はじめに

このブログは、「山本興正《やまもとこうしょう》さまの論文《ろんぶん》「朝鮮《ちょうせん》と向《む》きあった思想家《しそうか》・梶村秀樹《かじむらひでき》」を紹介《しょうかい》する会《かい》」という名前《なまえ》の通《とお》り、以下《いか》の論文《ろんぶん》を100人《ひゃくにん》に紹介《しょうかい》することを目的《もくてき》とする会《かい》のブログです。責任は私一人が負います。
元は「売《う》りこむ会《かい》」という名前だったのですが、山本興正《やまもとこうしょう》さまに連絡《れんらく》をとったところ、「この論文《ろんぶん》は博士論文《はくしろんぶん》で意《い》を尽《つ》くしたものになっておらず、2026年《ねん》出版予定《しゅっぱんよてい》の単行本《たんこうぼん》で意《い》を尽《つ》くしたものを出《だ》すからそれまで待《ま》ってくれ」との返信《へんしん》をもらいました。そのため、2025年《ねん》11月《がつ》1日《にち》に「紹介《しょうかい》する会《かい》」と再度《さいど》名前《なまえ》を変《か》えました。

梶村秀樹 | CiNii Research all 検索

朝鮮と向きあった思想家・梶村秀樹 : 民衆と知識人のありかたをめぐって | CiNii Research

山本 興正 (Kosho Yamamoto) - マイポータル - researchmap


もともと、梶村秀樹先生《かじむらひできせんせい》の著作集《ちょさくしゅう》の復刊《ふっかん》と再評価《さいひょうか》をする作業《さぎょう》をし、そのついでにいろいろなメモを公開《こうかい》しているというブログでした。いろいろ試《ため》した結果《けっか》、自分語《じぶんがた》りが歴史上最《れきしじょうもっと》も広《ひろ》まった現代社会《げんだいしゃかい》において「需要《じゅよう》の掘《ほ》り起《お》こし」がちゃんとできているのか非常《ひじょう》に疑問《ぎもん》だと判断《はんだん》し、需要《じゅよう》の《ほ》り起《お》こし作業《さぎょう》を徹底《てってい》してやろうと決断《けつだん》しました。
これは大学教育《だいがくきょういく》と出版業界《しゅっぱんぎょうかい》と活字文化《かつじぶんか》をまっとうに助《たす》けるという目的《もくてき》もあります。
いろいろ言《い》いたいことはありますが、最初《さいしょ》に言《い》っておくべきことは、理想《りそう》としてはルビをふり、大文字《おおもじ》で書《か》く予定《よてい》だということです。わたしが大事《だいじ》だと判断《はんだん》したことは、より多《おお》くの人《ひと》に読《よ》まれるように書《か》いていく予定《よてい》です。

はじめに 梶村秀樹先生について深く知りたいという人に一つアドバイス。

このブログを見つけたということは、あなたは梶村秀樹という人に多少なりとも興味をもっていると思う。
何かの理由で、梶村秀樹先生について深く知りたいという人に一つアドバイスをする。

朝鮮語で語られる世界」(梶村秀樹著作集第1巻冒頭に収録)を3回読んで、最低7年間、頭の片隅においておくこと。
これはあなたの予想をはるかにこえて価値のあるテキストだ。わたしが断言する。そういうものがある、という経験をすることはものすごく重要だ。

参考
梶村秀樹の「未発の契機」一植民地歴史叙述と近代批判-」(車承棋)
ttps://cir.nii.ac.jp/crid/1390016748570667904
pdf形式で閲覧可能。「朝鮮語で語られる世界」について言及されている。一般常識からとてもはずれているので難しいが、必ず理解できるように書かれている。
わたしがこのブログで梶村秀樹先生についてあれこれ解説しないのは、この車氏のテキストで必要なことは全部書かれていると思ったからだ。そうである以上、わたしは別のことをしたほうがいいと判断した。







メモ 20250727 低気圧がつづいて頭が重い、作業は後回し、計画のメモだけ書いておく。








〈以下、書き直し工事中〉


メモ 2010年から2025年までに発表された「復刊」についての調査メモ - 梶村秀樹先生再評価準備会(わらしべ長者に挑戦中) 『万博は大事故の可能性が高いので金もらっても絶対行きません!』

(20250712書き直し)

1人の書き手の著作群の復刊のために必要なこと。
1 1人の書き手の作品、3000ページから10000ページ分をあなたが30年保存することを決意すること。
2 あきらめるまで最低7年、通常30年間かかると覚悟すること。ここで驚く人はやめたほうがいい。ここでいう「あきらめる」は、「作品をどうしても必要とする次の読者があらわれるか、それとも作品の寿命が終わったかが明らかになる」ということ。作品の寿命を明らかにしてあきらめることもありうる、と覚悟する、といいかえてもいい。
3 ここから実践編。その作品にしかない「長所」を、頭をフル回転させて、周りの作品をよくみて、1カ所でも見つけること。
梶村秀樹先生の場合、「ほかの言葉を真剣に学ぶ意味」と、「国境をまたぐ生活圏」の発見への過程、もっといえば対象への真剣なとりくみの姿勢、CiNiiで200枚論文を読んだが、まちがいなく圧倒している。
4 有力者に推薦状を書いてもらうこと。目標は2通以上。
もうすでに雑誌やネットのどこかで書かれているときは、それを保存すること。他人に推薦するとき、有力者の推薦状は保証書のようなものでとても役に立つ。
5 見る目のない人が予想以上に多い、と覚悟すること。そして、見る目がある人でも作品を発見していないことは実に多い、ということも覚悟すること。
さらに、あなたは、そのなかでたしかに見る目を持っている人がいてそれを発見しないといけない、というとても長い時間がかかる作業をしないといけない。
6 「まっとうに推薦し続ける行為」自体がとても価値がある行動になりうる、だから50枚以上のメモも保存すべき。
長い時間がかかるうえに責任が重い。
7 性欲と寂しさだけからくる行動をするな。
性欲の場合、性欲に流されているなという自覚を持て、としかいまは言えない。長い目で見て自分と他人にプラスになる行動をとるべき。しかし、たしかにこれが難しい。失敗もありうると覚悟すること。今考えれば、寂しさをてっとりばやく解消するために、わきめもふらず5000ページ分電子化したという面がある。する前に復刊の難しさと電子書籍自体がそんなにすぐれているかもっとおおづかみにでも理解しておくべきだった。ただほかの理由もあって、ほかの人がそういうことをちゃんと言っていないからこんな失敗をした。こういうややこしい真実というものがある。
8 最後に、「あなたはろくなことができない」と思いこまされている部分が意外なほど多い。それに対抗するにはどうしたらいいか、自分の等身大の姿と周りの他人の等身大の姿をよくみて、頭をずうっと動かしておくこと、それしかない。問題をときほぐしつづけるといっていいかもしれない。
9 100ページ以上の原稿の作品のほうが復刊しやすい。それ以下のページ数だと、かえって復刊しにくい。復刊ドットコムの復刊事例一覧でも、短編集より長編のほうが復刊しやすいことが、予断を排して事例検討した場合にわかる。経験則だが理由もなんとなくわかる。あまりに安いと、商品としての本では不利になるのだと思う。


他にない長所を見つけろ、長い目で見ろ、頭を使い続けろ。これが結局自分をふくめた人々のためになる。バブル崩壊後という時代に向けて、あえていえば人々のためになることをおそれるな、ということもつけくわえておく。




以下、すべてメモ

もっとズバッといわないとだめか。わたしはまだよけいなことをくっつけて書いている。(20250712)

こういうエピソードがある「それにしても、数百件もの案件をどうやって考えているのか、俺は聞いてみたことがある。西幹先生の答えはこうだった。「朝起きたときはAさんの案件を考え、トイレで小をしているときはBさんの案件を考え、大をしているときはCさんの案件を考え、昼食時にはDさん、昼食が終わったらEさん……。そうやって毎日少しずつ、それぞれの案件について考えつづけていると、あるとき答えが出るんですよ」」(https://www.oshikawatakeshi.com/?p=467
こういうとき、自分が思いついたことを、ほかの人が同じようにしていたら、嫉妬してはだめ。というより、自分が無理をしていないなら、嫉妬する余裕などない。



印税と印税率について知りたい。 | レファレンス協同データベース

出版コンテンツ研究会『デジタルコンテンツをめぐる現状報告: 出版コンテンツ研究会報告2009』ポット出版 , 2009.7
本館請求記号:023.1 - Sh99
p.188 「7.コストとか設定モデル」(出版コンテンツ研究会記録 第2回2008年7月25日(金)18:40-21:10)
「従来の紙の本:著者への印税が10%、出版社の取り分が約65-70%。
 電子配信書籍:著者への印税が15%、出版者の取り分が約40-60%。」  
※返本断裁がない分、著者への印税にその分を上乗せしていること、電子書籍は流通業者の取り分が多くなる傾向であることを注記として記載している。

小説家・作家の原稿料や収入について知りたい。 | レファレンス協同データベース

自費出版でない場合1 1万部,5千部というのは,売れている方なのか。2 思潮社「現代詩文庫」というシ... | レファレンス協同データベース

(6)『出版営業ハンドブック 基礎編』(岡部 一郎/著 出版メディアパル 2017)
   請求記号:023/オカ/ 資料番号:001001727658 
 p.46-47「2.12 全員営業のススメ」
 p.47に,出版社の新刊配本部数は「一般に5000部~1万部程度で様子を見るケースが多い」「専門書では1000~3000部程度」との記述があります。

(印税10パーセント、1000円、2000円、4000円で計算
1000円で売り上げ1000部として、売上代金100万円、そのうち著者に印税10万円、出版社に65万円から70万円
1000円で売り上げ5000部として、売上代金500万円、そのうち著者に印税50万円、出版社に325万円から350万円、作者のたちばから本を書くのに2カ月かかったとして月収35万円、3カ月なら月収17万円、6カ月かかったなら月収8万3千円)
4000円で売り上げ1000部として、売上代金400万円万円、そのうち著者に印税40万円、出版社に260万円から280万円)
(金額も大事だが、かかった時間もとても大事)


返本率とは?出版業界が抱える返本率の課題とは? | 自費出版の書籍づくり本舗

出版業界における返本率の現状
現在、日本の出版業界において返本率は平均して40%とされています。取次店を経由して全国の書店に配本された書籍のうち約4割が出版社へと返品されているのが現状です。返本率が高いと書店と取次店、出版社のすべての利益が減ります。そのため、返本率の高さは出版業界における大きな課題となっています。

返本率が高い理由としては、需要と供給がマッチしていない点が指摘されています。たとえば、書店が実際の販売能力以上に書籍を注文するケースです。書店は返本をする権利をもっていますので、注文をしても売れなかったら返本をすることで損はしません。

また、出版社が売れない本ばかりを書店に配本させようとするという意見もあります。これは書籍が売れなくても書店に並ぶことで喜ぶ著者がいるといった背景があります。

西幹先生が俺によく言ってた。「私たちはノーベル賞をもらえるような優秀な頭脳はないのだから、そういう人の傍で、その人たちがどのように物事を考えているのか、その考え方、頭の働かせ方を、勉強しなければなりませんね」。
西幹先生ですら、自身を謙遜してそう言うくらいなんだから、俺なんて、グダグダ考えずに、感性…「Don’t think! Feel!」を貫くしかない。
でも二人の先生から、人とは違う視点で見る、発想するっていうやり方を学べたことは、この仕事をするうえでも、すごく役に立っている。俺には頭脳はなかったが、運があった。若い時に、こんだけ素晴らしい巨大師匠に出会えたんだからな。
大感謝だ!
「どういうふうにアイデアを出すか、出したアイデアの実例はどんなものか」は、こっちに書くことにした。
『「子供を殺してください」という親たち』の推薦文 カテゴリーの記事一覧 - オウム真理教事件資料収集の会プラス京都アニメーション放火殺人事件資料収集の会

特別掲載《とくべつけいさい》 わたしが本気《ほんき》で推薦《すいせん》できるものの一覧《いちらん》 - 梶村秀樹先生再評価準備会(わらしべ長者に挑戦中) 『万博は大事故の可能性が高いので金もらっても絶対行きません!』


以下に示すような「選択」というか「推薦状」を書くことに1995年からずうっと失敗しつづけたことが、インターネットと消費文化の大きな罪だ、と私はあえて断言する。
「人権を怖がる若者」の前に「縁づくのを怖がる現役組と若者」を徹底して批判すべきだ。それは人生の選択というものを間違えて考えていることだからだ。まあ、自意識が肥大している、自分を等身大よりえらい、すごい、と過大評価しているのだとおもう。
大学の先生が、人生うまくいってなさそうな自分の学生にこういう選択肢を示すかどうか、反体制運動に参加している人でも、1000人に1人いるかどうか、と思う。早川さんか能川さんぐらい、もっと年下にはいないんじゃないかと思う。
「ほんとうのアフガニスタン」(2003年、中村哲、電子本あり)

質疑応答の場面で

 これもまた縁というもので、縁がある人は長くやっているし、縁がない人は、どんなに意欲があってもつづかない。
 何が言いたいかというと、現地に来る動機は問わない。自殺を思いとどまって、そこで何か新天地はないかと、青い鳥を求めてやってくる人、ヒューマニズムに燃えてやってくる人、山の帰りにぶらりと寄る人、さまざまですが、ともかく来てみて、気に行ったらどうぞ、ということで現地の日本人ワーカーはつづいている。

 ただし現地への旅費十二万円は自分で稼ぐように。親のすねをかじらないように。

 ついでに言いますと、去年、井戸掘りに来た学生がいました。親の許しを得てきたというので、信用して置いたら、ほんとうは親の許しを得ずに、勝手に来とった。「半年ばかしいます」というので、そうさせたら結構、いい働きをする。で、あとで聞いたら、親に黙っていたどころか、まだ大学も卒業していなかった。ところが、日本に帰って就職しようとして、ある会社で、このペシャワールの話をすると、それが買われて採用してくれた。そういうこともあります。これは結果として得られる報酬ですが、私たちの場合は、それによって惨めな暮らしになったという例は、まず聞かない。

まあ、くよくよしたり考えすぎたりしないで、まず動いてみよう、ということです。

中村哲という人は、たぶん、子供のころに自分の周りにいた人にも、ハンセン病対策していたころの周りにいたアフガニスタン人にも、「縁がある人」「縁がない人」がいるのがある程度見えていたのだろう。わたしはそう思う。



中村哲という人と逆に、いまの現役組のオタクには、自分たちだけバブル期の夢の中にいたい、それがだめなら、1995年の碇ゲンドウをちょっとましにした役の立場にいたい、そう考えている人がものすごく多い。わたしはそう判断している。そしてわたしはそんなのともうすでに絶交している。あまりの冷たさとごまかしのくだらなさにうんざりしたからだ。あれはみせかけの虚無主義でしかない。







