼な児がアガーフィヤを見分けるばかりでなく、なにもかも知りかつ理解している――まだだれも知らないようなことを、いろいろたくさん知りかつ理解していて、母親の自分さえこの子のおかげで、はじめて多くのことを認識し、理解しはじめた、それがわかっていたからである。アガーフィヤにとっても、ばあやにとっても、祖父にとっても、それどころか、父親にとってさえも、ミーチャはただ物質的なめんどうを要求する生きものにすぎなかったが、母親にとっては、もはや久しい以前から精神的な存在であって、母子《おやこ》のあいだにはもう、魂と魂との長い歴史ができているのであった。
「今にお目ざめになりましたら、まあ、ごらんあそばせ、わたくしがこんなふうにいたしますと、坊ちゃまはにこにことなさいますから。まるでお日さまのように、にこにことなさいますから」とアガーフィヤはいった。
「まあ、いいわ、いいわ、その時になったらわかるから」とキチイはささやいた。「もう行ってちょうだい、いま寝ついてるところだから」

[#5字下げ]七[#「七」は中見出し]

 アガーフィヤは爪立ちで出て行った。ばあやは巻カーテンをおろして、小さな寝台の蚊帳《かや》の中にいた蠅と、窓ガラスにぶんぶんぶっつかっていた蚊雀蜂を追い出したあと、腰をおろして、しおれた白樺の枝で母子をあおぎはじめた。
「ほんとにこの暑さったら! 神さまもせめて、小雨くらい降らして下すったらいいのにねえ」と彼女はいった。
「ああ、ああ、しっ、しっ!………」軽く体をゆすぶりながら、手首を糸でしばったような、ふっくらしたミーチャの手を、優しくじっとしめつけて、キチイはただそれだけいった。ミーチャは目を開けたり、ふさいだりしながら、のべつその手を弱々しくふっていた。このかわいい手がキチイを当惑させた。彼女は、この手を接吻したかったのだけれども、子供の目をさますのが怖くて、それをしかねているのであった。とうとう手は動きやんで、目も閉じられた。ただときどき、赤ん坊は乳を吸いつづけながら、ぐっとそった長い睫毛《まつげ》を上げて、薄明の中で真黒に見えるうるんだ目で、ちらちらと母を見上げるのであった。ばあやは煽《あお》ぎやめて、こくりこくりと居眠りをはじめた。二階からは老公の大きな声と、カタヴァーソフの高笑いが聞えた。
『きっとわたしがいないあいだに、話がはずんでるにちがいない』とキチイは考えた。『それにしても、コスチャが帰ってこなくって、あたしいやだわ。きっと養蜂場《ようほうじょう》へよったに相違ないわ。こんなにしょっちゅう、あすこへ行かれるのは淋しいけれど、それでもやっぱりうれしいわ。あの人の気ばらしになるんだもの。このごろは春にくらべると、だんだん陽気そうで、きげんよくなったもの。以前はずいぶん沈みこんで、見ても恐ろしくなるくらい煩悶していたものだわ。でも、なんておかしな人だろう!』と彼女はほほえみながら、つぶやいた。
 彼女は、良人の煩悶する原因を知っていた。それはほかでもない、神に対する不信であった。もし彼女が、あなたの良人は神さまを信仰しないために、来世で破滅すると思いますかときかれたら、彼女は破滅しますと肯定の返事をしたに相違ないが、それにもかかわらず、良人の不信は彼女を不幸にする種とはならなかった。不信者のためには救いなどありえないということを認め、かつ良人の魂をこの世の何にもまして愛しながら、彼女は良人の不信を微笑とともに思い浮べ、おかしな人とひとりごちたのである。
『なんのためにあの人は一年中、何かしら哲学の本ばかり読んでらっしゃるんだろう?』と彼女は考えるのであった。『もしそういうことが、すっかり本に書いてあるのなら、あの人にわかるはずだわ。ところで、もし本にあることが嘘だったら、何もそんなものを読むことはありゃしない。現にあの人も自分で、信仰をもちたいといってらしたが、それならなぜ信じないのだろう? きっと、いろんなことをたくさん考えなさるからだわ。そのいろんなことを考えるのも、孤独のせいだ。だって、いつも一人、ほんとに一人ぼっちなんだもの。あたしたちを相手じゃ、あの人もすっかりいってしまうわけにいかないからねえ。