『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

ハックルベリー=フィンの冒険(マーク=トウェイン作、吉田甲子太郎訳)、第1章から第8章とちゅうまで(いちおう読書可能)

20240406
スキャン、■56―■28、32分、49枚
OCR、■37-■52、15分、
入力、■53-■08、005-012
■41-■51、10分、ざっとせいり
■14-■34、15分、ざっとせいり、013-029
20240408
■38―■58、入力、20分、013―022
■53-■33、入力、20分、023-047
20240409
■36-■56、入力、20分、048―053
■30-■50、入力、20分、054-065、整理していないからじあんかかる
■00―■20、入力、20分、066-074
■07-■27、ざっとせいり、20分、075-099
20240410
■47-■02、15分、076-082
15分、第8章読む、誤字脱字メモ
■20―■05、入力、45分、083-(15分の読書結果ふくむ)
合計247分

もくじ(上巻)
The Adventures of Huckleberry Fmn     by Mark Twa・   First pubnshed in Amf・ca      1884.


1 ねこの鳴きまね……………9
2 ハック、盗賊団にくわわる……………N
3 ハック、魔法を実験する……………洲
4 毛の玉のうらない……………39
5 ハックのおやじ、あらわれる……………47
6 森の古小屋……………57
7 計略……………73
8 黒人のジムにあう……………87
9 島《しま》の生活《せいかつ》、はじまる………………111
10 ジム、がらがらへびにかまれる……………………………圃
11 ハック、女の子になる……………128
12 逃亡――難破船……………145
13 わるものたちのいのち…………………:……・………………………………………161
14 フランス人はフランス語……………:………………………………………………173
15 まことのこころ……………………………………………………………・:……・・:184
16 どっちが正義か………………………………………・………………………………199
17 グレンジャーフォード家の人びと・:………・::……………………………………219  かっ     げき
18 活  劇…………………………………………………………………………:…239
19 公爵と王さま………………………………………………………………………265
20 いんちきしごと…………………:………・………………………………………………285
21 よっぱらい、銃殺さる…………………:……………:………………・…………・…:羂
訳   注……………………………………………………………………………325
   装 丁・辻村益朗イラスト・EIWトケソブル
告示《こくじ》
 この物語のうちに作意を発見せんと企つる者は告発《こくはつ》せらるべく、教訓《きょうくん》を発見せんと企つる者は追放せらるべく、筋だてを発見せんと企つる者は射殺《しゃさつ》せらるべし。
   著者の命を奉じ、
   イギリス近衛歩兵第《このえほへいだい》一|連隊《れんたい》によりて、兵器部長
01 ねこの鳴きまね
『トム=ソーヤーの冒険』という本をよんだことがない人は、わたしのことを知らない。だが、知らなくたって、かまわない。その本はマーク=トウェインがかいた本で、かいてあることは、だいたいほんとうにあったことである。大げさにかいてあるところもあるが、だいたいは、ほんとうのことである。だが、そんなことは、たいしたことではない。わたしは、これまでに、一度もうそをついたことのない人を見たことがない。けれども、ポリーおばさんとあの後家さんと、たぶんメアリーさんとだけはれいがいだ。ポリーおばさんも――これはトムのポリーおばさんのことだが――それからメアリーさんもダグラス後家さんもみんな、その本のなかにでてくる人である。まえにもいったように、いくらか大げさにかいてあるところもあるが、たいていは事実なのだ。
 さて、その本は、つぎのような話でおわっている。トムとわたしは、盗賊がほらあなのなかにかくしておいた金を見つけだしたおかげで、金持ちになった。六千ドルずつ手にはいったのである――しかもぜんぶ金貨だ。つみあげたときは、たいへんな金の山だった。で、判事のサッチャーさんが、それをあずかって、利子をとってかしつけてくれたので、わたしたちには、年がら年じゅうまい日一ドルずつの金がはいった――それは、どう使ったらよいかわからないほどの金だった。ダグラス後家さんは、わたしを養子にした。そして、わたしを一人まえの人間にしあげようと考えた。しかし、後家さんのやりかたといったら、なにからなにまで、おそろしくきちょうめんで、行儀ただしいので、わたしは、一日じゅう家のなかにいるのがとてもつらかった。それで、とうとうがまんしきれなくなって、にげだした。そして、またもとのぼろをきて、大きなさとうのあきだるの家にもどった。のびのびとして、いい気持ちだった。ところが、トム=ソーヤーが、わたしをさがしだした。そして、盗賊団をつくろうと思っているのだが、おまえが後家さんのところにもどっておとなしくするなら、おまえも入れてやろうといった。だから、わたしはもどった。
 後家さんは、わたしのためにないてくれて、わたしをさまよえる小ひつじだといった。それから、あれこれと、わたしのわる口をいったが、わる気があってのことではなかった。後家さんは、またあたらしい服をきせてくれたが、汗がだらだらとながれるばかりで、わたしはしめつけられるような気がした。さて、それから、まえのとおりのことがはじまった。後家さんが、夕食のベルを鳴らしたので、わたしはときをたがえずいかなければならなかった。ところが、テーブルについても、すぐ食べはじめるわけにはいかない。食べものには、これという別状はないのだが、後家さんが食べものに頭をおしつけて、なにかぶつくさいっているあいだ、待っていなければならなかった。食べものは、ごていねいに、一つ一つべつべつに料理してあるというほかには、これという別状はなかったのである。残飯おけのなかのものは、これとはちがっている。いろいろなものがよせあつまり、煮じるもまじりあい、いちだんと味がいいのだ。
 夕食のあと、後家《ごけ》さんが、聖書《せいしょ》をだして、モーゼとあし[#「あし」に傍点]の話をしてくれたので、わたしは、モーゼがどうなったかそのあとがとても知りたくて、たまらなかった。しかし、そのうちに後家さんが、モーゼはずっとむかし死んだ人だと、ひょいといったものだから、もう、モーゼのことなど、どうでもよくなった。死んだ人間などには用がないからだ。
 じきに、わたしはタバコがすいたくなったので、すわしてくれとたのんだ。が、後家さんはしょうちしなかった。タバコをすうのは、よくないことで、きたならしいから、おまえは、これからすわないようにしなければいけないといった。よく、そんなことをいう人がいるものだ。彼らがものごとをこきおろすのは、そのことをまるっきり知らないときにかぎる。この後家さんも、親類でもない、死んでしまってだれの役にもたたないモーゼのことを気にしているくせに、わたしがタバコをすうことに、なんのかんのともんくをいうのだが、タバコは、すこしはわたしの役にたっているのだ。しかも、後家さんは、かぎタバコをやっているが、それは、自分自身でやっているものだから、いうまでもなく、いいことだと思っているのだ。
 後家さんの妹のワトソン嬢は、ごみよけめがねをかけて、かなりほっそりした、年をとったひとりもので、そのころやってきていっしょにすみはじめたばかりだった。ところが、この女がかきとりの本をだしてきて、わたしをひどくせめつけた。彼女は、一時間ばかりずいぶん手ひどくわたしを勉強させたが、そこへ、後家さんがきて、もうすこし、らくにしておやりといってくれた。わたしは、そろそろ、しんぼうできなくなっているところだった。それからの一時間というものは、ひどくたいくつだったので、わたしは、じりじりしはじめていた。ワトソン嬢がいった。「そこに足をあげてはいけません、ハックルベリー。」「そんなにがたがたさせるものじゃありません、ハックルベリー――ちゃんとすわっておいでなさい。」それからじきに、またいうのだ。「そんなにあくびをしたり、のびをしたりしてはいけません。ハックルベリー――どうして、行儀よくしていないのです。」それから、彼女は、地獄のことをくわしく話してくれたので、わたしは、地獄へいきたいなあといった。すると彼女は、ひどくおこったが、わたしは、わる気があっていったのではなかった。わたしがのぞんでいるのは、どこかへいくということだった。つまりかわったことがしたいだけで、とくべつになにがしたいというわけではなかった。彼女は、地獄にいきたいなどというのは、たいへんわるいことだ、といった。自分なら、どんなことがあっても、そんなことはいわない、わたしは天国へいくために生きているのだからといった。ところで、彼女がいくところへついていったとしても、なにひとついいことなどありはしないのだから、わたしは、そんなところにいくまいと決心した。だが、わたしは、それをおくびにもださなかった。そんなことをいったら、いざこざがおこるだけでなんのためにもならないだろう。
 さて、彼女は、話しはじめると、つづけざまに、天国のことをひとつのこらず話してくれた。天国にいった人はだれでも、竪琴をひいてうたいながら一日じゅう歩きまわり、そして永久にそうしていなければならないのだ、と彼女はいった。だからわたしは、天国をたいしていいところだとは思わなかった。が、そんなことは、口にださなかった。トム=ソーヤーはそこにいくことになるでしょうかときくと、彼女は、とてもとてもいけるもんですかといった。わたしは、そうきいてうれしかった。わたしは、トム=ソーヤーといっしょにいたいからであった。
 ワトソン嬢は、いつまでも、こうるさくわたしをこづきつづけるので、わたしは、あきあきし、さびしくなってきた。そのうち、黒人たちをへやによびいれて、お祈りをすると、みんな寝床にはいった。わたしは、ろうそくを持って自分のへやにあがって、それをテーブルの上においた。それから、窓ぎわのいす[#「いす」に傍点]にこしをおろし、なにかおもしろいことを考えようとしたがうまくいかなかった。わたしは、とてもさびしいので、死にたいと思った。星はきらめき、森の木の葉が、さらさらとかなしげな音をたてている。ずうっととおくで一わのふくろうがホウホウと鳴いて、だれか死んだ人のことを知らせている。そうかと思うと、死にかけている人があるとみえて、よたか[#「よたか」に傍点]と犬が嗚いているのがきこえてくる。風は、わたしになにかささやこうとしているのだが、わたしには、それがなんのことかわからず、ただ、水をあびたようにさむくなって全身がふるえた。それからわたしは、とおくの森のなかを幽霊が歩きまわっているようなもの音を耳にした。それは、幽霊が、なにか気にかかっていることを話したいのだが、それを人にわかってもらえないので、墓場のなかでやすらかにねむることができず、まい晩かなしみながら歩きまわらなければならないときにだす、あの音だ。わたしは、すっかり気がしずみ、こわくなって、だれかここにいてくれたらなあと思った。と、思うまもなく、一ぴきのくもが、もそもそとわたしのかたにはいあがってきた。わたしはそれをつめではじいた。くもは、ろうそくの火のなかにとびこんだ。そして、あっと思うまに、やけちぢんでしまった。それは、人にきくまでもなく、おそろしくわるい前兆で、わたしがなにか不幸なめにあうしるしなのだから、わたしは、すっかりこわくなって、服がずりおちるほどがたがたとふるえた。わたしは、立ちあがって、その場で三べんまわり、まわるたびにむねに十字をきった。それから、魔よけに、前髪の毛をちょっぴり糸でむすんだ。しかし、安心できなかった。それは、蹄鉄を、戸口の上にくぎで打ちつけようと思っているうちに、それをなくしてしまうなんて、げん[#「げん」に傍点]のわるいときには、だれでもよく、髪の毛を糸でむすぶものだ。でも、くもをころしたときにも、そうすれば災難がふせげるなどということは、わたしは、まだ一度もきいたことがないからだ。
 わたしは、またこしをおろしたが、からだのふるえは、まだとまっていなかった。わたしは、パイプをだして、タバコをすった。死んだようにひっそりしているから、後家さんに知れっこない。さて、ずいぶんたってから、ずっとむこうの町で、時計がボーン、ボーン、ボーンと十二時を打つのがきこえた。それから、また、しいんとなった――いままでよりもっともっとしいんと――。まもなく、木ぎのあいだの暗やみのなかから、ポキンと小枝のおれる音がきこえてきた――なにかがうごいている。わたしは、じっとして、耳をすました。まもなく、下のほうから、「ニャーゴー、ニャーゴー」という声が、かすかにきこえてきた。しめた! わたしも「ニャーゴー、ニャーゴー」と、そうっと鳴きかえした。そして、あかりをけして、窓から小屋の上におりた。それから、地面にすべりおり、そろそろと木ぎのあいだをすすんでいくと、はたして、そこでトム=ソーヤーが待っていた。
     02 ハック、盗賊団にくわわる
 わたしたちは、枝で頭をひっかかれないように、こしをかがめながら、つま立ちになって後家さんの庭のはずれのほうへとすすんでいった。台所のそばを通るとき、わたしは、木の根につまずいてころんだので、音をたてた。わたしたちは、まず、しゃがんで、それから、はらばいになった。台所の戸口には、ジムという、ワトソン嬢の大きな黒人の召使が、すわっていた。ジムは、あかりをうしろにしてすわっていたので、わたしたちからは、よく見えた。ジムは、立ちあがって、首をのばし、一分聞ばかりきき耳をたてていた。それから、ジムはいった。
「だれだ、そこにいるのは?」
 しばらく、ジムは、耳をすましていた。それから、つま立ちになっておりてきて、わたしとトムのまんなかで立ちどまった。手をのばせば、とどくほどの近さだ。なん分もなん分も、もの音ひとつしなかった。そのくせ、三人はすぐそばに、くっつきあって立っていたのだ。わたしは、くるぶしがかゆくなってきた。けれども、かかなかった。するとこんどは、耳がかゆくなりだした。つぎには、せなかが、かたとかたとのまんなかのところが、かゆくなってきた。かかなければ、死にそうな気がした。ずうっとあとになってからも、なんどもそういうめにあったことがある。だれだって、えらい人のまえにでたり、葬式にたちあったり、または、ねむくもないのに、ねむろうとしたりすると――つまり、からだをかいたりしてはいけない、ということになると、どういうものか、からだじゅう、どこもかしこもかゆくなるものだ。まもなく、ジムがいった。
