20240508
■05―■14、9分、スキャン、17枚
■18-■24、6分、、OCR、17枚
合計15分、
■45-■20、35分、ざっと整理、304-327
20240510
■44-■04、327―334(余った時間でトムソーヤー上巻の注釈を校正)
20240518
■25-■25、60分、読みながら15カ所校正
いったのだよ。それどころか――」
「一ダースだって、あんた――四十人かかったところで、あれだけのことを、なにもかも、できやしないよ。あのさやつきのナイフでつくったのこぎりだとか、なんだとか、見てみるがいい、どんなにてまをかけてつくったかしれないよ。あののこぎりでひききった寝台の足だって見てみるがいいぞ。六人で一週間もかかるしごとだ。あの寝台の上にあった、わらでつくった人形だって、見るがいい。そればかりか――」
「ごもっともだとも、ハイタワーのだんな。わたしも、フェルプスのだんなに面とむかって、そっくりそのとおりいったのだよ。すると、フェルプスのだんながおっしゃったのだよ、あんたはどう思っているんだね、ホッチキスのおかみさんて、そういうんだよ。だから、わたしは、どうって、なにをですか、フェルプスのだんな、とききかえしたのだよ。そうしたら、だんなは、あれ、あの寝台の足が、あんなふうにひっきられているのをどう思うかって、おっしゃるんだよ。そこで、わたしは、あれをどう思うかっておっしゃられるのかね、といったのだよ。あれは寝台がひとりでにきれたわけでもごぜえますまい――だれかがひっきったにちがいごぜえません、と、そういったのだよ。それから、だんなはどう思うかしれませんでごぜえますが、わたしは、そう思うんでごぜえます、とるにたりない意見かもしれませんが、って。だが、そんなつまらない意見でも、それがわたしの意見でごぜえますって、だんなにいったのだよ。もし、ほかにいい意見をたてられる人があったら、たてさせてくだせえ、それだけでごぜえますって、わたしはいったのだよ。ダンラップのおかみさんに、わたしは、だんなにそういったと――」
「ね、フェルプスのおくさん。あれだけのしごとをやったんだからね、あの小屋のなかは、きっと、まい晩、四週間のあいだ、黒人どもで、いっぱいになっていたにちがいありませんよ。シャツだって、見てごらんなされよ――いちめんに、ひみつのアフリカ文字が、血でかいてあるじゃないですか。おおぜいの黒人どもが、ずっとかきつづけていたにちがいありませんよ。だれかあれをよんでくれたら、おれ、二ドルだしますよ。だが、あいつをかいた黒人どもは、むちでぶって、ぶって、そして――」
「あの黒人をたすけたやつらですって、マープルズさん。すこしのあいだでもこの家にいらしたら、あなただって、わかったと思うわ。あいつらは、手あたりしだい、なんでもぬすんだのよ――わたしたち、しょっちゅう見はっていたのにね。あのシャツは、ものほし綱からぬすんでいったんですわ。それから、あのはしごをつくったシーツね、あれなんか、なんべんぬすんだか知れやしませんわ。そのほかにも、小麦粉だとか、ろうそくだとか、ろうそく立てだとか、さじだとか、古い湯たんぽだとか、あたし、もうわすれてしまったけれど、とてもたくさんぬすんでいったのよ。あたしのあたらしいキャラコの服だって、そうですわ。それで、あたしとサイラスと、トムとシッドとて、夜もひるもずっと見はっていたのですよ、さっきもいったようにね。ところが、あいつらは、かげもかたちも見せないばかりか、音ひとつさせなかったんです。そればかりか、さいごのどたん場にも、ほら、あたしたちのはなさきにしのんできて、あたしたちをこばかにしたじゃありませんか。こばかにしたばかりか、十六人の男と二十二ひきの犬がすぐあとをおっかけていったにかかわらず、まんまとあの黒人をぬすんでいったんですもの、きっと刺客団のどろぼうですわ。ほんとに、こんな話って、きいたことがないわ。神わざだって、これよりうまくできやしませんわ。きっと、あいつらは、悪魔にちがいないわ。だって、あなたがたも、知っているとおり、うちの犬よりいい犬はいないでしょう。ところが、その犬どもが、一度もあとをかぎだせなかったんだもの! そのわけがわかるなら、説明してくださいな――どなたでも!」
「ほんとに、きいたこともないですわ、そんな――」
「ほんとですよ、ね。一度だって――」
「まったく、わたしはまだ――」
「家のなかのものもぬすんだの――」
「ほんとにまあ、わたしなら、すんでるのがこわくなりますよ、こんな家に――」
「すんでいるのがこわくなるですって! ――リッジウェイのおかみさん、あたしだって、こわくって、ねることもおきることも、よこになることも、こしをおろしていることもできないのよ。ね、あいつらは、家族のものまでぬすむかもしれないわ――いいえ、ね、きのうの晩、ま夜中になったとき、あたし、どんなにあわてていたか、考えてくださるといいわ、ほんとよ。あたし、あいつらが家族のものをぬすみはしないかと心配していたのよ。思案にくれて、ものを考える力もなにもなくなっていたんでね。こう、ひるまになってみると、ほんとにばからしいことなんですけどさ。あたしは、こう思ったんですのよ――むこうの、二階のさびしいへやで、子どもたちがふたりだけでねてるなんて、かわいそうに、とね。それで、あたしとても心配になったので、そっと二階にあがっていってね、ふたりがねている外から、かぎをかけたのよ。ほんとですわ。あんな場合、だれだって、そうするにちがいありませんわ。だって、あんなにこわいめにあわされているうえに、そのこわさがつづくばかりか、だんだん、おそろしいことになっていくんだもの、だれだって、気がてんとうし、気ちがいじみたことをやりはじめるわ。そして、しまいに考えるわ。自分が子どもで、あんなにはなれた二階にねかされ、戸にかぎもかかってなかったら、とね。そして――」
