『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

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CiNii収録の「戦争と性暴力」関連論文一覧 - s3731127306973のブログ




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梶村秀樹先生についてのメモ その2 著作・関連書籍一覧

※随時更新しています

梶村秀樹本人によるもの]


・1987年の韓国情勢 (1990)
CiNii 論文 -  1987年の韓国情勢

・旧韓末北関地域経済と内外交易 (1990)
CiNii 論文 -  旧韓末北関地域経済と内外交易



[本人以外によるもの]

梶村秀樹朝鮮史研究--内在的発展論をめぐって (1990)
CiNii 論文 -  梶村秀樹の朝鮮史研究--内在的発展論をめぐって

・「日本の戦後思想」を読み直す(7)「方法としてのアジア」という陥穽--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯 (2006)
CiNii 論文 -  「日本の戦後思想」を読み直す(7)「方法としてのアジア」という陥穽--アジア主義をめぐる竹内好と梶村秀樹の交錯

・「日本の戦後思想」を読み直す(第8回)植民地主義批判と朝鮮というトポス--アジア主義をめぐる竹内好梶村秀樹の交錯(その2) (2006)
CiNii 論文 -  「日本の戦後思想」を読み直す(第8回)植民地主義批判と朝鮮というトポス--アジア主義をめぐる竹内好と梶村秀樹の交錯(その2)

梶村秀樹の「未発の契機」 : 植民地歴史叙述と近代批判(論文) (2013年)
CiNii 論文 -  梶村秀樹の「未発の契機」 : 植民地歴史叙述と近代批判(論文)



梶村秀樹先生に言及されているもの]


・草の根のファシズム―日本民衆の戦争体験 (1987)
https://www.amazon.co.jp/%E8%8D%89%E3%81%AE%E6%A0%B9%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B0%91%E8%A1%86%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%BD%93%E9%A8%93-%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2-%E5%90%89%E8%A6%8B-%E7%BE%A9%E6%98%8E/dp/413025071X/ref=sr_1_4?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%BF%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%82%E3%81%8D&qid=1561379809&s=gateway&sr=8-4

・早わかり 韓国を知る事典―暮らしから歴史まで厳選500キーワード (2005)
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A9%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A-%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8B%E4%BA%8B%E5%85%B8%E2%80%95%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%8B%E3%82%89%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%BE%E3%81%A7%E5%8E%B3%E9%81%B8500%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89-%E9%87%91-%E5%AE%B9%E6%A8%A9/dp/4486031350

・幕末外交と開国 (2012)
https://www.amazon.co.jp/%E5%B9%95%E6%9C%AB%E5%A4%96%E4%BA%A4%E3%81%A8%E9%96%8B%E5%9B%BD-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E8%A1%93%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E7%A5%90%E4%B8%89/dp/4062921332/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E5%8A%A0%E8%97%A4%E7%A5%90%E4%B8%89&qid=1561380002&s=gateway&sr=8-1

・新版 韓国 朝鮮を知る事典 (2014)
https://www.amazon.co.jp/s?k=%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8B%E4%BA%8B%E5%85%B8&i=stripbooks&__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&ref=nb_sb_noss

・戦後思想の再審判―丸山眞男から柄谷行人まで (2015)
https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E5%BE%8C%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E5%86%8D%E5%AF%A9%E5%88%A4%E2%80%95%E4%B8%B8%E5%B1%B1%E7%9C%9E%E7%94%B7%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9F%84%E8%B0%B7%E8%A1%8C%E4%BA%BA%E3%81%BE%E3%81%A7-%E5%A4%A7%E4%BA%95-%E8%B5%A4%E4%BA%A5/dp/4589036983/ref=sr_1_13?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E6%A2%B6%E6%9D%91%E7%A7%80%E6%A8%B9&qid=1561379603&s=gateway&sr=8-13



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・가지무라 히데키(「かじむらひでき」のハングル表記)

強制連行被害者への賠償・日本語教育推進法・「捨て石」というニュースを足し合わせた結果、OEDなみの日本語大辞典ができる可能性10%以上

韓国 仲裁委員の任命は明らかにせず | NHKニュース

新しい法律が日本語教育の「後ろ盾」に。「住む地域に人生が左右されていいのか」現場からは声があがっていた | ハフポスト
外国人の日本語教育は国と地方の責務 推進法成立 | NHKニュース

