はじめに

このブログは、「山本興正《やまもとこうしょう》さまの論文《ろんぶん》「朝鮮《ちょうせん》と向《む》きあった思想家《しそうか》・梶村秀樹《かじむらひでき》」を紹介《しょうかい》する会《かい》」という名前《なまえ》の通《とお》り、以下《いか》…

はじめに 梶村秀樹先生について深く知りたいという人に一つアドバイス。

このブログを見つけたということは、あなたは梶村秀樹という人に多少なりとも興味をもっていると思う。 何かの理由で、梶村秀樹先生について深く知りたいという人に一つアドバイスをする。「朝鮮語で語られる世界」(梶村秀樹著作集第1巻冒頭に収録)を3回…

公開投票受付中プラス梶村秀樹先生の年表(工事中)と梶村秀樹先生の執筆物の引用と検討メモ

注釈メモ 「論説 旧韓末北関地域経済と内外交易」「朝鮮語で語られる世界」「竹内好氏の「アジア主義の展望」の一解釈」「朝鮮からみた明治維新」「歴史と文学 朝鮮の場合」「解放前の在日朝鮮人運動史」「解放後の在日朝鮮人運動」「定住外国人としての在日…

現代《げんだい》の「若者《わかもの》」に真剣《しんけん》に出す課題《かだい》。「マーケティングというものの限界《げんかい》がどこにあるのかをつきとめろ。もちろんAIやビッグデータもふくめて」

言《い》いかたを変《か》えると、「「マーケティング」と「需要《じゅよう》の掘《ほ》り起《お》こし」はどう違《ちが》うか、全部《全部》答《こた》えろ」 気が若い人なら、95歳でもこの問題に挑戦《ちょうせん》するべき。わたしは、真剣に考えればな…

作業メモ 私は三島由紀夫がゲイかどうかより、ゲイが三島由紀夫に惹かれるか聞いてみたい。私だったら「あの素直じゃないところがひっかかる」とは言うと思う。

作業メモ 人間関係を広げたいと思う人を見つけるのが難しい。別に難しい話ではなく、たとえば浜田寿美男さんの本を読みたがる人をさがすのがむずかしい。「反日だから」ではなく、単純にあっちこっちにいいかをしたがるバカたちの感性のなさが見えるから。

作業メモ 日本中、いや世界中の人間が山上徹也氏と同じぐらいバカなことをやっているということはありうる。たとえば……

凶器を持った人間から、どうしても凶器を取り上げないといけない。それはいくつかある選択の一つでしかない、そのことにまったく気がつかないこと、とか。 山上徹也氏のときはそうする人がいなかった、木村隆二氏のときにはそうする人がいた。問題は、「それ…

作業メモ 刀剣乱舞とブルーアーカイブ、岡本敏子、それを結ぶ点は、「養子縁組」、儒教国中国でも、意外とアリなんではないか。

作業メモ 「凶器を振り回している人がいたら、体当たりしてでも凶器を取り上げる」。これが1995年以降の世界の、それこそ、いくつか選択肢の中の一つでしかない。身もふたもなく、このことは正しい。これに気がつかない人間は私も含めてみんな想像力がない。このことも正しい。なぜ気がつかないかも私は見えた。私の欲望という影のせいだ。、、、、、、、、、、、、続きはまだ書いてない。

作業メモ そうだな、岡本敏子の「奇跡」とか読んで、いつかやってみたいと思える2000年代生まれの女性って、そうだな、日本どころか世界に100人いるかどうかだと思う。

作業メモ あえて反・反出生主義、というか単純に人間愛にもとづいた生き方を求めているとすれば、現在という時代は恋愛より子育ての”能力”の方がはるかに必要だ。はっきりいって、半分ぐらいは「人間のもともとのエゴイズムというのはそこに自分だけでは絶対に気がつかないようにできているんだ」としておこう。そのエゴのあらわれかたは、それぐらい強烈だ。

作業メモ それにしても、死者平野敏子岡本敏子との初恋と失恋をいっぺんに、かぁ。世界中で、せいぜいあと3人しかいないだろうな。その3人のためにも私は生きないといけない。

作業メモ 自分が何でこんなにいろいろメモを書いているかと言えば、ここがせいぜい3人しか見ないところだとわかったことと、自分が未熟で未熟から少しはましになれそうだと思っているからだ。そこはホントだからウソにはできない。

作業メモ いまからメモは基本的に全部書いてから、公開する。現時点でパソコン上だと保存に不安があって、それが精神衛生に悪い。

作業メモ ひょっとしたら、生きている人が必ず秘密を抱えていて、それは善にも悪にも通じている、という発想自体が破壊されているのかもしれない。たぶんそう。……大変だが、

作業メモ もし「サカキバラ世代」が悪いことをした点があるとすれば、それは「しめたっ、他人の殺人事件で自分の無能の親から金をむしれるっ!」と思ってしまったことが一回はある、ということだと、自戒をこめて言う。その思春期の子どもは、そのあとで役に立たないけれど深い深い後悔をしていたと思うが。

作業メモ 神様仏様、死者と失恋しても、私は生きていけますか? 自分のやったことの始末は必ずしますから。今はあなたに(も)いったん背中をあずけさせてください。、、、