彼女は、ふと口をつぐんで、なんとなくふにおちないようすをして、ゆっくりうしろをふりむいた。そして、彼女の目が、わたしの上にとまった――とたんに、わたしは、立ちあがって、散歩にでかけた。
わたしは、外へでてすこし考えたら、わたしたちがけさ、あのへやにいなかったわけを、りっぱにいいひらきできるだろう、と考えたからだ。だから、散歩にでたのだ。だが、わたしは、とおくへはいかなかった。とおくへいったら、彼女は、わたしをよびによこすにちがいないのだ。みんなは、夕がたかなりおそくなってからかえったが、みんながかえっていくとすぐ、わたしは、彼女のところへいって話した。わたしとシッドは、あのさわぎと鉄砲の音で目をさまし、あのおもしろそうなさわぎを見たいと思ったが、戸には錠がおりていた。そこで、わたしたちは、避雷針をつたっておりたのだが、ふたりともすこしけがをした。だが、もうこんなことは二度としません、と、わたしはそういった。それから、サイラスおじさんにいったとおなじことを、すっかり話した。すると、彼女は、かんにんしてあげるわ、どっちみち、これでなにもかも、すっかりすんだらしいから、といった。でも、男の子って、ずいぶんあとさき見ずで、なにをやりだすかまったくわかったものじゃない、といった。だが、そのいたずらのために、つらいめにあっているんじゃないかぎり、すぎてしまったことをくよくよしていてもしかたがない。それよりおまえたちがぶじで生きているのだから、いっしょにいられることをかんしゃしてくらすほうがいいかもしれない、と彼女はいった。それからわたしにキスをしたり、わたしの頭をかるくたたいたりしていたが、彼女は、また、ぼんやりと考えこんだ。だが、すぐにとびあがっていった。
「おやまあ、もうすぐ夜なのに、シッドは、まだかえってこないわ。どうしたのかしら。」
いまだっ、とわたしは思った。そこで、とんでいっていった。
「ぼく、これからすぐ、町へいって、シッドをつれてきます。」そうわたしはいった。
「いいえ、いけません」と、彼女はいった。「おまえは、ここからでていっちゃいけません。一度にひとりなくせば、たくさんです。夕食までかえってこなければ、おじさんがむかえにいきます。」
ところが、夕食までに、シッドはかえってこなかった。だから、夕食がすむとすぐ、おじさんはでかけていった。
おじさんは、十時ごろ、すこし心配しながら、かえってきた。シッドとであわなかったのだ。サリーおばさんは、ひどく心配した。だが、サイラスおじさんは、そんなに心配することはない――男の子は、なんといっても男の子なのだから、といった。あすの朝になったら、ぴんぴんしてもどってくるだろう、といった。彼女は、それでなっとくしなければならなかった。だが、彼女は、もうすこし、おきて待ってやるわ、見えるようにあかりをつけておいてね、といった。
そして、わたしがねようとして二階にあがっていくと、彼女は、ろうそくを持っていっしょにあがってきて、ねかせてくれた。そして、とてもやさしくしてくれるので、わたしは、気がひけて、まともにおばさんの顔を見ていられなかった。彼女は、寝台にこしをおろして、長いことわたしと話していた。シッドは、なんというりっぱな子だろう、と、彼女はいった。そして、シッドのことを話しだして、いつまでたってもやめそうもなかった。シッドが死んだと思わないかとか、けがをしているんじゃないかとか、あるいは、おぼれ死にしたと思わないかとか、そんなことを、ときどきわたしにきいた。それからまた、シッドがいまごろどこかでくるしんでいるか、死んでいるかもしれないのに、そばにいて看護をしてやれないので、なみだがこんなにぽたぽたとおちてくるのじゃないかしら、といった。わたしは、シッドはだいじょうぶです、朝になれば、きっとかえってきます、といってやろうかと思った。そうしたら、彼女は、わたしの手をしっかりとにぎりしめるか、キスをして、わたしにもう一度そういわせ、それからなんどもそういわせるにちがいなかった。彼女は、へとへとによわりきっているので、そうきくだけでも気持ちがらくになったにちがいない。下におりていくとき、彼女は、じっと、しかもやさしく、わたしの目をのぞきこんで、いった。
「戸には、かぎをかけておかないわ、トム。窓だって、避雷針だってあるんだもの。でも、おまえは、いい子だわね? どこへも、いきはしないわね? あたしのことを考えて。」
じっさいのところ、わたしはわるい子で、トムのようすを見にいこうと思っていたのだ。どんなことをしても見にいこうと思っていたのだ。だが、おばさんにそういわれると、とてもでていく気になれなかった。