 まず、最も重要なこととして、在日朝鮮人の実存を徹底的に理解しぬこうとする姿勢。現実が多様で動いている以上、これはどこまでいってもきりがない課題であって、何でも分ってしまったように思い上った瞬間、一旦成立した自立した関係も、たちまちくずれ去ってしまう。この点は、理解の深さが、関係の深さを規定するというほど重要であると思う。これなしには、見当ちがいのことを「いわねばならない」と思いこんでしまう。
 次に、おのれを凝視し続ける執拗さ。関係を持続させていくなかで、たえず自分が何者であるかをみつめつづける態度。
 次に、自然さ。まず、「頭が上らない」と一面的に自己規定し、次にそれではいけないと思うと相手のだめなことばかりをいいつのればいいと思い定めるような、どこまでいっても、あらわれ方はちがうが棒を呑んだようにぎこちない、観念的で一方的な関係設定の姿勢を克服しなければならない。(略)
 次に、往々にして一世の朝鮮人が造作なく到達しているような、ある本質的な意味でのやさしさ、暖かさ。(略)
(略)

(略)
 状況が困難であればあるほど、豊かな可能性を夢みることができるような人間でありたい。

「論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見」(1978年、梶村秀樹、雑誌「朝鮮研究」)

あなたはまた、なまみの生活者としてのひとりひとりの朝鮮人の事情を具体的にみることができず、常に朝鮮民族、国家の全体を抽象的に一くくりにしてしか、しかも偏見をもってしか、考えられないようですね。

「なぜ朝鮮人が日本に住んでいるのか」(1985年、梶村秀樹、民族差別と闘う関東交流集会実行委員会編『指紋押捺拒否者への「脅迫状」を読む』、雑誌「前夜」に再録、さらにわたしが2015年前後にブログに再録のちいったん削除、復刊をまっている)
これは言いにくいことだが、とにかく「なまみの生活者としてのひとりひとりの人間の事情を具体的にみることができず」がまったくあてはまる状況になっている。それは言う側の人の自意識が簡単に肥大できるようになったからだ。とにかく、この言葉はとても貴重なんだ。
 
 
 

「「若者の活字離れ」とは「かつて本を読んでいた若者の活字離れ」で、「大学生の活字離れ」というものでしかない。本を読むやつはいつだって読む。本を読まない人間は、いつの時代にもいる。近代は、「本を読むべきだ。本を読むということが自身の思考力を身につけることなのだ。人は言葉で思考し、その思考を言葉によって整理する。人にとって思考と認識とは、人である限り続く義務であり権利であるはずのもので、そのことの結果によって得るものが、”自由”と呼ばれるものだ」と、知性なるものが言い続けてきた。 

 その強制力によってかろうじて若者達は本を読み続けたのだ。

 すべての文化には、それが文化であるような構造が隠されている。だから、読み取りという作業が必須になる。

 活字離れというのは、活字文化という閉鎖的なムラ社会に起こった過疎化現象だ。退廃の元凶はどこにあるのかと言われたら、私には「ムラにある」としか言えない。」

「 出版が“産業”として成り立つためには、「多種多様の人間が、ある時期に限って同じ一つの本を一斉に読む」という条件が必要となる。こんなことは、どう考えたって異常である。出版というものが、“産業”として成り立っていたのは、この異常な条件が生きていたというだけで、つまりは、そんなものが成り立っていた二十世紀という時代が異常だった──というだけの話である。

 従って、二十一世紀には、本は「永遠の名作」としてロングセラーとして細々と売るしかない。なぜなら、二十一世紀にはもうベストセラーは存在しないからだ。」
 本の未来は「富山の薬売り」のように、「必要なものを必要なだけ補充し続ける」という方向性にある。」

 人の物語は、結局その人を表す一行の墓碑銘なのかもしれない。その墓碑銘を人に刻んでもらう為に、人は自分自身の物語を刻んで行く。「これを読んでくれ」と言ったまま、道の脇で死んでいる。それでいいのではないかと、私は思う。その一行だけで、人は後世の人間に役立つ有益な何かを残すのだ。
 言葉というものは、それだけ濃厚な価値を秘めた重要なものだと思って、私は『中央公論』誌に連載されたこの訳の分からない文章に、『浮上せよと活字は言う』と題をつけた。
 様々の具体的なディティールを持って、活字という思考の根源が、再び姿を現すことを祈って──。──『増補 浮上せよと活字は言う』(1994年、橋本治)最後のぶんは268Pより引用したもの

 橋本治はこの章の前の段で「ガウディのサグラダファミリアのように、人間というのは自分の一生をこえようとするものを平気で作るのだ。私はそちら側に立つ」という意味のことを書いている。
なんで梶村秀樹先生の再評価やベストセラー以外の本の社会の中の位置を考えるこの場所で、この言葉を引用したか。あとでわかるはずだ、書いているわたしもふくめて。



まず、あなたがどうしても復刊したいという本があったとき、まずすべきは有力者に推薦状を少なくとも2通書いてもらうことだ。
こういうことはインターネットにも雑誌にも書いていないと思うが、わたしの経験と出版の歴史から言ってまちがいないことだ。






電子本は紙の本と比べて、そんなにすぐれていないから、電子本での復刊がすすまない。手に入る限りすべての「情報」を全部つきあわせると、こうとしかいえない。
そうなんですか、わかりました。――え、えーーーーーーーーーっ! 電子本って、絶対優位じゃないんですか!!! 絶版の本をどこで買うんですか、あ、そうか、古本市場か! あーーーーーーーーーっ! なんで気がつかなかったんだ! 誰か言ってよそんな大事なこと!!!
今の私の心境を書くと、こうなる。


電子本は紙の本と比べて、発明品としてそんなにすぐれていない。(電子本が紙の本より不便な時がある)
古本市場は文化として予想以上にすぐれている。少なくとも図書館と同じぐらいすぐれている。
この2つのことは、著作権切れ電子図書館のうごきからある程度予想できたが、だれもはっきり説明していない。
この2つのことをそうとうていど立証しないといけない。
やらなきゃいけない作業が多くて多くて、えーーーーーーっ!、ここまでやらなきゃいけないのかぁ、わたしはただの人だぞ! と叫んでしまったぞ。もちろんこっそりとだが。どっちかが絶対優位なら面倒なことにはならなかったが、発明というものはたいていそんなものともいえる

自作の電子本をこんなに山ほどつくるバカが1人いるなら、あと100人は梶村先生の本を買いたい人がいる、そういう説得材料に使うべきかもしれない。















1回死ぬようなことをしてしまったプラス他人のことをきめつけない気質、これがいちばん理解するのに難しい人間にとことんぶつかっていく姿勢につながった。梶村秀樹先生、岡本太郎氏と岡本敏子氏、高木仁三郎浜田寿美男氏、鈴木裕子氏、中村哲氏、などなど


藤子F不二雄先生が1973年にドラえもんを打ち切られて、2年ぐらいのブランクがあったとしても、ドラえもんの続きという形で復活連載させることは可能だった。1970年代後半の事情からみてそうだ。というより、そのやりかたでオバケのQ太郎キテレツ大百科は連載した(キテレツはアニメ版で長く続けられた)。
こんなこと考えついたのは、わたしぐらいでは、ととびあがった。



電子本優位(らしい)時代で、一般人が復刊したい本があったときに一番力をそそぐべきこと。
実は電子本関係の作業ではなく、関連本を買いまくることでもなく、有力な書き手に推薦文を書いてもらうこと。このことの重要性は、どうも70パーセント以上確からしい。えーっ! と驚くかもしれないし、あーっ! と納得するかもしれない。
「一般人」と書いたが、編集者にもこのことがあてはまる。
推薦文はほとんどの場合でプラスになる。たとえ復刊に時間がかかっても、次の読み手が不安を多少なりともぬぐってその本にとりかかることができる。

20250602
■54-■34、40分、1分休みはさむ
もう一度確認、
レファレンス協同データベース、「復刊」レファレンス事例495件、調べ方マニュアル55件、
電子書籍などに関する資料」更新で2017年で止まっている。
質問だけ読んだが、復刊そのものについての質問は、495件読んで98パーセントない。

「絶版」レファレンス事例136件、調べ方マニュアル37件
国立国会図書館デジタルコレクションにおいて、著作権者からの許諾(①)または文化庁長官の裁定(②)に基づいてインターネットに公開している資料の例は?」
国立国会図書館(館内限定公開)デジタル化資料を国立国会図書館外で利用することについて」

そのものずばりの記事なし。
「リサーチ・ナビ」での検索結果、「復刊」22件、「絶版」6件、


■10ー■24、14分、
国立国会図書館、タイトルらんに「復刊」がある資料」、2010年から2025年、新しい順、557件
99パーセント以上、復刊書籍ばかり。
「絶版」166件、
「デジタル時代の図書館とアウト・オブ・コマースをめぐる著作権法制 : 日本法における「絶版等資料」の再検討」
もとになった論文、目次をざっと読んだが、法解釈の話で、実際の運用の話はあまりなかった。
「絶版本」、NOTEで読めるぶんを読んだ、絶版から復刊にした事例についてはあまり情報がなかった、結局古本市場で買えということらしい。絶版になった理由の情報は意外と興味深い。
キーワード出版では、5冊以下といっていい。

■43-■50、7分
件名、細目から復刊についての本を探すのは無理。7分ほどためして無理とわかった。「絶版文庫」シリーズや、「絶版本」(柏書房)の件名が「読書」「出版」「書評集」で、これから探していったら時間がかかりすぎる。


■03ー■17、、14分
CiNii、論文、タイトルらんに「復刊」、(2010年-2025年)、検索結果542件、プラスキーワード「出版」で出た結果(130件)で復刊について書かれた記事だけ読めばいいと思われる。
「情報区 「書物復権」復刊書目の決定」
CiNii、本、タイトルらんに「復刊」、(2010年-2025年)、検索結果351件、単行本で「復刊」をとりあげた本は1冊もない。見事にない。

google、ニュース、■30-■35、5分、160件を記事のタイトルだけ読む、やっぱり復刊ドットコムが重要な情報をもっている
2021年「出版11社で復刊プロジェクト「書物復権」 本は“ある”状態を保たないと忘れ去られてしまう」
あとは臼井吉見、と有吉佐和子の情報

■18-■49、31分
復刊ドットコム公式NOTE、
2025年05月から2020年3月までさかのぼって調べる
再確認で勘違いしていたことを確認、PICKUPの記事が多い

https://note.com/fukkan_com/m/m3551e5097443
上の記事を調べてみた結果、あくまでだいたいだが、復刊に成功した本は、マンガと小説と絵本が5割ぐらい、写真集と画集が3割、学習参考書、絵本、学術書などのノンフィクション本が2割
この記事の中に学術書の全集と選集は1件もなかった。
再確認してよかった。
意外とPICKUPリクエストが多い。


参考になりそうな本とサイト(記憶にあった分、10分ぐらい)
https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/nakamuratetsu 「中村哲著述アーカイブ
https://oe.l.u-tokyo.ac.jp/大江健三郎文庫」(東京大学
丸山真男文庫」(27年にネット上に「バーチャル書庫」を開設し、生前の自宅の蔵書配置までインターネット上で再現)
「最近判明した寄贈図書の廃棄問題」(googleのニュース検索機能で簡単に5件以上見つかる)
「調査されるという迷惑(宮本常一)」


合計117分、合計2回調べて正確さを上げた。

次、電子書籍の現状

電子本が紙の本よりすぐれていない有力な証拠
谷崎潤一郎著作「痴人の愛」、江戸川乱歩著作「江戸川乱歩短編集」「怪人二十面相」、柳田国男著作「遠野物語」、ヘミングウェイ著作「武器よさらば」、夏目漱石著作「こころ」「夢十夜太宰治著作「人間失格」、、、「グレートギャツビー」「スタイルズ荘の怪事件」「」「自分だけの部屋」「灯台へ」「響きと怒り」「審判」「城」「破戒」「ドグラマグラ
これだけ数をあげれば十分な証拠になる。
上のあげた本、紙の本の売り上げがはっきりとわかるほど落ちていないなら、電子本のすぐれていない理由になる。「ミッキーの蒸気船」すらも、売り上げが落ちていないかもしれない。大衆人気があるので、本屋に聞けばはっきりわかるはず。間接的だが、古本市場も調べるべき。これなら確認できる。
実は、カナダの著作権切れ電子図書館はもっと調査すべき価値がある。これはあとで書く。
これで電子本と紙の本の比較はいちおうおわった。次に古本市場の問題に進む。
文庫と少し古い全集は安くなるようだ。

わたしは世代論でバカにされたことがないかわりに、あえてひきうけたインターネット文化の参加者として、暗に年上から見下されたことが5回ほどある。すくなくとも、「インターネット文化としてまっとうなことをしている」といわれたことが1回もない。
「はじめての橋本治論」を読んでほぼ確信した。この本のような本気の推薦文は、対価を払わないと絶対に手に入らないことに。インターネットは対価を払わないですむことにとても適してしまっている。

三島由紀夫の著作群が電子本になるタイミング、今年が生誕100年の2025年、たぶん電子本にしなくて、次の機会は2030年、没後60周年しかない。遺族の最終的な考えの整理が決まるころだと思う。あとは2041年1月の著作権切れしかない。
著作権継承者が、「3カ月で1万円払わない人は相手にしていない。古本なら十分買えるでしょう。視覚障がい者は電子本と別の道具か方法を使えば十分読めるでしょう」と言ったら、反論はそうとう難しい。
翻訳の本が電子化されていて、原本が電子化されていない理由はもしかしたらこれかもしれない。
元の値段の2割引き(送料手数料のぞく)なら、98パーセント以上在庫ある。5割引きなら、50パーセント前後の確率で在庫ある。
買い手として、あきらめることすら難しい。


本をふくめたすべての商品にとって、売り上げ予想の正確さは98パーセントまでしかない。あきらめることも可能な条件の理解。
そして、藤子F不二雄先生は、2回のチャンスで、せいぜい70パーセントの状況理解しか与えられずに売り上げを確保の手段をとらないといけなかった。

「古本」、レファレンス協同で351件の検索結果と10件の調べ方マニュアルと3件のコレクション。
「結局、古本ですべての本を買うことはできるのか?」 という疑問はレファレンスの問い合わせ一覧にないらしい。
わたしが考えているのは、1件の古本屋ではなく、古本市場への供給のこと。
15分

