『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

「アンナ・カレーニナ」8-01~8-05(『世界文學大系37 トルストイ』1958年、米川正夫による翻訳、筑摩書房)

[#2字下げ]第八編[#「第八編」は大見出し]


[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

 かれこれ二ヵ月たった。もう暑い夏の半ばであったが、コズヌイシェフはやっと今ごろ、モスクワを去るしたくをととのえたばかりである。
 コズヌイシェフの生活には、その間にいろいろな出来事があった。もう一年ほど前に、彼の著書は完成された。六年間の苦辛の結晶で、『ヨーロッパならびにロシヤにおける国家形成の基礎と形式』と題されていた。この著書の若干の章と序文は、あちこちの新聞雑誌に掲載されたし、またその他の部分は、コズヌイシェフが仲間の人たちに読んで聞かせたことがある。そういうわけで、この著述の根本思想は読書界にとって、完全に新しいものとはいえなかった。が、それにしてもコズヌイシェフは、この書物の出現が社会に深い印象を与え、学界に一転機を画するほどではないまでも、はげしい動揺を喚起《かんき》することはまちがいない、と期待していた。
 この著述は周到な訂正を経た後、去年、印刷に付せられ、各|書肆《しょし》へ配布された。
 コズヌイシェフは、この本のことをだれにもたずねず、売行きはどうだと友だちにきかれても、気の進まないような、わざとらしく冷淡な返事をして、書肆にもその売行きのことなど問い合わせようともしなかったが、しかし注意を緊張させながら、この書物が一般社会と学界に与える第一印象を、ゆだんなく観察していた。
 しかし、一週間たち、二週間たち、三週間たっても、社会にはなんの反響も認められなかった。専門家であり学者である彼の友人たちは明らかにお義理らしかったけれども――ときおりその本の話をもちだした。が、そのほかの知人は、専門的な内容をもったこの書物に興味をもたないので、まるで問題にしなかった。一般社会は、今べつのことに気をとられているために、完全な無関心を示した。文学界でも同様に、まる一ヵ月のあいだ、この本のことで一言半句も聞かれなかった。
 コズヌイシェフは、書評をかくのに必要な時日を、いともこまくかく計算しながら待ち受けていたが、一月たっても、二月たっても、依然たる沈黙であった。
 ただ『北方甲虫《セーヴェルヌイ・ジューク》』の雑録欄に声量の衰えた歌手ドラバンチのことを、ふざけた調子で書いたついでに、コズヌイシェフの著書に関して、人をばかにしたような言葉をもらしたばかりである。つまり、この書物はもはやとくに一同から非難され、世間一般の笑いぐさになっているというような意味であった。
 ついに三ヵ月目になって、ある総合雑誌に批評文が現われた。コズヌイシェフは、その論文の筆者も知っていた。一度ゴルブツォフのところで会ったことがあるのである。
 その論文の筆者は、ごく若い病身な雑文家で、筆のうえでは臆面のないほうであったが、ひどく教養のない男で、個人関係では臆病なほうであった。
 この筆者を軽蔑しきっているにもかかわらずコズヌイシェフはきわめて敬虔《けいけん》な気持で、論文を読みにかかった。それは恐ろしいものであった。
 明らかにこの雑文家は、コズヌイシェフの著書ぜんたいを、しょせん理解することのできないものというふうに理解したらしい。しかし、彼はきわめて巧みに引用を組み合わせたので、この本を読んだことのない人には、(ほとんどだれも読んでいないのは明瞭である)この本がはじめからおわりまで大仰《おおぎょう》な言葉、しかも妥当《だとう》を欠いた使い方をしてある言葉の羅列にすぎず(それはたくさんの疑問符によって証明されている)この本の著者が全くの無学ものであることは、疑う余地もないのであった。それがみなじつに機知に富んでいて、当のコズヌイシェフも、そういう機知なら望ましいくらいなのだが、しかしそこがつまり恐ろしいのであった。
 コズヌイシェフはこのうえもない忠実さで、評者の論証の正否を点検したにもかかわらず、文中に嘲笑されている自分の欠点や誤謬《ごびゅう》には寸時も心を留めず、この論文の筆者と会ったときのことや、そのときかわした話を、こまかいところまで思い起しはじめた。
『おれは何かあの男を怒らすようなことを、いったりしなかったかしらん?』とコズヌイシェフは自問した。
 すると、この男に会ったとき、彼の無知を証明するような言葉を訂正したのを思い出して、コズヌイシェフはこの文章ぜんたいの意味を了解した。