だが、おばさんのことが気になると同時に、トムのことも気になって、わたしは、おちおちねむれなかった。それで、夜中になってから、わたしは、二度避雷針をつたっておりて、こっそりおもてにまわっていってみた。すると、二度とも、おばさんは、窓のなかにろうそくをともし、そのそばにこしをおろして、目を往来のほうへむけていた。その目には、なみだがたまっていた。わたしは、なにかおばさんのためにしてやりたいと思ったが、なんにもしてやれなかった。もう二度と、彼女をかなしませるようなことはすまい、とこころにちかうだけだった。三度めに目をさましたときは、もう夜明けだったが、そっとおりていってみると、彼女は、まだそこにこしをおろしていた。ろうそくは、もうもえきって、きえかかっていた。彼女は、しらがの頭を、手にのせて、ねむっていた。
42 トムの告白
おじさんは、朝の食事まえに、また町へでかけていったが、トムの手がかりは、さらになかった。だから、おじさんもおばさんも、テーブルについたまま、考えこんでしまい、ひとことも口をきかなかった。いかにもかなしそうだった。コーヒーは、ひえてきた。だが、ふたりともなにも食べなかった。そのうち、おじさんがいった。
「わしは、おまえに手紙をわたしたっけかな。」
「なんの手紙?」
「きのう、郵便局でうけとってきた手紙だよ。」
「いいえ、手紙は、一つももらわないわ。」
「じゃ、わすれていたのだよ、わしは。」
そういって、彼はポケットをかきまわした。それから、どこか、手紙をおいておいたところへいって、手紙を持ってきて、彼女にわたした。彼女はいった。
「まあ、セント=ピータースバークからよ……ねえさんからよ。」
わたしは、もう一度散歩にでたら、うまい考えがうかぶかもしれないと思ったが、うごくことさえもできなかった。だが、彼女は、手紙の封をきらず、ぽたりとおとして、かけだした……なにか見えたからだ。わたしにも見えた。トム=ソーヤーがふとんの上にのっかってくる。あの年とった医者も見えた。ジムも見えたが、彼は、おばさんのキャラコの服をき、手をうしろ手にしばられていた。それからおおぜいの人びとが見えた。わたしはいきあたりばったり、手近なものかげにその手紙をかくしてから、とびだしていった。おばさんは、トムの上にからだをなげかけて、なきながらいった。
「ああ、死んでいるわ、死んでいるわ、ほんとに死んでいるわ。」
すると、トムは、頭をすこしうごかしてなにかぶつくさいった。熱にうかされて正気をうしなっているのだ。それでも、おばさんは、両手をあげていった。
「生きているわ、まあ、ありがたい! 生きてさえいれば、いいわ。」
そういって、いきなりトムにキスをすると、彼女は寝床の用意をするために、家のなかへかけていった。そして、走りながら、左右の黒人たちやだれかれに、とても早口に、いろいろなことをいいつけた。
わたしは、人びとがジムをどう処分するのかと思って、そのあとについていった。医者とサイラスおじさんは、トムについて、家のなかにはいっていった。人びとは、ひどくおこっていた。ほかの黒人どもへの見せしめのために、ジムの首をくくってしまえ、というものもあった。そうすれば、ほかの黒人どもは、ジムのように脱走をくわだてて、大さわぎをおこしたり、いく日もいく晩も、家族をぜんぶ、あんなおそろしいめにあわせるようなことをしないだろう、といった。だが、そんなことをするな、そんなことをしてもむだなことだ、という人たちもいた。その人たちは、ジムは、自分たちの黒人ではないのだから、持ち主がやってきたら、きっと、自分たちにそんはかけまい、といった。そんなわけで、いきりたっていた人びともすこしはしずかになった。わるいことをした黒人をしめころしたがるてあいにかぎって、はらいせをしたあとで、いざ、その黒人の代価をはらうだんになると、とかくしりごみをするものだからだ。
だが、彼らは、ずいぶんジムをののしった。ときおり、よこっつらにげんこを一つ二つくらわせた。だが、ジムは、なにもいわなかった。彼らは、ジムをもとの小屋へつれていって、ジムの服をきせ、またくさりでつないだ。だが、こんどは、寝台の足にではなく、土台の丸太に打ちこんである大きなかすがいにつないだばかりか、両手も両足もくさりでつないだ。そして、持ち主がくるまでは、パンと水のほかに、なにひとつ食べものをやらない、といった。持ち主が、ある期間内にきてあなうめをしなければ、競売にかけて、ジムを売るといった。これからまい晩、鉄砲を持って、ふたりずつ、この小屋のまわりに見はりに立ち、ひるまは、ブルドッグを戸口につないでおこう、といった。そうしているうちに、しごとがおわってしまったので、人びとは、かえりがけのだちんにジムをののしりながら、ひとりへり、ふたりへり、だんだんかえりはじめた。このとき、医者がやってきて、ひとめこのありさまを見ると、すぐいった。