再販制による値引き禁止が電子本にはあてはまらない。

国会図書館、1644件、そのうち適合度順、420件、20分(インターネットが途中でつながりにくくなったので中止)
古本屋の本はあるが、古本市場の本はなさそう。
「古本大全」岡崎
「意外にもタレント本やハウツー本は何十年も経つと残らないとか。」
古本屋探偵登場」紀田
「古本屋的!東京古本屋大全」中山

「古本の社会学 : 大正大学人間学部人間科学科社会調査実習「荒川・張江クラス」 : 2014年度社会調査実習報告書」
「蒐める人 : 情熱と執着のゆくえ」
「本のリストの本」
「ブックセラーの歴史」






















・2万円分、というと平均的な単行本ならば7冊から10冊、文庫ならば18冊から30冊。平均読書期間として1冊2日から7日、2×30=60日間、この間全部ひとりの書き手の著作群だけを読んでいる人がいるかというと、ほぼいない、といえる。理由は省略。
・欲求が続かなくてすぐあきる。意外と多い。
・買ってから読むのに最長7年かかる。これも意外と多い。そして、これで悪いとはいえないのが、問題を複雑にしている。ただし、私が知っている例では、保坂和志氏が「ロクス・ソルス」を読んだ例と、山下澄人氏が「ペドロ・パラモ」「城」を読んだ例ぐらいしか思い出せない。
・日本では新刊市場は意外と早く在庫がなくなる。しかし、古本市場というものは意外なほどほとんどの本が手に入る。ただし、
・意外と、手元に本を置いておきたいという欲求は強い。そして、ほとんどの場合、5年の間に2万円をためたい場合、2万円÷60カ月=333円(1月あたり)、計算上難易度が低い。現在、給料にはボーナスというものがあり、本には1回に2万円払う必要のあるものはめったにない。古本市場なら分割払いも可能な場合がある。つまり、5年の時間があれば確実に2万円分の本が手に入る。これは現時点ではよけいな規制が古本市場にないからという理由もあると思う。
・図書館または個人から本を借りてコピー機で100枚以上コピーをとるという手がある。これは黙認されているのがほとんどの状態と推測でき、どのぐらい行われているのか不明。たぶん調査はないと思う。また、わたしが合法的に100枚以上のコピーを取った本を読み続けた結果わかったことは、長く読み続けるほど不便さだとしか思えないということ。時間はかかる、金も元の本の値段とほとんど変わらない、そして続きを読むときに不便で袋にいれておかないと1ページなくなるかもしれない。これだったら古本を買ったほうがいい。当たり前ですが、自分で確かめてはっきりわかりました。
電子書籍は値引きがよく行われるのが長所であることははっきりしています。7年間の間にある書き手の著作群の在庫がそろわない事例は、少なくとも私は7人分の例を挙げられる。全員、漫画家ではありません。もっと問題なのは、電子書籍の事業者側の発言が不十分で、いわば「買うのをあきらめることができない」。現時点である程度判断の参考になるのは三島由紀夫と安倍公房の例、安倍公房が2024年に生誕100周年記念で18冊いっぺんに電子書籍化しました。三島由紀夫は今年2025年が生誕100周年記念ですが、まだ一切アナウンスがありません。たぶん電子書籍化しないと思います。次の機会は2030年、没後60周年しかない。著作権継承者の最終的な考えが決まるころだと思われます。このときに電子書籍化しないならば、あとは2041年1月の著作権切れしかない。
三島由紀夫著作権継承者が、「電子書籍のわたしたちへの利点はほとんどない。電子書籍は紙の本に対して絶対優位に立っているわけでないから、読者にとっても利点は少ないと思う。6カ月で1万円払わない人は相手にしていない。古本なら十分買えるはず。視覚障がい者は電子本と別の道具か方法を使えば十分読めるでしょう」と言ったら、反論はそうとう難しいんじゃないでしょうか。
三島由紀夫の翻訳の本が電子化されていて、原本が電子化されていない理由はもしかしたらこれかもしれない。

疲れてしまいました。現在が活字文化の混乱の時代で、活字文化への対価が何なのかがもっとわかりにくくなっているのがこの長い文章を書くことになった理由のほぼすべてだと思います。
このメモは予想以上に重要だと思うので、もっと書き直して手元に置いておきます。

googleのニュース検索機能、レファレンス協同データベース、国会図書館紀伊国屋書店amazonキンドル、CiNii、復刊ドットコム公式NOTE、
これらの道具で合計6時間以上調べた結果わかったことが4つある。
1 2010年から2024年までの絶版事例、復刊事例を第三者の視点で書いた単著は1つもない。もちろん完全な第三者はいないが、そもそも復刊についての単著がない。
2 復刊事例については、復刊ドットコムが圧倒的に情報をもっている。しかし復刊ドットコムも復刊についての単著を出したのは2010年以前。
3 そもそも、マスコミも大学も、絶版や復刊はあまり対象にしていない。カフカやフォークナーなどの本のように、復刊というものがあるのは関係者みんな知っている。だから多少は書いている。しかし、作家ではなく出版社側と読者の実情を徹底的に書いているかといわれると、やっぱりそこまで書いてないという印象を強く受ける。作家至上主義と裏方軽視とバランス感覚のない社会構成主義と現代のマーケッターの短期至上主義などがこういう事態をうんでいると思う。そして、それは読書の基盤にとって長期的に害でしかない。
4 電子書籍を復刊の選択肢のひとつとしてみる視点は徹底されていない。記事がとても少ないからそういわざるを得ない。
現状、長い目で見て社会にとって復刊すべき本は、紙の本と電子の本を両方もって、10年以上必要としている人を探しながら待つのがベスト、としかいいようがない。
こういう現代の実情はたしかに「ことば」にたいして冷たい。わたしですらストレスに感じるのだから、感受性の強い人はこのことに予想以上にストレスに感じているはずだ。

いやー本当に、「なんかとちゅうからおかしいな」という予感というか直感は、あたる時にはあたるらしい。2018年には、電子本の支持基盤はもっとしっかりしたものだから、出版社に電子ファイルを持ち込めば意外と早く復刊につながると考えていた。とちゅうでなんかおかしいな、電子本の支持基盤って予想以上にもろくて長期的な視点がないらしいと何度もおもっていたが、だれもそのことをぜんぜん言ってくれなかった。このことは死ぬまで忘れられそうにない。

電子本であるべきかどうかをよく考えたうえでの復刊をするときに必要な情報、「税金で買った本」14巻分、「重版出来」全20巻、ざっと読んだがそういう情報はなかった。また、「正直不動産」「夢なし先生の進路指導」もいちおう読んでみた。

強いやつにすりよるニヒリズムは偽物でしかない。すくなくとも、卑しいものでしかない。

これは現状を恥じている人も大勢いることをふまえたうえでいうが、1980年ごろに覇権をとった現代消費文化(歴史修正する奴は実に多いが)の消費者は、消費者である前にまっとうな人間であるべきだ。せめて西村博之や「暇空茜」が三流詐欺師であり、ちゃんと民事刑事で処罰するべきだということを行動ではっきり示すべきだ。わたしは現代消費文化というのをほとんど愛していないしほとんど金を使っていない。だからコメントはするが、後始末はあなたたち消費者がやりなさい。それがスジというものだ!


電子本とベストセラー以外の本の30年後のことを考えるなんて、2020年3月コロナ感染拡大の時には、私はまったくで予想していなかった。

わたしは、善人も悪人も、正直者も噓つきも、生きている人も死んだ人も、百人以上会ったと思うが、ある作品への愛ということについては、岡本敏子氏以上の人はみたことがない、と断言する。わたしが知っているかぎりで、岡本敏子氏と肩をならべられるのは、中村哲氏ぐらいだろうか。

80分、レファレンス協同データベースとgoogleで調べた結果、国会図書館以外で電子ファイルの寄贈を受け付ける大学または研究機関は、一般図書館、大学図書館、私設図書館ふくめて、ない。すくなくともそういう事例がない。98パーセント以上はっきりした。

電子ファイルは聖書と仏典と法令ふくめて、国会図書館以外は寄贈うけつけない。

インターネットは情報が瞬時に入る、という人には、どの情報ですか、だれのもっている情報ですか、とまず聞きたくなる。つっこんできいていけば、とちゅうで相手は答えられなくなるはず。はっきりいって、「瞬時に手に入る」というのはウソ。インターネット批判派にとって営業妨害以外の何物でもない。

時間も金も労力も足りないが、なんとか説得力のある論理を組み立てることをめざす。
「ベストセラー以外の本」とは、電子本ふくめた文字通りすべての「ベストセラー以外の本」のこと、「ロングセラー」ふくむ。はっきり宣言する。
ここから、現代社会の「情報」(あえてこの単語を使う)、そして「人間」のあつかわれかたがはっきり見えてくるという予感がえられたから、やることにした。
梶村秀樹先生の再評価の準備のためにも、ここを徹底してやらないといけないらしい。まさか2018年に再評価準備を始めてから、ここまでやらないといけなくなるとは思わなかった。あの2人の経験と同じようなことになった。
とにかく、頭を限界まで使って調査する。




斎藤美奈子、note、webちくま

「「現地」と「現物」が大切だと私は思っている。今年は戦後80年の年だが、戦争体験者は年々減少、近い将来、戦争の記憶を語れる人はいなくなるだろう。その時、エモーショナルなレベルで文献や映像資料以上の役割を果たすのは現物だ。記憶、特に負の記憶を伝えるのにブツは欠かせないのである。」

この発言にはかなりショックを受けた。
「インターネットはアーカイブでも一流にはなれない」と、不当に軽んじられたと思った。理不尽に無神経で冷たいとすら思った。これは斎藤氏個人の問題ではない。斎藤氏ほどの人ですらこんな発言をするならば、ほかはもっとひどいのではないかとすら直感的に思った。
NHK戦争証言アーカイブスや戦場体験放映記録の会はいろいろまだ足りないところもあるが、こういうあしらうようなあつかわれかたをされるべきではない。インターネット文化側も肝心なときに劣等感をだしてしまう。あれは問題だと前から思っていた。現実社会の位置づけに即していない優越感も劣等感も害でしかない。
正直に言って、1980年代以後の歴史についての、「NHK戦争証言アーカイブス」にならぶアーカイブというと、パッと思いつく限りでは「ゲームの企画書」「作家の読書道」あたりぐらいしか思い浮かばない。この2つはいろいろ足りない部分が多い。「エヴァンゲリオン」関係ではないらしいし。


電子書籍の検索結果上位100位のページすべて読んだが、
電子書籍のデータを30年保存する方法」が書いてあったのは、


2010年が電子書籍元年ととりあえずいえる。つまり、2025年は電子書籍の始まりから15年たった年といえる。

「ダウンロードの制限の確認
 データが消えた等で再ダウンロードをする場合の取扱いはストアによって異なります。
 ほとんどの場合、電子書籍著作権保護のために「DRM」(デジタル著作権管理)という複製や印刷などができない技術が設けられており、コピーを作成したり他の端末で保存したりすることはできなくなっています。ダウンロードできる回数や期間を確認しましょう。
 ストアによっては対応端末や再ダウンロードなどの取扱いが商品ごとに異なる場合もあるので注意して購入しましょう。」







橋本治氏が2025年の現代の読者にも軽んじられない理由は簡単だ。「ふらんだーすの犬」と「巡礼」を書けたからだ。梶村秀樹先生には1989年、時代の流れに軽んじられないだけのものを書く時間がなかったし、なにより新自由主義の拡大など、あまりにも時代との食いちがいが大きすぎた。それをうめるのに後継者たちがとてつもなく苦労させられている。
つけくわえていうと、朝鮮人の立場からの後継者が、おそらく故徐京植氏とその後継者。日本人の立場からの後継者で、一番目立つ人が中野敏男氏だ。現在、目立つ目立たないで惑わされる可能性がかつてなく高いから、こう書かないといけない。




メモ
あとで整理する。

これまでのインテリがきらうもの
わけのわからないもの
つまり、女、別の言葉を話すもの、そして大きくなる子ども(若者)、、、実はいまは老人もはいるかもしれないが、おいておく。
橋本治は「綿の国星」の3つ全部読解できた。わたしはそう考える。

エリートになりたいだけのインテリは二流詐欺師にしかならない。

自称他称ロスジェネの悪いところの一つは、悪質ホストをやりたがったことではないか。
わたしにいわせれば、「お前なんかと一緒にするなバカヤロー!!!!!!」
わたしはあんな腐れ外道と一緒にするな、まずそういうべきだ。



文化資本という言葉がやたらと広まった理由は、個々の文化財が結局、個人(または一家族)の独占物であるという感覚が広まったからだ。
文化遺産」という言葉と比較すればわりとわかりやすい。「遺産」は公共物でもありうる。

通俗道徳批判する人たちは、社会還元、とくに、年上から年下、とくに「若者」というカテゴリへの還元のイメージがない。そのことに気がついて、本気で対策したすべきだ。現在の危機はそれぐらい深刻だと私は判断し、決断する。

バブル崩壊後の精神史で第一に批判すべきことは、「冷酷で無神経」ということだと思う。褒め殺しもそうだが、その前にまっとうな裏方をちゃんと評価してほしい。言葉というものはそういうときにとても重要なものだ。


「わたし」は1990年代生まれ、2018年から2023年にかけて、梶村秀樹著作群5000KBの電子化を完了。ドストエフスキートルストイとトゥエインの著作群の約10000KBの電子化を完了。梶村秀樹著作群の電子化、2010年に人類の遺産として共有させるか、2033年ごろに人類の遺産として共有させるか、その時期だったらもう少し復刊は早くなったかもしれない。
わたしの人生の流れと人生の流れはきわめて食い違っている。その食い違いを徹底して言語化して、それを逆に利用するかしないと決めた。
インターネット文化という人類史上大きな流れを、大きな流れと食い違ってしまった者の視点で書く。もちろん突き放した視点で。
インターネットにはじめてあったのが2000年代。テレビとテレビゲームのほうを先に覚えた。

わたしが、ほんとうにわけがわからないと思うのが1980年代に覇権をとった消費文化の問題と、新自由主義と、本来「がんばればなんとかなる」プラス「質素倹約」が第一の通俗道徳がへんな形で合体しているのに、そのへんさを「普通の日本人批判」だけですませようとする反体制運動側の考え方だ。ほんとうにわけがわからない。だいいち、「質素倹約」なら、世界中どこだって見つかるだろうと思うのだが。
やはり「子育て」の道筋が揺らいでいる。

突拍子もないことを言い出す。「葬送のフリーレン」、なんで「自分は子どもじゃない」と思っている読者たちは、フリーレンとアウラの話ばかり注目して、フェルンやシュタルクの話をあとまわしにするのか、あれ問題だと思う。年上になったらいやでも年下の世話をしないといけないのに、フィクションの中でも年下への対応の問題に頭を使いたくないようにすら見えてしまう。
フリーレンは同世代の友人がいなくなった時点で冒険に出発していることもちゃんとおぼえているべきだ。だいいち、フェルンやシュタルクが主人公ではないのに大ヒットした理由って、この時代の成長のゆがみと地続きだろう。3人とも「家族」がいない時点でスタートしていることも。