「おい、だれだ、どこにいるのだ、ちくしょうめ、たしかになにかきこえただぞ。うん、これからどうしたらええか、おらあ、わかってるだ。おらあ、ここにすわって、もう一度なにかきこえるまで、じっと耳をおったててるだ。
 ジムは、わたしとトムのあいだの地面《じめん》にすわりこんだ。せなかを木にもたせかけて、足をのばしたので、片足がわたしの足にさわりそうになった。わたしは、はながかゆくなりだした。あまりかゆいので、目になみだがでてきた。だが、わたしは、かかなかった。すると、はなのうちがわがかゆくなってきた。それから、はらがかゆくなった。わたしは、どうしたらじっとしていられるか、わからなくなった。このつらさは、六、七分だったが、わたしには、それよりずっと長く思われた。わたしは、もう、そちこち十一か所もかゆくなっていたのだ。これいじょう一分間もこらえきれそうもなかった。だが、わたしは、歯をくいしばって、がまんしようとした。ちょうどこのとき、ジムの呼吸《こきゅう》が、ふかくなり、つづいて、いびきをかきはじめた――と思うと、ふいにわたしは、かゆくなくなってしまった。
 トムがわたしにあいずをした――口でちいさな音をたてたのだ――わたしたちは、四つんばいになって、はいだした。十フィート(一フィートは、約三十センチメートル)もはうと、トムは、おもしろいからあの木にジムをしばりつけてきてやろうか、と小声でいった。だが、わたしは、よせといった。ジムが目をさまして、さわぎたてでもしたら、わたしが家にいないことが、みんなにわかってしまうからだ。トムは、ろうそくがすこしたりないから、台所にしのびこんで、もうすこしとってこようといった。わたしは、そんなことをさせたくなかった。わたしはジムが目をさまして、やってくるかもしれないといった。しかし、トムは、いちかばちか、その冒険をやりたがった。そこで、わたしたちは、台所にしのびこんで、ろうそくを三本とり、トムは、その代金《だいきん》として、テーブルの上に五セント(一セントは、百分の一ドル)おいた。外にでると、わたしは、すぐにそこからはなれたくてしかたがなかった。だが、トムはなんといってもきかずに、四つんばいになって、ジムのところへ、なにかいたずらをしにいった。わたしは待っていた。ずいぶん長いあいだだった。あたりがしいんとして、とてもさびしかった。
 トムがもどってくるとすぐ、わたしたちは、庭の垣根をまわって、小道にそっていそいだ。そしてまもなく、家のむかいがわにある丘のけわしいいただきについた。トムはジムの帽子をそっととって、すぐ頭の上の木の枝にひっかけてきたのだが、ジムはちょっとうごいただけで、目をさまさなかった。あとになってジムは、魔女がおれを魔法にかけ、神がかりにして、おれのせなかにのって、この国じゅうをかけまわり、それからまた、おれをこの木の下にすわらせたのだ。だれがそんなことをしたか知らせるために、おれの帽子を木の枝にかけておいたのだ、と人に話しまわった。そのつぎにこの話をしたときには、ジムは、魔女どもはおれにのって、ニューオーリンズまでいったのだといった。そのあとも、その話をするたびに、その話はだんだん大きくなった。しまいには、魔女どもがおれにのって世界じゅうをかけまわったので、おれは死ぬほどくたびれ、そのうえ、せなかいちめんにくら[#「くら」に傍点]ずれができたといった。ジムは、そのことを、とてもじまんにしていた。そしてひどく気ぐらいが高くなり、ほかの黒人たちをあいてにしなくなった。黒人たちは、とおくからやってきて、ジムから、その話をきいた。そして、この地方にいる黒人のだれよりも、みんなからうやまわれた。よその黒人たちは、口をぽかんとあけたまま、ジムがふしぎな人ででもあるように、じろじろとジムを見まわすのであった。彼らは、台所の炉のそばの暗がりで、いつも魔女たちの話をしていた。が、だれかが、知ったかぶりに魔女たちのことをしゃべりたてていると、ジムがひょいとはいってきて、「ふん! おめえ、魔女たちの、どんなこと知ってるだ」というので、その黒人は、ぐうの音もでなくなって、ひっこまなければならなかった。ジムは、あの五セント銀貨に糸をつけて、いつも首にぶらさげていた。そして、これは悪魔がその手からおれにくれたお守りだといっていた。それに、悪魔は、これさえあれば、だれの病気でもなおすことができるし、また、まじないをとなえさえすれば、いつでもよびたいときに魔女たちをよびよせることができる、と悪魔がおしえてくれたといっていた。だが、どういうまじないをとなえるのかは、けっしておしえなかった。黒人たちは、四方八方からやってきて、その五セント銀貨をひとめ見せてもらうために、ジムになにかものをやった。しかし、彼らは、銀貨にさわろうとはしなかった。それは、悪魔が手にふれたものだからだ。ジムは、悪魔を見、魔女たちをのせたというので、高慢になってしまい、召使としては、ほとんど役にたたなくなってしまった。
 さて、わたしとトムは、丘のいただきのはしまでいって、ずっと村のほうを見おろした。あかりが三つ四つ、ちらちら見えた。たぶんその家には、病人がいるのだろう。頭の上には星がうつくしくきらめいている。村のかたわらを川がながれている。それは、はばがたっぷり一マイル(やく一・六キロメートル)もあった。そして、おそろしくしずかで、ゆうゆうとしている。わたしたちは、丘をおりでから、ジョー=ハーパーとベン=ロジャーズと、それから二、三人の少年たちが、いつものなめし工場にかくれているのを見つけた。そこで、わたしたちは、小舟の綱をといて、二マイル半ばかり川をくだり、丘のわきの大きなだんがいのところまでいって、そこから岸にあがった。
 わたしたちは、かん木のやぶにむかって歩いていった。トムは、みんなにひみつをまもることを約束させた。それから、その丘のいちばんこんもりしたやぶのまんなかにあるあなを見せた。わたしたちは、ろうそくに火をつけて、四つんばいになってはいこんだ。二百ヤード(一ヤードや、やく九十センチメートル)ばかりすすむと、出口があった。トムは、あちらこちらと道をさがしまわっていたが、じきに、へいの下にもぐりこんだ。そんなところに、あながあろうとはだれも気がつかない場所だった。せまいところをしばらくすすんでいくと、ひどくしめっぽくて、じめじめとつめたい、へやのようなところにでた。そこで、わたしたちは足をとめた。すると、トムがいった。
「さあ、盗賊団をつくろう、そして、トム=ソーヤー団とよぼう。はいりたいものは、だれでも、誓約をし、血で署名しなければならない。」
 みんなよろこんで賛成した。トムは、誓約文をかいてきた一まいの紙をとりだして、よみあげた――団員はこの団にあくまで忠実で、どんなひみつももらしてはならないこと。だれか団員に害をくわえたものがあった場合、そのものとその家族のものをころせと命ぜられた団員は、だれかれによらず、かならずそれを実行し、彼らをころし、団のしるしの十字をころしたもののむねにきざみつけてくるまでは、食うこともねむることもできないこと。この盗賊団いがいのもので、かってにそのしるしをもちいていたものは、うったえられ、ふたたびそれをおかしたものはころされること。団員でひみつをもらしたものがあったときは、そのものの、のどをきって、その死体をやいて、灰をまきちらし、その名を血で名簿からけし、団員は二度とその人の名を口にださず、名はのろいをきせられて、永久にわすれられること――とかいてあった。
 みんなは、じつにりっぱな誓約だといい、トムが自分で考えだしたのかときいた。トムは、いくらかは自分で考えたが、あとは、海賊の本や、盗賊の本からとってきたのだが、気のきいた盗賊団なら、みんなこういうものを持っているのだといった。
 だれかが、ひみつをもらしたやつの家族はころしたほうがいいということを思いついた。トムは、それはいい考えだといって、えんぴつでかきいれた。すると、ベン=ロジャーズがいった。
「ハック=フィンには、家族がいないよ。どうする?」
「でも、おやじもいないのかい。」
「うん、おやじならいるさ。でも、このごろ、どこにいるかわからないんだよ。よくよっぱらって、なめし工場でぶたといっしょにねてたんだけどな、一年以上も、このへんで見かけたことがないもん。」
 彼らは、いろいろそうだんしていたが、そのうちに、わたしをぬかしそうになった。団員はみんな、だれかころされる家族を持っていなければならない。そうでないと公明正大ではないというのだ。で、どうしたらいいかだれにもわからなかった――彼らは考えにつまり、だまりこんでしまった。わたしは、なきだしそうになったが、ふと、いいことを思いついた。ワトソン嬢をだそう――ワトソン嬢をころしてくれといった。
「ああ、彼女でたくさんだ。それでいい、ハックも入れてやろうや。」
 彼らは、指にピンをつきたて、血をだして署名したので、わたしもその紙に名をかいた。「ところで」と、ベン=ロジャーズがいった。「この盗賊団は、どんなしごとをするのさ。」
「強盗と人ごろしだけするんだよ。」と、トムはいった。
「でも、おれたち、なにを強盗してくるんだい! 家かい、家畜かい、それとも――」
「ばかいえ! 家畜だの、そんなものをぬすむのは、強盗のすることじゃない。そんなの、ただのどろぼうのするこった。おれたちは、どろぼうじゃないんだ。そんなの、がらがわるいよ。おれたちは、おいはぎなんだ。ふく面をして、乗合馬車やそのほかの馬車をとちゅうでとめて、のっているやつらをころし、時計だの金だのふんだくるんだよ。」
「いつでもころさなければならないのかい。」
「ああ、そうだとも、それがいちばんいいんだ。先輩によっては、意見がちがうが、たいていの人は、ころすのがいちばんいいと考えてるんだ――このほらあなにつれてきて、ランサムされるまで、生かしておくやつらはちがうがな。」
「ランサムされる? それ、なんのこったい。」
「おれも知らないよ。だが、みんなそうしてるんだ。おれ、本でよんだんだ。だから、おれたちもそうしなきゃならないんだよ。」
「しかし、どうするんだかわかんないのに、どうしてやるんだい。」
「どうもこうもあるもんか。おれたちは、どうしてもしなきゃならないんだ。おれが本にそうかいてあったといったじゃないか。おまえは、本にかいてあることとちがったことをして、なにもかも、めちゃくちゃにしようっていうのかい。」
「うん、りっぱなもんくだけどさ、トム=ソーヤー。どうするのか知らないくせに、おれたち、どうやってそいつらをランサムするのさ――おれが知りたいのは、そこなんだよ、きみは、どんなことだと思うんだい。」
「さあ、おれには、わからない。だが、やつらがランサムされるまで生かしておくというのは、たぶん死ぬまで生かしておくということだろうよ。」
「それだけの説明でも、ないよりはいい、それでけっこうだ。どうして、さきにそういえなかったのさ。おれたちは、そいつらがランサムされて死ぬまで、生かしておこうや。でも、ずいぶんやっかいだろうなあ――なにもかも食ってしまい、いつもにげだそうとばかりしていてさ。」
「なにをいってるんだい、ベン=ロジャーズ。番人がついているのに、やつらはどうしてにげられるんだい。やつらがちょっとでもうごいてみろ、うちころそうと、番人は待ちかまえているんだぜ。」
「番人! ああ、それもいいよ。だが、だれかが、夜どおしおきていてさ、ねむらないで、やつらの番をしなければならないんだね。おれ、そんなのばかなこったと思うな。なぜ、やつらがここについたらすぐに、だれかがこんぼうで、やっらをランサムしてしまえないんだい。」
「本にそうかいてないからだよ――そのためなんだよ。ところで、ベン=ロジャーズ、おまえは、本式にやりたいのか、やりたくないのか、そこがだいじなとこだ。本をかいた人たちは、どうすればただしいかということを知ってるんだと、おまえは思わないのかい。おまえは、その人たちより、もの知りだと思ってるのかい、とんでもねえこった。なあ、おい、おれたちは、本式なやりかたでやって、やつらをランサムしようじゃないか。」
「そうだとも、おれはかまわないよ。だが、なんだか、ばからしいやりかただなあ。女もころすのかい。」
「やれやれ、ベン=ロジャーズ、おれが、おまえほど無学だったら、おれは、おしゃべりなんかしねえよ。女もころすかって? そんなことはしないよ。女をころすなんてことは、本にかいてあったためしがないよ。女は、このほらあなにつれてきて、いつも、できるだけていいねえにあつかうのさ。そうすれば、そのうち、彼女らはきみを愛するようになって、けっしてうちにかえりたがらなくなるんだ。」
「そいじゃ、それには賛成するけど、おれ、ちっともうれしくないなあ。じきにこのほらあなは、女たちやランサムされるのを待ってるやつらで、ごったがえすようになるもんなあ。おれたち盗賊のいるところがなくなるじゃないか。だが、話をすすめてくれ、おれには、べつにいうことはないよ。」
 ちいさなトミー=バーネスは、ねむっていたが、おこされると、そのとたんに、こわくなってなきだした。そして、おかあちゃんのところにかえりたい、もう盗賊にはなりたくないといいだした。 そのため、みんながからかって、なきむし坊やとよんだので、トミーは、とてもおこってすぐにかえって、ひみつをなにもかもしゃべってやるといった。しかし、トムは、五セントやってトミーをなだめてから、みんなに、家にかえろうといった。そして、また来週あつまって、だれかをおそって金をうばい、なん人かをころそうといった。
 ベン=ロジャーズは、ぼくはめったにでられない、でられるのは日曜日だけだ。だからこのつぎの日曜日にはじめようといった。しかし、みんなは、日曜日にそんなことをするのはよくないといったので、みんなのいうとおりにきまった。そこで、できるだけはやくあつまって、日をきめることにした。そして、トム=ソーヤーを首領に、ジョー=ハーパーを副首頏にえらんでから、家にむかった。
 わたしが小屋をよじのぼり、窓からはいりこんだのは、ほとんど夜明け近くだった。あたらしい服は、ろうだらけ、どろだらけになっていた。そして、わたしはくたくたにつかれていた。
   3 ハック、魔法《まほう》を実験《じっけん》する