令和で初めての沖縄戦「慰霊の日」最後の激戦地で戦没者追悼式 | NHKニュース



上の三つのニュースを見て思いついたこと。といっても、私が前からナントカのひとつおぼえで言っている、「日本語まるごとさしおさえられ案」のことである。

それぞれの近代国家において、一つの言語を支配することは重要な仕事だった。これがさまざまな排除を生み出したことも事実だが、重要な結果も生み出した。
たとえば、オックスフォード英語大辞典やグリム・ドイツ語辞典などである。
さて、2019年現在の日本政府は、まるで日本語を「捨て石」にしようとしているようである。私にはそうみえる。統計破壊・政治家と扇動家の日本語の悪用・人文学への予算制限・年々きびしくなる研究者の雇用環境・反文部省論者ですら目をうたがうような「国語教育改革」など、かぞえていけばきりがない。
そこで、である。「日本語」と分類できるものすべての大辞典を、日本政府主導ではなく、日本政府以外のアジア各国政府主導で作成する、というのはどうだろうか? 日本政府は一年につき10億円、100年で合計1000億円だすことと、日本国籍の辞書執筆者の「日本国籍」を一時的に二重国籍状態にすることを認めさえすればよい。後者のイメージがつきにくいかたは、阿倍仲麻呂をおもいだしてもらえればいい。
前者については、一年につき1万五千冊の本を電子化する作業として10億円、そこに有志の無償協力をおおいに集結させる。それと、各放送局や個人所有の絵画・物品・音声・動画資料も執筆者側に無償提供する。電子化した本は、原則無償、例外として著作権対策をして障害をとりらったアクセス可能性を確保する。もちろん、賠償の一種としての措置である。
もちろん、手話など、これまで主要だと思われていない「日本語」の辞典も作成する。
かなりとっぴな思い付きだが、現状を見るに、2100年までに、日本語学者の悲願である「OEDなみの日本語大辞典」を日本列島の人々の力だけでつくれる可能性ははっきり言って0.01%以下である。社会の力量、といっていいかたが悪ければ、社会の勢いがはげしく落ちているからである。アジア全域の人々のちからを結集すれば、可能性は10%以上にはねあがる。

念のために書くが、私自身、とっぴなおもいつきだと半分はおもっている。
あなたはどう考えるだろうか?

※工事中です   『A3』(森達也)への検証:本論8-2 妄想は”そろって”いたか? 新実智光の証言から

オウム事件の被告たち(※1)の証言から、特に麻原(松本)に近く、非常に積極的に動いた人物に、村井秀夫・井上嘉浩・新実智光の3人があげられる。少なくともこの3人をはずしてオウム事件を論じることはできない。
そこで、証言の信用性がもっとも検証しやすい、新実智光の証言を以下に示していきたい。

[……しかし、新実がほぼすべての事件にかかわっているため、関係する証言をすべてひろいだすだけでも、一度には書ききれない。そのため、悩んだすえ、何度も分けて記事を書くことにする。オウム事件の凶悪性を考えると、不完全なものを十分なもののように公開の場に出すことは絶対にできない。本当に申し訳ないが、どうかご理解いただきたい。]

以下、『オウム「教祖」法廷全記録』から引用する(※2)。

■第198回公判(2001年6月8日)

検察側証人
 中川智正(38) 元教団「法皇内庁」トップ
 新実智光(37) 元教団「自治長省」大臣


初傍聴の上祐幹部「前代表は小さく見えた」

(略)
 尋問は、サリン散布の対象が裁判所から官舎に変更された経緯に移った。
検察官「目標の変更は証人が決定したの?」
証人「私ではない」
(略)
証人「電話ボックスの方に歩いていました。村井さん1人の決断で判断できないから、尊師の判断を仰ぐのかと」
(略)
証人「今話していることが正しいです」
検察官「どうして記憶に反する供述を」
(略)

■第199回公判(2001年6月21日)

検察側証人
 中川智正(38) 元教団「法皇内庁」トップ
 新実智光(37) 元教団「自治長省」大臣

中川被告の「神秘体験」

(略)
 中川被告が午後4時49分に退廷し、新実智光被告が入廷した。しかし、時間がなくなったため、阿部文洋裁判長が尋問を翌日に行うと伝えた。

■第200回公判(2001年6月22日)