寄贈、東京新聞、、、朝日新聞
ルノワールの絵画の複製画
足利織姫神社の3Dデータ寄贈 東京理科大と県測量設計業協会」、くわしい情報がなかった
マイクロフィルム
「万博入場券500人分を千歳市に寄贈 包括連携協定の三井住友海上


いったん公開したものだから、押川ブログを引用しよう。


https://www.ndl.go.jp/jp/help/online.html
紙媒体の資料をデジタル化した資料は納入義務対象ですか?
A
特定のコード(ISBN、ISSN、DOI)が付与されていたり、特定のフォーマット(PDF、EPUBDAISY)で記録されていれば納入義務対象です。
ただし、前に納入された図書または逐次刊行物と同一の版面で構成されるものであることを、出版者の申出により当館が確認したものについては納入の必要はありません。

収集したオンライン資料はどのように提供されるのですか?
A
収集したオンライン資料については、館内での閲覧サービスを行います。権利者から許諾を得られた場合のみ、インターネットで公開します。インターネット公開をご許諾いただける場合は、納入の際に公開範囲を「インターネット公開」とご指定ください。すでに納入したオンライン資料のインターネット公開をご許諾いただける場合はお問い合わせください。
閲覧サービスは、「国立国会図書館デジタルコレクション」で行います。館内での複写サービス、遠隔複写サービスは、令和5年1月18日から開始しました。PDFフォーマットのもののみを対象に、著作権法等の範囲内で提供します。
「個人向けデジタル化資料送信サービス」および「図書館向けデジタル化資料送信サービス」では提供しません。


電子ファイルの寄贈と保存は誰ができるか、誰がするべきか?
2025年5月10日あたりから2025年5月30日までにそのむずかしさがわかってきた。
2010年から15年間を調査、すると事例がとても見つけにくいことがわかる。

現代
子ども→若者→思春期→大人
昔(第二次大戦前)
子ども→短い期間の青年→大人

現代、だいたいバブル崩壊後というのは奇妙な時代で、「若者」がおそれられる理由の一つが「無神経で冷酷で差別ばかりする「大人」のいうことばかり聞くこと」で、そういう極悪な「大人」の批判が「若者」の何倍も行われるべきなのに、「若者と大人」の比較関係上では、「若者」のほうが批判され「大人」が結果として免責される。たしかに「若者」がまず自分たちの「未熟」への差別や侮辱に言葉で反発しないしないのは愚かだ。しかし、成長の基本のありかたをふまえるなら、まず「大人」が批判されるべきだ。まして、「売れるためにそんな発言をしている」と過去にばらした三浦展というマーケッターがいるのなら、最初から疑うべきだ。
ある人がこう言っていた。「バカへの差別は最後まで残る」と。その人は昔「バカ」だったらしい。バカ=未熟としたとき、これは名言であり迷言でもある。なぜ迷言とわたしがいうか、現代において「成長の基本」が社会的に破壊されていることがわかってないからだ。
――後藤和智氏と故橋本治氏の発言を独自にまとめると、こうなる。


梶村秀樹先生の著作群約5000KBの電子化は2018年の時点で20年以上早すぎたかもしれない。米川正夫ドストエフスキー全集トルストイ全集の電子化は2020年の時点で5年おそかったかもしれない。2025年5月の時点では、そう言ってもいい。

だいたい2015年ごろには「推し活」がはじまった。
そのころから、批評の仲間内のほめあいなれ合いがいっそう加速して、「本気の推薦」がみられなくなったのではないか。「はじめての橋本治」や「税金で買った本」あたりは、その反発ともいえる。

人間がきわめて恐れるのは、殺人でも不倫でもなく、「わけのわからないもの」。これに並ぶのは「自分の死」ぐらいではないか。いや、この2つは自意識から見たらイコールとみるべきか。


インターネット文化に決定的にたりないもの。「人生を大きく変える”情報”」「”情報”を超える情報」に対してあまりに冷たいということ。これにつきる。
まず、やっぱり中村哲氏の監督による用水路建設。
2002年にはじまり、2009年に23キロ地点まで完成。期間7年間。費用、約16億円から18億円(年平均3億円)。
2018年に完成から9年目の時点で、「アフガニスタン・クナール川下流域の灌漑事業」に対して「土木学会技術賞」を受賞。つまり、知識と経験のある技術者たちが、価値を認めたということだ。最大の理由はある意味単純で、「9年間維持できたから」だと思う。
わたしは少なくとも2005年にはインターネット文化に触れていたが、すくなくとも、目立つ人で、「この水路建設は世界で初めてですごいことだからぜひとも見続けてくれ」といった人はインターネット文化の中にはいなかったと断言していい。それこそ、新聞かテレビのほうが中村哲氏のことを見続けていた。中村哲氏とペシャワール会は自分たちで会報を発行している。なぜ、独自の追跡なり分析なりを続けなかったのか。

もう一人、浜田寿美男氏の「袴田事件の謎 取調べ録音テープが語る事実」(2020年)という本。
この本は、検察の、被告袴田巌氏はもちろん、浜田氏に対してなされたあまりの「侮辱」に対して「ブチ切れた」結果として書かれた。わたしはそうだとしか思えない。そのことをちゃんと書いている人は、やっぱりインターネット文化の目立つ人の中にはいなかったといっていい。木谷明氏が一番目、二番目はそれこそわたしではないかとすら思う。Apeman氏がお元気だったら二番目にそう言っていたと思うが、まあ順番はどうでもいい。
とにかく、「まっとうな仕事にたいしてあまりにひどい侮辱をうけてブチ切れた」ということに気がつかないことが問題だ。自分はちゃんと気がついていた、というなら、ぜひおしえてほしい。そういう人でも、多数派でなかったことは認めると思うが。
鈍感で無神経すぎるんだ。だからインターネット文化はずうっと軽んじられる。構造的な問題だと思うが、やっぱりあれではあらゆる意味でマイナスだとしか言えない。




「人生を大きく変える”情報”」は「”情報”を超える情報」と言い換えてもいい。これはある種のバランス感覚がなければ言い表せない。だから難しい。
それと、情報に対して温かい、ということは、40年それを最善の形をとりながら伝え続けるということ、これまた言い表すのがむずかしい。しかし、そういう形はあるし、私が梶村秀樹著作群に対してやっていることはそういうことだ。梶村秀樹著作群に対して最善の形を探り続ける過程で、、インターネット文化に決定的にたりないものに気がついた。だからorangestar氏のねじれた暴言は許すわけにいかなかったし、インターネット老人会の堕落には最強の批判ができた。
ともかく、簡単に傲慢になったり卑屈になったりする文化は危険であって、インターネット文化はまさにそれだ。

電子書籍の品ぞろえについて

ひょっとして、電子本にする本をえらぶ担当者たちが、品ぞろえというものをよく考えていないのではないか? やってみる価値がある。
以下、全部amazonキンドルibooksで確認した。
以下、グーテンベルク21にあるかどうかはまだ確認していない。

2025年6月8日時点で、
ライ麦畑でつかまえて」(サリンジャー白水社など)
百年の孤独」「族長の死」「予告された殺人の記録」(ガルシア=マルケス、新潮社)
ユリシーズ」(ジョイス
「手紙」「日記」(カフカ
「?」(フォークナー)
「モロイ」「ゴドーを待ちながら」(ベケット
仮面の告白」「金閣寺」「真夏の死」「豊饒の海」(三島由紀夫、新潮社)
「花咲く乙女のキンピラゴボウ」(橋本治
「死の棘」(島尾敏雄
「ポロポロ」(田中小実昌
神聖喜劇」(大西巨人
「第一阿房列車」(内田百けん


つきはなしてみて、けっこう有力選手が一覧にあるとおもう。

メモ
文章読本」(谷崎潤一郎
ブルーノ・シュルツ


砂の女」「箱男」「燃えつきた地図」(安倍公房、新潮社)→2024年3月、18冊が電子化

もう一つふしぎに思うことは、担当者の発言がほんとうに見つからないということ。三島由紀夫の例がわかりやすい。安倍公房の場合は生誕100周年記念で電子書籍化されたと報道に書かれている。

公開投票受付中プラス梶村秀樹先生の年表(工事中)と梶村秀樹先生の執筆物の引用と検討メモ

注釈メモ 「論説 旧韓末北関地域経済と内外交易」「朝鮮語で語られる世界」「竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈」「朝鮮からみた明治維新」「歴史と文学 朝鮮の場合」「解放前の在日朝鮮人運動史」「解放後の在日朝鮮人運動」「定住外国人としての在日朝鮮人」「論文「自立した関係をめざして」に対する私の意見」「論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見」など(梶村秀樹) - 梶村秀樹先生再評価準備会 『万博は大事故の可能性が高いので金もらっても絶対行きません!』
https://s3731127306973.hatenablog.com/entry/2023/01/09/070739

梶村秀樹先生の重要著作物の復刊は、2023年01月時点で、まだ先。あと6カ月はかかりそうだ。
本屋か古本屋か古物商取引サイトで、とにかく著作を買って3回読んでほしい。まず5000円分買ってください。お願いします。
Amazon | 本, ファッション, 家電から食品まで | アマゾン
出版 – 神戸学生青年センター
Yahoo!オークション - 日本最大級のネットオークション・フリマアプリ
日本の古本屋 / 全国1000店の古書店が出店、在庫700万冊から古書を探そう
https://jp.mercari.com/
【楽天市場】梶村秀樹の通販
Qoo10 eBay Direct Shop (イーベイダイレクトショップ) - 日本公式認証eBay海外通販サービス
Yahoo!オークション - 日本最大級のネットオークション・フリマアプリ
dl.ndl.go.jp

梶村秀樹先生の執筆物のランキング(「私」の選択)
1位 『朝鮮語で語られる世界』
2位 『排外主義克服のための朝鮮史
2位 『論説 旧韓末北関地域経済と内外交易』
2位 『定住外国人としての在日朝鮮人
2位 『朝鮮からみた明治維新
2位 『なぜ朝鮮人が日本に住んでいるのか』
3位 『排外主義克服のための朝鮮史
4位 『解放後の在日朝鮮人運動』
4位 『白凡金九』『東学史』『常緑樹』の翻訳
4位 『朝鮮における資本主義の形成と展開』
4位 『朝鮮史 その発展』
5位 『論文「自立した関係をめざして」に対する私の意見』『論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見』
5位 車承棋氏の『梶村秀樹の「未発の契機」一植民地歴史叙述と近代批判-』で引用されている論文すべて――「“やぶにらみ”の周辺文明論」「朝鮮近代史の若干の問題」「日本帝国主義の問題」「現在の『日本ナショナリズム』論について」「朝鮮近代史研究における内在的発展の視角」
5位 『申采浩の朝鮮古代史像』『申采浩の啓蒙思想』『申采浩の歴史学
5位 『一九二〇~三〇年代朝鮮農民渡日の背景――蔚山群達里の事例』
5位 『歴史と文学 朝鮮の場合』
6位 『朝鮮史の枠組と思想』収録論文


かなりしぼって選んだ。2位の4本プラス1本は、梶村秀樹先生の視野の広さから考えて、どれもおとせない。最後につけくわえた『なぜ朝鮮人が日本に住んでいるのか』、これは短すぎるから(実はそれだけではないのだが)、あとにつけくわえた。『排外主義克服のための朝鮮史』は別格として(この「別格」という認識がいろいろ問題をひきよせているのだが)、翻訳の仕事、特にあの3冊は絶対にはずせない。




梶村秀樹先生を研究対象とした論文のランキング
1位 車承棋氏、『梶村秀樹の「未発の契機」 : 植民地歴史叙述と近代批判(論文)』
1位 中野敏男氏、『「日本の戦後思想」を読み直す(7)「方法としてのアジア」という陥穽--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯』『「日本の戦後思想」を読み直す(第8回)植民地主義批判と朝鮮というトポス--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯(その2)』(季刊前夜


「全体を見ろ!」という教え

1910年、竹内好、生まれる。
1935年、梶村秀樹先生、生まれる。
1964年、梶村秀樹先生、『竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈』『「日本人の朝鮮観」の成立根拠について――「アジア主義」再評価論批判』、このとき、竹内好54歳、梶村秀樹29歳。重要さで上位5位に入る、きわめて重要な論文の1つ。
1965年、日韓条約、おおくの反対のなか締結されてしまう。
1965年、梶村秀樹先生、『現在の「日本ナショナリズム」論について』、竹内好批判。梶村先生の一生の仮想論敵だった。
1965年5月と7月、安丸良夫氏、『日本の近代化と民衆思想』上下(日本史研究 = Journal of Japanese history / 日本史研究会 編)を発表。
1968年、梶村秀樹先生ら、『シンポジウム日本における朝鮮研究の蓄積をいかに継承するか』、ここで部落差別発言が出る。
1969年、梶村秀樹先生、『私の反省〔本誌昨年12月号掲載・座談会「日本における朝鮮研究の蓄積をいかに継承するか」に関連して〕』
1969年、梶村秀樹先生、『申采浩の歴史学――近代朝鮮史学史論――』
1970年7月7日、華僑青年闘争委員会による、いわゆる「華青闘告発」。梶村秀樹先生の「排外主義克服のための朝鮮史」全三回の講義は、この告発に答えるものであった。
1970年11月、梶村秀樹先生、『東学史――朝鮮民衆運動の記録』(呉知泳)(平凡社東洋文庫)の翻訳
1971年、梶村秀樹先生、『排外主義克服のための朝鮮史』(第1章)。重要さで上位5位に入る、きわめて重要な論文の1つ。
1973年、梶村秀樹先生、『白凡逸志――金九自叙伝』(金九)(平凡社東洋文庫)の翻訳


1974年、梶村秀樹先生、『植民地と日本人』、植民者としての日本人批判
1974年、安丸良夫氏、『日本の近代化と民衆思想』(青木書店)。たぶん、梶村秀樹先生は1965年前後に「通俗道徳論」を読んでいる。
1975年、梶村秀樹先生、『朝鮮語で語られる世界』という講演をする。のちに活字化。重要さで上位5位に入る、きわめて重要な論文の1つ。
1977年1月、梶村秀樹先生、『朝鮮における資本主義の形成と展開』(龍渓書舎)
1977年10月、梶村秀樹先生、『朝鮮史――その発展』(講談社現代新書
1977年11月、安丸良夫氏、『「民衆思想史」の立場』(一橋論叢)を発表、CiNiiで閲覧可能。