 さて、朝になって、わたしは服のことで、ワトソン嬢から、ひどくこごとをくらった。けれども後家さんは、ろうとどろを服からおとしてくれただけで、しからなかった。ただ、ひどくかなしそうな顔をしていた。それでわたしは、とうぶんのあいだ、おとなしくしていようと思った。ワトソン嬢は、わたしを納戸につれていって、お祈りをした。だが、なんの役にもたたなかった。彼女は、まい日お祈りをしなさい。祈ると、ほしいものが、なんでも手にはいりますといった。だが、そうはいかなかった。わたしは、やってみた。いっぺんだけ、つり糸が手にはいったが、つり針がなかった。つり針がなくては、役にたたない。だから、三回も四回も祈ってみたが、どうしたわけか、ききめがなかった。とうとう、ある日ワトソン嬢に、わたしのかわりに祈ってくれとたのんだ。ところが、彼女は、おまえはばかだ、といった。だがそのわけはいわなかった。だからどうしてわたしがばかなのか、わたしにはまるでわからなかった。 あるときわたしは、森のおくにすわって、祈りのことについて、長いあいだ、考えてみた。もし、祈ってなんでも手にはいるなら、ウィン執事は、ぶた肉でそんをした金を、なんだって祈ってとりもどさないのだろう? 後家さんは、ぬすまれた銀のかぎタバコ入れを、どうしてとりかえすことができないのだろう? ワトソン嬢は、なぜふとれないのだろう? そうだ、祈りには、なんの力もないのだ、とわたしは思った。後家さんのところへいって、そのことを話すと、後家さんは、人が祈りによってえられるものは、〈精神的たまもの〉であるといった。これはなんのことだか、わたしにはわからなかった。だが後家さんは、そのわけを説明してくれた――つまり、人をたすけ、人のためにできるかぎりのことをしてやり、そのうえ、いつも気をつけてやって、自分のことなど考えてもいけないというのだ。それらの人びとのなかには、ワトソン嬢もはいっているのだ、とわたしは思った。わたしは森にもどって、長いあいだ考えてみたが、そんなことをしたら、なにひとつ自分のためにならないのだ――得をするのは、ほかの人びとなのである。そこで、わたしは、しまいに、もうそんなことは気にしないで、ほったらかしておこうと考えた。後家さんは、ときどき、わたしをそばによんで、よだれのでるような、神さまの話をしてくれたが、たいていつぎの日になると、ワトソン嬢が、その話をたたきこわしてしまうのだった。わたしは、神さまが二つあるのだと思った。やくざものでも、後家さんの神さまになら、すくってもらえるみこみがあるが、ワトソン嬢の神さまにつかまったら、おしまいだ。わたしは、よく考えた。そして、死んだら、後家さんの神さまにつかえたいと思った。だが、わたしは、なにも知らないし、いやしくて、とるにたりない人間だから、わたしが神さまの手下になったからといって、神さまがまえよりもらくになるかどうか、わからなかった。
 おやじは、もう一年以上ゆくえが知れなかった。そのおかけで、わたしはらくだった。わたしは、もう二度とおやじになどあいたくないのだ。おやじは、しらふのとき、わたしが手のとどくところにいさえすれば、いつでもわたしをぶんなぐるのだ。だから、わたしは、おやじが近くにいるときは、たいてい森のなかへにげていた。ところが、このごろ、町から十二マイルばかり川上で、おやじの溺死体が見つかった、と人びとがいった。とにかく、人びとは、溺死体をおやじだと思った。長いあいだ水につかっていたので、顔はまるでかたちもなくなっていて、見わけがつかなかったが、からだかっこうといい、ぼろをきて髮をぼうぼうとのばしていたところといい、おやじそっくりだというのだ。死体は、あおむけになってながれていたということだった。人びとは、それをひっぱりあげて、川岸にうめた。しかし、まもなくわたしは、ひょいとあることを思いだして、不安になった。男の溺死人なら、あおむけにならないで、うつぶせになってながれるのだ。だから、溺死人はおやじではなく、男の服をきた女なのだ。わたしは、おちおちしていられなくなった。でてこなければいいのだが、そのうちにまた、おやじはでてくるだろう。
 わたしは一月ばかりのあいだ、盗賊ごっこをときどきやった。それからわたしはやめた。みんなもやめた。わたしたちは、なにも強奪しなかったし、ひとりもころしはしなかった。そんなふりをしただけだった。わたしたちは、いつも、森からとびだして、ぶた追いや、やさいを市場にはこんでいく車にのっている女たちに、おそいかかった。だが、一度も、そんなものはぬすまなかった。トム=ソーヤーは、ぶたを〈のべ金〉といい、かぶらやなにかを〈宝石〉とよんだ。そして、ほらあなにいってから、自分たちのしたことや、なん人ころしてしるしをつけてきたということなどを、なんのかんのと話しあった。しかし、わたしは、そんなことをしてもなんのたしにもならないと思った。あるとき、トムは、ひとりの子にたいまつ[#「たいまつ」に傍点]を持たせ、町じゅうをかけまわらせた。そして、それをスローガン(盗賊団の集合のあいず)だといった。それからトムは、スパイたちから、つぎのようなひみつの知らせをうけとったといいだした。知らせによると、あした、スペイン人の商人と金持ちのアラビア人の一隊が、ダイヤモンドをつんだ、二百頭のぞうと六百頭のらくだと、それから、一千頭以上もの駄馬をつれて、ケープ=ホロウに野営するが、やつらには、護衛兵がたった四百人しかついていないということだった。だから、待ちぶせをして、やつらをうんところし、ダイヤモンドをしこたま強奪しよう、とトムはいいだした。そして、刀や鉄砲の手入れをして、用意しておかなければいけないといった。トムは、かぶらをつんだ車をおいかけるときでさえ、刀や鉄砲をすっかりみがかなければ、しょうちできないのだ。しかし、刀や鉄砲といっても、それは、ただのほそい板のきれっぱしか、ほうきの柄だったから、どんなにみがいたところで、ちっともみがきばえがしなかった。わたしは、そんなにおおぜいのスペイン人やアラビア人に、かてるとは思わなかったが、らくだやぞうを見たかったので、つぎの日の土曜日の待ちぶせにくわわった。そしてあいずと同時に、森からとびだして、丘をかけおりていった。だが、スペイン人もアラビア人もいなかった。もちろん、らくだもぞうもいなかった。それは、ただ、日曜学校の遠足だった。それも、初年級の遠足なのだ。わたしたちは、子どもたちをさんざんにおいまくって、くぼ地からおいあげた。そして、ジャム入りのドーナツだけすこし手に入れたが、それでも、ベン=ロジャーズがぼろ人形を、ジョー=ハーパーは、賛美歌の本と宗教雑誌をぶんどった。が、そのとき、先生がすごいいきおいでつっこんできたので、わたしたちは、なにもかもほっぽりだして、にげだした。わたしは、ダイヤモンドなど一つも見かけなかったから、そうトムにいった。トムは、あそこには、とにかくダイヤモンドがたくさんあったのだ。アラビア人もいたし、ぞうもいたし、いろいろなものがあったのだといった。それじゃ、どうして見えなかったのかい、とわたしはきさかえした。トムは、おまえがそんなに無学でなく、『ドン=キホーテ』という本をよんだことがあったら、きかなくてもわかっているはずだ、といった。そして、なにもかも、魔法であのようになったのだといった。あそこには、なん百人という護衛兵もいたし、ぞうもいたし、宝ものやそのほかのものもあったのだが、魔法使いという敵がいて、いじわるに、いろいろなものをぜんぶ、日曜学校の赤ん坊にかえたのだというのだ。よしきた。それじゃ、おれたちのしなきゃならないことは、その魔法使いをやっつけるこった、とわたしは、いった。トム=ソーヤーは、おまえはばかものだといった。
「なあ」と、トムはいった。「魔法使いはな、いくらでも魔ものをよびあつめてさ、おまえがごたくをならべるひまもないうちに、ぞうさもなく、おまえをきりきざむことができるんだぜ。魔ものは、木のようにせいが高くって、しかも、教会のように胴がふといんだ。」
「そいじゃ、おれたちもさ、味方の魔ものをさがしだして――魔法使いのほうのやつらを、やっつけられないかい。」
「どうして、さがしだすんだい。」
「知らないよ。でも、魔法使いは、どうして魔ものをたのむんだい。」
「なんでもないさ。やつらは、古いブリキのランプか、鉄の指輪をこするんだ。すると、かみなりが嗚ってさ、いなびかりがしてさ、まっ黒なけむりがまきおこってさ、そんなかから、魔ものどもが、すごいいきおいででてくるのさ。そして、しろといいつけられたことは、なんでも、さっさとやってのけるんだ。やつらときたら、鉄砲玉をつくる高い塔を根っこからひっこぬいて、日曜学校の校長先生だとか、そのほかの人の頭を、それでぶんなぐることなんかなんとも思っちゃいないんだぜ。」
「だれが、そいつらを、そんなにあばれまわらせるんだい。」
「もちろん、ランプか指輪をこするやつさ。そいつらは、ランプか指輪をこするやつの手下なんだから、そいつのいいつけなら、どんなことでも、しなきゃならないのさ。もし、ダイヤモンドで四十マイルの長さの御殿をつくり、チューインガムかなんかほしいもので、そのなかをいっぱいにしろとかさ、また、おくさんにするから、シナ(いまの中国)から皇帝の娘をつれてこいといいつけられたら、やつらは、そのとおりしなきゃいけないのさ――しかも、あしたの太陽があがるまえに、そうしなきゃならないんだ。そのうえ、いいつけられりゃ、国じゅうどこへでも、その御殿をうつさなきゃならないんだぜ。わかったかい。」
「ところで、おれ、そいつらは、ばかだと思うなあ。そんな骨おりぞんのくたびれもうけをしないで、その御殿にすんでいればいいのに。おまけに――おれが、そいつらのひとりなら、古いランプなんかこすられたって、自分のしごとをやめて、ぜったいにいくもんか、そいつをおっぱらってやらあ。」
「なにをいってんだ、ハック=フィン。いきたかろうが、なかろうが、そいつがそれをこすったときにゃ、おまえは、かならずいかなきゃならないんだぜ。」
「へえー、そしておれが、木のように高く、教会のようにふとくなるというんかい。いいとも、そいじや、おれ、いってやろう。しかし、そいつを、国じゅうでいちばん高い木にのぼらしてやらあ。」
「ちぇっ! おまえと話をしたって、むだだ、ハック=フィン。どうも、おまえは、なんにも知らないようだな――まるっきりばかだよ。」
 わたしは、二、三日とっくりと、考えたが、とにかく、ためしてみようと思った。わたしは、古いブリキのランプと鉄の指輪を于に入れて、森にでかけた。そして、御殿をたてたら売ろうと考えながら、汗みどろになるまで、それをこすったが、なんの役にもたたなかった。魔ものは、でてこないのだ。だから、トムの話は、いつものトムのうその一つだとわかった。トムが、アラビア人やぞうを本気にしているとしても、わたしの考えはちがうのだ。トムの考えといったら、まったく日曜学校くさい。
    4 毛の玉のうらない
 さて、三、四か月たつと、すっかり冬になった。わたしは、ほとんど一日もやすまないで学校にかよったので、いくらか字のつづりをおぼえ、よみかきが、すこしばかりでさるようになった。九九も、五七、三十五というところまでいえるようになった。だが、どんなに長生きしたところで、それ以上できるようになろうとは思われなかった。とにかく、算数というやつは、おもしろくないものだ。
 はじめのうち、わたしは、学校がひどくきらいだったが、そのうち、なんとか、しんぼうできるようになってきた。なんとしてもいやなときは、ずるやすみしたが、そのつぎの日は、むちでぶたれると、かえって、しゃんとして、げんきがでるのだ。だから、わたしは、学校にかよえばかようほど、らくになった。わたしはまた、後家さんのやりかたにも、いくらかなれてきたので、そんなにつらくはなくなった。しかし、いつも家のなかでくらし、寝床でねむることは、とてもやりきれなかったから、わたしは、さむくならないうちは、よくぬけだしていって、ときどき、森のなかでねた。そうすると、しずかにやすめるのだ。だから、わたしは、まえのくらしかたがいちばんすきだったが、あたらしいくらしかたも、すこしすきになってきた。後家さんは、じょじょにではあるが、おまえはたしかに進歩しているから、もうしぶんがないといった。おまえのことで、はずかしい思いをしなくてすむ、ともいった。
 ある朝の食事のとき、わたしは、あいにく、塩皿をひっくりかえした。わたしは、とっさに手をのばし、塩をすこしつまんで、左かたからなげて、悪運よけをしようとした。ところが、ワトソン嬢にさきをこされて、とめられた。
「手をひっこめなさい、ハックルベリー。どうしておまえは、いつも、そんなにそそっかしいことをするんです」と、彼女はいった。後家さんが、とりなしてくれたが、とりなしてもらったからといって、悪運よけにならないことは、わかりきったことだった。食事のあと、わたしは、外にでたが、どこでその悪運がふりかかってくるか、それはどんな悪運だろうかと思うと、とても心配で、ふるえがとまらなかった。悪運の種類によっては、よける方法もあるのだが、この悪運ときたら、よける方法がないのだ。だからわたしは、それをふせぐために、なにひとつしようとはしなかった。すっかりふさぎこんで、びくびくしながら、ぶらぶら歩いていった。
 わたしは、まえの庭におりてから、高い板がこいの通路のふみ段をこえた。地面に、あたらしく、雪が一インチ(やく二・五センチメートル)ほどつもっていて、だれかの足あとがついていた。それは石きり場のほうからやってきて、しばらくふみ段のあたりで立ちどまり、それから、垣根をまわってきえさっている。ここまできていながら、はいってこないのは、おかしなことだ。わたしには、わけがわからなかった。ともかく、きみょうなことだ。わたしは、そのあとをつけていってみようと思ったが、まず、かがみこんで、その足あとをしらべた。はじめは、なにも気がつかなかったが、すぐに、あることに気がついた。左の長ぐつのかかとに、魔よけのために、大きなくぎが十字に打ちつけてあるのだ。
 すぐさま、わたしは、すっとんで丘をかけおりた。ときどき、かたごしにふりかえってみたが、だれも見えなかった。わたしは、いちもくさんに、判事のサッチャーさんの家にかけこんだ。
「おや、おまえは、ひどく息をきらしているな。利子をとりにきたのかい。」と、サッチャーさんは、いった。
「いいえ、判事さん」と、わたしはいった。「でも、すこしは、もらえますか。」
「うん、いいとも。ゆうべ、半年ぶんはいったよ――百五十ドル以上だ。おまえにとっちゃ、まったくひと財産だよ、そのお金も六千ドルといっしょにしてね。だれかにかして利子をとってあげよう。おまえにわたすと、使ってしまうからな。」