 この論文が現われた後、彼の著書については活字の上でも噂話でも、死のごとき沈黙がやってきた。で、コズヌイシェフは、六年間あれほどの愛情と辛労を注いで仕上げた著述が、なんの痕跡《こんせき》もとどめず葬られたのを、認めねばならなかった。
 コズヌイシェフはこの著述を完成したために、これまで大部分の時間をしめていた書斎裡の仕事が、もはやなくなってしまったので、彼の境遇はさらに苦しいものとなった。
 コズヌイシェフは聡明で、教養があり、健康で、活動的な人間であるにもかかわらず、その活動力を何にそそいだらいいかわからなかった。客間や、集会や、大会や、委員会や、そのほかすべて、しゃべることのできるところで交わされる会話が、彼の時間の大部分をしめていた。しかし、古くからの都会居住者である彼は、ときたまモスクワへ出たときの無経験な弟のように、ことごとくおしゃべりに没頭するわけにいかなかった。なおそのほかに、かなりな余暇と脳力が残されていた。さいわい、著書が失敗したために、彼がひどく苦しい思いをしているちょうどこのとき、異民族や、アメリカとの親善や、サマーラの饑饉《ききん》や、展覧会や、降神術などの問題に入れかわって、以前は社会の一隅でいぶっていたにすぎないスラヴ問題が、中心的位置をしめるようになった。前からこの問題の提唱者であったコズヌイシェフは、すっかりそれに打ちこんでしまった。
 コズヌイシェフの属しているサークルでは、その当時セルビヤ戦争以外のことは、何一つ話しも書きもしなかった。普通のんきな大衆が暇つぶしにすることが、今ではスラヴ民族のために行われるようになった。舞踊会、音楽会、宴会、演説会、婦人の衣装、ビール、料理店――なにもかもが、スラヴ民族にたいする同情を語っていた。
 この問題に関して、人々のいったり書いたりすることの多くは、こまかな点でコズヌイシェフには不賛成であった。スラヴ問題は、常に入れかわり立ちかわり、世間の人々のために仕事の対象となる流行の一つと化してしまった、それを彼は見てとったのである。また利欲や虚栄的な目的で、この仕事に携わっている人の少なくないことも認めた。新聞も自分のほうにだけ注意を向けて、他紙を圧倒しようという、ただそれだけの目的で、いろいろ不必要な誇大記事を載せるのも、認めないわけにいかなかった。この社会一般の昂揚《こうよう》に乗じて、すべて失敗した連中や、不遇な位置にある人々が、だれよりまっさきに飛び出して、大声にわめいているのをも見てとった。たとえば、軍をもたぬ総指揮官、省をもたぬ大臣、雑誌をもたぬジャーナリスト、党員をもたぬ党首などがそれである。最後に、軽はずみでこっけいなことも少なからず観察されたが、しかしそこには疑うべからざる感激があって、それがしだいしだいに高まって行き、社会のあらゆる層を一つに結合させているのをも、彼は明らかに見てとって、それを承認した。これには同感せずにいられなかった。同信同種のスラヴ民族の虐殺は、犠牲者にたいする同情と、迫害者にたいする憤懣《ふんまん》を呼び起したのである。そして、偉大なる事業のために戦っているセルビヤ人や、モンテネグロ人のヒロイズムは、もはや言葉でなく、行為によって同胞を助けたいという希望を、全国民の胸に呼びさましたのである。
 しかし、なおそのほかもう一つ、コズヌイシェフにとって喜ばしい現象があった。それは世論の発生である。社会ははっきりと自分の意見を表明した。コズヌイシェフの言葉によると、国民精神が表現を与えられたのである。彼はこの仕事に携われば携わるほど、それが大々的な規模をとって、一時期を画する功業に相違ないということが、いよいよ明瞭になっていった。
 彼はこの偉大なる事業に全精力を捧げて、自分の本のことは考えるのも忘れてしまった。
 今や彼の時間はことごとく、この仕事に奪われてしまって、ほうぼうからくる手紙や要求にいちいち返事を出す暇がないほどであった。
 春いっぱいと、夏のはじめへかけて働き通した彼は、ようやく七月になって、弟の領地へ行くだんどりがついた。
 彼の旅行の目的は、二週間だけ休息するためであり、民衆のための聖地ともいうべき草深い田舎《いなか》で、国民精神の昂揚を見て楽しむためであった。国民精神の昂揚ということは、彼をはじめとしてすべての都会人の、信じて疑わないところであった。久しい以前から、レーヴィンを訪問するように約束していたカタヴァーソフも、彼と行をともにすることになった。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 コズヌイシェフとカタヴァーソフが、今日はことさら大ぜいの群衆で活気づいているクールスク線の停車場へ乗り着けて、あとから荷物といっしょに乗ってくる従僕を、ふり返るか返らないかに、早くも義勇兵の一隊が、四台の辻馬車に分乗して到着した。貴婦人連が花束を持ってそれを迎え、あとからどっとなだれよる群衆に押されながら、停車場の中へ入った。