1978年、梶村秀樹先生、『植民地朝鮮での日本人』、植民者としての日本人批判
1978年、梶村秀樹先生、『申采浩の朝鮮古代史像』発表。

1977年、竹内好、死去
1977年、梶村秀樹先生、『亜洲和親会をめぐって――明治における在日アジア人の周辺』
1977年、梶村秀樹先生、『申采浩の啓蒙思想』を発表。
1980年7月、梶村秀樹先生、『解放後の在日朝鮮人運動』(神戸青年学生センター)、現在でも購入可能。
1980年、梶村秀樹先生、『朝鮮からみた明治維新』、この論文を読むと、竹内好氏だけでなく、安丸良夫氏も仮想論敵だったのではないかと推測される。また、この論文から梶村先生の(おそらく父方)祖父が貧農~中農出身で出世競争に負けた(実態はもっと複雑)ことに挫折感をいだいていたこと、また梶村先生の父親が裁判官であり、いわゆる大正教養主義に傾倒していたこと、戦時中は鬱屈をかかえながら業務をしていたこと、そして梶村先生がそれにたいする反発から、あまり役に立たなそう(失礼だが梶村先生はそう考えていたようだ)だが広い世界を見せてくれるだろう学問の世界にはいったことが語られている。
1981年2月、梶村秀樹先生、『植民地支配者の朝鮮観』(『季刊 三千里』)、植民者としての日本人批判
1981年2月、梶村秀樹先生、『朝鮮現代史の手引』(勁草書房
1981年10月、梶村秀樹先生、現代語学塾常緑樹の会と共に『常緑樹』(沈熏)の翻訳。この翻訳作業はそうとうエネルギーをそそぎこんだものであることに注意。
1982年4月、『朝鮮史の枠組と思想』(研文出版)
1983年、梶村秀樹先生、『朝鮮を通してみた天皇制の思想――さめた思想』
1984年、梶村秀樹先生、『歴史と文学』を発表。
1985年、梶村秀樹先生、『定住外国人としての在日朝鮮人』。重要さと(多少下品な言い方だが)有用性では上位5位に入る、きわめて重要な論文の1つ。「国境をまたぐ生活圏」という単語が登場したのはこの論文。実は、「私」が著作集収録論文を調べた限りでは、「国境をまたぐ生活圏」という単語はこの論文だけである。
1986年1月18日、石母田正氏、死去。梶村秀樹先生は、石母田氏の幸徳秋水批判を一面的と批判。
1986年、梶村秀樹先生、『「旧朝鮮統治」は何だったのか』、植民者としての日本人批判、
「 『朝日新聞』大阪本社版に「語り合うページ」という欄があって、そこで昨年の六月から八月にかけて「旧朝鮮統治」の評価をめぐる読者間の大論争が展開されていた。同じ『朝日』をとっていても私ども東日本に住む者は論争の存在自体を知らずにいたということも、考えてみれば奇妙なことだが、編集部からコメントせよということで、その部分をまとめたコピーを読む機会を与えられた。」
1987年、吉見義明氏、『新しい世界史(7) 草の根のファシズム』(東京大学出版会)を発表。「第2節 民衆の序列」に、宮田節子氏、内海愛子氏、呉林俊《オリムシュン》氏らの著作を参考にした記述。ただし、梶村秀樹先生の著作の引用はなし。
1988年11月16日、エストニアソ連で初めて国家主権を宣言した
1988年、梶村秀樹先生、『<研究ノート>80 年代韓国の労働経済と労働政策 : 労働争議同時多発の背景』(神奈川大学、『経済貿易研究』)

1989年、梶村秀樹先生、『一九八七年の韓国情勢』『論説 旧韓末北関地域経済と内外交易』。『論説 旧韓末北関地域経済と内外交易』は重要さで上位5位に入る、きわめて重要な論文の1つ。CiNiiで閲覧可能。この論文は死の直前に書かれたものであり、長さと密度の点からみて、とてつもないエネルギーがこめられている。
1989年、梶村秀樹先生、死去。
1990年、並木真人氏、『戦後日本における朝鮮近代史研究の現段階--「内在的発展論」再考』(「歴史評論」、歴史科学協議会
1991年8月、ソ連共産党内の保守派と軍部のエリートがゴルバチョフ打倒のためのクーデターをおこす、だが失敗。1991年8月31日までに15の共和国が独立を宣言した。冷戦の崩壊
1991年9月、バルト三国の分離独立が認められる。
1991年、梶村秀樹著作集編集委員会、著作集第1巻の1番目に『排外主義克服のための朝鮮史』、2番目に『朝鮮語で語られる世界』を選択した。
※「私」コメント、この判断はきわめてすぐれている。とくに、2番目に『朝鮮語で語られる世界』を選択したことはきわめてすぐれている。ただし、このことをはっきりいっているのは、「私」が知っているかぎりでは車承棋氏と「私」ぐらいである。
1998年、牧原憲夫氏、『客分と国民のあいだ 近代民衆の政治意識』(吉川弘文館〈ニューヒストリー近代日本 1〉)

2001年、中野敏男氏、『大塚久雄丸山眞男――動員、主体、戦争責任』(青土社
2002年、徐京植氏、『半難民の位置から――戦後責任論争と在日朝鮮人』収録の『「エスニック・マイノリティ」か「ネーション」か――在日朝鮮人の進む道』のP169―P170に梶村先生の『定住外国人としての在日朝鮮人』(1985年発表)を紹介。
「ここで梶村秀樹氏が一九八五年の論文において、次のような貴重な指摘をしていたことは思い出しておく価値がある。
在日朝鮮人が日本に定住しつつも日本国家への帰属を否認するとき、それを裏返した観念は、日本側が神経を尖らせるような現にある南北いずれかの国家への忠誠観念では必ずしもなく、一般的には、国家への帰属意識というよりは、全体としての民族への帰属意識、南北と在日等をひっくるめて苦難と闘う民衆との一体化の希求と表現した方が適当なものとしてある。強力な母国の保護を受けてこれに依存して生きていこうというのではない。民族の一員としての実存を意識化していけばいくほど、苦難を克服しようとする母国民衆の課業に主体的に参与していこうとする意識に、到達せざるをえないのである。(略)国家の側の都合によって、こうした民族への帰属の志向、創造過程への主体的参与の意思を阻むことは、あってはならないことである。」
略をなくした引用は以下の通り
在日朝鮮人が日本に定住しつつも日本国家への帰属を否認するとき、それを裏返した観念は、日本側が神経を尖らせるような現にある南北いずれかの国家への忠誠観念では必ずしもなく、一般的には、国家への帰属意識というよりは、全体としての民族への帰属意識、南北と在日等をひっくるめて苦難と闘う民衆との一体化の希求と表現した方が適当なものとしてある。強力な母国の保護を受けてこれに依存して生きていこうというのではない。民族の一員としての実存を意識化していけばいくほど、苦難を克服しようとする母国民衆の課業に主体的に参与していこうとする意識に、到達せざるをえないのである。それは、真の意味の「国際性」ともかえって矛盾する意識ではない。
 在日朝鮮人青年としてこうした意識化の歩みを進め、現に韓国の獄中にいる徐勝・徐俊植兄弟の生の軌跡は一つの典型例をなしており、投企の具体的形態はさまざまで誰もが同じ行動をするというのではないとしても、思想の形としてのある普遍性をもっていることはまちがいない(32)。悪意に動機づけられてこれを背後から揶揄することはなされえても、正面から論駁することは誰にもできないのである。国家の側の都合によって、こうした民族への帰属の志向、創造過程への主体的参与の意思を阻むことは、あってはならないことである。」
2002年から2019年まで、姜徳相氏、『呂運亨評伝』(1)ー(4)発表。
2004年、石田米子氏と内田知行氏、『黄土の村の性暴力―大娘(ダーニャン)たちの戦争は終わらない』を発表、石田米子氏は梶村秀樹氏と交友があったことが著作集月報からわかる。
2004年2月27日、網野善彦、死去

2006年、牧原憲夫氏、『民権と憲法』(岩波書店岩波新書 シリーズ日本近現代史 2〉)
2006年9月4日、阿部謹也氏、死去
2006年、中野敏男氏、『「日本の戦後思想」を読み直す(7)「方法としてのアジア」という陥穽--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯』『「日本の戦後思想」を読み直す(第8回)植民地主義批判と朝鮮というトポス--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯(その2)』(季刊前夜)を発表。中野氏の梶村秀樹先生への接近はこのころからと思われる。戦後思想の再評価の過程で竹内好氏の再評価をするなかで梶村先生を「発見」したと推測される。

2008年、柏崎正憲氏、『反差別から差別への同軸反転 : 現代コリア研究所の捩れと日本の歴史修正主義』、CiNiiで閲覧可能。
2008年、牧原憲夫氏、『幕末から明治時代前期 文明国をめざして』(小学館〈全集日本の歴史 第13巻〉)
2010年、水谷智氏、塩川伸明氏、戸邉秀明氏による『日本植民地研究の回顧と展望 : 朝鮮史を中心に』(同志社大学人文科学研究所)、CiNiiで閲覧可能。
2010年、姜徳相氏、『日本と朝鮮のまっとうな過去と現在を結ぶための史観』(「コリア研究」立命館大学コリア研究センター)
2010年から2013年まで、「media debugger」氏、梶村秀樹先生のの著作に基づいて竹内好氏らを徹底批判。
media debugger
「私」もその批判に衝撃を受けた。ただし、本当に不思議な事だが、「私」が梶村秀樹著作集など入手可能な著作をすべて読むかぎり、梶村秀樹先生にとって竹内好氏はきわめて重大な仮想論敵だった。

2012年、中野敏男氏、『詩歌と戦争―白秋と民衆、総力戦への「道」』(NHKブックス)、梶村秀樹先生への言及あり。
2012年―2013年、加藤圭木氏、科研費による研究『植民地期朝鮮における港湾都市開発と地域社会』を行う。
2013年、「社会科学 = The Social Science(The Social Sciences)」(同志社大学人文科学研究所)に、梶村秀樹先生についての論文3本が発表される。CiNiiにて閲覧可能。
『日韓体制下の民衆と「意味としての歴史」 : 梶村秀樹の韓国認識と歴史認識』(姜元鳳)
梶村秀樹の韓国資本主義論 : 内在的発展論としての「従属発展」論』(洪宗郁)
『日本「戦後歴史学」の展開と未完の梶村史学 : 国家と民衆はいかに(再)発見されたか』(戸邉秀明)

2013年、車承棋氏、『梶村秀樹の「未発の契機」 : 植民地歴史叙述と近代批判(論文)』(「Quadrante : クァドランテ : 四分儀 : 地域・文化・位置のための総合雑誌東京外国語大学)を発表。CiNiiにて閲覧可能。
※「私」コメント、「私」がこの論文をpdfで読んだ時の衝撃はわすれがたい。梶村秀樹先生の視野の広さと最終目標をほぼ完全におさえた論文であり、この論文なしで梶村秀樹先生を評価することはできない。

2014年、『排外主義克服のための朝鮮史平凡社ライブラリーから再版、山本興正氏による解説。
※「私」コメント、やはりこの本は避けてとおれない。ただし、梶村秀樹先生の最終目標が非常に高いところにあるため、梶村先生を理解するにはこの本だけでは絶対にいけない。「絶対に」というのは「私」の強調するところである。2023年の時点でも、このことをはっきり言う人がきわめてすくない。
2014年、姜徳相氏、『一国史を超えて : 関東大震災における朝鮮人虐殺研究の50年』(「大原社会問題研究所雑誌」、法政大学大原社会問題研究所
2015年、山本興正氏、『戦後思想の再審判―丸山眞男から柄谷行人まで』に寄稿。
2015年、牧原憲夫氏、『山代巴 模索の軌跡』(而立書房)
2016年4月4日、安丸良夫氏、死去

2017年、「私」、梶村秀樹著作集全6巻の電子化を作成することを決定。
※「私」コメント、どうしてこの決定をすることができたのか。「私」個人の判断というより、東アジアの歴史の大きな流れの中の決定だったと思うし、だからこそしくじらないですんだ。
※「竹内好氏と梶村秀樹先生の関係」を徹底的にしらべることを主な目的として、全著作の電子化の作業をすすめた。わたしには鈍感なところがあって、金と時間があっても3000KB以上の電子化をすすめる作業をするような人はきわめてすくないことに気がついていなかった。
2017年、『〈戦後〉の誕生―戦後日本と「朝鮮」の境界』に中野敏男氏、寄稿。内容は、『「日本の戦後思想」を読み直す(7)「方法としてのアジア」という陥穽--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯』『「日本の戦後思想」を読み直す(第8回)植民地主義批判と朝鮮というトポス--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯(その2)』(季刊前夜)に、丸山真男氏の植民地認識についての分析をあわせたもの。
2017年、加藤圭木氏、『『1920~30年代朝鮮における地域社会の変容と有力者・社会運動』にて梶村秀樹先生の『論説 旧韓末北関地域経済と内外交易』を紹介。「私」が見るかぎり、梶村先生のあとをついで1920年代の朝鮮人側の動向を調べた論文はない、ということらしい。
近年、加藤圭木氏は植民地支配責任についても積極的に発言している。