「いいえ、判事さん、ぼく、お金を使いたいんじゃありません。ちっともほしかあぁりません
――あの六千ドルだって、いらないんです。ぼく、それを、あなたにとっていただきたいんです。あなたに、あげたいんです――六千ドルもなにもかも。」
 判事さんは、びっくりしたような顔つきをした。わたしのいっていることが、わからないらしいのだ。彼は、いった。
はてな、おまえは、なにをいっているのだな。」
「どうか、そんなこと、きかないでください。ねえ、とってくださるでしょう。」
「さて、よわったな。なにか、問題がおこったのかね。」
「どうぞ、とってください」と、わたしはいった。「そして、なんにもきかないでください――そうすれば、ぼく、うそをつかないですむんですから。」
 判事さんは、しばらく考えていたが、それから、いった。
「おお、そうか。おまえは、全財産を、わしに売りたいんだね――くれるんじゃなく。そうだろう。」
 判事さんは、紙になにかかいて、それをよみかえしてから、いった。
「ほう、ここに〈対価として〉とかいてあるだろう。これは、わしが、おまえからそれを買って、その代金をはらったという意味なのだ。さあ、一ドルあげるよ。サインしなさい。」
 そこで、わたしは、それに自分の名をかいてから、外にでた。
 ワトソン嬢の召使、ジムは、雄牛の第四胃(牛は、はんすうするので胃ぶくろが四つある)からとった、こぶしぐらいの大きさの毛の玉を持っていて、それで、よく魔法を使った。玉のなかには、妖精がはいっていて、その妖精が、なんでも知っている、とジムはいうのだ。そこでわたしは、その晩ジムのところへいって、雪の上におやじの足あとがあったから、おやじは、またここにもどってきているということを話した。わたしが知りたいのは、おやじがこれから、なにをしようとしているか、ということと、長くここにいるかどうか、ということであった。ジムは、毛の玉をとりだして、なにかいってきかせてから、それを高くさしあげて、床の上におとした。玉は、ドシンとおちて、一インチばかりころげた。ジムはやりなおした。それから、もう一度。だがおなじだった。ジムは、ひざをつくと、玉に耳をおしあてて耳をすましていた。だが、むだだった。玉はなにもいわない、とジムはいった。金をやらないと玉はひとこともしゃべらないことがある、と彼はいった。わたしは、古い、すりへった二十五セントのにせ金を、一まい持っていたが、それは、しんちゅうが銀の下からちょっぴり見えているので、役にたたない銀貨だった。そのうえ、たとえ、しんちゅうが見えていなくても、油をぬったようにすべすべしているので、どこへ持っていってもすぐばれそうで、とても使えないしろものだったけれど、わたしは、そのにせ銀貨のことをジムに話した。(判事さんからうけとった一ドルのことは、けっしていうまいと思った。)そして、ひどいにせ金だが、毛の玉は、ほんものとにせ金とのちがいを知らないかもしれないから、あるいはうけとるかもしれないといった。ジムは、その、においをかいだり、かじったり、こすったりしていたが、なんとかして、毛の玉が、これをほんものだと思うようにしてやろうといった。なまのじゃがいもをきって、そのあいだにこの二十五セント銀貨をはさみ、一晩そのままにしておけば、あしたの朝には、しんちゅうが見えなくなって、そのうえ、すべすべしなくなるから、毛の玉は、もちろん、町の人でも、すぐそれをうけとるだろう、とジムはいった。そうだ、じゃがいもがそんな役にたつことは、わたしも知っていたのだが、わたしは、このとき、それをわすれていたのだ。
 ジムは、その二十五セント銀貨を毛の玉の下に入れると、ひざをついて、また耳をすました。そして、毛の玉は、こんどはしょうちしたといった。あんたがのぞむなら、あんたの運命をひとつのこらず話すだろうといった。わたしは、話してくれとたのんだ。そこで、毛の玉がジムに話し、ジムがそれを、わたしにとりついでくれた。ジムは、いうのだ。
「あんたのおとっつぁんは、これからどうしたらええだか、まだ自分でもわかっていねえだよ。どっかへいくべと思うこともあるだが、ここにいようかとも考えてるだ。いちばんええのは、やきもきしねえで、おとっつぁんを、かってにさせておくことだ。いま、善玉悪玉のふたりが、おとっつぁんのまわりを、とびまわっているだ。ひとりは、白くひかっているが、もうひとりは、まっ黒だ。白いほうは、いっとき、おとっつぁんに、まっすぐなことさせるだが、すぐ、まっ黒いほうが、ずかずかやってきて、それをぶっこわしてしまうだよ。さいごに、どっちがかつだか、まだだれにもわからねえだ。だが、あんたは、だいじょうぶだ。これから、ずいぶん苦労するかもしれねえだが、かなりたのしみもあるだ。あんたは、けがをすることもあるだし、病気になることもあるだ。だが、きっと、よくなるだよ。それから、生きているあいだ、あんたのまわりを、ふたりの娘がとびまわるだよ。ひとりは明るいが、ひとりは暗いだ。ひとりは金持ちだが、ひとりはびんぼうだ。あんたは、はじめ、びんぼうなほうと結婚するかもしれねえだが、そのうち、金持ちの娘さんと結婚するだよ。それから、あんたは、できるだけ、水のそばからとおのいていなければならねえだ。あぶねえことしてはならねえだ。そうでねえと、首をくくられるかもしれねえと、け[#「け」に傍点]にでているだよ。」
 その晩、わたしがろうそくをつけて、わたしのへやにあがっていくと、そこに、おやじがすわっていた――ほんもののおやじが。
     5 ハックのおやじ、あらわれる
 わたしは、戸をしめた。そして、むきをかえると、そこに、おやじがいたのだ。おやじは、やたらにわたしをぶんなぐるので、わたしは、いつもおやじがこわかった。このときも、こわいと思ったが、すぐ、わたしの思いちがいだとわかった――まったく思いがけないことだったので、いかにもわたしは、びっくりして、はじめは息がのどにつまったような気がしたのだ。だが、すぐ、心配するほどこわくはないということが、わかったのだ。
 おやじは、五十歳ぐらいで、顔もその年ごろに見えた。髪の毛は、もじゃもじゃと長くのび、油によごれて、たれさがっていた。だから、目は、つる草のむこうでひかっているように見えた。髪は、まっ黒で、しらがが一本もなかった。長い、もしゃもしゃしたほおひげも、そのとおりだった。顔のあらわれている部分には、つやがなかった。白かった。しかし、ほかの人たちのような白さではなくて、気持ちがわるくなり、はだかむずむずしてくるような白さだった――つまり、あまがえるやさかなのはらの白さなのだ。服はどうかというと――まったくの、ぼろそのものだった。おやじは、くるぶしを、もういっぽうのひざにのせていた。のせている足の長ぐつがやぶれていて、足の指が二本、そこからつきでていた。おやじは、その指を、ときどきうごかしている。帽子は、床の上になげだしてあった――古い、つばのたれた黒い帽子で、てっぺんが、ふたのようにへこんでいた。
 わたしは、立ったまま、おやじを見ていた。おやじは、いすをちょっとうしろにそらせて、わたしを見つめている。わたしは、ろうそくをおいた。ふと気がつくと、窓があいていた。おやじは、小屋をのぼって、窓からはいってきたのだ。おやじは、じろじろとわたしを見まわしつづけていた。が、まもなく、口をひらいた。
「のりのついた服か――ひどくついてるな。きさまは、よっぽどえらくなったつもりでいやがるんだろう。」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。」と、わたしはいった。
「つべこべなまいきぬかすな」と、おやじはいった。「きさま、おれがいなくなってから、ずいぶんきざになりやがったな。だが、おれはきさまをかたづけるまえに、そのはなっぱしらをへしおってやるぞ。きさまは、教育をうけて――よみかきができるそうだな、おやじよりえらくなったと思ってやがるんだろう。おとっつぁんは、よみかきができねえからな。いまに、ほえづらかかしてやる。きさまに、そんなべらぼうなことを、やってもいいといったのは、いったいだれだ。ええ? だれが、やってもいいといったんだ。」
「後家さんだよ。後家さんが、いったんだよ。」
「ふん、後家さんだって――だが、てめえのことでもねえことに、おせっかいをしていいと、だれが、後家さんにいったんだ。」
「だれも、いいやしないよ。」
「それじゃ、後家さんに、よけいなおせっかいをしたら、どんなものか、思いしらせてやろう。な、おい、学校はやめるんだぞ、わかったか。おれは、てめえのおやじよりもったいぶったり、てめえのおやじよりえらいふりをするように、がきをそだてるやつらに、思いしらしてやるんだ。二度と学校のあたりをうろついてたら、しょうちしねえぞ。いいか。きさまのおふくろだって、死ぬまで、よむこともかくこともできなかった。うちのものは、だれだって、死ぬまで、そんなこと、できやしなかったんだ。おれも、できやしない。ところが、きさまときたら、いばりくさっていやがる。おれは、そういうことを、しんぼうできる男じゃねえんだ――いいか、おい、おれによんできかせてみろ。」
 わたしは、本をとって、ワシントン将軍と戦争のことをよみはじめた。が、三十秒もたつかたたないうちに、おやじは、ビシャリと本を打って、へやのむこうにたたきつけた。
「そうか、よめるな。きさまがよめるといっても、本気にできなかったんだ。だが、なあおい、そんなきざなまねは、やめるんだぞ。そんなことを、おれは、させたくねえんだ。おれは、待ちぶせしているぞ、いいか、学校のあたりできさまをつかまえたら、思いっきり、ぶちのめしてやるぞ。そんなことをしていると、きさまは神信心までするようになるだろう。おらあ、そんなむすこ、見たくもねえ。」
 おやじは、青と黄色で、四、五ひきの牛とひとりの子どもがかいてある、一まいのちいさな絵をとりあげた。
「こいつぁなんだ。」
「よく勉強したからって、もらったんだよ。」
 おやじは、びりびりその絵をひきさいて、いった。
「おれが、もっといいものをやるぞ――牛の皮のむちで、ぶんなぐってやる。」
 おやじは、こしをおろしたまま、ちょっとのあいだ、ぶつくさうなっていたが、それからすぐに、いった。
「ところが、きさま、なかなかしゃれものだな、香水のにおいが、ぷんぷんしているぞ。そのうえ、ベッドがある、ふとんがある。鏡もある、床には、敷物もしいてある――それなのに、きさまのおやじはな、なめし工場のなかで、ぶたといっしょにねなきゃならねえのか。こんなむすこは、見たこともねえ。きさまをかたづけるまえに、きさまのきざっぼいところを、きっと、たたきなおしてやるぞ。きさまの気どりかたといったら、きりがねえじゃねえか――ところで、きさまは、金持ちだってことだな。おい、ちげえあるめえ?」
「うそをいってるんだよ――そんなことあるもんか、」
「おい、気をつけて、口をきけ。おれはいま、できるだけ、がまんしているんだ――なまいきをいうのは、やめろ。おれが、町にきてから、二日になるんだが、きいたことといえば、きさまが金持ちだということだけだ。ずっと川下でも、そのことをきいたんだ。だから、おれは、やってきたのだ。あした、その金を持ってこい――いるんだから。」
「金なんか、おれ持ってないよ。」
「うそいえ。サッチャー判事が持っているじゃねえか。そいつを持ってこいっていうんだ。おれが入り用なんだ。」
「金なんか、持っちゃいないったら。判事さんに、きいてみるがいいや。判事さんも、きっとそういうから。」
「いいとも、判事にきいてやろう。そして、はきださせてやるぞ。はきださなきゃ、どうして、はきださないのか、とっちめてやるばかりだ。おい、いま、そこに、いくら持ってる?そいつを、おれに、よこせ。」
「たった一ドルしかないよ。これ、おれ、いるんだけど――」
「きさまが、いろうがいるまいが、そんなこと、おれの知ったことかい――さっさとだせ。」
 おやじは、金をうけとると、ほんものかどうか、かんでしらべてから、ウイスキーをのみに町へいく、けさから、ひとくちものんでいないのだといった。そして、小屋の上におりたが、すぐ頭をつっこんで、きさま、なまいきだぞ、おれよりえらくなろうとしていやがる、とあくたれた。それから、こんどこそ、いってしまったと思っていると、またもどってきて、頭をつきだして、学校のことをわすれるな、やめないと、待ちぶせして、ぶんなぐってやるぞ、といった。
 つぎの日、おやじは、よっぱらって、判事のサッチャーさんのところへいって、サッチャーさんをおどしつけて、金をださせようとしたが、失敗した。すると、どくづいて、サッチャーさんをうったえてやるといった。
 サッチャーさんと後家さんは、うったえて、裁判で、わたしをおやじからひきはなし、ふたりのうち、どちらかがわたしの後見人になろうとした。しかし、新任の判事は、この町にきたばかりの人で、わたしのおやじのことを知らなかった。だから、彼は、裁判所は、できることなら、家族にかんしょうして、家族をひきはなすようなことをしてはならない、自分は、とても父親から子どもをとりあげる気にはなれない、といった。そんなわけで、サッチャーさんと後家さんは、この事件から手をひかなければならなかった。
 判決をきいて、おやじは、よろこびのあまり、じっとしていられなかった。金をくめんしてこないなら、からだじゅうが黒あざだらけになるまで、牛の皮のむちで、ぶんなぐってやる、とわたしにいった。わたしは、サッチャーさんから、三ドルかりてきた。おやじは、それを持っていって、酒をのんだ。そして、ブリキのなべをたたきながら、大きなほらをふいたり、悪口をいったり、どなりちらしたりしながら、ま夜中近くまで、町じゅうを歩きまわった、それで、人びとは、おやじを牢屋に入れ、そのつぎの日、裁判所にひっぱりだして、それから一週間、牢屋にぶちこんだ。だが、おやじは、いい気持ちだといった。おれは、むすこの親分なんだ、きさまら、むすこをよこどりしようとしやがったから、あとでひどいめにあわせてやるといった。
 おやじが牢屋からでてくると、あたらしい判事は、おやじを人なみの人間にしてやりたいといった。そこで、彼は、おやじを自分の家につれていって、さっぱりとした、いい服をきせ、朝の食事もひるの食事も、夕食も、家族といっしょに食べさせた。つまり、あたたかいこころで、むかえたのだ。そして、夕食のあと、判事は、禁酒やそのほかいろいろなことについて、おやじに話したので、とうとうしまいに、おやじは、なきだして、自分はばかでした、ばかなことをして、一生をつぶしてしまいました、といいだした。だが、これからはこころを入れかえて、だれにもひけめ[#「ひけめ」に傍点]を感じないような人間《にんげん》になるから、みさげないでたすけてください、といった。判事は、そういわれると、きみをだきしめずにはいられないといって、なきだしたので、判事のおくさんも、なきだした。おやじが、自分はこれまで、いつも誤解されてきた人間でしたというと、判事は、わたしもそう思っているといった。また、おちぶれた男にひつようなのは同情ですというと、判事は、そのとおりだとこたえた。そこで、彼らは、またなきだした。寝床にはいる時間になると、おやじは、立ちあがって、手をさしだしていった。