検察側証人
 中川智正(38) 元教団「法皇内庁」トップ
 新実智光(37) 元教団「自治長省」大臣

「尊師、分かってほしい」と泣き崩れる中川被告

(略)
弁護人「これは死体なき殺人だ。被害者が冨田さんなのは間違いない?」
証人「はい」
弁護人「それまで冨田さんと面識は」
証人「何回もあります」
(略)
証人「そういうものかな、と」
弁護人「そういうものかな、とは」
証人「半信半疑、が近いかと思う」
弁護人「教団でスパイと疑われたのはこれが初めて?」
(略)
弁護人「それは麻原さんの説法からそう考えるようになったのか」
証人「はい」
(略)
証人「在家信者となってスパイ活動していると聞きました」
(略)
証人「(略)私はただ、自分の信ずるままにするだけです」

■第201回公判(2001年7月5日)

検察側証人
 新実智光(37)=元教団「自治省」大臣

スパイ疑惑も毒ガス攻撃も半信半疑」
(略)
 30分後、新実被告が入廷した。(略)
証人「私には分かりかねるというのが率直な気持ちだった。あるのかな、というぐらいの気持ち」
(略)
弁護人「半信半疑ながらも信じた根拠は何か。麻原氏の説法からか」
証人「それも一因です」
(略)
弁護人「当時の麻原さんの説法では毒ガス攻撃に対して積極的に行動を取るというのはなくて、耐え忍ぶと言っている。本当に指示したのか」
証人「事実は小説より奇なりと言うから。指示はないと言いたいが、実際はあったと思う」
(略)
弁護人「さっきは常に麻原さんに報告していたと」
証人「はっきりしないことを申し上げてすみませんでした。はじめのうちは(報告が)あったかもしれませんが、後の方は林郁夫(服役囚)さんに、パイプというか流れができ上がっていたんで、尊師を通さずにやったことがあるかもしれません」
弁護人「麻原さんが『チェックの必要はないですよ』というふうに言ったことはあるのですか」
証人「ないと思います。ちょっと記憶にありません」
弁護士「(松本被告が)必ず許可を出したということですか」
証人「はい」
 新実被告が数回コップの水を飲んだ。弁護人は教団の省庁制発足の目的について質問した。
(略)

■第202回公判(2001年7月6日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「連れ出してから査問、殺害まで4時間」

 白のTシャツと黒のスエット姿の松本智津夫被告に続き、新実被告が入廷し、午前10時3分に開廷した。冨田さん殺害事件について、弁護人が尋問を始めた。
(略)
弁護人「省庁制後に麻原さんは『不正確にしか情報が伝わらない』と言っている」
証人「あったと思う。(略)」
(略)
証人「自治省のメーンの仕事はスパイの摘発ではない。一つは尊師と家族の警備。もう一つは施設建物の警備。スパイの摘発はあくまでもサブ」
(略)

「尊師は唐突で、ついていけない」

(略)
弁護人「疑問を持つ要素は何かあったのか」
証人「まあ、正直言ってびっくりしました」
弁護人「弟子のあなたが、麻原さんが言っていることに疑いを持つことがあったのか。そういうことが許されるのか」
(略)
弁護人「(松本被告に)冨田さんがスパイだというのは疑問ですよ、とは言わなかったのか」
証人「ええ。述べませんでした」
(略)

■第203回公判(2001年7月19日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「主人のにおいが消えるから服を洗濯できない」と遺族
(略)
 冨田さんの父親は調書の中で「息子が殺されたということを聞いた時は、腹が立って仕方がなく、息子の部屋にあったオウムの本や麻原のポスターを燃やしました。このような宗教団体は存在してはならない」と訴えていた。
 10時22分、新実被告が入廷した。1994年7月10日に起きた冨田さん殺害事件について弁護人が尋問した。
(略)
弁護人「拒否しなかった理由は何かあるんですか」
証人「半信半疑だけど、やってみないと分からないわけですから。(略)」

「殺生も認められるわけです」
(略)
証人「この時はありませんでした。私が個人的に考えた」
弁護人「勝手に思い込んだということですか」
証人「そう言われればそうですね」
(略)
証人「スパイでない可能性が高いと思います」
弁護人「その理由は」
証人「私が拷問の場面に立ち会っていて、そう感じたからです」
弁護人「そこでやめればいいと思わなかったんですか」
証人「おっしゃる通りだと思います」

■第204回公判(2001年9月6日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「井上被告は死刑になると思い、かばった」と新実被告