「あまり手あらいことをするなよ。この黒人は、わるいやつじゃないからな。わしは、あの子のところへいくにはいったが、人手をかりないことには、鉄砲玉をぬきだせなかったのだ。が、そうかといって、あの子の容体が、わるいのでな、だれかをよびにくることもできなかったのだよ。あの子の容体が、だんだんわるくなるいっぽうでな。しまいには、頭がへんになって、わしを近よらせないばかりか、いかだにチョークでしるしをつけたらころしてしまうとかなんだとか、そんな、気でもちがったようなばからしいことをいいつづけるんでな、わしはどうにも手のくだしようがなかったのだ。そこで、わしは、だれか人をつれてこなけりゃ、といったのだよ。すると、わしがいいおわらないうちにな、この黒人がどこからかはいだしてきて、てつだおうというのだ。そうして、じっさいてつだってくれたばかりか、とてもじょうずにやってくれたのだ。もちろん、わしは、この黒人はにげだしたやつだとは思ったのだが、やっぱり、そのとおりだったってわけさ! ところで、わしは、その日一日と、ゆうべ一晩、あそこにくぎづけになっていなければならなかったのだ。まったくこまったよ。さむけのしている病人をふたりかかえているので、町にもどってきて、病人をみてやりたいとは思ったが、どうにもならなかったのでな。この黒人がにげてしまうかもしれないし、にがしたら、わしの責任になるじゃないか。だが、よべばきこえそうなところに、小舟一そうこなかったのだ。そんなわけで、わしは、けさまで、あそこからうごけなかったのだ。ところで、わしはな、こんなにまめまめしく看護してくれる黒人を、これまで見たこともないよ。そんなことをしていたら、自分の身がきけんなことは、わかりきったことだし、おまけに、さいきんひどくこき使われたらしく、へとへとにつかれていたが、それでも、じつによくやってくれたのだ。そんなこんなで、わしは、この黒人がすきになったのだよ。な、みんな、このような黒人なら、千ドルのねうちがあるよ――そのうえ、しんせつにしてやるねうちがあるよ。おかげで、なにもかもまにあったし、あの子だって、家にいるとおなじように……いや、たぶん、家にいるよりいじょうに、よく看護してもらえたのだ。とてもしずかだったからな。ところで、わしときたら、あの子と黒人を両手にかかえて、けさの明けがたまで、あそこからうごくこともならなかったのだよ。でも、ちょうどそのとき、五、六人のった小舟が一そう通りかかった。うまいぐあいに、黒人は、わらぶとんのそばにこしをおろして、頭をひざにのせて、ぐっすりねこんでいたよ。そこで、わしは、むごんで、あいずをしたので、彼らは、こっそりあがってきてくれてな、黒人がなんのことやらわからないでいるうちに、つかまえて、しばりつけてしまったので、すこしのめんどうもなかったってわけだ。それから、あの子は、うとうとねむっているのでな、音をたてないようにこいで、いかだをひっぱって、うまくひいてきたってわけだよ。この黒人は、そのあいだじゅう、ちっともさわがなかったし、またひとことも口をきかなかったのだ。わるい黒人じゃないよ、みんな。わしはそう思うのだ。」
だれかがいった。
「そうかね、お医者さん。そうきけばとてもいい黒人だね。」
すると、ほかの人たちも、いくらかやさしくなった。わたしは、ジムにそういう好意を見せてくれる、その年とった医者を、こころからありがたいと思った。そして、これも自分の目がくるっていなかったためだと思うと、うれしかった。はじめて医者にあったとき、わたしは、この人はこころのやさしい、いい人だと考えたからだ。人びとは、ジムがひじょうによくやってくれたのだから、いくぶんそれをみとめてやり、なにかむくいてやらなければ、ということに同意した。そして、このうえジムをののしったりしないと、すぐその場でこころからちかった。
それから、彼らは、外へでて、ジムをとじこめて錠をかけた。わたしは、くさりがばかおもいから、一つ二つはずしてやろうとか、パンと水ばかりでなく、肉ややさいもやろうとか、いってくれないかなあ、と思った。だが、彼らは、そういうことを考えもしなかった。わたしも、自分から口をだすのはまずいと思った。だが、わたしは、わたしの目のまえによこたわっている難関をきりぬけたら、医者の話をサリーおばさんにしようと思った――難関とは、あのいまいましい晩、わたしと彼が、にげだした黒人をおっかけて、そちこちカヌーをこぎまわってすごした話をしたとき、どうして、わたしが、シッドがうたれたことをいうのをわすれていたか、そのいいわけをすることなのだ。
だが、わたしはひまだった。サリーおばさんは、ひるも夜もずっと病室につきっきりだった。サイラスおじさんは、気がぬけたように歩きまわっていたが、わたしは、おじさんを見かけるたびに、身をかわした。
つぎの朝、わたしはトムがずっとよくなったことをきいた。それで、サリーおばさんは、ひとねいりしているということだった。だから、わたしは、そっと病室にしのびこんだ。ばけの皮のはげないような話をこしらえて、うちの人たちに話そうと思ったからだ。だが、トムは、ねむっていた。気持ちよさそうに、すやすやとねむっていた。顔が青かった。ここにつれてこられたときは、まっかな顔をしていたのに。そこで、わたしは、こしをおろして、彼が目をさますのを待っていた。半時間ばかりたつと、サリーおばさんがそっとはいってきた。わたしは、すっかりうろたえてしまった。だが、サリーおばさんは、しずかにするようにとあいずしてから、わたしのそばにきてこしをおろして、小声で話しだした。もうよろこんでもいい。容体はとてもよくなったんだから、と彼女はいった。そして、もうずいぶん長くねむっているから、だんだんよくなって、おちついてきているのだ、こんど目をさましたら、十中八、九までは正気にかえっているだろうといった。