「この手をごらんください、紳士《しんし》、淑女《しゅくじょ》のみなさまがた、この手を、おとりになって、握手をしてください。この手は、ぶたの手でありましたが、いまは、そうではありません。あたらしい人生にスタートをきった男の手です。彼は、むかしの生活にもどるくらいなら、死んでしまいましょう。このことばを、こころにおとめおきください――わたしがそうもうしあげたということを、おわすれにならないでください。この手は、もう、きれいな手であります。握手をしてください――こわがることはありません。」
 そこで、彼らは、ひとりひとり、つぎからつぎへと、みんな、握手をして、なきあった。判事のおくさんは、その手にキスさえした。それから、おやじは、禁酒の誓約書に署名をした――つまり、署名のかわりに十文字をかいたのである。判事は、こんなに神聖なときは、これまでに一度もなかったといってもいいくらいだ、といった。それから、彼らは、りっぱな、お客さん用の寝室に、おやじをつれていった。ところが、おやじときたら、夜中になると、ひどく酒がのみたくなったものだから、玄関の屋根にはいだして、そこから柱をつたって、こっそりと下におりていって、あたらしい服を一本のウイスキーととりかえて、もどってきた。そして、いい気持ちによっぱらった。そのうえ、夜明けがた、ぐでんぐでんになって、またもはいだしたが、玄関の屋根からころげおちて、左うでを二か所へしおり、ほとんどこごえ死にしそうになっているところを、太陽があがってから、だれかに見つけてもらった。みんなが客間にいってみると、へやは、足のふみ場もないほどちらかっていた。
 判事は、気をわるくした。鉄砲の散弾でなら、あの男を改心させることができるかもしれないが、ほかの方法ではみこみがないといった。
      6 森の古小屋
 さて、おやじは、じきにげんきになり、ねていなくてもよくなると、法廷で、判事のサッチャーさんにくってかかって、金をわたさせようとした。また、学校をやめないからといって、わたしにくってかかった。おやじは、二度もわたしをつかまえて、ぶんなぐったが、わたしは、たいてい、うまくおやじをはぐらかしたり、かけぬけたりして、あいかわらず、学校にかよっていた。まえには、そんなに学校にいきたくなかったのだが、こんどは、おやじをおこらせるために、いってやろうと考えたからだ。訴訟は、ひまのかかるしごとだった――いつまでたっても、はじまらないように見えた。だから、わたしは、ときどき、サッチャーさんから二ドルか三ドルずつかりてきて、おやじにわたした。たたかれないようにするためだ。おやじは、金が手にはいるたびに、よっぱらった。そして、よっぱらうたびに、町じゅうにさわぎをまきおこした。そして、さわぎをおこすたびに、牢屋に入れられた。いかにも、おやじらしいことだった――こういうことは、おやじの性に、とてもあっているのだ。
 おやじは、後家さんの家のまわりを、しつっこくうろつきまわったので、しまいに、後家さんは、うろつきまわるのをやめないと、そのままにはしておかないといった。ところが、おやじは、おこったの、おこらないのって。だれがハックの親分か見せてやるといった。それで、春のある日のこと、おやじは、わたしを見はっていて、つかまえ、小舟にのせて川を三マイルもさかのぼって、イリノイ州がわの岸べにわたった。そこには、森がおいしげっていて、家などは一けんもなかった。古い丸太小屋が、たった一つあったが、そのあたりの森はとてもふかいので、小屋のあり場所を知らないものには、見つかりっこはなかった。
 おやじは、わたしを自分のそばから、はなさなかったので、なんとしてもにげだせなかった。わたしたちは、その古小屋にすんでいたのだが、おやじは、いつも戸に錠をおろしていたし、夜は、まくらの下にかぎを入れておいた。たぶん、ぬすんできたものらしいのだが、おやじは、鉄砲を一ちょう持っていたので、わたしたちは、さかなをつったり、鳥やけものをうったりして、それでくらしをたてた。おやじは、ちょいちょい、わたしを小屋のなかにとじこめておいて、二マイル川下の渡し場にある店まででかけていって、さがなやえものをウイスキーととりかえてきた。そして、よっぱらって、へべれけになると、わたしをぶんなぐった。後家さんは、とうとうわたしのいどころをつきとめ、人をよこして、わたしをつれもどそうとした。だが、おやじは、鉄砲でその男をおっぱらった。そんなことがあってからまもなく、わたしは、そこのくらしになれ、そこがすきになった――牛の皮のむちでなぐられさえしなければ。
 それは、のんびりしていて、すてきな生活だった。タバコをすったり、さかなをとったりしながら、一日じゅう、のらりくらりとくらしているのだ。本をよんだり、勉強したりするひつようがないのだ。二月すこしすぎると、わたしの服は、すっかりぼろになり、うすぎたなくなったが、わたしは、どうして、後家さんの家のくらしが、あんなにすきになったのか、わからなかった。そこでは、手や顔をあらわなければならなかった。皿の上にのせて食わなければならなかった。髪をとかさなければならなかった。規則ただしくねたりおきたりしなければならなかった。いつも本のことで心配していなければならなかった。そのうえ、ワトソン嬢に、しじゅういじめつけられていなければならなかったのである。わたしは、もうかえりたくなくなった。後家さんの気に入らなかったから、わたしは、口ぎたなくものをいうことをやめていた。だがまた、それをはじめていた。おやじが平気だったからだ。とにかく、森のなかでくらすのは、なかなかよかった。
 しかし、そのうちに、おやじは、くるみのむちを、やたらにふりまわすようになったので、わたしは、しんぼうできなくなった。からだじゅうがむちのあとだらけになったのだ。おやじは、またわたしを小屋のなかにとじこめておいて、ひっきりなしに、でかけていくようになった。あるとき、わたしをとじこめっぱなしで、三日もかえってこなかった。わたしは、ひどくこころぼそくなった。おやじは、おぼれて死んでしまったのだと思った。そして、もう二度と、この小屋からでられないかもしれないと思った。わたしは、こわくなった。なんとかして、ここからでる方法をくふうしようと決心した。わたしは、まえにも、小屋からでようとなんどもやってみたのだが、方法が見つからなかったのだった。この小屋には、人がはいだせるほどの窓もないからだ。えんとつも、ひどくせまくて、のぼれないのだ。戸は、あつい、しっかりしたかし[#「かし」に傍点]の背板《せいた》でできていた。そのうえ、おやじは、とても用心《ようじん》ぶかくて、なにひとつ、ナイフ一ちょうさえおいていかないのだ。わたしは、これまでに、百ぺんも小屋のなかをさがしまわったかもしれない。そうだ、いつだって、さがしまわってばかりいたのだ。時間をつぶすには、そのほかに、しようがなかったからだが。だが、こんどは、とうとういいものを見つけた。使いふるしで、さびていて、柄もついていないが、のこぎりを一ちょう見つけたのだ。それは、たるきと屋根の下見板のあいだに、はさんであった。わたしは、それに油をぬって、しごとにかかった。風がすきまからふきこんできて、ろうそくをけされないように、テーブルのむこうの、小屋のつきあたりに、馬にかける古い毛布がくぎづけにされている。わたしは、テーブルの下にもぐっていって、その毛布をあげ土台のふとい丸太の一部をきりはじめたのだ――その丸太は、だいじょうぶ、わたしがくぐりぬけられるぐらいふといからだ。ところで、それは、ずいぶん気の長いしごとだったが、もうすこしで、ひききれそうになったとき、おやじがうった鉄砲の音が、森からきこえてきた。わたしは、しごとのあとをとりはらって、毛布をおろし、のこぎりをかくした。すると、じきにおやじがはいってきた。
 おやじは、きげんがわるかった――つまり、おやじは本性をむきだしにしていたのだ。おやじは、町へいっても、なにもかもうまくいっていなかったといった。弁護士は、公判がはじまりさえすれば、訴訟にかって、金が手にはいるだろうと思うといっていた。だが、公判をのばす方法はいくらでもあるのだ。判事のサッチャーは、どうすると日のべできるか、その方法を知っているのだ。そのうえ、もうひとつの裁判がひらかれて、おまえをおれからとりあげて、後家さんにあずけ、後家さんがおまえの後見人になるだろう、と、人びとがいっているのだ。そして、こんどは、それがかつだろうとみんなが思っているのだ、と、そうおやじはいった。わたしは、ぞっとした、後家さんのところにもどって、あんなにぎゅうぎゅうやられて、教育などしてもらうのは、もうごめんこうむりたいからだ。おやじは、それから悪態をつきはじめた。そして、人でも、ものでも、思いつくままに、片っぱしからののしった。それから、ぬけたやつがあるといけないというので、もう一度はじめからののしりかえしたあとで、おまけに、悪口の総ざらい、総しあげをやった。なかには、名まえを知らない人もかなりたくさんでてきたが、その人の番になると、おやじは、その人を、〈なんのだれ兵衛〉という名まえでよんで、悪口をつづけた。
 おやじは、後家さんがおまえをとれるなら、とってみろといった。おれは、見はりをしていて、やつらが、そんなまねでもしようものなら、ここから六、七マイルむこうの、おれが知っている場所に、おまえをかくしてしまう、そこなら、やつらが、へたばるまでさがしたって見つかるものか、とおやじはいった。そのため、わたしは、かなり心配になったが、しかし、それは、ちょっとのあいだだけだった。おやじがそんなことをするまで、ぐずぐずしているものか、と考えたからだ。
 おやじは、わたしにいいつけて、自分が持ってきたものを、小舟からはこばせた。小舟のなかには、ひきわりとうもろこしの五十ポンド(一ポンドは、やく四百五十グラム)入りのふくろや、片身《かたみ》のベーコンや、弾薬《だんやく》や、四ガロン(一ガロンは、やく三・八リットル)人りのウイスキーのびんがあった。それから、鉄砲の弾《たま》のおくりに使う、麻くずがすこしばかりと、麻くずがわりに使う一さつの古本と二まいの新聞紙があった。わたしはひと荷物はこんで、また舟にもどると、へさきにこしをおろしてやすんだ。わたしは、いろいろ考えたが、にげるときには、鉄砲とつり糸を持って、森のなかににげこもうと思った。ひとところにとどまっていないで、だいたい夜のうちは、山でも野でも道にかまわずどんどん歩きつづけ、そして、狩りをしたりさかなをとったりして、いのちをつなぎながら、もう二度と、おやじにも後家さんにも見つけられないようなとおくまでいってしまおうと考えた。もし、おやじがすっかりよっぱらったら、十台の丸太をひききって、今夜のうちににげだそう、とわたしは思った。おやじは、きっとよっぱらうと考えたからだ。そのような考えで頭がいっぱいになっていたので、わたしはどれほど長くこしをおろしていたか、気がつかなかった。しまいにおやじが、大きな声で、おまえ、ねむっているのか、おぼれてしまったのか、と、どなるのがきこえてきた。
 品物をぜんぶ小屋にはこんでしまうと、暗くなってきた。おやじは、わたしが夕食をこしらえているあいだに、一、二はいひっかけて、すこしいきおいがでてくると、また悪口をいいはじめた。町でよっぱらって、一晩どぶのなかでねてきたのだから、おやじの、そのふうていといったら、なかった。アダムだと思われても、しかたがなかった――からだじゅう、すっかりどろだらけだ。おやじは、酒がまわりだすと、きまって、政府をやりだまにあげるのだ。このときは、こういった。
「これが政府だって! おやおや、どんなもんか、ちょっと見てみるがいい。人のむすこを、おやじからとりあげる法律が、ちゃんとできてやがる――実のむすこをさ。そいつをそだてるのに、どんなに苦労し、どんなに心配し、どんなに金がかかったかってんだ。そうだ、おやじが、ようやくむすこをそだてあげ、あすからでもはたらきにだし、すこしは役にたたせ、らくをしようとするとたんに、どっこい、法律がそうはさせねえときてやがる。そんなものが、政府だといわれているんだ。そればかりじゃねえ。法律ときたら、あの老いぼれ判事のサッチャーのうしろだてになって、おれに、おれの財産をわたさせまいとしやがる。法律のしうちといったら、こうなんだ。つまり、人から六千ドル以上もとりあげておきながら、人を、こんなおとしあなのような小屋におしこんで、ぶたにもにあわねえような服をきせて、ほっつきまわらせている。そんなものを、政府とよんでいるんだ。こんな政府の下では、権利もへちまもえられるもんか。おれには、ときどき、すばらしい考えがうかぶんだ。こんな国から、きれいさっぱりと、おんでてしまえとな。そうだ、おれは、やつらに、そういってやったんだ。老いぼれサッチャーにも、面とむかって、そういってやった。おおぜいのやつらがきいていたから、そいつらなら、おれのいったことをわかっている。おれはいったんだ、二セントくれたら、おれは、こんなろくでもねえ国をおんでて、二度とかえってこねえってな。そっくり、そのとおりいってやったんだ。この帽子を見ろってもいった――これが、帽子といえるならばだ――ふたが持ちあがって、あとは、あごの下までたれさがってるじゃねえか。これじゃ、ちっとも帽子らしくねえ。おれの頭あ、ストーブのえんとつのつぎめから、つきでているようなもんじゃねえかごこれを見ろって、おれは、いってやったんだ――これが、おれがかぶっている帽子だ――おれは、おれの胆汁を手に入れることができさえすりゃ、この町いちばんの金持ちなんだって。