 10時に開廷し、新実被告が宣誓した。
(略)
 新実被告ははっきりした口調で答える。新実被告が松本被告の指示を証言するにつれ、「お前には見えてない」「破門だ」などと、松本被告の不規則発言が激しくなった。
(略)
 「恥じないようにしろ」と松本被告が声を上げた。
(略)
 松本被告が「全部無罪なんだよ」と発言し、裁判長がたしなめた。
(略)
 井上被告は1審判決で、「地下鉄サリン事件の現場指揮役ではなかった」との主張が認められて無期懲役になり、死刑を求刑していた検察側か控訴した。新実被告は井上被告の主張を「偽証」と決めつけた。井上被告と立場が逆転した理由について新実被告は「世代交代の意味があると思った」などと説明した。

「神々の世界に行くにはポアしまくるしかない」
(略)
証人「そのように思いました」
弁護人「それはどういう時か」
証人「初めからですね。確信とは思いませんでしたが、半信半疑でした」
弁護人「それでも拷問を続けた意図は」
証人「どういう意識だったか表現しづらい」
(略)
 新実被告の退廷後、検察側が今後の証人尋問の予定を明らかにした。東京地検公判部の金田茂副部長は「VX事件については新実証人で立証を終え、遠藤(誠一被告)の尋問はしない。残る証人は地下鉄サリン事件で遠藤被告のみとなる」と述べた。
 5時5分、閉廷。

■第205回公判(2001年9月7日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「時間短縮にロープで殺害」
(略)
 弁護人が資料をめくりながら「午前中はどこまでやったっけ」と呼びかけると、新実被告は「はははは」と声を上げて笑った。
(略)
弁護人「杉本にやらせろという指示が出たが、本当に拷問をやらせろという趣旨だったのか。麻原さんは強制力とは言ってませんよね。新実さんが誤解した可能性があるんじゃないか」
証人「誤解も錯覚もしていないと思う」
 3時、休廷。

「ポア指示できるのは尊師しかいない」
(略)
証人「否定はしません。拷問を含め、強制力を使えば後戻りできない。行き着くところはポアでした」
弁護人「麻原さんの指示がなければ、殺害はできないのか」
証人「そうですね。最初から指示があれば別ですが。その都度指示はうかがうべきと思っていた」
(略)

■第206回公判(2001年9月20日

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

サリンは理想国家建設の手立て」
(略)
弁護人「『これからはヴァジラヤーナで行く』という発言を聞いたことは」
証人「ございます」
弁護人「いつごろ?」
(略)
弁護人「ボツリヌス菌炭疽菌は実際に噴霧されたこともあるのか」
証人「ございます」
弁護人「噴霧対象は」
(略)

「世界に菌ばらまく計画があった」

(略)
証人「世界各国で(菌を)ばらまこうという企画があった」
弁護人「サリンを使って池田大作さんを襲撃したのは何回か」
証人「2回」
弁護人「1回目はいつか」
証人「93年11月です」
弁護人「2回目は12月か」
証人「はい」
弁護人「この時使われたのがサリンとどうして知ったか」
(略)

■第207回公判(2001年9月21日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

サリン浴びた新実被告に村井元幹部が「ごめんね」

 電車の事故で弁護人の1人の到着が遅れ、午前10時に開廷できず、阿部文洋裁判長が「弁護団が「その弁護人がいないと困る」と言っている。おかしい話だが、開廷しません」と説明した。約20分後に弁護人が到着した。
(略)
 新実被告は「不謹慎で怒られるかもしれないが、(略)サリンで死んだ方が気持ちいいと思った」と述べた。
 尋問は松本サリン事件の謀議の場面に移った。
弁護人「あなたの供述調書では『村井から呼び出されて尊師の部屋に集まった』とあるが」
証人「調書は不正確です。通常は尊師の部屋から村井さんが呼ぶことは考えられない。当時は尊師をかばっていた。尊師から電話で『ちょっと部屋に来てくれ』と言われた」
 3時1分、休廷。

「ゴーサイン出ている以上、振り返る間がなかった」

弁護人「(略)裁判の邪魔をするというのと逆の話では」
証人「相反しますね」
 あっさりと矛盾を認めた新実被告に対し、弁護人は事件の動機について質問した。
弁護人「オウムにとって有利な判決が予想される裁判なんですよ」
証人「おっしゃる通りですね。返す言葉は何もございません。(略)、ゴーサインが出てしまっている以上、振り返っている間はありませんでした」