 義勇兵を迎えた貴婦人の一人が、待合室から出てくると、コズヌイシェフに話しかけた。
「あなたもやはり、見送りにいらっしゃいましたの?」と彼女はフランス語できいた。
「いや、私は自分で旅行に出るんですよ、公爵夫人。骨休めに弟のところへね。あなたはいつもお見送りをなさるんですか?」わずかにそれと知られる微笑を浮べて、コズヌイシェフはこういった。
「ええ、そうしないわけにまいりませんもの!」と公爵夫人は答えた。「もうここから八百人もの人が送り出されたというのは、本当でございましょう? わたくしがそう申しましても、マリヴィンスキイさんは本当になさいませんの」
「八百人以上ですよ。直接モスクワからでなしに送り出された人たちを入れたら、もう千人を越しますね」とコズヌイシェフはいった。
「そうでしょう。だから、わたしもそう申しましたんでございますよ!」と貴婦人はさもうれしそうにひき取った。「それに、今では義金もかれこれ、百万ルーブリからになったというのもやっぱり本当でございましょう?」
「それ以上ですよ、公爵夫人!」
「ときに、今日の電報はいかがでございます? またトルコがやられたじゃございませんか」
「ええ、私も読みました」とコズヌイシェフは答えた。で、二人は最近の電報のことを話し合った。それによると、もうこれで三日つづけてトルコ軍はあらゆる方面で撃破せられ、敗走したので、明日にも一大決戦が予期されている、とのことであった。
「ああ、そうそう、じつはねえ、ある一人のりっぱな青年が、志願してるんでございますがねえ、どうしたことやら、話がめんどうになったのでございます。わたくし、あなたにお願いしたらと思っておりましたの。わたくし、よくその人を存じておりますから、どうか一筆書いてやってくださいませんか。伯爵夫人のリジヤ・イヴァーノヴナから、まわされてきた人なんでございますのよ」
 この若い志願兵について、公爵夫人の知っている限り詳しいことをたずねた後、コズヌイシェフは一等待合室へ行って、そのほうの実権を握っている人にあてた紹介状を書き、公爵夫人に渡した。
「あなたご存じでいらっしゃいましょう。ヴロンスキイ伯爵、あの有名な……やっぱりこの汽車で出征なさるんですのよ」コズヌイシェフが公爵夫人を見つけて手紙を渡したとき、夫人は得々とした意味深長な微笑を浮べてこういった。
「あの人が出征することは、私も聞きましたが、いつかってことを知りませんでした。この汽車なんですか?」
「わたくしはあの人をお見受けしましたよ。ここにいらっしゃるんでございます。お母さまお一人だけの見送りでしてね。とにかく、あの人としては、それがいちばんの上分別でございましょうね」
「そりゃもうむろんですとも」
 二人が話し合っているとき、一群の人々がそのそばを通って、食卓の方へどっとばかりなだれていった。二人も同様に、その方へ足を向けた。すると、手に杯を持って、義勇兵たちに一場の演説をしている一人の紳士の高い声が聞えた。『信仰のため、人類のため、われらの同胞のために奉仕する』と紳士は、しだいしだいに声を高めながら、いうのであった。『この偉大なる功業にたいして、母なるモスクワは諸君を祝福します。万歳!』と彼は大きな声で、涙ぐましく言葉を結んだ。
 一同は万歳を唱えた。と、またもや新しい群衆がホールヘなだれこんで、危く公爵夫人の足をすくうところであった。
「ああ! 公爵夫人、どうです!』とつぜん群衆のまんなかに姿を現わしたオブロンスキイが、さもうれしそうに満面笑み輝きながら、声をかけた。「ねえ、いい演説だったですね、温かみがこもっていて、そうじゃありませんか? よう! セルゲイ・イヴァーノヴィッチも、そこにおられたんですか! ひとつあなたも、何かいっておやりになったら――何かその、激励の辞を。あなたはそういうことなら、お手に入ったものですから」軽くコズヌイシェフの手にさわりながら、彼は優しい、相手を立てるような、用心深い微笑を浮べて、つけ加えた。
「いや、私はこれから出発するんですから」
「どこへ?」
「田舎の弟のところへ」とコズヌイシェフは答えた。
「じゃ、あなたは妻《さい》にお会いになるわけですね。私はあれに手紙を出したんですが、あなたのほうが先にお会いになるでしょう。どうか私に会ったと、そういって下さい。そして all rightだって。それでわかりますから。ああ、しかし、お願いですから、私が連合委員会の役員になったってことを、あれに伝えて下さい……いや、なに、それでわかるんですから! いや、どうも 〔les petites mise`res de la vie humaine〕(人生のみじめな瑣事《さじ》)でしてな」と彼はわびでもいうように、公爵夫人のほうへふりむいた。「ところで、ミャーフカヤですね、あのリーザでない、ビビッシュのほうが、小銃千梃と看護婦を十二人、寄付しましたよ。そのお話をしましたかしらん?」