 おお、そうだとも、いやはや、おどろきいった政府だ。なあ、おい。オハイオからきたやつがいた、市民権を持っているやつだ――あいのこで、白人と見わけがつかねえほど、白いんだ。そいつあ、まっ白なシャツをき、ぴかぴかひかる帽子をかぶっていやがったぜ。そいつほど、りっぱな服をきている男はな、町じゅうにひとりもいなかったぞ。そいつときたら、そのうえ、金時計と金ぐさりと。銀のにぎりのついたステッキを持っていやがった――その老いぼれの、しらが頭のやつな、州きっての大金満家なんだってさ。きさま、どう思う。やつらの話だと、そいつぁ、大学の教授で、いろんな国のことばがしゃべれ、なんでも知ってるってこった。あきれるこたあ、そればかりじゃねえ。オハイオ州では、投票ができるんだってさ。おれは、かっとなった。これじゃ、この国がどうなるんだろうって、おれは考えたんだ。選挙日だから、おれもよっぱらってなきゃ、これからいって、投票しようと思ってたところだったんだ。だが、この国には、黒人にも選挙させる州があるときいて、おれは見あわせた。二度と投票なんかしてやるもんかといってやったんだ。ほんとに、そういったんだ。みんな知っているぞ。こんな国は、つぶれたって、かまうもんか――おれは、生きているうちは、二度と投票なんかしねえぞ。あの黒人の、ずうずうしさを見ろ――おれがあいつをおしだしでもしなかったら、あいつぁ、おれに道をあけようともしなかったんだ。なんだって、こんなやつをせり売りにだして、たたき売ってしまわねえんだっPて、おれは、みんなにいってやった――おれは、売らねえわけを知りたかったのさ、きさまは、やつらがなんといったと思う? やつらは、六か月この州にいなきゃ、売られねえのだと、ぬかしやがった。そいつぁ、まだ六か月いねえんだとさ。なあ、おい――なにもかもが、このとおりなんだ。その州に六か月いなきゃ、市民権のある黒人を売ることも、できねえようなものを、やつらは、政府だとよんでいやがるんだ。こんな政府が、自分で政府だとぬかし、政府づらをして、政府だと思いこんでいやがるんだ。それでいて、じっとすわって、まるまる六か月待ってなきゃ、うろつきまわったり、ぬすみをしたりする、あのいまいましい、白シャツの市民権のある黒人を、つかまえられないんだってさ。そのうえ――」
 おやじは、まるで足もとに気をつけないで、歩きながら、しゃべりつづけていた。だから、塩づけぶたのおけにつまずくと、まっさかさまにころんで、両方のすねをすりむいた。それからいったことばの、はげしいことといったらなかった――だいたいは、黒人と政府の悪口であったが、そのおけにも、しじゅう悪たれをつきつづけた。おやじは、へやのなかを、ずいぶんとびまわった。まず、すりむいた片すねを持ちあげて、はねまわり、つぎには、べつなほうのすりむいたすねを持ちあげて、片足立ちになってはねまわったのだ。そして、しまいに、いきなり左足で、いやというほどおけをけとばした。だが、これは考えのたりないやりかただった。そのくつのつまさきから、指が二本でていたからだ。おやじは、身の毛もよだつようなほえ声をたてて、土間にたおれ、足の指をおさえて、ころげまわった。このときの悪たれの口ぎたないことといったら、それまでより、ずっとひどかった。おやじも、あとで、そういっていた。おれは、ソーベリー=ヘイガンじじいのわかいころの、悪たれをきいて知っているが、あのときのおれのののしりかたといったら、それよりもひどかった、と、おやじはいっていた。だが、わたしは、たぶん大げさにじまんしているのだろうと思った。
 夕食のあと、おやじは、酒びんを持って、これだけのウイスキーがあれば、けっこう、二度よっぱらえ、そのうえさらに、一回はくだ[#「くだ」に傍点]がまける、といった。それは、おやじがいつもいうことなのだ。おやじは、一時間もたたないうちに、なにもわからなくなるほど、よっぱらうだろう、とわたしは思った。そうしたら、かぎをぬすむか、土台をひききってでるか、どっちかしてやろうと考えた。おやじは、たてつづけにのんだので、まもなく、毛布の上にころがりこんだ。だが、わたしには、まだ運がむいてこなかった。おやじは、ぐっすりねこまないで、おちつかなさそうにしているのだ。長いあいだ、うめいたり、うなったりしながら、ねがえりをうっているのだ。しまいに、わたしのほうが、どうしても、目をあいていられないくらいねむくなった。そして、いつのまにか、ろうそくをつけっぱなしのままにして、わたしは、ぐっすりねこんでしまった。
 わたしは、どのくらいねむっていたかわからないが、とつぜん、おそろしいさけび声で、目をさました。おやじが、気ちがいのようになって、そちこちとびまわりながら、へびだ、へびだとわめいていたのだ。おやじは、へびが足をはいあがってくるといった。それから、かなきり声をたてて、とびあがり、へびにほおをかまれたといった――しかし、へびなど、一ぴきもいなかった。おやじは、小屋のなかをぐるぐるとかけまわりながら、「とってくれ、とって。へびが首にかみついているんだ」と、わめきたてた。わたしは、それまでに、こんな気ちがいじみた目をした人を見たことがなかった。おやじは、じきにつかれきって、はあはあ息をきらしながらたおれたが、こんどは、両手をふりまわしたり、空をつかんだりしながら、すごいはやさでころげまわりだした。そして、悪魔につかまえられると、さけんでいるのだ。そのうちに、すっかりつかれきってしまうと、うなりながら、しばらくじっとしていた。それから、いよいよしずかになり、うんともすんともいわなくなった。とおくの森のなかで、ふくろうやおおかみの鳴くのがきこえてきた。おそろしいほどのしずけさだった。おやじは、すみっこのほうにたおれたままになっていた。まもなく、おやじは、からだを半分おこすと、首をかしげて、きき耳をたてた。そして、とてもひくい声でいった。 「パタ――パタ――パタ――。あれは死人だ。パタ――パタ――パタ――。おれのあとからついてくる。だが、おれは、いかねえぞ。ああ、おいついた! さわらないでくれ――さわらないで! はなしてくれ! つめたい。はなしてくれ。ああ、おれに、さわらないでくれ。」
 おやじは、四つんばいになって、はいだして、おれにかまわないでくれとたのんだ。それから、毛布にくるまって、松の木のテーブルの下にころがりこんでいって、そこでもあやまっていたが、とつぜんなきだした。なき声が、毛布のなかからきこえてきた。
 そのうちに、おやじは、ころげでてきて、気でもくるったように立ちあがると、わたしを見て、とびかかってきた。そして、おまえは、死に神だ、ころしてやる、そうすれば、むかえにこないからといって、ジャックナイフを持って、わたしをぐるぐるおいまわしはしめた。わたしは、かんにんしてよ、おれ、ハックだよ、といったが、おやじはきんきんひびく声でわらって、うなったり、ののしったりしながら、わたしをおいつづけた。一度きゅうに足をとめて、おやじのわきの下をくぐったひょうしに、わたしは、ジャケットのかたとかたのあいだをつかまえられたので、もうだめだと思った。だが、わたしは、いきなりジャケットをぬぎすてたので、いのちびろいをした。まもなく、おやじは、つかれきって入り口の戸にせなかをもたせかけて、すわりこんだが、すこしやすんでから、おまえをころしてやる、といった。そして、ナイフをからだの下にしいて、おれは、ひとねむりしてげんきがでたら、おまえの正体を見とどけてやる、といった。
 それからじきに、おやじは、うとうととねむりだした。まもなく、わたしは、籐いすを持っていって、しずかに音をたてないようにその上にあがって、鉄砲をとりおろした。そして、こめ矢をつっこんで、弾がこめてあるかどうか、たしかめてから、筒さきをおやじのほうにむけて、鉄砲をかぶらだるの上にのせ、そのうしろにこしをおろして、おやじがうごくのを待っていた。なんとしずかに、ゆっくりとときがうごいていったことだろう。
     7 計略《けいりゃく》
「おきろ! なにをしているんだ。」
 わたしは、目をあけて、あたりを見まわした。そして、自分がどこにいるのか、思いだそうとした。太陽は、とっくにあがっていたのだが、わたしは、ぐっすりねこんでいたのだった。おやじが、のしかかるように、わたしのそばに立って、にがい顔をしていた――それに彼は、病気のような顔つきをしていた。
「きさま、この鉄砲で、なにをしようとしていたんだ。」
 おやじは、自分がゆうべやったことを、まるっきり知らないのだ、と思ったから、わたしはいった。
「だれか、はいってこようとしたんだもん。だからおれ、待ちかまえていたんだよ。」
「どうして、おれをおこさなかったんだ。」
「うん、おこそうとしたんだけど、おこせなかったんだよ。うごかすことも、できなかったんだもの。」
「そうか、じゃいい。一日じゅうぺちゃくちゃしゃべってねえで、さっさとでていって、朝めしのさかながひっかかってるかどうか、見てこい。おれも、すぐいくからな。」
 おやじが戸の錠をあけたので、わたしは、すぐとびだしていって、川岸にあがった。おれた枝や、なにかそのようなものがながれていた。木の皮は、まきちらしたようになって、ながれている。それで、わたしは、川の水かさがふえはじめたことがわかった。おれはいま、もし町にいたら、すごい景気だがなあと思った。六月の増水は、わたしには、いつも幸運だったのだ。川の水がではじめるとヽじきに、一コード(まきの体積で、やく三千九百立方センチメートル)いくらで売れるまきまるたや、いかだのこわれ[#「こわれ」に傍点]が、ながれてくるからだ―――丸太が一ダースもひとかたまりになって、ながれてくることもあるのだ。だから、それをつかまえて、材木場や製材所に売りさえすればいいのだ。
 わたしは、片目をおやじのほうにくばり、もういっぽうの目では、ながれてくるものに気をつけながら、川岸をさかのぼっていった。たちまち、カヌーが一そうながれてきた。ほりだしものだ。長さが十三、四フィートで、かものように、ゆうゆうとながれにうかんでくるのだ。わたしは、服もなにもきたまま、かえるのようにまっさかさまにとびこんで、カヌーにむかって、およぎだした。なかに、だれかかねているかもしれない、とわたしはちょっと考えた。というのは、よくあいてをからかうために、そういうことをする人があったからだ。つまり、だれかが、主のない舟だと思って、そばまでこぎよせてくると、ぬっと、顔をだして、あははははとわらうのだ。しかし、このときは、そうではなかった。まぎれもない、ながれカヌーだったので、わたしは、それにはいあがって、岸にむかってこぎだした。わたしは、おやじがこいつを見たら、どんなによろこぶだろうと思った――十ドルのねうちがあるのだ。だが、岸についても、おやじは、まだ見えなかった。わたしは、つる草や、やなぎがおおいかぶさっている、みぞのようなクリーク(小川、川の支流のこと)に、カヌーをこぎいれながら、ふと考えがかわった。だれにもわからないように、カヌーをかくしておこうと思ったのだ。そして、にげるときは、森のなかへにげこまないで、このカヌーにのって、川を五十マイルもくだっていって、きまった場所にすみつこう。そうすれば、つらいめにあいながら、歩きまわらなくてもすむと考えた。
 クリークは、小屋のすぐ近くだったので、わたしは、いまにもおやじの足音がきこえてきそうで、気が気でなかった。だが、わたしは、どうやらそのカヌーをかくしてしまうことができた。それから、やなぎのしげみをとおして見まわすと、おやじは、道のすこしむこうで、鉄砲で一わの小鳥をねらっていた。だからおやじは、なにもほかのものは見なかったのだ。
 おやじがやってきたとき、わたしは、いっしょうけんめいになって、ながしづりの糸を、たぐりよせていた。おやじは、ぐずぐずしているといって、すこしもんくをいったが、わたしは、川におっこちたので、こんなにひまがかかったのだといった。わたしがぬれているのを見たら、そのわけをきくことが、わかっていたからだ。わたしたちは、なまずを五ひき糸からはずして、小屋にもどった。
 朝の食事のあと、わたしたちは、ふたりともくたびれていたので、ひとねむりしようとして、よこになった。わたしは、そのあいだに、おやじと後家さんにあとをおわれないような、なにかいい方法がくふうできないだろうかと考えはしめた。おやじと後家さんにおっ手をかけられないような方法がくふうできたら、そのほうが、運を天にまかせて、彼らに気がつかれないうちに、ずうっととおくまでにげのびようというよりは、よほどたしかだからだ。ところで、しばらくのあいだは、これといううまい方法も思いつかなかった。そのうち、おやじが、ちょっとおきて、水をのんでからいった。
「こんどだれかきて、このあたりをうろついていたら、おれをおこすんだぞ、いいか? 人が、こんなところにくるのは、ろくなことでねえ。鉄砲でうちころしてやる。こんどはおこすんだぞ、わかったな?」
 おやじは、またごろりとよこになると、ねむってしまったが、わたしは、おやじの話から、すばらしいことを思いついた。そうだ、そうしたら、あとをつけようなんて、だあれも思わないようにできるぞ、わたしはつぶやいた。
 十二時ごろおきて、わたしたちは、川岸をのぼっていった。水かさが、どんどんふえ、流木がたくさんながれていた。そのうちに、いかだのこわれ[#「こわれ」に傍点]がながれてきた――丸太を九本もよせて、むすんであるやつだ。わたしたちは、小舟をこぎだしていって、それを岸にひいてきた。それから、ひるの食事をした。たいていの人なら、もっと丸太をひきあげるために、その一日、そこで見はっているだろうが、そんなことをするのは、おやじのがらではないのだ。一日ぶんとしては、九本の丸太でじゅうぶんなのだ。おやじは、さっそく、町へいって、売らなければならない。そこで、おやじは、わたしを小屋のなかにとじこめると、いかだをひいて、三時半ごろ、小舟ででかけていった。わたしは、おやじは今夜はかえってこないだろうと思った。そこで、おやじがかなりいったところを見はからって、のこぎりをだして、上台をひきはじめた。そして、おやじがむこう岸にとどかないうちに、わたしは、そのあなからぬけだした。おやじといかだが、ずっととおく、水の上に、ぽっつり、しみのように見えていた。
 わたしは、ひきわりとうもろこしのふくろをとって、カヌーをかくしておいたところまではこんだ。つる草や枝をおしわけて、そのなかにふくろをつんだ。それから、おなじようにして、片身のベーコンをはこびこんだ。ウイスキーのびんもはこんだ。コーヒーとさとうは、あるだけぜんぶはこんだ。弾薬もみんな持ってきた。弾のおくりも持ってきた。バケツとひょうたんも持ってきた。ひしゃくとブリキのコップも持ちだした。それから、あの古いのこぎりと二まいの毛布も持ちだした。長柄のついたシチューなべとコーヒーわかしもはこんだ。つり糸もマッチも、そのほか、一セントのねうちでもあるものなら、ひとつのこらず持ちだした。小屋のなかをとことんになるまでさらったのだ。わたしは、おのを一ちょうほしかった。小屋の外の、まきをつみかさねてあるところに、一ちょう、おのがあったが、そのほかにはなかった。考えがあるので、そのおのは、のこしておかなければならないのだ。わたしは、鉄砲を持ちだした。これで、用意はできあがったのである。