■第208回公判(2001年10月4日)

検察側証人
 遠藤誠一(41) 元教団「厚生省」大臣
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

ジーヴァカ、サリンつくれよ」
(略)
 10時40分に遠藤被告が退廷し、新実智光被告が入廷した。(略)
(略)
弁護人「中川さんたちが、危なくて乗れないと言っているのは聞いたことがありますか」
証人「みんな言っていましたね」
弁護人「どうして」
証人「輸送の段階で分解して(略)」


「死傷者出る可能性あり得る」

 午後1時15分、再開。
 松本サリン事件の反対尋問が続いた。
弁護人「多数の死傷者が出ることを予測していたか」
証人「そうなる可能性はあり得ると思った」
弁護人「どういう結果が生じるか検討したか」
証人「何人を殺傷する、という議論はなかった」
弁護人「現場でどのくらいのサリンをまくか決めたのか」
証人「私がいる席では出なかった。その後も知らなかった」
(略)

■第209回公判(2001年10月5日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

実行役に「明日空けといて」と新実被告

 松本サリン事件で警備役だったとされる端本悟、中村昇、富田隆の各被告に新実被告が実行を指示したとされる状況について、弁護人が尋ねた。
弁護人「富田さんに伝えた経緯は」
証人「2人きりの時、用件は告げずに『明日、予定を空けておいてほしい』と伝えた。『何をするんですか』と聞かれたので『秘密です』と答えた」
弁護人「教えなかった理由は」
証人「(教団では)直前に企画倒れになることがよくあり、幹部の間では必要最小限のことしか情報は明らかにしないのがよいとされていた」
弁護人「何かの形で(サリンをまくという)情報が漏れるのを防ぐ意図があったのか」
証人「おっしゃる通りです」
(略)

「自分の記憶できちんと話したい」
(略)
弁護人「同じことというのは」
証人「今回のようなことですね」
 弁護人は「ふーん。そんなこと考えてたんだ」とつぶやいた。

■第210回公判(2001年10月18日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「証言すると井上被告が不利になる」
(略)
 証言を始めた今は「事実を話す以上、有利、不利は度外視し、あとは検察官、弁護人、裁判官の評価にお任せするという心境だ」と述べた。
(略)

「結果は神のみぞ知るという認識」

弁護人「(94年)6月20日の謀議のころ、実行したらどういう結果が生じると考えていたか」
証人「表現しづらい。何人も亡くなると思っていたら、その後も考えて行動していたでしょう」
弁護人「その後とは」
証人「薬品調達のルートとか、捜査が始まることを考えて。かと言って、全く何もないとは思っていなかった」
(略)
証人「どういう結果が生じようと、神のみぞ知るという認識だった」
(略)

■第211回公判(2001年11月1日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

サリンは救済活動の手段」
(略)
弁護人「松本サリン事件の結果をどのように結論づけたのか」
証人「結果的に、サリンによる毒性というものが文献と同じとは言えないが、それなりの毒性があり、救済活動の一つの手段として有効だと考えた」
弁護人「救済の手段とは、どういうことか」
(略)
弁護人「早く(サリンを)つくらざるをえなかったということか」
証人「私の認識ではそうです」
(略)

江川紹子さんをホスゲンで攻撃
(略)
証人「できた神通力で何らかの実行行為をするんだと思いました」
弁護人「教団への強制捜査の話が出ている時に危険という認識はなかったのか」
証人「むしろ逆かもしれませんね。だからこそ、目立つ活動をしている人に行動を起こすのかなと思いました」
(略)

■第212回公判(2001年11月2日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「在家の警察官から強制捜査の情報」
(略)
弁護人「麻原さんは、VXがどういう状態か知らなかったのか」
証人「そうでしょうね」
(略)
弁護人「水野さんに対し、そこまでしなくてもいいという意識はなかったか」
証人「その当時はありませんでした」
弁護人「当然だと思っていた?」
証人「当然とも思わないし、そこまでやる必要はないとも思わなかった。素直に言われた通りやろうと思った」
弁護人「水野さんがポアされて、信者はどうなると思ったか」
(略)