そこで、わたしたちは、そこにこしをおろしたまま、見まもっていた。すると、やがて、彼は、ちょっと身うごきして、ごくしぜんに目をあけた。そして、ひとめ見まわしてからいった。
「おーい――おや、ぼくは、うちにいるんじゃないか。こりゃ、いったいどうしたってんだい。いかだは、どこへいったのだい。」
「そんなこと、心配するなよ。」と、わたしはいった。
「ジムは?」
「だいじょうぶだよ。」と、わたしは、おっかなびっくりいった。だが、彼は、なにも気がつかずにいった。
「しめた! すてきだぜ! ぼくたちは、もうだいじょうぶだ! おばさんに話したかい。」わたしは、うん、といおうとした。だが、彼女がさえぎっていった。
「なんのことだい。シッド。」
「なんのって、ぼくたちがやったことぜんぶのやりくちです。」
「ぜんぶって?」
「ぜんぶって、ぜんぶですよ。たったひとつしかないんです。ぼくたちが、あのにげてきた黒人を、どういうふうにして自由にしてやったかって――ぼくとトムで。」
「おやまあ! あのにげてきた黒人を――この子は、なにをいっているのかしら! まあ、また頭がへんになったわ!」
「いいえ、ぼく、頭がへんになったんじゃありませんよ。ちゃんとわかっていってるんです。ぼくたちは、あの黒人を、自由にしてやったんです――ぼくとトムで。ぼくたちは、そうしようと計画をたてて、そして、やったんです。しかも、みごとにやってのけたんです。」
彼は、話しだしてしまったのだ。彼女は、話をさえぎろうとしないで、こしかけて、じっと目を見はったまま、彼にしゃべらせた。わたしは、口だしをしたところで、もうむだだと思った。
「ね、おばさん。そりゃ、たいへんなしごとだったんですよ――なん週間もかかったんです――おばさんたちがねているあいだに、まい晩、なん時間もやったんです。そいで、ぼくたち、ろうそくだの、シーツだの、シャツだの、おばさんの服だの、それから、さじも、ブリキの皿も、さやつきナイフも、湯たんぽも、丸砥石も、うどん粉も、そのほかにも、いろいろなものをうんとぬすんだんです。そして、のこぎりや、ベンをつくったり、砥石にもんくをはったり、なにやかやするのに、どんなに骨がおれたか、おばさんには、わかりゃしませんよ。そのおもしろかったことといったら、おばさんには想像もつきませんよ。それから、ぼくたち、棺おけやなにかの絵をかいたり、どろぼうからの無名の手紙をかいたりしたんです。避雷針をのぼりおりして、小屋のなかへはいるあなもほったんです。なわばしごは、こしらえてから、パイに入れてさしいれてやったんです。それから、道具にするさじなどは、こっそりおばさんのエプロンのポケットに入れて、さしいれてやったんです――」
「おやまあ!」
「それから、ジムの友だちにするために、ねずみやへびやなんか、たくさん小屋のなかに入れてやったんです。ところが、あのとき、帽子にバターを入れていたトムを、おばさんがここに長くひきとめておいたんで、なにもかも、ほとんど、だいなしになったんです。なぜって、ぼくたちが小屋からでないうちに、みんながやってきたからです。そいで、ぼくたち、すっとんでにげだしたんですが、みんなはぼくたちの音をききつけて、鉄砲をうったんです。おかげで、ぼくやられたんです。でも、ぼくたち、道からそれて、人びとをやりすごしたんです。すると、こんどは犬どもがおいかけてきたんですけど、犬どもは、ぼくたちには目もくれず、みんなが大さわぎしているほうへいってしまったんです。そいで、ぼくたち、カヌーにのって、いかだにむかったんです。ぼくたちは、ぶじ脱出したんです。ジムも自由になったんです。しかも、ぼくたち、ぜんぶ自分たちだけでやったんです。すばらしいじゃありませんか、おばさん。」
「まあ、こんな話って、きいたこともないわ。この悪党どもめが。おまえたちだったのかい、あんなさわぎをおこして、わたしたちをびくびくさせたのは。ああ、おしおきをしてやりたくて、からだがむずむずするわ。あしたといわず、いまこの場で、おまえたちを、こらしめてやりたい。まい晩、ここでやきもきしていたかと思うと――いまにおまえのきずがよくなったら、この悪党どもめ、ふたりとも性根をたたきなおしてやる。」
だが、トムときたら、大とくいになって、うれしがっていた。話をやめるどころか、ひっきりなしに口をうごかしているのだ――すると、おばさんが、よこから口をだして、ぶりぶりとのべつにあたりちらすので、ふたりが一度にしゃべると、まるで、ねこのいがみあいみたいだった。彼女はいった。
「いいとも、いまは、たのしめるだけだのしんでいるがいいよ。でも、気をつけたがいい、こんど手をだすのを見つけたらさいご――」
「だれに手をだすんです。」
と、トムは、わらい顔をけして、びっくりしたようにいった。
「だれにだって? わかってるじゃないか。あのにげてきた黒人にだよ。おまえはだれのことだと思ったのだい。」
トムは、まじめな顔つきになって、わたしを見ながらいった。