「そう、私も聞きましたよ」とコズヌイシェフは、気のない調子で答えた。
「あなたが出発なさるのは残念ですな」とオブロンスキイはいった。「明日は二人の友人のために、送別会をやるんですよ。――ペテルブルグから来たジール・バルトニャンスキイと、例のグリーシャ・ヴェローフスキイのためにね。二人とも出征するんです。ヴェスローフスキイは最近、結婚したばかりなんですがね。どうして、えらいもんですよ! そうじゃありませんか、公爵夫人?」と彼は貴婦人に話しかけた。
 公爵夫人は返事もしないで、コズヌイシェフのほうを見た。しかし、コズヌイシェフと公爵夫人が、どうやらうるさそうにしているにもかかわらず、オブロンスキイはいささかもひるむ色がなかった。彼はにこにこしながら、公爵夫人をながめたり、何か思い出そうとでもするように、あたりを見まわしたりしていた。義金箱を持ってそばを通りかかる貴婦人を見つけると、彼はそれを呼びとめて、五ルーブリ紙幣《さつ》を入れた。
「どうも私はあの義金箱を見ると、自分に金のある限り、じっとしていられないほうでしてね」と彼はいった。「ときに、今日の電報はどうです? モンテネグロはえらいもんですね?」
「えっ、なんですって!」ヴロンスキイがこの汽車で出征すると公爵夫人から聞いたとき、彼は思わずこう叫んだ。瞬間、オブロンスキイの顔は、憂愁の色をあらわしたが、しかし一歩一歩、軽くおどりあがるような足どりで、頬髯《ほおひげ》を撫《な》でなで、ヴロンスキイのいる室へ入ったときには、早くもオブロンスキイは、妹の死骸にとりついて絶え入るばかり慟哭《どうこく》したことを、すっかり忘れてしまって、ただ勇士としてかつ旧友として、ヴロンスキイをながめたばかりである。
「いろいろ欠点はある人ですけど、とにかくあの人のよさは、認めてあげなくちゃなりませんねえ」
 オブロンスキイが二人のそばを離れるが早いか、公爵夫人はコズヌイシェフにこういった。「あれこそ生粋《きっすい》のロシヤ人でございますわ、スラヴ魂の持主でございますわ! でもヴロンスキイさんは、あの人に会うのが不愉快じゃないでしょうか、それがわたくし心配でございますわ。なんと申しましても、あの人の運命には胸を打たれますもの。あなた、道々あの人とお話をなさいましな」と公爵夫人はいった。
「そうですね、するかもしれません、もし機会があったら」
「わたくしいつも、あの人が好きでならなかったのですけれど、今度のことはずいぶん罪滅ぼしになりますからね。あの人はただ出征するばかりじゃなくて、自費で一箇中隊編成して、それを引率していらっしゃるんでございますよ」
「ええ、私も聞きました」
 ベルが鳴った。一同は戸口でひしめきはじめた。
「ああ、あすこにいらっしゃいますわ!」裾の長い外套を着て、鍔《つば》の広い黒の帽子をかぶり、母と腕を組んで行くヴロンスキイを指さしながら、公爵夫人はそういった。オブロンスキイは何やらしきりにしゃべりながら、そのそばに並んで行った。
 ヴロンスキイはどうやら、オブロンスキイのいうことなど耳に入らぬさまで、眉をひそめながら、じっと前のほうを見つめていた。
 おそらく、オブロンスキイに注意されたためであろう、彼は公爵夫人とコズヌイシェフの立っているほうをふり返り、無言のまま帽子を持ちあげた。急にふけて苦痛を表わしている彼の顔は、化石したもののようであった。
 プラットフォームへ出ると、ヴロンスキイは無言のまま母を先に通して、自分も車室の中に姿を隠してしまった。
 プラットフォームでは、『神よみかどを守らせたまえ』([#割り注]国歌[#割り注終わり])の歌声が響き渡り、ウラア! 万歳! という叫びが起った。義勇兵の一人で、背の高い、胸のぺちゃんこな、まだごく若そうな青年が、フェルトの帽子と花束を頭の上でふりたてながら、特に目立ってぺこぺこおじぎをしていた。そのあとから二人の将校と、脂じみた帽子をかぶり、大きな頤鬚《あごひげ》を生やした年配の男が、同様におじぎをしながら、窓から首を出した。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

 コズヌイシェフは公爵夫人に別れを告げると、そばへよって来たカタヴァーソフといっしょに、すしづめの箱に乗った。すると、汽車が動きだした。