「井上被告は実行したくないと考えている」
(略)
証人「井上さんと2人で協議した。(井上さんは)『自分はやらない方がいいと思う』と言い出した。水野さんに顔を見られたからです」
弁護士「どう思った」
証人「井上さんは真実と違うことを言ってるなと思いました」
弁護人「なぜ」
証人「私の記憶では(私と井上さんは)終始一緒に行動しているんです。(井上さんの)5メートル後ろにいた私が水野さんを見かけてないのに、井上さんが水野さんに顔を見られたというのはおかしい。井上さんは実行したくないと考えているなと思いました」
弁護人「水野さんはいなかったと井上さんに話さなかったの?」
証人「ございませんでした。私が見落とした可能性もあるでしょ」
(略)
 法廷に笑い声がわき起こったが、松本被告は目をつぶったままだった。

■第213回公判(2001年11月15日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

水野さん襲撃後、新実被告が山形服役囚に3万円渡す
(略)
弁護人「井上(嘉浩被告)は『尊師から携帯電話に連絡があって、お前は実行に向かない。補佐しろと言われた』と言っているが」
証人「まゆつば。創作だと思っています。地下鉄サリン事件でも、井上さんは『外された』と言っているが、解散の指示を出すなどしている」
(略)
弁護人「山形さんが、3万円をあなたからもらったと、(水野さん襲撃の)報酬のように言っているが」
証人「認識の違いですから。尊師の部屋を出てから渡しました。活動資金のつもりで渡した。報酬としてなら、3万円はみみっちいですよね」

「VXの効果に興奮した」
(略)
証人「(略)新しいVXの濃度が前の2倍で、量も2倍と聞き、少しは効くのかなと思いました」
(略)
 新実被告らはこの後、水野さん宅のコードレスホンを盗聴して、水野さんが入院したことを知り、松本被告に報告することにしたという。
弁護人「VXの効果が出てうれしかったか」
証人「多分そう思います。正確に言えば、興奮したんじゃないか」
(略)
 尋問は水野さん事件を教団で総括した内容に移った。
(略)
 新実被告は記憶を呼び覚ますかのように、「うーん」とうなりながら、丁寧な言葉遣いで質問に答えていった。
(略)
弁護人「そうしたら」
証人「尊師から『今後、アーナンダ(井上被告)の決定にミラレパ(新実被告)は口を出すな』と言われたんです」
(略)

■第214回公判(2001年11月16日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「100人変死すれば教団への非難なくなる」

弁護人「なぜ、12月30日という時期に指示があったのか」
証人「(略)この時点かどうか忘れましたが、『100人くらい変死すれば、教団を非難する人がいなくなる』とか、『1週間に1人はノルマにしよう』という話を私は山形(明服役囚)さんに言っていました」
弁護人「誰が言い出したの」
証人「尊師です」
(略)
弁護人「いつまでに実行しろという指示は」
証人「期間の限定はございません。できるだけ早く実践すべきだとは思いました」
(略)

襲撃報告に松本被告は「機嫌がよかった」

(略)
 新実被告の証言によると、(略)松本被告は中川被告を外すよう指示したという。
(略)
証人「現場に(医師の)中川さんを連れていかなくて大丈夫かなあと。治療役がいるのがベストだと思いました」
 3時3分、休廷。
(略)
証人「尊師への配慮ですね。人と会うと霊的なエネルギーが下がるので、できるだけ少人数で効率よくと考えた」
弁護人「報告を受けた時の(松本被告の)態度は」
証人「普段通り。機嫌がよかった」
 5時4分、閉廷。

■第215回公判(2001年12月6日)

検察側証人 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣

「VX事件、みんな納得してやった」
(略)
 前回に続き、弁護人は1995年1月の永岡さん襲撃事件について尋問した。「ポア」を指示した松本被告は、「100人くらい変死すれば、教団を非難する人がいなくなる」と述べたとされる。
(略)
証人「まず一つは本当に実践するのかなと。(略)」
弁護人「あなたにとって衝撃的な言葉でしたか」
証人「物事には量的変化と質的変化があります。(略)」
弁護人「分かりやすく言うと、すでに殺人は起こしているので質的には驚かないが、100人という量的な意味で驚いたということですか」
証人「世俗的な意味ではそうです」
(略)
弁護人「VX事件はいくつかあるが、どうも動機が不十分だと思うが」
(略)