 わたしは、そのあなから、はいだしたり、いろいろなものをたくさんひきずりだしたので、そこの地面を、ずいぶんふみあらしていた。そこで、外から土をまいて、できるだけうまくなおしたので、地面のつるつるになったところも、のこぎりくずも、あとかたもなくなった。それから、きりとった丸太を、もとのところにはめこんで、その下に石を二つ入れ、一つをよせかけて、丸太をおさえた。その丸太は、上にまがっていて、ぜんぜん地面についていなかったからだ。のこぎりでひいたことを知らなければ、四、五フィートはなれたら、気がつかないだろう。おまけに、ここは、小屋のうらがわだ。うろつく人もないだろう。
 カヌーのあるところまでは、いちめんに草がはえているので、あとがのこっていなかった。
わたしは、あたりを見てまわった。川岸に立って、ずうっと川も見わたした。なにもかもだいじょうぶだ。そこでわたしは、鉄砲を持って、すこし森のなかにはいっていって、鳥をさがしまわっていると、一ぴきの野ぶたを見つけた。このへんのくぼ地では、農園からにげだしてきたぶたは、すぐ野生にかわるのだ。わたしは、そのぶたをうって、小屋にはこんだ。
 わたしは、おのを持ち、戸を外からたたきやぶった。たたいたり、めった打ちにしたりしたので、かなり時間がかかった。わたしは、ぶたを小屋のなかへはこんで、おくのテーブルのそばにおいて、おのでそののどをきった。そして、地面にころがしたまま、血をながさせた。地面といったが、ほんとうに地面なのだ――かたくかたまってはいるか、床板がないのだ。さて、つぎに、わたしは、古いふくろをとって、そのなかに、大きな石をたくさん入れた――わたしがひきずれるだけ入れたのだ――そして、それをぶたのところからはじめて、戸口までひきずっていき、それからさらに、森のなかを通りぬけて川までひきずっていって、ドブンと川になげおとした。ふくろは、しずんで見えなくなった。こうしておけば、なにか、ここをひきずっていったということが、だれにだって、たやすくわかるからだ。わたしは、トム=ソーヤーがここにいたらなあと思った。トムは、こういうことがすきだから、彼なら、もっとおもしろく、くふうをこらしたかもしれないのだ。こういうことにかけては、トム=ソーヤーほどのうで[#「うで」に傍点]を持っているものはいなかった。
 さて、さいごに、わたしは、髪の毛をすこしひっこぬいた。そして、おのによく血をぬってから、そのみねに毛をくっつけて、小屋のすみのほうになげすてた。それから、ぶたを持ちあげ、血がしたたらないように、ジャケットでむねにかかえあげて、小屋のかなり下まではこんでいって、川のなかになげこんだ。このときも、わたしは、いいことを思いついた。わたしは、カヌーまでいって、ひきわりとうもろこしのふくろと古のこぎりをだして、小屋に持ちかえった。そして、ふくろをいつものところにおいてから、そのそこに、のこぎりで、あなをあけた。ナイフもフォークもなかったからだ――おやじは、料理はなんでも、あのジャックナイフでしていたのだ。それから、わたしは、草地をよこぎり、やなぎの木のあいだを通りぬけて、小屋の東、百ヤードばかりのところにある、あさい湖まで、そのふくろをはこんだ。その湖は、はばか五マイルもあり、い草がいちめんにはえていて――季節になると、かももあつまるらしい。そのむこう岸から、泥沼だがクリークだかがでていて、なんマイルもとおくまでつづいていた。それが、どこまでいっているか、わたしにはわからないが、ミシシッピ川には、つながっていなかった。ひきわりとうもろこしは、こぼれて、湖まで、かすかなあとをつけた。わたしは、またひょっとおとしたように見せかけて、おやじの砥石も、そこにおとしておいた。それから、ふくろのさけめを糸でむすんで、もれないようにし、それと、のこぎりをカヌーにはこびかえした。
 暗くなってきた。わたしは、カヌーをおしだし、岸におおいかぶさっているやなぎの木の下までいって、月があがってくるのを待った。カヌーは、やなぎに、しっかりとつないでおいた。そこで、食いものをすこし食って、すぐカヌーのなかにねころび、タバコをすいながら、計画をたてた。彼らは、石をいっぱいつめたふくろのあとについて、川岸までいって、それから、川のなかにいかりをおろして、わたしをさがすだろう、と考えた。また、わたしをころして、ものをぬすんだ盗賊どもをつかまえるために、ひきわりとうもろこしのあとについて湖までいき、さらに、湖からでているクリークをくだって、そちこちさがしまわるにちがいない。彼らは、おれの死がいでもさがすためでなければ、川をさがすなんてことは、めったにしないにきまっている。彼らは、じきにあきて、もうわたしのことなど、気にもしなくなるだろう。そうしたら、しめたものだ。わたしは、どこにでも、すきなところにいることができるのだ。ジャクソン島などは、わたしには、おあつらえむきのところだ。その島なら、よく知っているし、くる人などありはしない。夜は、町にカヌーをこいでいって、こっそり歩きまわり、ほしいものを、かっぱらってくることもできるのだ。そうだ、ジャクソン島がいちばんいい。
 わたしは、くたくたにつかれていたので、いつのまにか、ぐうぐうねむってしまった。目をさましたとき、どこにいるのか、ちょっとのあいだ、わからなかった。わたしは、すこしこわくなったので、おきなおって、あたりを見まわした。そのとき、わたしは、思いだした。川はばは、なんマイルも、あるように思われた。月がとても明るいので、岸からなん百ヤードもむこうを、黒くしずかに、すべるようにながれていく流木も、かぞえられるほどだった。なにもかも、死んだようにひっそりとしていた。夜は、ふけたようだ。夜ふけのにおいがしていた。わたしのいうことがわかるだろうか――わたしには、うまくいえないのだ。
 わたしは、思いっきり、あくびとせのびをしてから、綱をといてカヌーをだそうとした。すると、ずうっと川のむこうから、もの音がきこえてきた。わたしは、耳をすました。すぐになんの音だかわかった。それは、しずか晩に、オールがクラッチのなかできしる、あの、にぶい、規則《きそく》ただしい音だ。わたしは、やなぎの枝《えだ》のあいだからのぞいてみた。すると、小舟《こぶね》が一そう、川のずうっとむこうに見えた。なん人のっているかは、わからなかった。小舟は、ぐんぐん近づいてきた。そして、わたしのカヌーとならんだとき、見ると、ひとりしかのっていないことがわかった。わたしはひょっとしたら、おやじかもしれないと思った。しかし、おやじがかえってくるはずはないのだ。その男は、ながれにのって、わたしより川下にくだっていったが、じきに、舟をまわして、岸づたいに、ながれのゆるいところをこぎのぼってきた。そして、わたしのすぐ近くをこぎのぼっていった。鉄砲をのばしたら、とどくほどの距離だった。ところが、おどろいたことに、その男は、おやじだった。しかもオールのあやつりかたからみると、しらふらしかった。
 わたしは、いっこくもうかうかしていられなかった。つぎの瞬間、わたしは、岸のかげをぬって、こっそりと、しかも、いそいで川をくだっていった。二マイル半もくだってから、わたしは、四分の一マイルあまり、カヌーを川のまんなかにこぎだした。まもなく、渡《わた》し場《ば》を通りすぎるので、人に見つかったら、声をかけられるかもしれないからだ。わたしは、流木のなかにこぎいれ、カヌーのそこによこになって、カヌーをながれにまかせた。そして、ねたまま、ゆっくりとやすんで、空をながめながら、タバコをすった。空には雲ひとつなかった。こうして、月光のなかにあおむけにねて見あげると、空はじつにふかく見えた。これは、これまでわたしの知らないことであった。それに、こういう晩に水の上にいると、なんと、とおくの声まできこえてくるのだろう! 渡し場で、人びとが話をしている声がきこえてくる。ひとこと、ひとこと、ちゃんとききとれる。もうそろそろ日が長くなって、夜がみじかくなってくるなあ、とひとりがいった。すると、ほかの男が、だが、今夜はまだみじかい晩とはいえないぞ、といった――すると、みんながわらったので、その男は、またおなじことをくりかえした。みんなはまたわらった。それから、ほかの男をおこして、その話をしてわらったが、おこされた男はわらわないで、あらあらしいことばで、なにか早口にいってから、うるさいと、どなった。一番めの男が、おれ、うちのかかあに話してやろうと思うといった。かかあなら、おもしろいと思うだろう。だが、おれがまえにいったしゃれにくらべたら、こんなの、ものの数じゃないといった。また、べつのひとりがもう二時近くだが、日の出まで、このうえ一週間以上も待たされるようなことのないようにねがいたいなあというのがきこえた。そのあと、話はだんだんとおくなっていって、ことばをききわけることができなくなった。
 わたしは、渡し場から、ずうっと川下にきていた。おきあがって見ると、もう二マイル半ばかりくだるとジャクソン島だった。島は、ふかい森におおわれて、大きく、黒く、まるであかりをけした蒸気船のように、どっしりと、川のまんなかにそびえていた。島のはずれには、砂州のあとかたも見えなかった。いまはもう、水の下にしずんでいるのだ。
 そこまでいくのにたいした時間はかからなかった。わたしは、すさまじいいきおいで島の突端をながれすぎた。水の速力が、ひじょうにはやかったからだ。それから、よどみのなかにカヌーをのりいれて、イリノイ州がわの岸に上陸した。そこの岸に、ふかくえぐれたところがあるのを、まえまえから、知っていたので、そこにカヌーをこぎいれたのだ。そこへはいりこむためには、やなぎの枝をおしわけでいかなければならなかった。だから、そこに、カヌーをしっかりむすびつけると、もう、カヌーは、外からでは、だれにだって見つかりっこなかった。
 わたしは、上陸して、島のはずれにあった、一本の丸太にこしをおろした。そして大きい川と、黒い流木と、それから、三マイルもむこうにある町を、見わたした。あかりが三つ四つ、町でまたたいていた。すごく大きないかだが、まんなかにあかりをつけて、一マイルほど上流をくだってくる。じっと見ていると、いかだは、はうようにくだってきた。そして、それがわたしの立っているすぐそばまできたときに、男の声がきこえてきた。「おうい、とものオールを入れろ、そら、おもかじだ!」声は、その男がわたしのすぐとなりに立っているように、はっきりときこえた。
 空が、すこし白みだしてきた。そこで、わたしは、森のなかにはいって、朝めしまでひとねむりするために、よこになった。
      8 黒人のジムにあう
 わたしが目をさましたとき、太陽は、ずっと高くあがっていた。わたしは、もう、八時すぎだと思った。わたしは、すずしい木かげの草のなかによこになったまま、いろいろなことを考えてみたが、なんとなくほっとした感じがして、なかなかたのしく、いい気持ちだった。一つ二つの木のすきまから太陽が見えた。だが、あたりは、ほとんどみんな大きい木ばかりなので、森のなかはうす暗かった。光が木の葉のあいだをぬけて、おちているところは、地面がまだらに明るくなっていた。そのまだらに明るい場所は、かすかにゆれうごいていた。こずえをそよ風がわたっているからである。りすが二ひき、枝にちょこんとすわって、いかにもしたしそうに、わたしにしゃべりかけていた。
 わたしは、とてものんびりして、たのしかった――おきて、朝の食事をつくる気にもなれなかった。ところが、また、うとうとねむりかけていると、川上で、ドーンというすさまじい音がしたような気がした。わたしは、おきなおり、ひじをついて、耳をすました。まもなく、音が、またきこえてきた。わたしは、とびおきていって、木の葉のあいだから、じっとのぞいてみた。ひとかたまりのけむりが、ずっと川上の、川づらに、たなびいている――およそ、渡し場のまえあたりだ。そして、人をいっぱいのせた渡し船が、ながれくだってくる。ドーン! 渡し船のはらから、ぱっと白いけむりがふきだすのが見えた。彼らは、大砲をぶっぱなして、わたしの死体をうかびあがらせようとしているのだ。
 わたしは、ひどくはらがへっていたが、火をたくのをやめた。けむりが人の目につくといけないからだ。それで、わたしは、そこにすわったまま、大砲のけむりをながめて、その音をきいていた。そのへんの川はばは、一マイルもあるので、夏の朝のながめは、とてもすてきだった――だから、わたしは、ひとくち食うものさえあったら、彼らがわたしの死がいをさがすのをながめながら、とてもゆかいにすごせたのだ。このときふと、わたしは、人びとがよくパンのなかに水銀を入れてながすことを思いだした。そうすれば、そのパンは、おぼれて死んだもののところまで、まっすぐにながれていって、そこでとまるからだ。そこで、わたしは、見はっていて、もしパンのかたまりがわたしのあとをおってながれてきたら、食ってやろうと思った。そこで、イリノイ州がわの岸に居場所をかえて、うまくパンがながれてくるかどうか見ていた。あんのじょう二つつづきの大きなパンのかたまりが、ぐんぐんながれてきた。わたしは、長いぼうで、それをとろうとしたが、もうすこしでとれそうになったところで、足をふみすべらせたので、そのうちにパンは、むこうへながれていってしまった。いうまでもなく、わたしは、ながれが、いちばん岸の近くにはいりこんでくるところにいたのだ――その場所をよく知っていたからだ。そのうちに、また一つながれてきたが、こんどは、うまくとることができた。わたしは、栓をぬいて、水銀の、ちいさい玉をふりおとし、かぶりついた。それは〈パン屋でこしらえたパン〉で――えらい人たちが食べるパンだった。下等なとうもろこしのパンではなかった。
 木の葉のかげに、うまい場所を見つけて、丸太にこしをおろした。そして、パンをかじりながら、渡し船をながめていたが、とてもいい気持ちだった。が、このとき、わたしは、はっとあることを思いついた。それは、後家さんか牧師さんか、あるいは、だれかが、このパンがわたしを見つけるように祈ったので、このとおり、パンは、わたしのはらのなかにはいって、その役めをはたしたのだ、ということだ。だから、祈りに、なにかききめのあることは、うたがいがないのだ――後家さんだとか牧師さんのような人が祈れば、ききめがあるのだ。だが、わたしのようなものが祈っても、だめなのだ。まともな人間でなければ、祈ってもききめがあらわれないのだ、とわたしは考えた。