 ツァリーツィンの駅で、列車は『名を上げよ』の軍歌をうたう若人たちの、よくそろった合唱で迎えられた。またもや義勇兵たちは身を乗り出して、おじぎをした。が、コズヌイシェフは、それには注意を払わなかった。義勇兵関係の仕事はしこたまやってきたので、もはや彼らに共通したタイプがわかってしまい、そういうことは興味をひかなかったのである。ところが、カタヴァーソフは学問上の仕事にまぎれて、義勇兵を観察する機会がなかったので、ひどく彼らに興味をいだき、コズヌイシェフにいろんなことをきくのであった。
 コズヌイシェフはこの同僚に、二等車へ行って自分で彼らと話してみるがいい、と勧めた。次の駅で、カタヴァーソフはその忠言を実行した。
 汽車がとまると、すぐ彼は二等車へ移って、義勇兵たちと近づきになった。彼らは車室の片すみに腰かけて、大きな声で話をしていた。明らかに旅客一同の注意も、入って来たカタヴァーソフの注意も、自分たちのほうへそそがれていることを、ちゃんと承知しているらしかった。だれよりいちばん大きな声でしゃべっているのは、胸のぺちゃんこな青年であった。彼は見たところ酔っているらしく、自分の学校で起った何かの事件を話していた。これと向き合っているのは、オーストリイの近衛の軍服を着た、もうあまり若くない将校であった。にこにこ顔で青年の話を聞きながら、ときどき口を入れていた。いま一人の、砲兵の服を着けた男が、二人のそばのカバンに腰かけていた。もう一人は眠っていた。
 カタヴァーソフは青年と話をはじめてみて、彼がモスクワの富裕な商人の息子であること、二十二の年までに、莫大な財産を蕩尽《とうじん》してしまったことを知った。この青年がにやけており、甘やかされて蒲柳《ほりゅう》の質らしいのが、カタヴァーソフの気に入らなかった。明らかに、ことにいま一杯きげんでいるために、われこそ英雄的な行為をなしつつあると信じきって、思いきり不快な態度でそれをひけらかすのであった。
 もう一人の予備将校も、やはりカタヴァーソフに不快な印象を与えた。これはどうやら、あらゆることを試み尽した人間らしかった。彼は鉄道に勤めたこともあれば、領地の管理人をしたこともあり、自分で工場をはじめたこともあった。そして、なんの必要もないのに、つぼにはまらない学術語など使いながら、ありとあらゆる話をするのであった。
 もう一人の砲兵はそれに反して、ひどくカタヴァーソフの気に入った。それはつつましやかな、物静かな男で、予備近衛将校という肩書と、商人の息子のヒロイックな自己犠牲に、頭から感服してしまっている様子で、自分のことは何一つ話さなかった。カタヴァーソフが、なにが動機でセルビヤヘ行く気になったのかときいたとき、彼はつつましやかに答えた。
「だって、みんな行くんですからね。セルビヤ人だって、助けてやらなくちゃなりませんよ。かわいそうですもの」
「そう、ことに君がた砲兵が、むこうじゃ不足してるんですから」とカタヴァーソフはいった。
「しかし、私が砲兵隊に勤務したのは、ごくわずかなあいだでしたから、ひょっとしたら歩兵か、それとも騎兵に向けられるかもしれません」
「どうして、いちばん砲兵が必要なのに、歩兵なんぞにやられるものですか?」この砲兵の年配からみて、相当の官等に相違ないと思いながら、カタヴァーソフはこういった。
「私は砲兵隊にほんのちょっと勤務しただけです。私は退役の見習士官ですからね」と彼はいい、試験に合格しなかった訳を説明にかかった。
 こうしたすべてのことがいっしょになって、カタヴァーソフに不快な印象を与えたので、義勇兵たちが停車場ヘ一杯やりに行ったとき、カタヴァーソフはだれかと話をして、自分の受けた不利な印象を点検してみたくなった。旅客の一人で、将校外套を着た老人が、カタヴァーソフと義勇兵たちとの会話に、たえず耳を澄ましていた。この老人とさしむかいになったとき、カタヴァーソフはこちらから話しかけた。
「いや、どうもあちらへ出かけて行く人たちの境遇は、じつに種々さまざまですなあ」とカタヴァーソフはなんともつかぬ調子でいった。自分の意見を吐くと同時に、老人の考えもさぐり出したかったのである。
 老人は二度も戦争に出た軍人であった。彼は軍人というものを知っていたので、あの連中の外見や、話しぶりや、道々酒をラッパ飲みにする武者ぶりなどから推して、あれは軍人として下等なほうだと見てとった。のみならず、彼はある郡役所所在地に住んでいたので、自分の町から一人の終身兵が、出征したことを話そうと思った。それは呑んだくれの泥坊で、もうだれひとり雇い手のないような男であった。しかし、今のような一般社会の気分の中で、世論に反するような意見を吐いたり、ことに義勇兵を非難したりするのは危険だということを、長年の経験で知っていたので、彼もやっぱりカタヴァーソフの顔色をうかがっていた。