2018年12月31日、「梶村秀樹著作群の電子化 約700KB分」「抜粋資料pdfの作成」「SYの供述書の電子化(途中まで)」
2019年12月31日、「梶村秀樹著作集のほぼ完全な電子化(4・2MB)(ただし未校正)」、「「オウム法廷」(降幡賢一)の電子化(6・8MB)(ただし未校正)」「「アンナ・カレーニナ」(トルストイ作、米川正夫訳)の1・2・3・8章の電子化(1MB)(ただし未校正)」「「証言台の子どもたち」「ほんとうは僕殺したんじゃねえもの」(浜田寿美男)の電子化(1・2MB)(前者だけ校正)」「中西新太郎先生の論文約30本の電子化(700KB)(ただし未校正)」
2020年12月31日、「「ひろしまタイムライン」で変なものをいくつか発見する。「公開質問状」をだしたが、何の返事もない」「京都アニメーション放火殺人事件についての公開質問状」「『梶村秀樹著作集』第1巻と第3巻収録の論文の校正、「亜州和親会をめぐってーー明治における在日アジア人の周辺」「私にとっての朝鮮史 『朝鮮史 その発展』序章」「竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈」「「日本人の朝鮮観」の成立根拠について――「アジア主義」再評価論批判」「現在の「日本ナショナリズム」論について」「植民地と日本人」「植民地朝鮮での日本人」「竹島=独島問題と日本国家」」「一九二〇~三〇年代朝鮮農民渡日の背景――蔚山群達里の事例」「著作集第3巻の「解説」+「解題」」「一九一〇年代朝鮮の経済循環と小農経営」」「『オウム法廷』一部校正
」「『サリヴァンの精神科セミナー』2回校正」「『カラマーゾフの兄弟』電子化(まだ校正おわっていない)」「『罪と罰』電子化(まだ校正おわっていない)」「『おとなしい女』『おかしな人間の夢』電子化(校正おわり)、『九通の手紙に盛られた小説』『プロハルチン氏』『ポルズンコフ』『クリスマスと結婚式』『人妻と寝台の下の夫』『正直な泥棒』『弱い心』『白夜』『ボボーク』『キリストのヨルカに召されし少年』『百姓マレイ』『百歳の老婆』『宣告』電子化(まだ校正おわっていない)」「『ドラえもん』第1巻-第5巻の文字データの電子化」「『ドラえもん』『オバケのQ太郎』冒頭6Pの入力」
2021年12月31日、「梶村秀樹著作集電子テキストの校正1,2,3,4のすべて、5,6の一部」「ドストエフスキー電子化のみ、9000KB」「ドストエフスキー校正完了、1000KB」「「ひろしまタイムライン事件」検証、しっぽをつかんだ。」「沖縄戦記録、約900KB」「サリヴァンセミナー、電子化」「ツイッター文化が宣伝以外に自己の長所を主張できないこと(長所がないこと、ではない)を自分自身の眼で確証できたこと(2021年11月退会)」「インターネットに借金取りなみにしぶといやつは少ないことに気がついたこと」「NHKアーカイブス、収集」
2022年12月31日、「梶村秀樹著作集全六巻の電子テキストの校正を完了」
2023年03月、「アンナ・カレーニナの電子テキストの校正完了」「悪霊の電子テキストの校正完了」「および2テキストの青空文庫への寄贈手続きが完了」(←発表は2023年10月)
2021年、姜徳相聞き書き刊行委員会、『時務の研究者 姜徳相: 在日として日本の植民地史を考える』発表。
2021年6月12日、姜徳相氏、死去。
2023年、大槻和也氏、『「朝鮮と日本のあるべき関係」を求めて : 梶村秀樹による물레 (ムルレ) の会および指紋押捺拒否運動への活動従事を手がかりに』、CiNiiで閲覧可能。
2023年、「ある出版社」から、2024年中に梶村秀樹先生の著作の電子書籍が出版できると連絡があった。
2023年 東京大学にて、博士論文「朝鮮と向きあった思想家・梶村秀樹」(山本興正)が受理される。現時点でもっともまとまった論文。
2025年 博士論文「朝鮮と向きあった思想家・梶村秀樹」(山本興正)が公開中であることを「私」が発見。

梶村秀樹先生のライフヒストリーに関する資料で特に重要なもの
「回想」「月報」「私の反省」「朝鮮からみた明治維新」「排外主義克服のための朝鮮史全3部」「論文「自立した関係をめざして」に対する私の意見」「論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見」「朝鮮語で語られる世界」「私にとっての朝鮮史」「竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈」「差別の思想を生み出すことば」
※「回想」「月報」はもっと重要視すべきだろう。インターネット上では使用している論説がない。



梶村秀樹先生のライフヒストリーに関する資料(作成、約150分)

梶村秀樹著作集 月報(全六巻分)」(とくに、石田米子氏の回想が興味深かった)
梶村秀樹著作集遺文と回想」
梶村秀樹さんと調布■■の会(収録の回想)」
「追悼梶村秀樹さん(収録の回想)」
梶村秀樹先生を悼む(住吉高校  印藤 和寛)」(「先生は「私こそ竹内好さんの一番の弟子だと思っでいます」とおっしゃった。」は見落としてはいけない)



友邦協会での朝鮮総督府の元官僚へのオーラルヒストリー
東洋文化研究」2号から(学習院大学の出版)


梶村秀樹著作集第1巻より
「排外主義克服のための朝鮮史
朝鮮語で語られる世界」
「私にとっての朝鮮史
竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈」
「朝鮮を通してみた天皇制の思想――さめた思想」
「朝鮮からみた明治維新
「植民地朝鮮での日本人」
「「旧朝鮮統治」は何だったのか」
「差別の思想を生み出すことば」
竹島=独島問題と日本国家」
「歴史的視点から見た日韓関係」
「歴史をねじまげてはいけない――「日韓合邦」の真相」
「近代史における朝鮮と日本」

梶村秀樹著作集第2巻より
「朝鮮近代史と金玉均の評価」
「朝鮮近代史研究の当面の状況」
「日本における朝鮮研究」
朝鮮史研究の方法をめぐって」
「朝鮮社会における移行法則」
「“やぶにらみ”の周辺文明論」
「朝鮮近代史研究における内在的発展の視角」
「朝鮮思想史における「中国」との葛藤」
「朝鮮からみた現代東アジア」
「東アジア地域における帝国主義体制への移行」
日本帝国主義の問題」
「申采浩の朝鮮古代史像」
「歴史と文学 朝鮮の場合」


梶村秀樹著作集第3巻より
李朝末期(開国後)の綿業の流通および生産構造  ――商品生産の自生的展開とその変容――」
「近代朝鮮の商人資本等の外圧への諸対応」
「一九一〇年代朝鮮の経済循環と小農経営」
日本帝国主義支配下の朝鮮ブルジョアジーの対応」
「「民族資本」と「隷属資本」――植民地体制下の朝鮮ブルジョアジーの政治経済的性格解明のためのカテゴリーの再検討」
「一九二〇~三〇年代朝鮮農民渡日の背景――蔚山群達里の事例」
「「一筋の赤い糸」としての内在的発展」
「「民族経済」をめぐって」

梶村秀樹著作集第4巻より
朝鮮民族解放闘争史と国際共産主義運動
「義烈団と金元鳳」
「『アリランの歌』(解説)」
「解放前の在日朝鮮人運動史――在日朝鮮労総結成~全協への解消過程を中心として」
「新幹会研究のためのノート」
「甲山火田民事件(一九二九年)について」
「『常緑樹』(解説)」
「一九二〇~三〇年代の民衆運動」

梶村秀樹著作集第5巻より
「八・一五以後の朝鮮人民」
日韓条約のゆくえを追跡します」
ベトナム派兵の傷跡」
「韓国の労働運動と日本」
「語りはじめた労働者たち」
「韓国の農村で」


梶村秀樹著作集第6巻より
定住外国人としての在日朝鮮人
「海がほけた!――山口県長生炭坑遭難の記録」
「解放後の在日朝鮮人運動」
「なぜ朝鮮人が日本に住んでいるのか」
金嬉老への判決を支えた日本社会」
金嬉老裁判の現在」
「私における呉林俊氏の肖像」
「論文「自立した関係をめざして」に対する私の意見」
「論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見」
定住外国人県民の生活とニーズ――「県内在住外国人実態調査」を終えて――」
「「指紋」の闘いは終っていない」



朝鮮史の枠組と思想』より
「「家族主義」の形成に関する一試論」
「申采浩の啓蒙思想
「申采浩の歴史学――近代朝鮮史学史論――」
「あとがき」


『朝鮮を知るために』より
「保育園にて」
「朝鮮との出会い」
「出しぬき合い社会」
「私と朝鮮語
「「先公よ、しっかりさらせ」を読んで」
「「自由」にたじろぐまい!  民族差別と闘う連絡協議会第七回全国集会(一九八一年)への感想」
「《書評》西順蔵著『日本と朝鮮の間』」
「《書評》宋孝順著『ソウルヘの道』」
「《書評》和田春樹著『北の友へ南の友へ』」


梶村秀樹著作集・単行本未収録の執筆物より
「日本における朝鮮研究の蓄積をいかに継承するか」
「『歴史と理論』を読みかえしてみて」
「私の反省」
「私の失業始末記」
「平均的私大生のアジアのイメージ」
「『東亜日報』意見広告に見る民衆意識(上)(中)(下)」
「教科書問題を考える一朝鮮史研究の視点から」

2017年から2023年の間 映画、「探偵ドラマシリーズ」2本と「画家の出る映画」1本だけ。読書、短編小説がほとんど、長編で読了できたのは、「そして誰もいなくなった」「動く指」「ペドロパラモ」「第三の警官」「ゴッホ日本に賭けた夢」「エドゥアールマネ西洋絵画の革命」「美の呪力」「子どもを殺してくださいという親たち」、はんぶんぐらいは、ドラマで見ていた。「ある長編戦争小説」を再読できなかったのはつらかった。
電子化の時に再読、「カラマーゾフの兄弟」「アンナ・カレーニナ」「悪霊」「白夜」。マンガ、3巻以上のストーリーもので読了できたものは2つしかない。
戦争証言アーカイブス、新しく読むことがほとんどできなかった。



追加作業のためのメモ
イタガキリュウタ、ヨシノマコトの反論論文、ニュウカントウソウ、



並木真人論文
歴史評論 (482) - 国立国会図書館デジタルコレクション
○戦後日本における朝鮮近代史研究の現段階--「内在的発展論」再考/並木真人 //p15~30


20230923。20分。
20240925、40分
20231001、40分
20231010、30分、


https://s3731127306973.hatenablog.com/entry/2023/09/25/204746?_gl=1*103svpx*_gcl_au*MjEzMTAzMDAzMS4xNjk1NTQ3MzY0


メモ

「ほんとうに読むべき本になる条件」
ひろさふかさ、するどさ、すきのなさ、いきおい、独特の味
「固定客」をつかむ

『古文書返却の旅』P091、第六章より、「実際、読み切った文書は七、八年間でわずか五百点にとどまった。(略)そしてその過程で、なによりもわれわれが驚いたことの一つは(略)」→「、八年間でわずか五百点にとどまった。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

竹内好」という単語がふくまれる論文
竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈」「排外主義克服のための朝鮮史(第一章)」「朝鮮からみた現代東アジア」「第1巻解説 梶村秀樹著作集」「朝鮮近代史の若干の問題」「現在の「日本ナショナリズム」論について」「「日本人の朝鮮観」の成立根拠について――「アジア主義」再評価論批判」「亜州和親会をめぐってーー明治における在日アジア人の周辺」「朝鮮からみた明治維新
梶村秀樹先生と竹内好氏との関係はどうしても徹底的に調べておかない「内在的発展」の描き方の核心部分がわからなくなると判断した。今考えても、わたしの判断は大英断だったといえる。


以下、参考
梶村先生の執筆物の検討

金嬉老への判決を支えた日本社会   [1972年]
 単に威勢よく拳をふりあげれば良いというほど、この「社会的世論」なるものが一筋縄でいかない錯雑・屈折した構造を持っていることは、いやというほど痛感させられてきた。また、一般的・抽象的に日本人の差別意識の変革を呼びかけることだけでは足りないことも、良く分かった。そういう一般論は、無理解のもとで金嬉老個人に向けられる毒舌の一言で、しばしば簡単に吹き消されてしまう。われわれが当初からそう考えてきたように、金嬉老の運命のかけられている法廷闘争の場と全くかけ離れた形で、空論にふけることはもちろんできない。

この「社会的世論」なるものが一筋縄でいかない錯雑・屈折した構造を持っていることは、いやというほど痛感させられてきた。

〇植民地と日本人   [1974年]
 しかも、それほど普遍的な植民地体験が、「邪悪なる国家権力と善良なる庶民」という体裁のよい図式だけでわりきることを許さない屈折・錯雑した深層意識を形づくらせたことが、いっそう重要である。なにかに傷ついた心がそれだけ強烈に希求する権威への帰属意識、そこから出てくる利己的・独善的な国家意識とアジア認識。このパターンが、確かに今でも生き続け、受け継がれていることを感じる。

屈折・錯雑した深層意識


〇論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見   [1978年]

事実としての定住という言葉で私が何をいおうとしたかは一七六号五五~五六頁にかなり具体的な議論をしているので、重複はさけたい。最近、韓国への母国留学体験を契機として、在日朝鮮人大衆とともに生きることを決意して戻る人が少数だが出ている。それは意識的定住といえるケースであろう。総連の活動家の中にも、別の意味で、やはり少数、意識的定住といえるケースがある。しかし、日々の生活に追われている多くの下づみの人々ほど、意識的な選択の契機さえ持てぬまま、最も日本社会にまきこまれた生活を余儀なくされ、生活のために帰化をさえ望まざるをえない所に追いこまれ、しかもそれすら拒否されるという状況におかれている。サルトル哲学流にいえば、そういう人々も実は、本人も気づいてはいないかもしれないが日々自由に選択しており、その結果として意識的に定住しているのだといえなくもなかろう。しかし、そういう人々に「あなた方は実は意識的に定住しているのだ」ときめつけることから何かが生れるとは思わない。

サルトル」が登場するのは、著作集全6巻で1カ所だけ。アルベール・メンミのほうが何度も登場する。

 まず、最も重要なこととして、在日朝鮮人の実存を徹底的に理解しぬこうとする姿勢。現実が多様で動いている以上、これはどこまでいってもきりがない課題であって、何でも分ってしまったように思い上った瞬間、一旦成立した自立した関係も、たちまちくずれ去ってしまう。この点は、理解の深さが、関係の深さを規定するというほど重要であると思う。これなしには、見当ちがいのことを「いわねばならない」と思いこんでしまう。
 次に、おのれを凝視し続ける執拗さ。関係を持続させていくなかで、たえず自分が何者であるかをみつめつづける態度。
 次に、自然さ。まず、「頭が上らない」と一面的に自己規定し、次にそれではいけないと思うと相手のだめなことばかりをいいつのればいいと思い定めるような、どこまでいっても、あらわれ方はちがうが棒を呑んだようにぎこちない、観念的で一方的な関係設定の姿勢を克服しなければならない。よく人のいう「複眼でみる」とか「柔軟な思考」とかいうのも同じことかもしれない。
 次に、往々にして一世の朝鮮人が造作なく到達しているような、ある本質的な意味でのやさしさ、暖かさ。うまく表現できないが、本誌一六八号で和田春樹氏がいおうとしたことも、同じことかもしれない。
 まだまだいろいろあると思うが、とてもまだ考えきれることではないので、今後の課題としなければならない。もちろん、われわれの内にも外にも、以上のことに反する数多くのありようがあり、それらと一々闘うこともわれわれの課題である。

 付言すれば、五氏が私に具体的に詳論せよとせまったことのうち、私が全然言及していないことも幾つかある。それは、考えていないからでも、いう勇気がないからでもなく、あえていうまいと決意しているからである。もちろん、そんな決意はばかげていると思うのは、とる人の自由にまかせざるをえない。近ごろよく無限定、感傷的、そして時に自己欺瞞的に使われる「実感」とか「ホンネ」とかの言葉の使い方を、私は好きではない。「ホンネで生きる」ということは、それ自体立派なことでもない最低限の要求であり、ホンネを自ら凝視し、深化していく努力をぬきにして、何でも「ホンネ」でありさえすればいいというものではあるまい。
 状況が困難であればあるほど、豊かな可能性を夢みることができるような人間でありたい。