「トム、おまえは、あれはだいじょうぶだって、ついさっきいったじゃないか。彼は、にげおおせたのじゃないのかい。」
「彼だって!」と、サリーおばさんがいった。「あの、にげてきた黒人のことかい。あれなら、にげていきはしないよ。みんなが、つれもどしてきてくれたよ。ぶじで、けがひとつしていないよ。パンと水だけあてがわれて、またあの小屋のなかにいるよ。ひきとり人がくるか、売るかするまで、おもいくさりをなん本もつけて、ああしておくんだってさ。」
トムは、むりやりに床の上におきあがった。その目はもえ、はなのあなはさかなのえらのようにひらいたりとじたりしていた。そして、わたしにどなった。
「みんなには、彼をとじこめておく権利がないんだ。すぐいけ――一分間だってぐずぐずしているな。くさりをはずしてやれ。彼は、どれいじゃないんだ。自由なんだ、地上を歩いている、あらゆる生きものとおなじに。」
「まあ、この子はなにをいっているのだい。」
「ぼく、みんなほんとのことをいってるんです。サリーおばさん。だれもいってくれないなら、ぼく、自分でいきます。ぼくは、あの黒人のことなら、なにもかも知ってたんです。ほら、トムだって知ってるんです。ワトソン嬢は、二月まえに死んだんですが、彼女は、ジムを川下に売ろうとしたことをはじて、自分でも、そういってたんです。そいで、遺言書のなかに、ジムを自由の身にする、とかいてあったんです。」
「そいじゃ、なんだっておまえは、ジムをにがそうとしたのだい。もう解放されてるのを知っているくせにさ。」
「ええと、じつは、そこが大問題です。おばさんは、やっぱり女だなあ。ぼく、冒険をやりたかったんです。骨までひたって、血の海をわたろうともね――おや、ポリーおばさんだ!」
ほんとだ、すぐ戸口のうちがわに、ポリーおばさんが、あいきょうたっぷり、しごくまんぞくそうな顔つきをして立っていた。
サリーおばさんはポリーおばさんにとびついていって、ポリーおばさんの首がちぎれるほどつよくだきついて、なきだした。だが、わたしたちにとっては、だいぶん形勢がわるくなってきた。わたしは、寝台の下にもぐりこんだ。そして、のぞいていた。すこしすると、ポリーおばさんは、ぶるぶるっとからだをふるわせて、そこに立ったまま、めがねごしにトムをじっと見つめた――その眼力で、トムを地のなかにめりこませるほど見つめた。そして、いった。
「おまえは、むこうをむいていたほうがいいようだ――わたしだったら、そうするよ、トム。」
「おやまあ」と、サリーおばさんがいった。「そんなにかわって? この子は、トムじゃありませんわ、シッドよ、トムは――トムは――まあ、どこへいったのかしら? いままでここにいたのに。」
「あんたがさがしてるのは、ハック=フィンさ――ほんとだよ。ひとめ見ただけで、わたしにトムがわからないと思うのかい。こんなに長いあいだ手しおにかけてきた腕白者をさ。とんだごあいさつだわ。さあ、寝台の下からでておいで、ハック=フィン」
わたしは、はいだした。だが、とてもびくびくものだった。
サリーおばさんは、きつねにでもつままれたような、なんともかんともいいようのない顔つきをしていた――それからもうひとり、サイラスおじさんも、あとからやってきて、この話をきくと、おなじような顔つきをした。そして、酒によっぱらったようになってしまい、その日一日、なんにもわからなかった。だから、その晩の祈とう会でした説教は、さんざんだった。どんなえらい人にだって、わからなかった。ところで、ポリーおばさんは、わたしがだれで、どういうものだか、いちぶしじゅう話した。それでわたしは、フェルプス夫人がぼくをトム=ソーヤーとまちがえたとき、ぼくうごきがとれなくなったんですが、とそう話しだすと――彼女は、わたしのことばをさえぎって、
「ああ、これからも、サリーおばさんとよんでおくれ。あたしは、もうすっかりなれっこになったのだから、かえることはないよ。」
といった――そいで、サリーおばさんが、ぼくをトム=ソーヤーだと思いちがいをしたとき、ぼく、トムのふりをすることにしたんです――だって、それよりしかたがなかったんです。それに、トムなら、そんなことをしても気にしないと思ったからです。なぜって、トムは、ひみつなことが大すきだからです。そして、冒険をくふうしちゃ、とてもよろこんでいるからです、とわたしはそういった。じっさい、そのとおりになって、彼は、シッドのふりをして、できるだけわたしがこまらないようにしてくれたのだ。
それから、ポリーおばさんは、トムのいうとおり、ワトソン嬢がジムを自由の身にしてやるように遺言したのはほんとうだ、といった。トムは、解放された黒人を、自由にしてやるために、あんなよけいなめんどうと苦労をしたのだ! わたしは、このときはじめて、トムのようなそだちのものが、黒人を自由にしてやる手だすけをしたわけがわかった。
ところで、ポリーおばさんは、あんたからトムもシッドもぶじについたという手紙をもらったとき、わたしは、こう思ったのだよ、といって、サリーおばさんにいった。
「そら、見たことか! 監督もつけず、あの子ひとりやったんだから、こんなこと、かくごしてなければならなかったのに、とね。それで、トムめ、こんどはなにをしでかしたかと思って、千百マイルもくだってきたのだよ。あんたから、なんのへんじももらえなかったのでね。」