「なに、けっこうですよ、あちらじゃ人がいるんですからな」と彼は目で笑いながらいった。こうして、二人は最近の軍事ニュースを話しはじめたが、最近の報道によると、トルコ軍はあらゆる方面で撃破されているのに、明日期待されている決戦の相手は、いったい何者だろうというような疑念を、両方ともお互に隠し合っていた。こうして、二人とも自分の意見を吐露しないまま、別れてしまった。
 カタヴァーソフは自分の車室へ帰ると、知らずしらず良心に偽りながら、義勇兵に関する自分の観察をコズヌイシェフに語ったが、それによると、彼らはあっぱれ頼もしい若者なのであった。
 ある大きな町の停車場で、またまた万歳の叫びと軍歌の声が義勇兵を迎え、またまた義金箱を持った男や女が現われた。県の代表的な婦人たちは、義勇兵に花束を捧げ、後らのあとから食堂へ行った。けれど、そういうようなことも、モスクワに較べると、もうずっと貧弱でさびしかった。

[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]

 県庁のある町に停車しているあいだ、コズヌイシェフは食堂へ行かないで、プラットフォームをあちこち歩きはじめた。
 はじめヴロンスキイの車室の前を通りすぎたとき、窓掛がおろされているのに気がついたが、二度目に通ってみると、窓ぎわに老伯爵夫人の姿が見えた。夫人はコズヌイシェフを呼んだ。
「わたしもいきますのよ、クールスクまで、せがれを見送りにね」と彼女はいった。
「ええ、私もうかがいました」窓のそばに立ちどまって、中をのぞきながら、コズヌイシェフは答えた。「あの人として、じつにりっぱなお心がけですよ!」ヴロンスキイが車室にいないのを見て、彼はこうつけ足した。
「ええ、ああいう不幸があったあとで、ほかにどうしようがございましょう?」
「なんという恐ろしいことができてしまったものでしょう!」とコズヌイシェフはいった。
「ああ、わたくしはどんなつらい思いをしましたことやら! まあ、お入りになりませんか。……ああ、わたくしはどんなつらい思いをしましたことやら!」コズヌイシェフが中へ入って長椅子の上に並んで腰をおろしたとき、彼女はくりかえした。「そりゃもう想像もできないくらいでございますよ! 六週間というもの、その子はだれともひと言も話をしませんし、食べものだって、わたくしが頼むようにいうときだけ、やっと入れるという始末ですからね。ただのいっときだって、一人きりではおけないんですの、自殺の道具になりそうなものは、いっさいとりあげてしまいましたよ。わたしたちは階下《した》で暮していましたけれど、何一つ見通すことができないんですものね。なにしろ、ご承知でもありましょうが、あの手はもう一度あの女のために、ピストルで自殺しかけたんでございますからね」と彼女はいった。この追憶とともに、老婦人の眉根は八の字によせられた。「そうですよ、あの女もとうとう死んでしまいました、ああいう女としては当然な死に方でね。あの女は死ぬのさえいやらしい、下品な死に方を選びましたよ」
「それはわれわれの、とやかくいうべきことじゃありませんよ、伯爵夫人」とコズヌイシェフはため息とともに、そういった。「しかし、あなたにとっては、さぞおつらいことだろうと、私も十分お察し申しますよ」
「ああ、どうかもうおっしゃらないで下さいまし! わたくしは領地のほうで暮しておりましたが、せがれはちょうどそこへまいっておりましたの。すると、あの女が手紙を持たせてよこしたものですから、せがれはすぐ返事を書いて持たせてやりました。こんなふうで、わたくしどもはなんにも知らずにいたのですけれど、あの女はすぐそこの停車場にいたのでございますよ。やっと晩になって、わたくしが居間へひっこみましたところ、小間使のマリイが、停車場でどこかの奥さんが汽車に飛びこんだって、そう申すじゃありませんか。わたくしは、何かに胸を突かれたような気がいたしました。これはあの女だな、とわたくしはすぐに悟りました。で、何よりも第一番に、アリョーシャにいってはならないよ、とみなに申しつけましたが、もういってしまったのでございます。あの子の馭者がその場に居合わせて、なにもかも見たものですからねえ。わたくしがせがれの部屋へ駆けつけたときには、あの子はもう半狂乱で、見るも恐ろしいくらいでございました。ひと言もものをいわないで、現場へ駆けだしてまいりました。わたくしは、停車場でどんなことがあったか存じませんけれど、あの子は死人のようなありさまで、連れられて帰りました。わたくしは思わず見違えたくらいでございますよ。お医者さまは 〔prostration comple`te〕(完全な虚脱状態)だと申しましたの。そのあとで、今度はほとんど精神錯乱みたいになってしまいましてねえ。ああ、今さらかれこれ申したって、しかたがございません!」伯爵夫人は片手をふって、そういった。「恐ろしい世の中になったものでございますねえ! いいえ、なんとおっしゃいましても、悪い女でございますよ。まあ、ほんとになんというめちゃくちゃな情熱でしょう! それと申すのも、つまり、何かを証明しようというわけなのでしょうが、とうとうりっぱに証明しましたよ。自分自身をも滅ぼしたうえに、りっぱな男を二人まで破滅させてしまいました――自分の主人と、ふしあわせな宅のせがれをね」
