『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

2004-01-01から1年間の記事一覧

ふつうのくつや23

1922年 東京都江東区生まれ 1943年 12月、学徒出陣で入隊 1944年 独立臼砲21大隊としてレイテ島へ 1945年 レイテ島で終戦を迎える 12月復員、戦後は大学を卒業し会社員に [1] 学徒出陣 07:48 [2] 2度のレイテ行 06:11 [3] レイテ島上陸 06:49 [4] …

ふつうのくつや22

[証言記録 兵士たちの戦争] フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第1師団~ 放送日 2008年2月28日 2008年6月1923年 愛知県安城町(現・安城市)に生まれる 1944年 陸軍第26師団独立歩兵第11連隊に入隊しフィリピン・レイテ島へ 1945年 レイテ島…

ふつうのくつや21

[証言記録 兵士たちの戦争] フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第1師団~ 放送日 2008年2月28日 2008年6月1918年 新潟県北蒲原郡菅谷村(現・新発田市)生まれ 宝岩寺住職となる 1944年 6月、歩兵第16連隊入隊後、独立歩兵第13連隊に配属 11月…

ふつうのくつや18

[証言記録 兵士たちの戦争] フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第1師団~ 放送日 2008年2月28日 2007年12月 1922年 滋賀県彦根市に生まれる 1943年 1月、中部第37部隊(伏見)に入営し、歩兵第20連隊へ配属 11月、フィリピン・レイテ島へ 1945…

ふつうのくつや17

[証言記録 兵士たちの戦争] フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第1師団~ 放送日 2008年2月28日 2008年6月1922年 1922年 京都府に生まれる 1943年 1月、野砲兵第22連隊に入隊 1945年 レイテ島の捕虜収容所で終戦、復員 戦後は大阪住友海上保険…

ふつうのくつや16

[証言記録 兵士たちの戦争] フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第1師団~ 放送日 2008年2月28日2008年6月 1922年 京都市に生まれる 1942年 現役兵として歩兵第20連隊に入隊 フィリピン・ネグロス島などを経てレイテ島へ 1944年 10月 米軍レイ…

ふつうのくつや15

[証言記録 兵士たちの戦争] フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第1師団~ 放送日 2008年2月28日 2008年6月1922年 京都府南丹市に生まれる 1941年 1月、福知山歩兵20連隊に入隊。12月フィリピン攻略戦へ 1942年 ビサヤ諸島ネグロス島で警備など…

ふつうのくつや14

[証言記録 兵士たちの戦争] フィリピン・レイテ島 誤報が生んだ決戦 ~陸軍第1師団~ 放送日 2008年2月28日1916年 京都府に生まれる 補充兵としてフィリピン・ルソン島の歩兵第20連隊へ 1943年 11月レイテ島に上陸 1945年 レイテ島の捕虜収容所で終戦 復…

ふつうのくつや13

1920年 東京都伊豆大島生まれ 1940年 入隊 満州(現・中国東北部)の第1師団へ 1944年 上海を出発し11月、フィリピン・レイテ島へ 1945年 セブ島で終戦を迎える 戦後は農協などに勤務 [1] レイテ島・オルモックへ 04:33 [2] 輜重(しちょう)兵の仕事が…

ふつうのくつや12

1917年福岡県福岡市にて生まれる。 1937年歩兵第8連隊士官候補生として満州に駐屯。その後、ノモンハン事件などに参加。 1943年帰国し、東京陸軍幼年学校生徒監に就任。 1944年戦況の悪化に伴い、レイテ島に派遣。戦死した大隊長の後任として、第1師団歩兵57…

ふつうのくつや11

1921年 山梨県韮崎市にて生まれる。 1942年 現役兵として、甲府歩兵第49連隊に入隊。満州に駐留。 1944年 レイテ戦当時、23歳、兵長。 1945年 セブ島で終戦を迎える。復員後は故郷で林業関係の仕事に勤める。退職後は日本傷痍軍人会の相談員に従事[1] …