「なんですって、あたし、あなたから一度も手紙をいただきませんわ。」と、サリーおばさんはいった。
「おやまあ! だって、わたしはね、シッドがここにきているっていうのは、どういうわけだって、二度もあんたに手紙をだしたのだよ。」
ポリーおばさんは、ゆっくりふりむいて、きびしい顔つきをしていった。
「これ、トム。」
「ええ――なんです?」
と、彼は、すこしふてくされているようにいった。
「なんです、とはなんだい、このはじ知らずめ――あの手紙をおだし。」
「どの手紙です?」
「あの手紙だよ。こいつめ、おさえつけても、きっとださせてみせるから――」
「あれなら、トランクのなかにありますよ。そら、そこに、郵便局からうけとったときのままになってます。あけても見ませんし、さわりもしていませんよ。でも、それをだしたら、めんどうなことがおこるのはわかりきっていたんで、いそぐことでないなら、と思って――」
「おまえは、ほんとにひどいめにあわせてやらないとだめだわ。わたし、それから、もう一通だしたのだけど、きっと、あの子が――」
「いいえ、それなら、きのうもらいました。まだよんでないけど。まちがいなく、もらいしたわ。」
わたしは、彼女がその手紙を持っているなら、二ドルのかけをしようといいたかった。だが、いわないほうがぶじだと思った。だから、ひとこともいわなかった。
おわりの章
わたしは、トムとふたりきりになったとき、脱出したら、どうするつもりだったのか、とトムにきいた――脱出に成功し、一度解放されている黒人を、もう一度自由にしたところで、どうするつもりだったんだ、ときいたのだ。すると、彼は、ジムをぶじににがすことができたら、いっしょにいかだにのって、ミシシッピ川の川口《かこう》まで、ずっと冒険をやっていって、それから、ジムに彼が自由の身だということを話してきかせるのだ、といった。それから蒸気船にのせてどうどうと家につれかえり、ジムのひまをつぶしたぶんの金をはらうばかりか、まえもって手紙で知らせておいて、あたりの黒人たちぜんぶにでむかえてもらい、たいまつ行列と楽隊で町へのりこませる。そうすれば、ジムは英雄になるだろうし、わたしたちも、英雄になるだろう。そう最初から、計画していたのだ、とトムはいった。だが、わたしは、まあまあ、こうなってよかったと思った。
わたしたちは、さっそく、ジムのくさりをはずしてやった。ジムが医者の手だすけをして、どんなによくトムを看護したかということをきくと、ポリーおばさんも、サリーおばさんも、サイラスおじさんもみんな、大さわぎをして、ジムにりっぱな服をきせてやったり、なんでもすきなものを食べさせたりして、たのしくすごさせ、なにひとつしごとをさせなかった。それで、わたしたちは、ジムを病室につれていって、ゆかいに話しあった。トムは、ジムがあんなにがまんして、わたしたちのために囚人になっていてくれたばかりか、しかも、じょうずに囚人の役をやってくれたからといって、四十ドルやった。すると、ジムは、大よろこびで、大きな声でいった。
「ほら、ね、ハックさん。おらあ、なんといっただ――ジャクソン島で、なんといっただ? おらあ、おらあのむねに毛がはえてるといったでねえだか。そして、それがなんの知らせだといっただ? おらあ、むかし金持ちだったし、また金持ちになるだっていったでねえだか。ほら、そのとおりになっただよ。とうとう、金がおいでなすっただよ。さあどうだだ、なんといおうとだめだだ――しるしは、しるしだだよ。ね、そうでねえだか。おらあ、ちゃんと、また金持ちになるってことを知ってただよ。」
それからまた、トムが、ひっきりなしに話しつづけた。そして、近いうちに、夜そっとぬけだして、旅したくをし、二週間か、四週間、三人で、むこうのアメリカインディアンの集落へ大冒険にいこうじゃないか、とトムはいった。だが、わたしは、大賛成だからいきたいが、わたしには、旅行のしたくをととのえる金が一セントもないといった。故郷からだって、一セントももらえないだろう、とっくにおやじがもどってきて、判事のサッチャーさんから金をうけとって、のみつぶしてしまったろうから、といった。
「ううん、のんでしまいやしないよ」と、トムはいった。「まだ、ぜんぶあそこにあるぜ――六千なん百ドルの金がさ、おまえのおやじさんは、あれから一度もかえってこないんだよ。とにかく、おれがでてくるまではさ。」
ジムが、おもおもしい調子でいった。
「あの人は、もうかえってこねえだよ、ハックさん。」
「どうしてだい、ジム。」
「どうしてでもいいだだ、ハックさん――あの人は、もうかえってこねえだだよ。」
だが、わたしは、追及した。すると、とうとう、ジムはいった。
「あんた、あの、川をながれてきた家を、おぼえているだかね。人がたおれていて、なにかかぶせてあった家だだ。おらあ、ひとりではいっていって、おおいをとってみて、あんたをはいってこさせなかっただ。だから、あんたは、いつでもいるときは金がもらえるだよ。」