「ところで、主人のほうはどうしてるでしょう?」とコズヌイシェフはたずねた。
「あの女の娘をひき取りましたの。アリョーシャははじめ、なんでもうんうんと承知しておりましたが、今となって、赤の他人に娘を渡したといって、ひどく煩悶《はんもん》しておりますけれど、いったん承知したことを、変改《へんがい》するわけにまいりませんでね。カレーニンさんはお葬式に参列なさいました。でもね、わたくしどもは、あの人がアリョーシャと顔を合わさないように、ずいぶん気をもみましたの。あの人は良人ですからなんと申しても楽でございます。あの女が束縛《そくばく》を解いたわけでございますからね。ところが、ふしあわせな宅のせがれは、あの女になにもかも捧げ尽したのでございます。自分の栄達も、母のわたくしも、なにもかも棄ててしまったのに、あの女はまだ気の毒とも思わないで、わざわざあの子にとどめを刺してしまったのでございます。いえ、なんとおっしゃいましても、あの女の死に方は、宗教をもたないけがらわしい女の死にざまでございますよ。神さまどうぞお赦しを。でも、わたくしはわが子の破滅を見ると、あの女の思い出を憎まないわけにまいりません」
「しかし、今あの人はどんなふうです?」
「あれは、今度のセルビヤ戦争は、ほんとに神さまが助けて下すったようなものでございますよ。わたくしは年寄りでございますから、こういうことはなんにもわかりませんけれど、あれは神さまがアリョーシャに授けて下すったお恵みでございます。それはもちろん、わたくしは母親として、恐ろしいにきまっております。それにだいいち 〔Ce n’est pas tre`s bien vu a` Petersbourg〕(ペテルブルグではあんまりよくいわれない)と申しますが、でもしかたがございません。あの子を奮い立たすことができたのは、これ一つだけでございますからね。あれのお友だちのヤーシュヴィンが、カルタですっからかんになってしまったものですから、セルビヤ戦争へ行くことにしましてね、あれのところへまいりまして、いっしょに行こうと誘ったのでございます。今ではあの子もそれで、気がまぎれておりますの。あなたどうか、あの子と少し話してやって下さいませんか。わたくしなんとかして、気ばらしをさせてやりとうございますので。あの子はとても沈んでばかりいましてねえ。そのうえおまけに泣面に蜂で、歯まで痛みだしたんでございますよ、あなたがいらしたら、あれもさぞ喜ぶことでございましょうよ。どうか話してやって下さいまし。あれはこっち側を歩いておりますから」
 コズヌイシェフは、それは自分にとっても愉快だと答えて、列車の反対側へ出て行った。

[#5字下げ]五[#「五」は中見出し]

 プラットフォームに積み上げられた叺《かます》が、斜めの夕日を受けて長い影を投げている中で、例の裾長な外套を着て、帽子を目深《まぶか》にかぶったヴロンスキイが、両手をポケットにつっこんだまま、檻《おり》の中の獣のように、二十歩ばかりの間を足早に廻れ右しながら、行ったり来たりしていた。コズヌイシェフはそばへよったとき、ヴロンスキイが自分に気がついたくせに、知らん顔をしているように思われた。しかし、コズヌイシェフにとっては、そんなことなどどうでも同じだった。彼はヴロンスキイにたいしては、個人的な利害関係などいっさい超越していた。
 この場合、ヴロンスキイはコズヌイシェフにとって、偉大な事業のために重要な働きをする人だったので、コズヌイシェフは彼を励まし賞揚することを、おのれの義務と心得ていた。彼はそばちかくよって行った。
 ヴロンスキイは歩みをとめて、じっと見入ったが、それと気がつくと、コズヌイシェフのほうへ二三歩すすんで、その手を固く固く握りしめた。
「もしかしたら、私に会いたくなかったのじゃありませんか」とコズヌイシェフはいった。「何か私でお役に立つことはありませんか?」
「私は人に会うのが不愉快なんですが、あなたはだれよりもいちばん、その不快さを少なく感じさせる人です」とヴロンスキイはいった。「失礼ないいかたをしてごめんなさい。私の生活は愉快なことなどないのですから」
「よくわかっています。それで、少しなりとお役に立ちたいと思った次第なんで」明らかに、苦しみ悩んでいるらしいヴロンスキイの顔に見入りながら、コズヌイシェフはいった。「あなたはリスチッチか、ミラン王に紹介状はいりませんか?」