「黙秘は教団の方針」

(略)
弁護人「5月に犯人蔵匿事件で再逮捕された後に供述を始めた理由は」
証人「この事件では共犯者が皆しゃべっていたから黙秘する意義が欠けていた。私が言おうが言うまいが関係なかった」
(略)
証人「(調書は)私の心の弱さ。妥協した」
弁護人「取調官に妥協してそういう調書になったということか」

■第216回公判(2001年12月7日)

検察側証人
 新実智光(37) 元教団「自治省」大臣
 遠藤誠一 (41) 元教団「厚生省」大臣

「尊師に最終完全解脱を目指してほしい」

弁護人「(略)池田さんを殺害しようということか」
(略)
 新実被告はしばらく沈黙した後、「サリンの効力次第によってそうなるかも」と答えた。
(略)
弁護人「VXを使った事件すべてで麻原さんの指示があったのか」
証人「はい」
弁護人「殺すという指示があったか疑問だ」
証人「とりあえずVXをかけろ、ということでした」
弁護人「ほかの弟子では、重要な場面で自分の役割を低く証言し、時にはすべてを麻原さんの責任にする人もいますよね」
証人「そうですね」
弁護人「新実さんも麻原さんを逆恨みして、指示がないのに指示があったと言っているんじゃないですか」
 新実被告は苦笑し、「真実は神のみぞ知るということで、ご判断はお任せします」と答えた。
(略)
 計23回出廷した新実被告の尋問がすべて終了した。新実被告は、松本被告弁護団、裁判長、傍聴席、そして検察官に向って、それぞれ二度ずつ頭を下げて退廷した。

「リムジンで、強制捜査の言葉聞いた」
(略)




※1 ふつうは、関係者の証言がはいるのだが、この事例ではほとんどみあたらない。
※2 この本の資料的価値は非常にたかい。みなさんにも買ってほしい。

梶村秀樹先生についてのメモ その1 経済学者・梶村秀樹

いろいろ考えたすえ、梶村秀樹先生の復刊活動を柱の一つにすることを決めました。ギネスブックをダシにするぐらいの姿勢でやりますので、これからもよろしくおねがいします。
どのぐらい読まれているかわからないし、「なんだ? ”あの”梶村秀樹はわかるとして、オウムとか高木仁三郎とか岡本太郎とか、あちこちに行くのはなぜ?」と思われているだろうが。

さて、梶村秀樹先生は、経済学者である。再評価する人も、あんがいこのことの重要性がわかっていないのではないか。
確認するが、「排外主義克服のための朝鮮史」で戦前の経済学の「後退史観」への加担を激烈に批判し、最晩年に厳密な実証主義にもとづく経済史の論文を書いた人が、社会運動史が主、経済学をツイデのように考えていた、というのは、あまりに人間のことがわかっていないと思う。私も、このことに気がついたとき、自分に対して非常に驚いたものだ。

高木仁三郎を論じる 本論1 『原発事故はなぜくりかえすのか』をふたたび論じる意味

原発事故はなぜくりかえすのか』(2000年12月、高木仁三郎岩波新書703)は、ふしぎな引力をもつ本である。へんなたとえだが、『方法序説』(1637年、デカルト)に匹敵するのではないか、とすら思えてくるような、そんな力を感じさせてくれる。少なくとも、私にとっては。

とくに、第1章で、「技術論はしない、文化論をする」といきなり書きはじめる反原発論・反技術論というのは、かなりめずらしい。そして、そこで使われている「文化」の意味が、とても広い。存命の反原発論者にこういうものを書けといわれても、なかな書かけないのではないか。しかし、そのことがほとんど理解されていないように思える。少なくとも、私がこの本に引き寄せられる理由が、きちんと肯定も批判もされていない。
これはあまりにもったいない、あらゆる意味で損失である。
そして、もし現在の日本列島をみたら、たとえ半死半生の体であっても戻りたい、と願ったはずの高木仁三郎氏に対して、いまこの時にも、いちばんつらい扱いをしている。少なくとも、私にとっては痛切にそう考えざるをえない。

いま、日本列島と地球にとって、高木仁三郎が必要のようである。
ならば一度、こちらの世界に帰ってきてもらおう。必要なことは、こちらが頭を下げ心から帰ってきてほしい、と書いたものの前で願うだけだけである。死んだ人が、物事を明晰に見て、そして書くことができた人ならば、それだけで十分のはずである。