これは私の祈りです。 …………それにしても、失恋しても生きていける(男が)、って保証のない文化って、とんでもなく荒んでいる。応仁の乱がどうとかって、本当にそれ、だ。もっとひどいかもしれない。

作業メモ 自分の2024年ごろの初恋と失恋について正面から書かないと、先に進みずらい。はっきり書く。送り先2件は決めている。

作業メモ 橋本治は「失楽園の向こう側」あとがきで「苦労しないで新しい時代なんか来るはずがない。そのために越えるべき人は谷崎潤一郎と許永中だ。」とはっきりいっている。そして、窯変源氏物語14巻を書いて本当に苦労したことを示した。だったら、生きてる側の人間は、その分は勘弁してやらないといけない。それは当然のことだ。

作業メモ ふと思い浮かんだこと。自分が平安時代に行って、紫式部と清少納言に求愛できたとして、どういうことになるだろうか? 

清少納言はやだな。私はサロンなんて興味ないし。紫式部に断られるだけ、っていうのはされてみたい。・・・・・・別にわたしはマゾじゃない。「あんたなんかに私のことがわかるわけない」と行動で示してほしい。 なんでほかの「男」がそういうことを考えない…

作業メモ 「私」と死者・岡本敏子氏の珍しい形の恋愛(ただの敬愛だったかもしれないがそこはどうでもいい)は、だれからも注文をとってこられない、という点でいったん失恋に終わった。そして、「にらめっこ問答」をヒントに自分で自分の注文をひねりだして結果をだした。そこである種の友情になった。

作業メモ これは盲点だった。……ロスジェネ論客の山野車輪と本田透、どっちが有害だったか。いま考えなおした。本田透の『電波男』のほうがずうっと有害。なぜなら、「恋愛」というものは「そういうもの」「それぐらい毒にも薬にもなるもの」だから。植民地解放闘争の歴史をやっている人間からすればある種の屈辱だが、認めざるを得ない。

……恋愛しなくても大変だが大丈夫、恋愛しても大変だが大丈夫、それを最初にはっきり言ったのは、中村哲氏ではなく橋本治氏だった。

作業メモ 藤崎剛人氏といったん別れないといけない。気が重い。そこまで藤崎氏の心が冷えているのかと正直驚く。……「若者論」を全部歴史のごみ箱に捨てて、「思春期論」にしちゃうしかない。

そうすれば「ゆとり世代他称」の私も問題から逃げられないようにできる。問題起こしているやつは全部思春期の終わりそこない。いま50代で思春期の最中の人達なんてはいて捨てるほどいるから、それでいいと思う。たぶん、80代90代で思春期の最中という人…

作業メモ もう面倒くさくなったとき、「ロスジェネ自称とゆとり世代自称って、「目先の欲に目がくらんだバカな連中」の一言で全部説明できるんじゃないか」と思ってしまった。江戸時代の人間が、赤穂浪士に無責任にあこがれた連中で全部説明できるように。なーんだこれでよかったのか、という気がする。

わたしはゆとり世代他称なので、自分で引き受けて、こういう発言をする。

作業メモ 万博(とSNS)に対する反対論で、「ダサくてショボイ、(わたしだったらこんなのしたくない)」という反対論がありうる。もしかしたらこれが一番全うかもしれない。”文化をつくる”ということなのだから。

作業メモ 青空文庫などの無償電子図書館は、うっかり忘れられる存在だ。これは個人的経験ではないらしい。

作業メモ やっと自分は橋本治(をはじめとする人たち)と独立に書いたりしゃべったりしないといけないと気がついた。あそこまで鋭くなくて、しかもそれでも本当の意味での正確さを求めて書いたりしゃべったりする必要があるからだ。

作業メモ ものすごく突き放した言い方をするが、「令和人文主義」って、トップ論客(ということになっている)東浩紀が年取って、「2025年の20代30代」がくらくらっとこなくなりそうだから、かわりの「若いことがまず取柄の論客」をつくる、っていう、そういう活動が大半と私は思っている。、、、

近代になって、「若い」はまず取柄になった。丸山から宮台に主導権がうつったあたりからそう。中身があろうとなかろうと。 だから、三宅氏はかわいそうだとすら思っている。ハードルがやたらと低い状況でさあ何かやってみて、と言われている状況がまずできあ…

作業メモ わたしは、「フィクション」「物語」だけ考えていればよかった時代というか時期にたいして、特に何の懐かしさも感じていない。しいていうなら、昔ころびかかった海や山や道、と、たとえば「ドラえもん」作中の名ゼリフの重みは、基本的にひとしい。、、、

それはわたしの物語精神というものが少ないからでもあるのだが、これが現在、本当に恐ろしいことに、「つきはなして冷静に見る」という能力として使えてしまう。簡単な話で、「物語精神」だけが暴走している人が多すぎるからだ。わたしはとくにこの6年ほど…

作業メモ わたしは「若者論」という区別をいったん全部やめて、「(現代)思春期論」とでもしたほうがいい、と思う。別に後藤和智氏のことを真に受けたのではなくて、単純に論理構成をバカみたいに徹底させてしまっただけだ。しかし、これなら現役世代も健康な老人もみーんな批判の対象にできる。まあ、、、、

まあ、そうなったら、一番批判すべきなのは、ホモソーシャルに代表される、「年下」と「年上」のもたれあいになると思うが。