トム=ソーヤーの冒険(マーク=トウェイン作、吉田甲子太郎訳)、第32章から第35章(終章)まで(一回目の校正おわり)

20240326、トム・ソーヤーの冒険の一回目の校正すべて完了、1ページ約1分
20250427、合計100分、P179からP223まで、

32 「おきろ! みつかったぞ!」
 火曜日の午後も、やがてたそがれていった。セント-ピータースバークの村は深い悲《かな》しみにしずんでいた。まいごになった子どもはまだみつからないのである。ふたりのために、おおやけの祈祷会《きとうかい》がなんどもひらかれ、また、かぞえられぬほど、おおぜいの人が、まごころをこめてお祈《いの》りをささげてくれた。が、ほら穴《あな》からは、なにひとつよいたよりはきかれなかった。捜索隊《そうさくたい》のたいていの人は、さがすのをあきらめ、もう子どもはみつかりっこないといって、めいめいのしごとにもどっていった。サッチャー夫人《ふじん》のからだぐあいはたいへんわるくなり、ほとんど一日じゅう夢《ゆめ》うつつで送っていた。夫人《ふじん》がベッキーの名をよびたて、頭をもたげては、たっぷり一分間、じっと耳をすまし、それから、悲《かな》しそうなうめき声をあげ、しおれきって、ぐったりと頭をまくらにおろす――そのありさまは、気のどくで見ていられないと人びとは語《かた》った。ポリーおばさんはすっかりゆううつになり、そのしらがまじりの頭はほとんど、まっ白になってしまった。こうして、火曜日の夜、村は悲《かな》しいたよりないねむりにおちていった。
 とっぜん、ま夜中すぎに、村の鐘《かね》がけたたましくうちならされたと思ううち、通りはろくに服《ふく》もつけない熱狂《ねっきょう》した人びとでいっぱいになった。みんなは口々にわめいた。
「外へでろ! 外へでろ! 子どもがみつかった! 子どもがみつかった!」
 ブリキなべをたたき、角笛《つのぶえ》をふきならす音が、いっそうさわぎを大きくした。人びとのむれは、しだいに大きくなって、川のほうへ流れていった。そして、ほろをはねた車にのり、口々にさけぶ村人にひかれてくるトムとベッキーに出会うと、車のまわりをとりまき、がいせんの行列《ぎょうれつ》にくわわって、ばんざい、ばんざい、と、はやしたてながら大通りをねり歩いた。 村じゅうのあかりがついた。だれひとり寝床《ねどこ》にかえるものはなかった。村はじまって以来《いらい》のお祭《まつ》りさわぎだった。さいしょの三十分間、行列《ぎょうれつ》はサッチャー判事《はんじ》の家にくりこんだ。助《たす》かった子どもをだいてキスをし、サッチャー夫人《ふじん》の手をにぎりしめて、さて、なにかいおうとしても、ことばにならず――ただ涙《なみだ》の雨とふりそそぐばかりだった。
 ポリーおばさんは、よろこびの絶頂《ぜっちょう》にあった。サッチャー夫人《ふじん》も、ほとんどそのくらいだった。このすばらしいしらせを持ってでたつかいが、ほら穴《あな》にいるサッチャー判事《はんじ》のところへとんでいったら、そのよろこびはまったく、もんくなしということになるだろう。ソファーに横になっているトムのまわりには、熱心《ねっしん》なきき手が集まった。トムはその人たちに、うんとおまけをくっつけて、おどろくべき大冒険《だいぼうけん》の話をしてきかせた。そして、さいごに、どんなふうにベッキーをのこして探検《たんけん》にでかけたかということについて、トムは、つぎのように話を結《むす》んだ。
 トムは、たこ糸のとどくかぎりの道を、一つ二つとつたっていった。三つめの道をいったとき、たこ糸がいっぱいのびたので、ひきかえそうとした。がそのとき、はるかかなたに一|点《てん》、ぽつんと日の光のようなものをみつけた。糸を手さぐりでその光にむかって進んでいき、せまい穴《あな》から、むりやり頭と肩《かた》をおしだしてみたら、なんとミシシッピの大きな流れが、ゆったりと流れているではないか! もしあれが夜だったら、トムはとうてい、その光の点を見ることはできなかったし、その横道《よこみち》を発見《はっけん》することなんか、とてもとても、できなかったにちがいない! どうして、それからベッキーのところへもどったか、どんなにこの大発見をつたえたか。ところが、ベッキーは、そんなばかな話で苦《くる》しめないでちょうだい、もうつかれきって死《し》ぬことはわかっているし、死にたいと思っているのだから、といったのだ。さあ、そこでどんなに苦心《くしん》して、ベッキーをときふせたことだろう。光の点が見えるところまではっていって、自分の目でそれを見たときの、ベッキーのよろこびようったら、どんなだったろう。トムは、その小さい穴《あな》からむりにはいだした。それからベッキーの手をひっぱって、はいださせた。ふたりはそこにすわったまま、うれしさのあまり声をあげてなきだした。そこへ、ボートにのりくんだ人が通りかかったので、トムは大声でよびとめ、どうしてここにいるか、またどんなに腹《はら》ぺこでいるか、と事情《じじょう》を話した。ところがさいしょのうちは、このとてつもない話は、その人たちをちっとも信用《しんよう》させなかった。「なぜって」と、彼《かれ》らはいった。
「おまえたちは、ほら穴《あな》の入り口から五マイルも川下《かわしも》にいるんだぜ。」
 ――が、ともかくボートにのせてくれた。うちまでつれていって、たべものをあてがってくれた。くらくなってから、二、三時間、休ませてくれ、それから送りとどけてくれたのだ――と、トムは話した。
 夜明けまえ、ほら穴《あな》にいたサッチャー判事《はんじ》と、彼《かれ》といっしょにいた小人数《こにんずう》の捜索隊《そうさくたい》の人が、あとにのこしていった、目じるしのひもをたよりにさがしだされ、この大ニュースをきかされた。
 ほら穴《あな》の中での、三|日《か》三|晩《ばん》の苦しいたたかいと飢《う》えの重荷《おもに》は、すぐには、ふりはらえるものではないことが、トムにもベッキーにもよくわかった。ふたりは、水曜日と木曜日をまるまるねかされていたが、かえってつかれがでて、よわったような気がした。トムは、木曜日には、ちょっと外へで、金曜日には、にぎやかな通りへでていった。そして土曜日は、ほとんどふだんとかわらなかった。一方《いっぽう》、ベッキーは日曜日まで、へやの外へはでず、それからも、大病《たいびょう》をわずらったあとのような顔つきをしていた。
 トムは、ハックの病気のことをきいたので、金曜日にはあいにいってみたが、寝室《しんしつ》へは、入れてもらえなかった。土曜日にも日曜日にも入れてもらえなかった。そのあとは毎日通されはしたが、あの冒険《ぼうけん》のことや、興奮《こうふん》するような話をしてはいけないと、くぎをさされた。ダグラス未亡人《みぼうじん》は、トムがこのいいつけを守《まも》るように、そばについていた。トムは、家の人から、カーディフ丘《おか》の事件《じけん》をきいた。また、あの〈ぼろをさげた男〉の水死体《すいしたい》が、渡《わた》し船《ふね》の船《ふな》つき場《ば》近くで、ぐうぜんみつかったという話もきいた。たぶんにげだすとちゅうで、水におぼれたのであろう。
 助《たす》かってから二週間ほどたった、ある日のこと、トムは、ハックをたずねに家をでた。もう、どんな興奮《こうふん》する話をきいてもさしつかえないほど、じょうぶになっているはずだ。ハックに、じゅうぶん興味《きょうみ》のある話のたねを自分はもっているぞと、トムは考えた。サッチャー判事《はんじ》の家はそのとちゅうだったので、ベッキーをみまいによってみた。判事《はんじ》と友だち連《れん》がいて、トムにしゃべらせようとした。そのひとりがトムをつかまえて、もう一ど、ほら穴《あな》へいってみる気はないかね、と皮肉《ひにく》まじりに、たずねた。トムは、いってもいいと答えた。判事《はんじ》がいった。
「なるほどね、まだほかにも、きみと同じようなことを考える人間がいるにちがいないよ、トム。そこで、そんなことのおこらないように、しまつしたよ。これからはもう、だれも、あそこでまいごになろうったって、なれはせんさ。」
「どうして?」
「二週間まえに、あのとびらにあつい鉄板《てっぱん》をはらせ、三つも錠《じょう》まえをおろして――そのかぎを、わたしがあずかっているからさ。」
 トムの顔は、たちまち、しきふのように青ざめた。
「どうした、トム! だれか、早く水を持ってきてくれ!」
 さっそく、水が持ってこられ、トムの顔にぶっかけられた。
「ああ、やっと正気《しょうき》にもどったな。どうしたんだ? トム。」
「ああ、判事《はんじ》さん、インジャン・ジョーが、あのほら穴《あな》にいるんだよ!」