ふつうのくつや10

1916年埼玉県所沢市にて生まれる。 1942年東京の軍需自動車工場に勤めていた当時、26歳で徴集。自動車による輸送要員として、満州に派遣。第1師団司令部に配属される。 1944年レイテ戦当時、28歳。兵長。 1945年セブ島で終戦を迎える。復員後は東京で自…

ふつうのくつや09

1921年 山梨県道志村にて生まれる。 1942年 現役兵として甲府歩兵第49連隊に入隊。満州に駐留。 1944年 レイテ島に派遣。当時、23歳、兵長(衛生兵)。 1945年 セブ島で終戦を迎える。復員後は、故郷で建設会社などに勤務する。[1] 「楽勝」と言われたレイ…

ふつうのくつや08

1922年千葉県銚子市にて生まれる。 1942年現役兵として千葉県佐倉の歩兵第57連隊に入隊。満州に駐留 1944年レイテ戦決戦当時、22歳、兵長。 1945年セブ島で終戦を迎える。復員後は家業を継ぎ、銚子市で洋菓子店を営む。 [1] レイテへ 05:47 [2] 敗戦…

ふつうのくつや07

1921年 山梨県山梨市にて生まれる。 1942年 現役兵として輜重兵第1連隊に入隊。満州に駐留。 1944年 レイテ決戦当時、23歳、少尉。 1945年 セブ島で終戦を迎える。復員後は故郷山梨県で中学校の教員などを務める。[1] レイテ決戦へ 05:40[2] レイテ上…

ふつうのくつや06

1917年 秋田県由利本荘市にて生まれる。 1941年 24歳で徴集。秋田の第8師団歩兵第17連隊要員として中国・黒河省に派遣。 1944年 第1師団歩兵49連隊に転じ、レイテ島に派遣。当時、27歳、兵長。 1945年 セブ島で終戦を迎える。 [1] 死を覚悟したレイテ行き …

ふつうのくつや1

ふつうのくつや 4 レイテ

[1] 「一週間で片がつくはず」 07:10 ただ、満州や中国で討伐に行くっていうことはよくあるわけよね。 そんなの、1週間も行って帰ってくるとみんな帰ってきちゃうんですよ。けが人もなくて。そんな程度の考えしかないから、マニラを船で出てレイテ島へ行…

ふつうのくつや 3 レイテ

1915年 千葉県千葉市出身 佐倉・歩兵第57連隊へ入隊 1944年 フィリピン・レイテ島へ 1945年 セブ島で終戦を迎える 戦後は公務員 [1] レイテ決戦へ 08:16 [2] リモン峠の57連隊 12:14 [3] 「死の谷」 07:24 [4] 肉弾攻撃 06:03 [5] 転進という名…

ふつうのくつや 2 レイテ

[1] 第1師団 03:46 第1師団は元の東京鎮台から来てですね、東京の師団です。二・二六(事件)をやって満州に行かされた部隊ですね。だから二・二六終わってすぐ満州に移って、私が第1師団に入ったときは孫呉(現・中国黒竜江省黒河市孫呉県)というとこ…

ふつうのくつや 1 レイテ

[1] レイテ島上陸 03:22 甲府連隊はね、これは徴兵検査の頃の写真だ。先の方にあるのは徴兵検査。これは入隊する時の写真でね。これは甲府連隊の写真だ。ね。 Q これは満州で撮った? これは甲府に2か月いた時、入った時の写真。これが俺だけんどね。これ…

ふつうのくつや ブリタニカ

1911 Encyclopædia Britannica/Exhibition - Wikisource, the free online libraryEXHIBITION, a term, meaning in general a public display,[1] which has a special modern sense as applied to public shows of goods for the promotion of trade (Fr. e…

ふつうのくつや07 茶わんの湯

ここに茶わんが一つあります。中には熱い湯がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議もないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまの疑問が起こって来るはずです。た…