あのお客さまたちは、コスチャにとってもうれしいに相違ない、とりわけカタヴァーソフさんが。コスチャはあの人と議論するのが好きだから』と彼女は考えたが、そのとたんに彼女の心は、どこヘカタヴァーソフを休ましたらいいか、という問題に移って行った。一人べつにしたものか、それともコズヌイシェフといっしょにしたものか? そのとき突然、ある一つの考えが心に浮んだため、彼女は興奮のあまり思わず身ぶるいして、ミーチャをどきっとさせた。で、ミーチャはいかめしい目つきで母を見つめた。『たしか洗濯女は、まだシーツを持ってこなかったようだ。ところが、お客さま用のシーツはすっかり出払ってるんだわ。わたしが手配をしなかったら、アガーフィヤはいちど使ったシーツを出すにきまってるわ』そう考えただけで、キチイの顔にはさっと血が逆流した。
『そうだ、ひとつ手配しましょう』と彼女は肚《はら》を決めた。それから、また先ほどの物思いに立ち帰って、何かしら重大な精神的の問題を、まだ本当に考えつくしていないことを思い出した。で、なんだったっけと記憶をたどりはじめた。『そうだ、コスチャが信仰をもたないことだわ』と彼女はふたたび、微笑を浮べながら想い起した。
『そう、信仰をもっていない! けれども、あのシュタール夫人のようだったり、あのときあたしが、あの温泉場で望んでたようなふうだったりするよか、コスチャはずっといつも、あのとおりでいたほうがいいわ、大丈夫、あの人は仮面《めん》をかぶるようなことは、それこそしやしないから』
 すると、つい近ごろ、良人の示した優しい性格が、まざまざと彼女の心に浮んできた。二週間まえ、悔悟の意を表したスチーヴァの手紙が、ドリイの手に届いた。どうか自分の名誉を救ってほしい、借財を返済するためにおまえの領地を売ってくれと、妻に哀願してきたのである。ドリイはすっかり絶望してしまって、良人を憎んだり、軽蔑したり、憐れんだりしたが、とどのつまり、自分の領地の一部を売ることを承知した。そのあとでキチイは、思わず感激の微笑を浮べながら追想した――良人はもじもじしながら、気にかかってたまらないこの問題を、いくどとなく間の悪そうな様子できりだそうとしたあげく、とうとうドリイを侮辱しないで援助する、唯一の方法を考えついて、キチイに自分の領地の一部を姉に提供するように勧めた。キチイは前にそんな方法のあることを考えてもみなかったのである。
『なんのあの人が不信者なものか! あんな優しい心をもってる人が! だれにもせよ人に、小さな子供にさえいやな思いをさせまいと、戦戦|兢々《きょうきょう》としているあの人が! なにもかも人のためばかりで、自分のために何一つなさらないんだもの。セルゲイ・イヴァーノヴィッチなどは、あの人の番頭を勤めるのがコスチャの義務みたいに、頭から決めこんでいらっしゃるくらいだわ。お姉さまだってそのとおりよ。今ではドリイとその子供たちが、あの人の世話になっているし。ここの百姓たちだってだれもかれも、自分たちの面倒をみてもらうのがあたりまえみたいに、毎日毎日あの人のところへおしかけてくるんだもの』
「そうよ、ただパパみたいな人になってちょうだい。ああいう人になってちょうだい」ミーチャをばあやに渡して、その頬に軽く唇をふれながら、彼女はこういった。

[#5字下げ]八[#「八」は中見出し]

 愛する兄の死に行くありさまを見て、はじめてレーヴィンが生死の問題を、彼のいわゆるあたらしい信念――二十十歳から三十四歳までのあいだに、いつともなく少年時代、青年時代の信仰にとってかわった信念を通してながめたとき、彼は思わず慄然《りつぜん》とした。それは、死を恐れたというよりも、生命がどこから来て、なんのために与えられたのか、また生とはそもそも何であるか、ということについて、いささかの知識もなくして享受《きょうじゅ》している生のほうが、恐ろしかったのである。肉体組織、その崩壊、物質の不滅、エネルギイ保存の法則、発展――これこそ彼のために、以前の信仰にとってかわった言葉である。これらの言葉と、それに結びつけられた観念は、知的な目的のためには非常によいものであったが、生のためには何一つ寄与しなかった。で、レーヴィンは突如として、温かい毛皮外套を紗《しゃ》の着物にとり替えた人と、同じような境遇におかれているのを感じた。彼ははじめて極寒の日に、理屈でなくおのれの全存在をもって、自分は裸も同様であって、否応なしに苦しい最期を遂げなければならぬのだということを、はっきりまちがいなしに確信させられたのである。