梶村秀樹著作群の抜粋資料の倉庫 - 『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部

 伊波があれほどこだわり抜いた「傷痕」が、もしまだ沖縄の未来にとって顧みるに足るのであれば、彼を復活させよう。もしそれが遺物と化したのであれば、沖縄の未来への人柱として彼を葬ろう、ただそのまえに、彼のために小さな紙碑をたてよう。沖縄思想史とヤマト思想史へのそんな想いが、わたくしを伊波普猷への旅に向わせた。


追記
かつ、不思議なことだが、高木氏が考えたことが、歴史改ざん論(いわゆる歴史修正主義の分析)、オウム真理教論、経済学の墜落(崩壊?)、すくなくともこの三つにおおいに応用できるような手ごたえがある。私にとっては。

《日本文化》と呼ばれた何者かにとって、「日本語」まるごとがきれいさっぱりなくなって過去のものになってしまうより、大変なこと

もし、日本(文化)の植民地支配の被害当事者たちが、「日本語まるごと」を賠償として要求したら、私は、どんなにつらくても、さしだすべきだ。ごく最近、そう考えるようになった。

だって、《文化》というのは、なんでもない、そこらへんの石ころと同じ。ただ一つ、困難に対してなにがなんでも助かりたい、という人間の欲望(願い?)のカタマリにすぎない。あとは、平凡なひまつぶしだ。ひまつぶし自体は否定しないが、それならいつでもどこでも安心して再生できる。

だが、現在の日本列島には、「そうなってもかまわないや、なんでもいつか滅ぶんだし」という悪用されたニヒリズムが心の闇にはびこっているようにも私は思える。ニヒリズム自体は悪くない。人間誰でももっている。しかし、ノストラダムスの大予言と同じで、滅ぶまでは滅んでいないのだから、文化の在り方について真剣に考えるべきなのだが。

さて、上の仮定に考え至ったのと同時に、もっと大変な状況がある、と私は考えた。

「日本語まるごとの運命を、1分でも1時間でも1日でも、たとえば10人分の朝鮮語に賭けることができるか?」

なぜ、こんなことをいうかというと、撫順・太原戦犯収容所でなされた「認罪」という前例が存在するからである。
「認罪」の過程の中で、元戦犯たちに強い印象を残している金源氏と呉浩然氏は、いわゆる「朝鮮族」である。遺された映像を見るかぎり、ふたりの「日本語」には不自然さが、まったく、ない。しかし、この「日本語」は、何を背後に成り立っているのだろうか? これは深刻な問題だと考える。ここについては、これ以上ふれない。
もう一つだけ、はっきりいえることは、撫順戦犯管理の責任者・羅瑞卿氏は、そのほんの少し前まで抗日戦争下における日本人捕虜に関する責任者だった、という事実である。


…………

R 君に、「中国語」まるごとを背負って、日本人戦犯の改造にあたってもらいたい。中国語の過去も現在も未来も、だ。
中国人民が生きていれば、中国語は必ず復活する! これは間違いない。しかし、いったん失えば、損失は計り知れない。これも間違いないことなのだ。
U なぜ、私が、呼ばれたのでしょうか。
R 奇妙なことだが、それには、生まれながらの中国人民だけでは不可能らしいのだ。ほかにも、頼んでいる朝鮮人同志たちがいる。
どうか、君も、ひきうけてくれないか。
U ……、一晩考えさせてください。

…………

これは、私の白昼夢のようなものである。現実の歴史における、2人の背負う重みは、とてもとてもこんなものではなかっただろう。なぜ、私がこんなことを書くことができたのかもわからない。それに、いつまでこのようなものが書ける精神状態を保てるのかもわからない。
だが、これは言える。これを書かせているのは、私個人なんかじゃない。傷だらけの「中国人民」、そして、傷だらけでありながらそれに気がついていない(それが本来の人民の在り方だと深く勘違いしている)「日本人民」だ。
これは、確信をもって言うことができる。

「自由にものを言う」、大事なことである。しかし、「何のために」がないと、自由にものが言えなくなる。これはとてもやっかいなことであり、また、とてもすばらしいことだと私は思う。「何のために」というより、「何が見てみたいか」と言い換えたいところなのだが。
それと、「国民統合」というのが有志からさんざん批判されているが、では「民族統合」というのは否定するのか。というか、この「民族統合」という言葉自体、完全に矛盾しているのではないか、と私は違和感をもって考えるようになった。これをつけくわえておく。