トムは、もうほとんどよくなった。彼は、ぬきだした鉄砲玉を、くさりにつけて、時計がわりに首にかけて、ひっきりなしに時間ばかり見ていた。さて、これでもうかくことが一つもなくなったので、わたしは、とてもゆかいだ。というわけは、わたしは、本をかくのが、こんなにめんどうなものだとは知らなかったから、このしごとにとりかかったのだ。だが、もう二度と、こんなしごとはしないつもりだ。ところで、わたしは、みんなよりさきにインディアンのところにでかけなければならないかもしれないのだ。サリーおばさんが、わたしを養子にして、人なみの人間にしようとしているのだが、わたしには、そんなことはしんぼうできないからだ。もう、試験ずみなのだ。
〈下巻・おわり〉
《訳注)(かっこ内の数字は本文ページ)
*サクソンの七王国時代(一三)六世紀から九世紀にかけて、イギリスにアングロ=サクソン族がたてたケント、サセックス、ウェセックス、エセックス、ノーサンブリア、イーストーアングリア、マーシイアの七王国の連合体。
*土地測量台帳(二六) ほんとうはウィリアム一世が作成したイギリス全土の土地台帳のことであるが、最後の審判、終わりの日ということばのdoomsday とおなじ発音のため、ハックは意味をとりちがえたのである。
*父親(五二) 前の章では、死んだピーターは、メアリー=ジェーンのおじさんということになっ ている。作者の書きまちがいか。
*馬ぐわ(一一三) 牛や馬などにひかせ、畑をならす農具で、みじかいつめがたくさんついている。
*ばけもののジラフ(一一七) 彼らがやった怪物王のきりん(ジラフ)にかけたもの。
*ゴリアテ(一三四) 旧約聖書のなかにでてくる巨人。
*えりかざり(一四三) 首をくくる綱。
*宿敵(一六〇) シェパドスン家とグレンジャーフォード家のあらそいのこと。
*ディープ(二二六) フランスの小説家・劇作家アレクサンドル=デュマ(一八〇二~七〇年)の『モンテ=クリスト伯』の主人公がとじこめられて いた小島。
*とりで(二二六) ジムのはいっている小屋のこと。
*ビヤボン(二六七) 歯でくわえ、手ではじいて鳴らす楽器。
*ネボクドニーザー(三〇二) バビロンの王で晩年気がくるった。
よしだきねたろう吉田甲子太郎
『ハックルベリー=フィンの冒険』の作者マーク=トウェインは、本名をサミュエル=ラングホーン=クレメンスとよび、一八三五年十一月三十日ミズーリ州のフロリダにうまれ、一九一〇年四月二十一日に七十四歳でなくなりました。そのくわしい生涯については、本文庫版『トムトソーヤーの冒険』(下巻)の解説にしるしましたので、ここでは省略させていただきます。
『ハックルベリー=フィンの冒険』は、『トム=ソーヤーの冒険』の続編として書かれましたが、いろいろな意味で前編以上の傑作といわれています。『トムトソーヤーの冒険』は、作者の目で見た三人称の物語で、また、ミシシッピ川のほとりのある町でのできごとだけをしるしてありますが、『『。クルベリートフィンの冒険』は浮浪者を父にもっ(。クルベリートフィン
が、黒人ジムとともに、ミシシッピ川をいかだでくだるとちゅう、その沿岸の町や村でおこるさまざまな事件が、主人公ハックの目をとおして、いきいきとえがかれています。どちらも、作者の体験にもとづく自伝風な作品ですが、マークトトウェインの長編のなかでは、もっともすぐれた作品といわれています。
『ハックルベリー=フィンの冒険』は、一八八四年に出版されました。アメリカが独立宣言をしてから百年、南北戦争の結果、どれい解放令がしかれてから二十年たっています。 よく、ストウ夫人の『アンクル=トムズ=ケビン』は、どれい解放のための南北戦争の口火をきった小説だといわれます。そういう考えかたからすると、『ハックルベリー=フィッの冒険』は、どれい問題に追いうちをかけている感じがします。どれい制度がなくなったトウェインの時代にも、黒人問題は完全に解決されていなかったからにちがいありません。いや、アメリカにとって最大の問題の一つであるこの黒人問題は、今日でも解決されてはいないのです。
さて、この小説の主人公ハックは、自由で気楽な生活がすきで、世の中のおきてや規則のきらいな自然児ですが、ねはやさしい、気だてのいい少年で、ハックとジムをひどいめにあわせ、たいそういんちきなふるまいをしたさぎ師の公爵や王さまにさえ、彼らが私刑にあったときには、こころから同情し、人間の残酷さをなげいています。そして、黒人のジムにたいする友情のあたたかさは、そのまま、マーク=トウェインのこころのあたたかさ、その正義感のあらわれなのです。
ジムは、善良で、正直で、気だてのやさしい黒人です。公爵や王さまのこころのみにくさとひきくらべるまでもなく、彼の純真な気持ちは、わたしたちのこころをうたないではおきません。
この小説には、とりとめもないように思われる笑いのなかに、形式的教育にたいする自然児の口をかりた反逆精神や、人種的差別観の犠牲者によせるあたたかい人間的な同情や、社会的習俗にたいする個性の解放などの思想が織りこまれ、作者のわかいころの経験と思い出がうつくしい詩となっています。そして、そのころのアメリカ南西部の町まちのありさまを、あたかもこの目で見るように、わたしたちにえがきだしてくれているのです。
なお、本文庫版(上・下巻)は原作の完訳ですが、各章ごとの小見出しは読者の便宜をはかって訳者がつけたものです。 〈解説・おわり〉