 その時からというもの、自分でそれと意識しないまま、依然たる生活をつづけながら、レーヴィンは自分の無知にたいして、不断の恐怖を感じていた。
 のみならず、彼がおのれの信念と称しているものは、単に無知であるばかりでなく、しょせん自分に必要なものを知ることのできないような思考形態である、それを彼はばくぜんと感じていた。
 結婚当初は、彼のはじめて味わい知った新しい喜びや義務が、こうした想念を完全に圧服していた。が、最近、妻の分娩後、なすこともなくモスクワに滞在しているあいだ、解決を要求する疑問がいよいよひんぱんに、いよいよ執拗《しつよう》にレーヴィンを訪れはじめた。
 この疑問は、次のようなものであった。『もしおれの生命の問題について、キリスト教の与える答えを認めないとしたら、おれはいったいどんな答えを認めているのだろう?』そこで彼は、自分の信念の貯蔵庫をくまなくさがしてみたが、単に答えばかりでなく、答えらしいものさえ、何一つ発見することができなかった。
 彼の立場は、玩具や武器を売る店で、食物を求める人に似ていた。
 今や彼はわれともなく無意識に、あらゆる本、あらゆる会話、あらゆる人の中に、これらの問題にたいする関係と、その解決をさがし求めるのであった。
 この際、なによりも彼を驚かせ惑乱させたのは、彼と同じサークルに属し、彼と同じくらいな年配の人々が、大多数彼と同様に、以前の信仰を新しい信念に替えながら、そこになんら不幸を見いださず、完全に満足し、安心しきっていることであった。こういうわけで、レーヴィンは重要な疑問のほかに、なお一つ、いったいあの人たちは誠実なのだろうか? 仮面をかぶっているのではあるまいか? 自分の心を領している問題に対して科学の与える解答を、彼らは何かしら自分とは違った見方で、はっきり読みとっているのだろうか? という疑念に悩まされた。で、彼はこれらの人々の意見や、その解答を示している書物を、一生懸命に研究した。
 この疑問が心をしめるようになって以来、彼の発見したことは、次の一事であった。ほかでもない、若い大学時代の交遊を追想しながら、宗教はすでにおのれの時代を終って、もはや存在しないものと考えたのは、彼のあやまりだったのである。よき生活をしている近しい人々は、すべて信仰をもっている。老公も、すっかり彼の気に入ったリヴォフも、コズヌイシェフも、すべての婦人たちも、信仰をもっている。妻のキチイなどは、幼年時代の彼と同じように信仰しているし、その生活のために彼が最大の尊敬を払っているロシヤ民衆の九分九厘、いや、その全部が、神を信じている。
 いま一つ、彼は多くの本を読破した後、こういうことを確信した。彼と同様な見解をいだいている人々は、その見解のもとに、ぜんぜん他のものを悟得しようとせず、何一つ説明することなく、レーヴィンがその答えを得なかったら生きて行けぬとまで感じている問題を、ただ頭ごなしに否定するばかりで、たとえば、有機体の発達とか、霊魂の機械的な説明とか、そういったレーヴィンになんの興味もない全く別な問題を、一生懸命に解決しようとしているのであった。
 のみならず、妻の分娩の最中に、彼にとってなみなみならぬ出来事がおこった。不信者の彼が神に祈って、しかも祈っているあいだは信じていたのである。しかし、その瞬間が過ぎると、彼はそのときの気分に、生活のいかなる場所をも与えることができなかった。
 自分がそのとき真理を知っていたのに、今はあやまっているとは、承認することができなかった。なぜなら、このことはおちついて考えはじめるが早いか、なにもかもがばらばらにくずれてしまうからであった。自分はあのときまちがっていたということも、承認することができなかった。なぜなら、彼はあのときの気分を尊重していたからである。ところが、それを単に人間的な弱点に捧げた貢物《みつぎもの》と認めるならば、あの瞬間の思い出をけがすことになる。彼は悩ましい自己分裂に陥って、それからのがれるために、ありたけの精神力を緊張さしたのである。