ここは、あえて省略せずに引用した。
実は、国立国会図書館でこの論文を閲覧できる。
朝鮮研究 (185) - 国立国会図書館デジタルコレクション




〇義烈団と金元鳳   [1980年](1982年)

「朝鮮革命宣言」

 だが、急激なイデオロギー分化のなかでは、そうした姿勢をうらづけるためにも最低限の理論構築が要求された。その要求に応えるべく書かれたのが、金元鳳の要請をうけて北京で申采浩が執筆したといわれる有名な「朝鮮革命宣言」(一九二三)なのである。(略)

民衆はわが革命の大本営である
暴力はわが革命の唯一の武器である
我々は民衆のなかに行き民衆と手を携え
絶えざる暴力――暗殺、破壊、暴動を以て強盗日本の統治を打倒し
わが生活の不合理な一切の制度を改造し
人類が人類を圧迫することを許さず
社会が社会を搾取することを許さぬ
理想的朝鮮を建設するのだ。

 以上のような内容をもつ「朝鮮革命宣言」には特徴的な点が二つある。その第一は、いわば「民衆の発見」ということである。(略)
 第二に、考え方としては、マルクス主義アナキズムとかさなる部分を大いに持ちながらも、それぞれに独特なキーワードのいずれをも、みごとなほど使っていないことである。(略)
 以上二点ともが、義烈団・金元鳳が、やがて二〇年代後半に、厳密な意味での民族協同戦線派に展開していく道筋を暗示しているともいえるのである。

「第二に、考え方としては、マルクス主義アナキズムとかさなる部分を大いに持ちながらも、それぞれに独特なキーワードのいずれをも、みごとなほど使っていないことである。」


〇論説 旧韓末北関地域経済と内外交易 [1989年]
論文内には、「内在」という単語は1回も使われていない



https://s3731127306973.hatenablog.com/entry/2049/12/31/000000

梶村秀樹先生の仕事を引用している人一覧(敬称略)

姜徳相
「一国史を超えて : 関東大震災における朝鮮人虐殺研究の50年」「」
晩年のインタビューに梶村先生が登場
姜徳相 | CiNii Research all 検索
・宮田節子
「私が朝鮮に向かいはじめたころ(東洋文化講座・シリーズ「アジアの未知への挑戦 : 人・モノ・イメージをめぐって」講演録)」

・山田昭次
たぶんどこかで引用していたはず

徐京植
『分断を生きる―「在日」を超えて』『半難民の位置から―戦後責任論争と在日朝鮮人』のどちらか
・山本興正
「戦後朝鮮史研究における「60年代の問題意識」の一断面 : 「民族」と「日本人の責任」をめぐる梶村秀樹と旗田巍の思想的交錯」『戦後思想の再審判―丸山眞男から柄谷行人まで』
『排外主義克服のための朝鮮史』(解説)
・中野敏男
朝鮮史研究者以外で、中野氏は一番よく読んでいる。梶村秀樹先生の死後の弟子といっていいぐらいよく読んでいる
『〈戦後〉の誕生―戦後日本と「朝鮮」の境界』『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』「「日本の戦後思想」を読み直す(7)「方法としてのアジア」という陥穽--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯」「「日本の戦後思想」を読み直す(第8回)植民地主義批判と朝鮮というトポス--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯(その2)」
・板垣竜太
『日本植民地研究の回顧と展望:朝鮮史を中心に 板垣竜太,戸邉秀明,水谷智 校正前』
・加藤圭木
「1920~30年代朝鮮における地域社会の変容と有力者・社会運動 ─咸鏡北道雄基を対象として─」
・車承棋
・洪宗郁
・姜元鳳
・林雄介
・戸邉秀明
・水谷智
吉野誠
梶村秀樹朝鮮史研究 -内在的発展論をめぐって-」
・金泰相
・中村平八
・姜萬吉
・吉見義明
『草の根のファシズム : 日本民衆の戦争体験』のどこか
・石田米子
「月報」に寄稿、『黄土の村の性暴力』という記念碑的労作が生まれた背景には、梶村秀樹先生の存在があったのではと真剣に考えている。
調査中
並木真人
中塚明
山辺健太郎
遠山茂樹
井上清
芝原拓自
竹内好武田泰淳丸山眞男加藤周一中野重治大西巨人
林達夫花田清輝、、、吉本隆明
和田春樹
村松武治、小林勝、上野英信森崎和江
大門正克、吉沢南
旗田巍
澤地久枝
幼方直吉、
林えいだい
岡まさはる
米津篤八
宋連玉
金富子


引用していないと思われる人
鹿野政直
山田昭次氏の著作は引用していた。
鈴木裕子
いちはやく「慰安婦」問題に接近した
安丸良夫
色川大吉

司馬遼太郎、黛
中井久夫安克昌(あん・かつまさ)
津田左右吉家永三郎
浅田彰


アミン
「韓国の社会科学はいま」「六〇~七〇年代NICs現象再検討のために   ――主に韓国の事例から――」「“やぶにらみ”の周辺文明論」「「日帝」との対峙は過去のものであるか?」「旧植民地社会構成体論」「歴史の発展は幻想だろうか(聞き手 菅孝行)」

フランク
「韓国の社会科学はいま」「旧植民地社会構成体論」

サルトル
「論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見」「歴史の発展は幻想だろうか(聞き手 菅孝行)」「」

内在的発展
「朝鮮近代史研究における内在的発展の視角」「「一筋の赤い糸」としての内在的発展」「『常緑樹』(解説)」「『朝鮮史の枠組と思想』あとがき」「排外主義克服のための朝鮮史」「六〇~七〇年代NICs現象再検討のために   ――主に韓国の事例から――」「第5巻解説 梶村秀樹著作集」「申采浩の朝鮮古代史像」「第4巻解題 梶村秀樹著作集」「『東学史』によせて」「第2巻解説 梶村秀樹著作集」「第2巻解題 梶村秀樹著作集」「東アジア地域における帝国主義体制への移行」「朝鮮からみた日露戦争」「朝鮮からみた現代東アジア」「朝鮮思想史における「中国」との葛藤」「朝鮮社会における移行法則」「朝鮮史研究の方法をめぐって」「日本における朝鮮研究」「朝鮮近代思想史の課題」「“やぶにらみ”の周辺文明論」「朝鮮近代史研究の当面の状況」「朝鮮近代史の若干の問題」「朝鮮近代史と金玉均の評価」「私にとっての朝鮮史 『朝鮮史 その発展』序章」「一九一〇年代朝鮮の経済循環と小農経営」「旧植民地社会構成体論」「日本帝国主義支配下の朝鮮ブルジョアジーの対応」「「民族資本」と「隷属資本」 ――植民地体制下の朝鮮ブルジョアジーの政治経済的性格解明のためのカテゴリーの再検討」「書評 『日本帝国主義と旧植民地地主制 ――台湾・朝鮮・満州における日本人大土地所有の史的分析』」「書評 『朝鮮社会経済史研究』書評」「書評 『韓国経済史』書評」「朝鮮史をみる視点」


投企
定住外国人としての在日朝鮮人」「論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見」

梶村秀樹先生を知るための30章、または50章

石田米子、竹内好、(花田清輝なし)、姜徳相、内在的発展論、経済史、民衆思想史(色川、安丸、鹿野)、言語論翻訳論、植民者論、家族関係(とくに父)、華青闘、日韓条約、昆虫採集、実証主義、史料とはなにか論、最後の論文、申采浩、夏目漱石魯迅、民族責任論、国境をまたぐ生活圏、金嬉老サルトル、メンミ、咸錫憲、朴正煕、西岡の転向と2つの論文、文学観(国民文学論争にふれないといけないかもしれない)、日本帝国主義論、


網野善彦メモ
「時国」での検索結果(メモ CiNiiで「時国」で検索したら、「戦時国家」というキーワードが入った論文がたくさん出た)

〇『蒙古襲来』
項目「幕府とその周辺」「四方発遣人」「時宗の死」

〇『日本の歴史をよみなおす(全)』
項目「日本人の識字率」「太良荘の女性たち」、「百姓は農民か」「奥能登の時国家」「廻船を営む百姓と頭振(水呑)」「村とされた都市」「襖下張り文書の世界」、「飢饉はなぜおきたのか」「海上交通への領主の関心」
(「水田に賦課された租税」には「時国」なし)

〇『歴史の中で語られてこなかったこと』(宮田登との対談)
項目「隠然たる力を発揮する隠居たち」「誤解されている二男、三男のあり方」「稲作地帯は近世の現象」「百姓と農民は違う」「日本像の書き替え」「崩れつつある日本史の常識」

〇『米・百姓・天皇』(石田進との対談)
項目「3 主食は米か」「6 東と西のちがい」「7 女性の力の再評価」

〇『対談 中世の再発見』(阿部謹也との対談)
「時国」なし

〇『増補 無縁・公界・楽』
「時国」なし

〇『日本中世の民衆像 平民と職人』
「時国」なし

〇『海民と日本社会』
「百姓は農民、「村《むら》」は農民という誤解」「誤解の根深さ」「日本列島の社会と海民の諸活動」「注記」、「非農業分野への視点」、「はじめに――時国家の調査について」「能登の豊かさ――「頭振」の実像」「能登の「百姓」の生業」「中世能登の都市」「むすび――残された課題」、「はじめに」「能登半島の特質」「奥能登・時国家の調査から」

〇『中世再考 列島の地域と社会』
「中世民衆生活の様相」の「結び」「注」、「地名と名字」「民具学と農業史 宮本常一氏と日本常民文化研究所

〇『日本列島再考――海からみた列島文化』


川崎という歴史家


梶村秀樹著作集1:朝鮮史と日本人

第1章 朝鮮史の意味
013 排外主義克服のための朝鮮史(はじめに/なぜ朝鮮史を学ぶのか/朝鮮侵略の理論と思想/戦後民主主義のもとでの朝鮮観/朝鮮史の内在的発展/若干の補足と論争の深化のために)
078 朝鮮語で語られる世界
089 私にとっての朝鮮史――『朝鮮史――その発展』序(朝鮮民衆の内在的発展/朝鮮史の意味/本書の限定条件)
第2章 日本のナショナリズム
097 竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈
104 「日本人の朝鮮観」の成立根拠について――「アジア主義」再評価論批判
123 自由民権運動と朝鮮ナショナリズム(朝鮮への接近/士族民権派豪農民権派/貧農民権派
136 朝鮮からみた明治維新(私のジレンマ/侵略の歴史と連帯の歴史?/「民衆」の未発の契機/からめとられた中で)
151 朝鮮を通してみた天皇制の思想――さめた思想(はじめに/皇民科教育の詐術/天皇はえらい、えらいは人間、人間はわたし/民族差別の根源と天皇制思想)
165 亜洲和親会をめぐって――明治における在日アジア人の周辺(だれが主導したのか?/清国留学生の状況/亜洲和親会の約章と活動/亜洲和親会に参加した各国人/朝鮮人民族主義者の不参加問題/亜洲和親会その後)
第3章 在朝日本人
193 植民地と日本人(在朝日本人史の欠落/一旗組の生きざま/国家権力との癒着/植民地化の時代)
217 植民地朝鮮での日本人(三・一運動下の日本人/在朝日本人の存在形態/在朝日本人の意識と行動)
244 植民地支配者の朝鮮観(自己合理化の感情/煙に巻く「教化」の論理/戦後の継承と変形)
256 「旧朝鮮統治」はなんだったのか(何の差別もなく?/事実の誤り/近代化に心血を注いだ?/植民地支配肯定論の継承/植民地支配をごまかすな!)
第4章 日本人と朝鮮
271 在日朝鮮人・韓国人差別の淵源――皇民化の問題を中心に
297 差別の思想を生み出すことば
308 サハリン朝鮮人の特集にあたって
315 竹島=独島問題と日本国家(はじめに/日本国民の「竹島」認識/韓国・朝鮮側の基本姿勢/日韓両政府間の論争文献/竹島=独島の自然条件/竹島=独島の地理的位置/竹島=独島の歴史的名称/竹島=独島の認知/一七世紀の実効的経営?/竹島=独島の帰属についての意識/帝国主義的な一九〇五年の日本編入/戦後の竹島=独島/日韓条約竹島=独島/国際法とは何か?/最近の事態/おわりに)
358 「日帝」との対峙は過去のものであるか
371 歴史的視点からみた日韓関係――日本側発題(日本人の歴史認識/教育の軍国主義化/教科書検定の内実/侵略の合理化/私たちの課題/歴史家の責任/日韓の相互交流)
381 歴史をねじまげてはいけない――「日韓合邦」の真相(応急まで制圧下/抵抗試みた高宗/侵略を直視せよ)
385 近代史における朝鮮と日本

397 「朝鮮史と日本人」解説 新納豊
409 解題 初出誌その他 新納豊

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梶村秀樹著作集2:朝鮮史の方法

第1章 内在的発展の視角
013 李朝後半期朝鮮の社会経済構成に関する最近の研究をめぐって(はじめに/(一)通年の形成/(二)北朝鮮歴史家の問題提起/(三)内在的批判)
036 朝鮮近代史の若干の問題((一)朝鮮近代史の時代区分/(二)大院君の政治的性格のついて/(三)「日本の朝鮮侵略」の質の問題/(四)日帝時代の朝鮮人ブルジョアジーについて/(五)侵略のイデオロギーとしての「朝鮮援助」論について)
060 朝鮮近代史と金玉均の評価
080 朝鮮近代史研究の当面の状況
086 日本における朝鮮研究
108 朝鮮史研究の方法をめぐって(はじめに/(一)第一段階――知らないから知る/先学たち/侵略史の勉強/「善意の悪政」論との出会い/第二段階――内在的発展の歴史/日朝比較論/第三段階)
126 朝鮮社会における移行法則
148 朝鮮近代思想史の課題
160 “やぶにらみ”の周辺文明論
164  朝鮮近代史研究における内在的発展の視角)
第2章 朝鮮史と東アジア
181 朝鮮思想史における「中国」との葛藤((一)はじめに/(二)「事大主義」の条件と特徴/(三)新羅以前の朝・中関係/(四)高麗時代の事大主義と民族主義/(五)李朝の成立と事大主義の定着/(六)小中華論の完成から否定へ/(七)近代以後の事大主義)
208 朝鮮からみた現代東アジア((一)東アジアとプロレタリア国際主義の理念/(二)朝鮮革命と国際条件/(三)社会主義国際関係のイメージ/(四)日本の問題状況)
241 朝鮮からみた日露戦争(はじめに/(一)朝鮮中立化構想をめぐって/(二)開戦前の朝鮮の世論/おわりに)
275 東アジア地域における帝国主義体制への移行((一)世界資本主義の編入過程における東アジアでの国際的両極分解/(二)遠山氏の東アジア地域史論をめぐって/(三)更新資本主義発展の世界史的条件/(四)東アジア地域史像の再検討/(五)補論)
第3章 意味としての歴史
305 日本帝国主義の問題(はじめに/(一)日帝像の原型――近代民族運動のなかでの日本像/(二)マルクス主義者の自国史認識と日本帝国主義像/(三)南朝鮮と日本での「日帝」)
336 申采浩の朝鮮古代史像(はじめに/(一)運動経歴と思想の展開/(二)啓蒙運動器の歴史観/(三)一九二〇年代の古代史研究/(四)『朝鮮上古史』の朝鮮古代史像/おわりに)
361 歴史と文学((一)意味としての歴史と事実としての歴史/(二)科学としての歴史の意味/(三)史料としての文学)