「いや、いや!」相手の言葉を理解するのに骨が折れるといった様子で、ヴロンスキイはこういった。「もしおさしつかえがなかったら、少し歩きませんか。汽車の中はじつに息苦しくって。紹介状ですって? いや、ありがとうございますが、死ぬのに紹介なんぞいりませんよ。まあ、なんなら、トルコ人あてのやつでも……」口だけでにやっと笑って、彼は答えた。目は依然として怒ったような、悩ましげな表情を浮べていた。
「さよう、しかしなんといっても、いろんな人との交渉は必要なんですから、それなら、心がまえのできてる人と交渉をもったほうが、便利じゃありませんか。もっとも、それはご随意に。私はあなたのご決心を聞いて、非常にうれしかったです。なにしろ、義勇兵にたいする攻撃の声が、やかましいおりですから、あなたのような人が参加して下さると、義勇兵にたいする世論も改まってくるわけです」
「私が人間として取りえがあるのは」とヴロンスキイはいった。「生命が私にとって、なんの価値もない、という点だけです。ところで、肉体的な力なら、敵を破るかみずから倒れるか、いずれにしろ、方陣に斬りこむだけのためなら、まだ十分もちあわせていますからね――それは自分でもわかっています。私は、自分の生命を捧げる目標があるのを、喜んでいます。生命なんてものは、私にとって不必要というより、いや気がさしてしまったんです。まあ、だれかの役に立つでしょうよ」たえずずきずきする歯痛のために、じれったそうに頬骨をぴくりと動かした。この歯痛のおかげで、彼は自分の望むような表情で、話をすることさえできないのであった。
「あなたは更生《こうせい》なさいますよ、私が予言しておきます」何か感動させられた気持で、コズヌイシェフはそういった。「自分の同胞を暴君の軛《くびき》から救い出すことは、生死を賭するに値するりっぱな目的ですからね。どうか神明の加護で外面的な成功と、内面的な平安を得られますように」とつけ足して、彼は手をさしのべた。
 ヴロンスキイは、さしのべられたコズヌイシェフの手を、しっかと握りしめた。
「そう、武器としては私も何かの役に立ちますよ。しかし、人間としては――廃墟です」と彼は一句一句くぎるようにいった。
 丈夫な歯のずきずきする痛みが、口の中を唾でみたして、自由にものをいうのを妨げるのであった。ゆっくりとなめらかに、レールの上をすべって行く炭水車の車輪に、じっと見入りながら、彼は口をつぐんだ。
 とふいに、痛みではなく、全く別な一般的な性質を帯びた内部のぐあいわるさが、つかのま、歯痛を忘れさせた。炭水車とレールを一目みると、あの不幸以来まだ会ったことのない知人との会話に刺激されて、彼はふと彼女[#「彼女」に傍点]、というよりもむしろ、彼が狂気のごとく停車場の本屋《ほんおく》へ駆けこんだとき、まだ彼女のあとに残っていたものを思い出したのである。駅の大テーブルの上には、まだ先ほどまで脈打っていた、生命に満ちみちた、血みどろの体が、衆人環視の中に、恥ずかしくもなく長々と横たわっていた。無事に残った頭は、重い髷《まげ》をつけたまま、こめかみにも、美しい顔にも、巻き毛をこびりつかしてぐっとうしろにそらされていた。紅い口は半ば開かれ、顔の表情といえば、唇の辺には奇怪にも哀れな翳《かげ》が凍《こお》りついていたけれど、十分に閉じられないまま固まった目の中には、恐ろしい感じをたたえていた。それはちょうど、彼女がいさかいのあいだに投げつけた恐ろしいひと言――あなたは後悔するでしょうという言葉を、声に出していっているかのようであった。
 で、彼ははじめて、同様に停車場で会ったときのアンナ――神秘にみちて美しく、幸福を愛し、求め、かつ与えるようなアンナを、思い起そうと努めた。あの最後の瞬間に記憶に刻みつけられた、あの残忍な、復讐を誓うような彼女は、思い出したくなかった。彼はアンナとすごした楽しい時どきを、思い起そうとつとめた。が、それらの時も永久に毒されてしまった。彼はただアンナの威嚇《いかく》のみを覚えていた。それはだれにも必要のない悔恨の威嚇であったが、すでに成就されて、もはや消すべくもなく、威嚇は凱歌を上げている。彼はもう歯痛を感じなくなり、その顔は慟哭《どうこく》にゆがめられた。
 無言のまま叺《かます》のそばを二度往復して、われとわが心をおししずめると、彼はおちついた調子で、コズヌイシェフに話しかけた。
「昨日からこっち、新しい電報をお読みになりませんでしたか? そう、敵に三度まで撃破されていますが、明日はいよいよ大決戦があるはずです」
 それから、ミラン王の宣言や、その宣言が及ぼすであろう偉大な結果を話し合った後、二人は第二鈴が鳴ったとき、めいめい自分の車へ入った。