[#5字下げ]九[#「九」は中見出し]

 こうした想念は彼を悩まし、苦しめた。それはときに弱く、ときに強くはあったけれども、決して彼を見棄てることはなかった。彼は読みかつ考えたが、読めば読むほど、考えれば考えるほど、自分の追究している問題から遠ざかるような気がした。
 最近モスクワにいても、田舎にいても、唯物論者の中に答えを見いだすことはできないと確信して、彼はプラトンスピノザ、カント、シェリングヘーゲルショーペンハウエルなど、人生を唯物的でなく説明する哲学者の本を読み返し、それからふたたび通読した。
 彼がそれらの本を読んだり、そのほかの学説、とくに唯物論にたいする駁論《ばくろん》を自分で考えついたりしているあいだは、思索がみのりを結ぶように思われた。しかし、問題の解決を読んだり、自分で考えついたりするが早いか、いつも同じことの繰り返しになった。霊魂[#「霊魂」に傍点]とか、意志[#「意思」に傍点]とか、自由[#「自由」に傍点]とか、実在[#「実在」に傍点]とかいう、あいまいな言葉の長たらしい定義に従って、哲学者なり彼自身なりが設けた言葉の罠《わな》にわざわざ落ちていくとき、彼は何かわかりかけたような気がした。しかし、人工的な思索の経路を忘れるが早いか、また彼が与えられた緒《いとぐち》をたぐっていったとき、自分を満足さしてくれるもののほうへ、実生活の中から帰って行くが早いか、たちまちこの人工的な建物は、さながらカルタ札でこしらえた家のように、残りなく崩れ落ちてしまった。そして、この建物は、理知より以上に生活で重要な何ものかにはおかまいなく、例の置き替えられた言葉から作りあげられているにすぎないということが、明瞭になるのであった。
 一時、ショーペンハウエルを読んでいるころ、彼は意志[#「意志」に傍点]のかわりに愛[#「愛」に傍点]を置き替えてみた。すると、この新しい哲学は、彼がそれから身をひいてしまうまでの二日ばかりのあいだ、彼に慰安を与えた。しかし、その後、実生活の中からながめたとき、これも同様はかなく崩れてしまって、体を暖めてくれない紗《しゃ》の着物であることが暴露された。
 兄のコズヌイシェフは、ホミャコフ([#割り注]スラヴ主義の驍将[#割り注終わり])の神学的著述を読んでみるように勧めた。レーヴィンはホミャコフ著作集の第二巻を通読したところ、はじめその論争的な、しかも優美で機知に富んだ調子に、反感を覚えたにもかかわらず、その中に示された教会説に、はっとさせられた。まず彼が感心したのは、神の真理の理解は個人ではなく、愛によって結び合わされた人間の集合体、すなわち教会に与えられている、という思想である。いま現に存在し、生きていて、人間のいっさいの信仰を形づくり、神を頭にいただいており、したがって、神聖にして侵すべからざる教会を信じ、その教会から神、創造、堕落、贖罪《しょくざい》などにたいする信仰を受け入れたほうが、高遠にして神秘な神や創造などからはじめるよりも、どんなに楽かしれないという思想が、彼を喜ばした。しかし、その後、カトリック派の書いた教会史と、ロシヤ正教会の書いた教会史を読んで、本質上、完全無欠であるべき二つの教会が、おたがい同士否定しているのをみて、この建物も哲学の建物と同様、もろくも崩壊してしまった。
 この春じゅう、彼はずっとうわの空で、たびたび恐ろしい瞬間を経験した。
『自分が何ものであるか、なんのために自分はここにいるのか? ということを知らずには、生きていくことはできない。ところが、おれはそれを知ることができない。したがって、生きてはいけない』とレーヴィンはひとりごつのであった。
『無限の時の中に、無限の物質の中に、無限の空間の中に、泡《あわ》のような有機体が浮び出す。その泡はしばらくつづいていて、やがて消えてしまう。その泡がおれなんだ』
 それは悩ましい迷妄《めいもう》であったが、しかしそれこそは、この方面で人間の思想が、長い世紀にわたって苦心した末に到達した、唯一にしてかつ最後の結論である。