373 「朝鮮史の方法」解説 吉野誠((一)侵略史から内在的発展論へ/(二)一国史的把握と世界史的観点/(三)法則的把握と近代批判/(四)民衆像の探求/(五)朝鮮観の「先祖帰り」現象)
388 解題 初出誌その他 吉野誠

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梶村秀樹著作集3:近代朝鮮社会経済論

第1章 外圧への対応
011 李朝末期(開国後)の綿業の流通および生産構造――商品生産の自生的展開とその変容(問題設定/洋貨の流入と土布生産の発展過程/洋貨の土布市場奪取過程/原料輸出・製品購買の構造への転化過程/要約と展望)
135 近代朝鮮の商人資本等の外圧への諸対応――甲午以後(一八八四~一九〇四年)期の「商権」問題と生産過程(はじめに/商権の自主性の問題/生産過程での営為/まとめ)
第2章 植民地化前後の地域経済
157 旧韓末北関地域経済と内外交易(はじめに/北関地域と国内隔地間交易の進展/ウラジオストーク貿易と北関地域経済/「併合」後、ウラジオスト-ク交易の切断と日帝による地域経済再編)
188 一九一〇年代朝鮮の経済循環と小農経営(問題状況/一九一〇年代前半の生産・流通・消費/農家経済調査データの分析/おわりに)
第3章 植民地社会論
237 旧植民地社会構成体論(問題設定/既存の旧植民地社会構成体論/植民地半封建社会構成体論の一般的前提/国際分業の諸段階と植民地半封建社会構成体の歴史的位置)
265 日本帝国主義支配下の朝鮮ブルジョアジーの対応――平壌メリヤス工業を中心に(問題視覚/平壌メリヤス工業の位置づけ/草創期/小経営史/企業化ブーム/自動化と恐慌/「満州進出」問題と総合メリヤス工業化への展開/戦時経済と資本の「同化」/要約にかえて)
328 「民族資本」と「隷属資本」――植民地体制化の朝鮮ブルジョアジーの政治経済的性格解明のためのカテゴリーの再検討(狭義の「民族資本」概念の成立過程/朝鮮における「民族資本」認識/経済的側面からみた「民族資本」)
354 一九二〇~三〇年代朝鮮農民渡日の背景――蔚山群達里の事例(はじめに/蔚山達里村落の概況/渡日者とその他の流出人口/流出人口の出身階層別/途日者の学歴と人口流出の影響/おわりに)
第4章 内在的発展の展望
375 「一筋の赤い糸」としての内在的発展 
383 「民族経済」をめぐって

387 「近代朝鮮社会経済論」解説 李洪洛
400 解題――初出誌その他 李洪洛

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梶村秀樹著作集4:朝鮮近代の民衆運動

総論 朝鮮民族解放闘争と国際主義
013 朝鮮民族解放闘争史と国際共産主義運動(序章 朝鮮史の主人公としての朝鮮人民/第一章 朝鮮革命運動の前史/第二章 朝鮮民族解放運動の国際的試練/第三章 在日朝鮮人運動と日本人民と日本人民の堕落/第四章 金日成抗日パルチザン闘争と八・一五への若干の諸問題)

第1章 三・一運動
089 『東学史』によせて
101 三・一運動を考える
106 民族主義社会主義のはざま――朴慶植『朝鮮三・一独立運動』によせて
117 大韓民国臨時政府をめぐって(一 民族主義者たちの情勢判断と運動方針/二 三つの政府とその統合/三 民族主義者の理想国家像/四 改造か創造か?)
第2章 国外における解放闘争
135 義烈団と金元鳳(テロリズムと共同戦線/金元凰のおいたち/設立当初の義烈団/三・一後の民衆意識/実力抗争の論理/「朝鮮革命宣言」/テロリズムの時期/中国革命のなかへ/安光泉との出会い/共同戦線の論理/民族革命党の結成/金九との合作/革命後の金元鳳/おわりに)
171 1930年代満州における抗日闘争にたいする日本帝国主義の諸策動――「在満朝鮮人問題」と関連して(一 「在満朝鮮人民問題」/二 共産主義者の指導する抗日武装闘争の展開(一九三〇年代前半)/三 集団部落設定(匪賊分離)と民生団・協助団の策動(民族離間工作)/四 「華北安全農村」について/おわりに)
212 『アリランの歌』〈解説〉
223 一九四〇年代中国での抗日闘争(日中戦争以前の民族運動/在中朝鮮人大衆の情況/朝鮮義勇隊韓国光復軍華北朝鮮義勇軍/おわりに)
235 解放前の在日朝鮮人運動史――在日朝鮮人労総結成~全協への解消を中心として(はじめに/ 一 路線転換前の運動/二 路線転換をめぐる諸過程/三 全協指導下の在日朝鮮人運動/四 全面戦争下の個別抗争)
第3章 ブルジョア民族主義から民衆的民族主義
281 朝鮮共産党――断章
292 新幹会研究のためのノート(はじめに/一 新幹会の活動/三 新幹会解消問題/結びにかえて)
321 甲山火田民事件(一九二九年)について(はじめに/一 朴達『曙光』に記された甲山火田民事件/二 ソウルから見た事件の経過/三 若干の考察――結びにかえて)
350 『常緑樹』〈解説〉
357 一九二〇~三〇年代の民衆運動(二〇~三〇年代は空白ではない/二〇年代民主運動者の精神史の軌跡/民衆的民族主義のヴィジョン/おわりに)

369 「朝鮮近代の民衆運動」解説 劉孝鐘
387 解題――初出誌その他 劉孝鐘

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梶村秀樹著作集5:現代朝鮮への視座

第1章 8・15以後の朝鮮人
013 八・一五以後の朝鮮人民(序 朝鮮現代史研究の実践的視点/一 戦後世界分割と朝鮮人民の苦闘/二 朝鮮南北分断の軍事的固定化/三 統一への苦難の時代/四 革命と統一への新たな画期)
第2章 日韓関係を考える
105 日韓条約のゆくえを追跡します
108 対韓経済進出の具体的状況(一 はじめに/二 国家資本の投下/三 民間資本の進出/四 貿易関係/五 人の往来と外交とりきめ/六 おわりに)
119 日刊体制の再検討のために(一 歴史的パースペクティブ/二 南朝鮮の高成長経済/三 従属資本主義発展の諸要因/四 日本資本主義の「戦略」/五 従属の問題/六 ゆがみの問題――結論にかえて)
第3章 韓国経済の展開
135 一九六〇年代初頭の南朝鮮の支配構造といわゆる隷属資本(第一節 問題設定/第二節 地主階級の没落/第三節 アメリカ帝国主義南朝鮮支配政策と「隷属政策」の育成/第四節 一九六〇年代初頭の独占財閥資本の状況/ 第五章 結びにかえて――独占財閥資本の志向と朴政権の「民族主義」)
157 韓国経済における政府の役割――一九六〇~七〇年代(はじめに/一 国家資本の比重/二 国家の経済介入/おわりに)
229 六〇~七〇年代NICs現象再検討のために――主に韓国の事例から(はじめに/一 NICs現象の世界史的規定条件/二 NICs現象と内在的諸要因/三 八〇年代NICs――不安定性の顕在化/四 若干の方法論的コメント)
第4章 韓国の民衆運動
259 歴史としての四・一九(四月革命ということば/自由と民主の理念/李承晩独裁下の批判勢力/大邱の二・二八デモ/馬山の事件/四・一八から四・一九/四・一九へ/四・一九当日のソウル/李承晩の下野/四月革命の歴史的位相)
278 ベトナム派兵の傷痕(一 はじめに/二 派兵の経緯/三 派兵の名分/五 韓国軍の戦い様/五 兵士の苦悶/六 血であがなわれたドル/七 結びに――日本の罪)
318 韓国の労働運動と日本(労働者の手記を読んで/韓国労働運動の現段階/生存権闘争と基層労働者/日本独占資本の韓国侵略/安い韓国製品は何を語るか?/日本人としての立脚点)
329 語りはじめた労働者たち(闘いの糧としての手記/蓄積される闘いのエネルギー)
339 韓国現代史における「南民戦」(はじめに/「南民戦」の目ざしたもの/「自生的社会主義」/現代史の中の「南民戦」)
350 韓国の農村で(本当にハゲ山か?/渦巻の目、ソウル/自負と悪戦苦闘/日本経済の後追いか?)
第5章 北朝鮮への視点
357 北朝鮮における能動協同化運動(一九五三~五八年)についての一考察(はじめに/一 農業協同化運動の経過の概観/二 個別組合の事例/三 若干の問題点の検討/おわりに)
406 朝鮮北半部からみた現代日本(朝鮮からみた現代日本/「日本軍国主義」とは何か?/「日本帝国主義」について/米帝日帝との関係/侵略の戦略論/日本の国内体制論/七二年以降の情勢について)

427 「現代朝鮮への視座」解説 水野直樹
439 解題――初出誌その他 水野直樹

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梶村秀樹著作集6:在日朝鮮人

序 在日朝鮮人とは
013 定住外国人としての在日朝鮮人(はじめに/歴史的形成過程――国境をこえた農民層分解/国境をまたぐ生活圏/定住外国人指向の必然性/二者択一論批判/「帰国」か「帰化」か/民族への帰属意識/おわりに)
第1章 植民地下の在日朝鮮人
037 在日朝鮮人の渡来史
048 「同化主義の刻印」
065 八・一五以前の在日朝鮮人の歴史(1渡航の歴史/2日本での生活/3たたかいの歴史)
075 在日朝鮮人の生活史(一 朝鮮人労働者層/二 労働運動の昂揚から戦時体制への移行/三 むすび――戦後史の展望) 
108 海がほけた!――山口県長生炭坑遭難の記録(一 はじめに/二 ききがき/三 若干の蛇足)
127 戦時下の在日朝鮮人
第2章 解放後の在日朝鮮人
137 解放後の在日朝鮮人((一)解放直後の在日朝鮮人運動(一九四五・八~一九五〇)/(二)朝鮮戦争下の在日朝鮮人運動(一九五〇~一九五三)/(三)分断固定化時代の在日朝鮮人運動(一九五三~一九六五))
232 論文「在日朝鮮人の処遇政策確定過程にみられる若干の問題について」への内在的批判
242 なぜ朝鮮人が日本に住んでいるのか――指紋拒否者への脅迫状に答える
第3章 入管法・外登法と在日朝鮮人
253 在日朝鮮人にとっての国籍・戸籍・家旅(上)
267 在日朝鮮人にとっての国籍・戸籍・家旅(下)
287 外国人登録法と常時携帯義務制度(一 治安立法としての外国人登録法/外登証常時携帯制度の機能/三 外国人登録制度のねらいは朝鮮人/ 外国人登録制度の推移/ 日本人にとっての外登法問題)
302 在日用先人の指紋押捺拒否の歴史(指紋制度の前史/”協和会手帳”の再現/一九五二年の外登拒否闘争/二重登録はそんなにあったか?/共通した指紋制度への怒り/指紋押捺拒否事例)
318 朝鮮人に対する同化政策の歴史と現状(意見書/鑑定書要旨)
331 在に外国人管理の歴史と現在(在日外国人管理の思想/人権を保障されるのは「国民」だけ/強制退去条項はなぜなくならないのか/名ばかりの「永住」許可/生存権を脅かされる在日三世、四世/同化か、追放か/在日朝鮮人の闘いを支援する意義/制度的差別の解体に向けて/日本社会のオルタナティブとは)
第4章 在日朝鮮人と日本社会
351 金嬉老への判決を支えた日本社会(「健全なる常識」?/警察の「論理」/マスコミの役割/誰からの被害者か?)
365 金嬉老裁判の現在
374 私における呉林俊氏の肖像
381 論文「自立した関係をめざして」に対する私の意見
389 論文「朝鮮統一は在日朝鮮人問題を解決するか」に対する私の意見
405 定住外国人県民の生活とニーズ――「県内在住外国人実態調査」を終えて(はじめに/定住外国人と民族差別/「見えない外国人」/当事者の実存的真実/職業構成と民族教育へのニーズ/おわりに――自治体と県民の責務)
412 「指紋」の闘いは終わっていない(”指紋”問題とは/人権としての”指紋”/国側が固執するわけ/民族差別としての指紋制度/欧米人拒否者の気持/「共に生きる」ために)

427 「在日朝鮮人論」解説 佐藤信行
439 解題――初出誌その他 佐藤信行

現代《げんだい》の「若者《わかもの》」に真剣《しんけん》に出す課題《かだい》。「マーケティングというものの限界《げんかい》がどこにあるのかをつきとめろ。もちろんAIやビッグデータもふくめて」

言《い》いかたを変《か》えると、「「マーケティング」と「需要《じゅよう》の掘《ほ》り起《お》こし」はどう違《ちが》うか、全部《全部》答《こた》えろ」
気が若い人なら、95歳でもこの問題に挑戦《ちょうせん》するべき。

わたしは、真剣に考えればなんとかできそうなことしか課題に出さない。これはそのうちの一つ。
藤子・F・不二雄氏と楳図かずお氏は、マーケティングというものの限界をある程度わかっていた。おそらくこれがはじめるべき点。これは、楽観論なんかではまったくない。

作業メモ あえて反・反出生主義、というか単純に人間愛にもとづいた生き方を求めているとすれば、現在という時代は恋愛より子育ての”能力”の方がはるかに必要だ。はっきりいって、半分ぐらいは「人間のもともとのエゴイズムというのはそこに自分だけでは絶対に気がつかないようにできているんだ」としておこう。そのエゴのあらわれかたは、それぐらい強烈だ。