 わたしは、パイプに火をつけて、かなり長いあいだ、タバコをすいながら、渡し船を見まもっていた。船は、ながれのままにくだってくるので、船がここまで近づいてきたら、ひょっとすると、だれがのっているか見えるだろう、とわたしは思った。パンがよってきた岸べに、船もおしながされてくるにちがいないからだ。わたしは、船がかなり近づいてきたとき、パイプの火をけして、パンをとったところにいって、岸のちいさなあき地にある丸太のかげにかくれた。わたしはその丸太が二またになっているところから、のぞいて見ることができた。
 まもなく、船がくだってきた。そして、川岸すれすれによってきたので、板子をわたせば、岸にあがれるほどだった。船には、ほとんどたいていの人がのっていた。おやじ、判事のサッチャーさんと娘のべッシー=サッチャー、ジョー=ハーパー、トム=ソーヤー、それからポリーおばさんとシッドとメアリーさん、そのほかにも、まだまだたくさんの人がのっていた。そして、だれもかれも、殺人事件の話をしていたが、船長が、みんなの話をさえぎっていった。
「さあ、しっかり見はっていてくださいよ。ここは、ながれが、岸にいちばん近くよっているところですから、あの子は、岸にうちあげられて、水ぎわのやぶなどにひっかかっているかもしれませんからね。なんとか、そうあってほしいものだが。」
 わたしは、そんなことになったらそれこそたいへんだと思った。彼らは、あつまってきて、手すりからからだをのりだして、わたしのすぐまえで目をこらしている。わたしからは、彼らがよく見えるのだが、彼らのほうからは、わたしが見えないのだ。「さあ、そこをどいた」と、船長が大きな声でいったかと思うと、わたしのまんまえで、大砲をぶっぱなした。その盲で、わたしは、耳がきこえなくなり、けむりでほとんどなにも見えなくなった。わたしは、もうだめだと思ったほどだ。もし、大砲に弾が入れてあったら、彼らは、さがしていた死がいを手に入れることができたろう、とわたしは思った。ところで、ありがたいことに、わたしは、けがひとつしなかった。船は、ぐんぐんながれていって、島のかどをまわって、見えなくなった。それからも、大砲の音は、ときたまきこえていたが、だんだんとおくなっていって、やがて、一時間もたつときこえなくなってしまった。この島は、長さが三マイルもあった。わたしは、彼らが島のはずれまでいったので、大砲をうつのをやめるだろうと思った。だが、それからも、しばらくやめなかった。彼らは、島はずれをまわり、ミズーリ州がわの水路を蒸気の力でのぼりながら、ときどき大砲をうちつづけた。わたしは、島をよこぎり、そちらがわへいってみた。彼らは、島の突端までさかのぼってくると、大砲をうつのをやめて、ミズーリがわの岸にわたり、町にかえっていった。
 わたしは、これでもうだいじょうぶだと思った。わたしをさがしにくるものなど、もういないのだ。わたしは、カヌーから、荷物を持ちだして、ふかく木のしげっているところに、居場所をこしらえた。毛布でテントのようなものをつくって、その下に荷物を入れ、雨がかからないようにした。また、なまずをつかまえて、のこぎりでめったぎりにし、日がくれそうになってから火をたいて、夕食をした。それから朝の食事のさかなをとるために、つり糸もしかけた。
 暗くなってから、わたしは、たき火のそばにすわってタバコをすいながら、とってもいい気持ちになっていた。だが、そのうちに、なんとなくさびしくなってきたので、わたしは、川岸にいってこしをおろした。そして、岸をあらってながれていく水音にききいったり、また、流木や、くだってくるいかだの数をかぞえてみたりしてから、寝床にはいった。さびしいときに時間をつぶすには、ねむるにかざる。そうすれば、さびしいことはない。さびしさなど、じきにわすれてしまう。
 そんなふうにして、わたしは、三日三晩すごした。なんのかわりもなく――まったくおなじことをくりかえしていたのだ。だが、そのつぎの日、わたしは島じりのほうまで、ぐるりと探検にでかけた。わたしは、もう、この島の大将なのだ。つまり、この島はぜんぶわたしのものだから、島のことはなんでもひとつのこらず知りたかったのだ。だが、ほんとうは、時間をつぶしたかったのだ。うれた、ずばらしくじょうとうないちごが、たくさんあった。
 夏ぶどうや木いちごもあったが、それらは、まだ青かった。黒いちごは、ようよう青い実をつけはじめたばかりだった。これらのものは、そのうちにみんな役にたつだろう、とわたしは思った。
 さて、ふかい森のなかをぶらぶら歩いているうちに、いつか、島じり近くまできていたらしかった。わたしは、鉄砲を持っていたが、なにもうたなかった。身をまもるために持ってきただけなのだ。えものは、家の近くでとろうと思っていたのだ。が、このとき、わたしは、かなり大きなへびを、もうすこしでふみつけるところだった。へびは、草や花のあいだをするするとにげだしたが、わたしは、一発おみまいしてやろうと思って、そのあとをおいかけた。そして、どんどん走っているうちに、まったくとつぜん、わたしは、まだけむっているたき火の灰のまんなかにとびこんだ。 わたしは、心臓がどきんとはねあがるほど、びっくりした。だから、なにひとつたしかめようとしないで、鉄砲の撃鉄をおろし、つま立ちになって、できるだけはやく、こそこそあとにもどりだした。そして、ときどきふかい草のしげみのなかに、ちょっと立ちどまっては、そのたびに耳をすましてみた。だが、息がひどくきれていたので、息のほかは、なにもきこえなかった。わたしは、その場からひそかにとおのいた。それから、また耳をかたむけた。こうして、わたしは、しだいにたき火のあとからはなれていった。
 きり株が見えると、それを人間ではないかと思った。かれ枝をふんづけて、それがポキンとおれると、いきなりだれかにおどかされたように、息がとまった。
 キャンプにもどったときには、わたしは、ふぬけのようになり、勇気がすっかりなくなっていた。だが、いっこくもぼやぼやしてはいられないと思った。そこで、わたしは、荷物をぜんぶカヌーにはこんで、そのなかにかくした。火もけして、灰をそこらじゅうにまきちらし、去年のキャンプのあとのように見せかけて、それから木によじのぼった。
 わたしは、二時間ぐらい木の上にいたような気がする。しかし、なにも見なかったし、なにも耳にしなかった――ただ、いろいろなものを、たくさん見たりきいたりしたような気がしただけだった。ところで、わたしは、いつまでも木にのぼっているわけにはいかなかった。だから、とうとう木からおりたが、わたしは、ふかいしげみのなかにかくれて、ずうっと見はりつづけていた。食ったものといったら、いちごと朝めしののこりものだけだった。
 夜になると、わたしは、とてもはらがへってきた。それで、とっぷりと暗くなると、まだ月があがらないうちに、こっそりと岸をはなれて、イリノイの岸にこぎわたった――それは、四分の一マイルほどだった。わたしは、森のなかにはいっていって、夕食をこしらえた。そして、今夜は一晩ここですごすことにしようと考えていると、パカパカ、パカパカという音がきこえてきた。馬がかけてくるのだ。つづいて、人の声がきこえてきた。わたしは、大いそぎで荷物をみんなカヌーのなかにはこんだ。それから、森のなかをはって、なにがおこったのか見にいった。あまりとおくまでいかないうちに、男の声がきこえてきた。
「いい場所があったら、ここに野宿したほうがいいぜ、馬が、へたばりかけているんだ。あたりを、さがしてみよう。」
 わたしは、いそいでカヌーをおしだして、さっさとこぎさった。そして、もとの場所にカヌーをつないだ。今夜はカヌーのなかでねようと思った。
 わたしは、よくねむれなかった。どういうものか、いろいろなことが考えられて、ねむれなかったのだ。そのうえ、わたしは目をさますたびに、だれかに首をおさえつけられているような気がした。だから、ねむっても役にたたなかった。しまいに、わたしは、こんなふうでは生きていけないと思った。だから、この鳥にわたしといっしょにいるのはだれか、見とどけてやろう、見とどけないではおくものかと思った。すると、すぐに気がかるくなった。
 わたしは、かい[#「かい」に傍点]をとって、カヌーをほんのすこし岸からはなし、それから、ものかげをぬうようにしてカヌーを川下ヘながした。月がかがやいているので、かげのないところは、ひるまのように明るかった。わたしは、ゆるゆると、一時間もくだりつづけた。なにもかも、ものようにしずかで、ふかいねむりにおちていた。ところで、わたしはもうほとんど島じりまできていた。さざ波のような、つめたいそよ風がふきだした。もう夜は、ほとんど明けた――といってもよかった。かい[#「かい」に傍点]でカヌーのむきをかえて、へさきを岸につけると、すぐ鉄砲を持って、こっそりと上陸して、森のはずれにはいりこんだ。そして、そこにあった丸太にこしをおろして、木の葉のあいだから、あたりを見わたした。月がしずんで、暗やみが川づらをおおいはじめた。だが、まもなく、ひとすじのあお白い光が、木ぎのこずえに見えてきた。夜が明けてくるのだ。わたしは、鉄砲を持って、あの、たき火にぶっかった場所へむかって、そっと歩きだし、一、二分おきに立ちどまっては、耳をすましてみた。しかし、どういうものか、運がわるく、その場所が見つかりそうもなかった。だが、そのうちに木ぎのずっとむこうに、ちらりと火が見えた。わたしは、用心しながら、そろそろと、しのびよっていった。そして、ずっと近づいてみると、ひとりの男が、地べたにねていた。わたしは、ぎくっとした。その男は、頭に毛布をかぶって、ほとんど頭を火につっこみそうにしていた。わたしは、その男から六フィートたらすのところにあるちいさなやぶのうしろにこしをすえて、じっとその男を見まもりつづけた。夜は、もう灰色に白みかけてきた。やがて、その男は、あくびとのびをして、毛布をはねのけた。すると、それはなんと、ワトソン嬢のところのジムだった。わたしは、とてもうれしかった。
「おい、ジム!」
 そういって、わたしは、とびだした。
 ジムは、とびあがって、気でもくるったように、じろじろとわたしを見つめていた。それから、がくりとひざをつくと、手をあわせていった。
「おたすけくだせえ――おたすけを。おらあ、幽霊にわるいことしたこと、一度もねえだ。おらあ、いつでも死んだ人がすきだっただ。死んだ人に、できるだけのこと、つくしただ。あんたは、また川のなかにはいってくんなされ、そこが、あんたの家だよ。そして、このジムに、なにもしねえでくんなされ、ジムは、あんたの友だちだったじゃねえだか。」
 わたしは、じきに、わたしが、死んでいないということを、ジムにわからせることができた。わたしは、ジムにあって、ほんとうにうれしかった。もう、こころぼそがらなくてもすむのだ。わたしは、ジムがわたしのいどころを人におしえはしまいかと、それが気にかかりだしたので、そのことをジムにいった。そして、つぎからつぎへと話しつづけたが、しかし、ジムは、そこにすわって、じっとわたしを見ているだけで、ひとことも口をきかなかった。
 わたしはいった。
「もう、すっかり夜が明けたよ。朝めしを食おうじゃないか。火をたいてくれ。」
「いちごやなにかを料理するのに、たき火をたいて、どうするだよ。でも、あんた、鉄砲を持ってるだね。そいじゃいちごより、すこしましなもの、とれるだよ。」
「いちごなんか」と、わたしはいった。「おまえは、そんなものを食って、生きてたのかい。」
「ほかに、なにも手にはいらねえだよ。」
「そいじゃ、おまえ、いつからこの島にいたんだい、ジム。」
「あんたがころされたつぎの晩、きただよ。」
「なんだって。それからずうっと、ここにいたのかい、ジム。」
「ああ、そうだだ。」
「それでいて、そんなつまらないものしか、食うものがなかったのかい。」
「そうだだよ、ぼっちゃん――ほかに、なにもなかっただ。」
「そいじゃ、おまえ、すごくはらへってるだろう。」
「馬一ぴきぐれえ食えると思うだ。うん、きっと食えるだ、あんたは、どのくれえ、この島にいるだね。」
「ころされた晩からさ。」
「ふんとかね、そいじゃ、あんた、なに食って生きていただよ? でも、あんた、鉄砲持ってるだね。おお、そうだ、鉄砲を持っている。それ、うまいだよ。さあ、なにかうってきてくんなされ。おれ、火たくだから。」
 そこで、わたしたちは、カヌーをつないであるところまでいった。そして、森のなかの草のはえたあき地に、ジムが火をおこしているあいだに、わたしは、ひきわりとうもろこし、ベーコン、コーヒー、それからコーヒーわかしとフライパンや、さとうやブリキのコップなどをはこびだしてきた。ジムは、ひどくめんくらった。みんな魔法を使ってだしたと思ったからだ。わたしは、また、かなり大きななまずを一ぴきとったので、ジムはナイフではらわたをだして、それを油であげた。
 食事の用意ができあがると、わたしたちは、草の上にねころんだまま、まだあつくてはやはやと湯気のたっているやつを食った。ジムは、うえかけていたので、むやみにつめこんだ。そして、すっかりはらがふくれると、わたしたちはなにもしないで、ぼんやりとそこでやすんでいた。
 しばらくすると、ジムがいった。
「でもね、ハックさん、小屋でころされたのが、あんたでねえとすると、ありゃいったい、だれだっただね。」
 わたしが、すっかり話をすると、ジムは、うまいなあといった。トム=ソーヤーだって、それよりすばらしい計画はたてられまいといった。それからわたしがいった。
「どうして、おまえは、ここにきているのさ、ジム。それに、どんなふうにして、やってきたんだい。」
 ジムはひどく不安そうな顔をして、ちょっとのあいだ、だまりこんでいた。それからいった。
「いわねえほうが、いいかもしれねえだよ。」
「なぜだい、ジム。」
「うん、わけがあるだだ。あんたにいっても、あんた、密告しねえだろうね、ハックさん。」
「ぜったいしやしないよ、ジム。」
「そいじや、あんたを信じるだがね、ハックさん。おらあ――おらあ、ずらかっただよ。」
「なんだって、ジム!」
「でも、ほら、あんた、密告しねえといったでねえだか――そういったこと、あんた、おぼえているべえ、ハックさん。」
「うん、おぼえているさ。密告しないっていったよ。おれは、約束はまもるよ。ぜったいまもるよ。みんながおれを、下等などれい廃止論者だというかもしれないし、密告しないからってんで、けいべっするだろうよ――だが、そんなことは、かまやしないよ。おれは、いわないよ。それにおれは、どのみち、あそこにはかえらないんだから。だから、さあ、すっかり話しとくれ。」
「うん、そのわけ、こうだだよ。年とったお嬢さんが――それ、ワトソン嬢のことだがね――しじゅうおらあをいじめまわして、とてもひどくするだ。でも、これまでは、おらあを川下