 それは人間の思想のあらゆる探究が、ほとんどあらゆる方面でおちついた最後の信仰であり、それが一世に君臨する信念であった。で、レーヴィンも、いつどうしてやら自分でも知らないまま、すべての説明の中で、なんといっても比較的明瞭なものとして、われともなく、この説明を身につけてしまった。
 しかし、それは単に迷妄であるのみならず、何かしら邪悪な力の――邪悪にしていまわしい力の、残忍な嘲笑であった。そんな力に屈服することはできない。
 この力からのがれなければならなかった。しかも、それをのがれる方法は、各人の手中にあった。このような悪に左右される状態を、中絶すればよいのだ。その方法はただ一つ――死あるのみである。
 こうして、幸福な家庭の主《あるじ》であり、健康な人間であるレーヴィンが、いくども自殺の瀬戸ぎわまで追いつめられた。で、首をくくらないために縄を隠し、われとわが身を撃たないために、銃を持って歩くのを恐れるまでに立ち到った。
 しかし、レーヴィンは鉄砲自殺もしなければ、首をくくりもせず、生活をつづけていた。

[#5字下げ]一〇[#「一〇」は中見出し]

 レーヴィンはわれとは何か、なんのために生きているのか、ということを考えたときには、彼は答えを見いだすことができないで、絶望に陥った。が、そのことを自問しなくなった時には、われとは何ものかということも、なんのために生きているかということも、なんだかわかっているような気がした。なぜなら、堅固な態度ではっきりと行動し、生活していたからである。それどころか、最近の彼は、前よりもはるかに堅固な、はっきりした態度で生活していた。
 六月のはじめに田舎へ帰ると、彼はいつもの仕事に立ち帰った。農場の経営、百姓や隣人たちとの交渉、自分の預っている姉や義兄の仕事、妻や身内のものとの交渉、赤ん坊のための心づかい、この春から没頭しはじめた新しい養蜂業などが、彼の時間の全部をしめるようになった。
 彼がこういう仕事に気をまぎらせたのは、よく以前したように、何かしら一般的な見方で、これらの仕事を是認したからではない。今はかえってその反対に、一方からいうと、一般の福祉のために試みた以前の企てに幻滅を感じたためであり、また一方からいえば、彼があまりにも自分の思想に没頭し、かつは四方八方から降りかかってくる、おびただしい仕事に忙殺されていたため、一般の福祉などという考えを、ぜんぜん放棄したからである。また彼がこれらの仕事に携わったのは、これはしなければならない、そうよりほかしかたがない、という気がしたからにすぎない。
 以前(それはほとんど少年時代からはじまって、完全に大人になりきるまで、たえず強まっていった)すべての人のため、人類のため、ロシヤのため、村ぜんたいのため、何かいいことをしようと努めたとき、そういう考え方がわれながら気持よいのに、彼は心づいた。が、行為そのものは、いつもちぐはぐで、その仕事が必要かくべからざるものだという、徹底した自信がなかった。そして、はじめはひどく重大に思われた行為が、しだいしだいに小さくなっていき、ついには無に帰してしまうのであった。ところが、いま結婚後、しだいしだいに自分のための生活に局限しはじめたとき、おのれの活動を思うことによって、なんの喜びも感じなかったけれど、自分のしたことが必要だったという自信を感じ、前よりもずっと仕事にはか[#「はか」に傍点]がいき、しかも仕事がだんだん大きくなるのを見てとった。
 今や彼はさながら、おのれの意志に反してするかのごとく、犁《プラオ》のようにいよいよ深く大地に食いこんでいった。で、もはや畦《あぜ》をくずさなければ、引き抜くことができなくなった。
 父や祖父がし慣れたように、家族のために生きることが、換言すれば、彼らと同じ教養の程度で生活し、同じ条件で子供たちを教育することが、まさしく必要なのであった。それはちょうど、腹がへったときに食事するのと同じように、必要なことである。またそのために、食事の用意をするのと同じように、ポクローフスコエ村の農場経営の機械を運転さして、収入をはからねばならない。借金を返さねばならぬのと同じ理屈で、先祖代々の土地をりっぱに維持していって、かつてレーヴィンが、父の建てたり植えたりしたものにたいして、ありがとうといったのと同様に、息子が遺産を相続したとき、自分にありがとうというようにしなければならない。そのためには、土地を人に貸さないで、自分で農場を経営し、家畜を飼い、畑に肥料を施し、植林しなければならない。
 コズヌイシェフや姉の用件もしなければならず、彼のところへ忠言を求めにきて、そうすることに慣れきっている、百姓たちの頼みも聞いてやらなければならぬ。それは、手に抱いている赤ん坊を棄てるわけにいかないのと、同じことである。招かれて来ているドリイとその子ら、妻と赤ん坊の便宜も、心配してやらなければならないし、一日のうちたとえわずかのあいだでも、彼らとともにすごさなくてはならない。
 こういったさまざまなことが、野禽《やきん》猟や新しい養蜂業といっしょになって、レーヴィンの全生活をみたしていた。しかしその生活は、彼が考えているときには、なんの意味ももたないのであった。
 レーヴィンは、何を[#「何を」に傍点]なすべきかをはっきりと知っていたが、なお、そのほか、それらをいかに[#「いかに」に傍点]なすべきか、いかなる仕事がより重要であるかを、彼は同様によく心得ていた。
 彼はこういうことを知っていた。労働者はできるだけ安く雇わなければならないが、本当の価値よりも安い前渡金で彼らを縛るのは、非常に有利ではあるけれども、してはならないことである。飼糧《かいば》のないときに、百姓たちに藁《わら》を売るということは、かわいそうには相違ないけれど、べつにさしつかえないことである。が、宿屋や居酒屋はいい収入にはなるけれども、廃止しなければならない。森林の盗伐は、できるだけ厳重に取り締らなければならぬが、家畜が畑を荒らしたからといって、罰金をとるのはよくない。番人はがっかりするし、百姓たちのこらしめにはならないけれど、おさえた家畜は放してやらないわけにいかぬ。
 高利貸に月一割の利息を払っているピョートルには、その窮境を救うために、金を融通してやらなければならぬが、人頭税を払わない百姓たちに甘い顔をして、期限を延ばしてやるわけにはいかない。草場が刈られずにいて、草がむざむざ台なしになっていくのにたいして、管理人の責任を不問に付することはできないけれど、苗木を植えつけた八十町歩の草場を刈るわけにいかない。父親が死んだからといって、農繁期に家へ帰った百姓は、いかにかわいそうだとはいっても、容赦してやるわけにいかないから、大切な月を休んだことにたいして、労銀を差し引かなくてはならないが、なんの役にも立たない年取った邸勤めの奉公人には、月給を払わないわけにいかぬ。
 レーヴィンはまた、こういうことも知っていた。家へ帰ったら、加減[#「加減」は底本では「加滅」]を悪くしている妻のところへまず第一番に行って、もう三時間も待っている百姓どもは、もう少し待たせなければならない。また蜜蜂の群を巣につかせる仕事は、彼にとってじつに楽しいものではあったけれども、自分が養蜂場にいることを、百姓たちに嗅ぎつけられたら、その楽しみを係りの爺さんに一任して、百姓たちと用談をしなければならない、それも彼は知っていた。
 自分のしていることがよいか悪いか、それは彼にもわからなかったし、またそんなことを今さら証明しようともしなかったに相違ないが、彼はそれについて、人と話したり考えたりするのを、避けるようにつとめていた。
 批判検討は彼を疑惑に導いて、なすべきことと、なすべからざることを、見分ける妨げになるのであった。何も考えないで、ただ生活しているときには、彼は自分の内部に、絶対公平な審判者の存在をたえず感じた。この審判者は、二つの可能な行為のうち、どちらがよくてどちらが悪いかを、ちゃんと決定してくれた。もし彼がちょっとでもまちがった行為をすると、彼はすぐにそれを直覚するのであった。
 こうして、われは何ものであるか、なんのためにこの世に生きているかを知らず、またそれを知る可能性があろうとも思わず、その無知のために自殺を恐れるまでに悩みながらも、それと同時に、自分独特の一定した道を、しっかりと人生に開拓していきながら、彼は生活をつづけていたのである。