33 インジャン・ジョーの運命《うんめい》
 いく分《ふん》とたたないうちに、このニュースは八方《はっぽう》にひろがった。十何そうものボートは、人をいっぱいつんで、マックドーガルのほら穴《あな》へといそいだ。蒸気船《じょうきせん》も、お客《きゃく》を満載《まんさい》して、すぐそのあとにつづいた。トム=ソーヤーは、サッチャー判事《はんじ》ののったボートの中にいた。
 ほら穴のとびらをあけると、そのうすくらやみの中に悲惨《ひさん》なけしきがくりひろげられた。インジャン・ジョーはとびらのすきまに顔をおしつけ、ながながと横たわって死《し》んでいたのだ。その目は、さいごの瞬間《しゅんかん》まで、外の自由な世界の光明《こうみょう》とよろこびにあこがれて、くいいるように、おしつけられていたものにちがいない。トムは心をうたれた。自分の経験《けいけん》からいって、この悪者《わるもの》がどんなに苦《くる》しんだか、よくわかったからである。そのあわれなありさまには、深く動かされずにはいられなかった。が、それとともに、助《たす》かった、これでほっとした、という、あふれるような安心感《あんしんかん》がおこった。自分が、この血《ち》に飢《う》えた悪漢《あっかん》に不利《ふり》な証言《しょうげん》をしたあの日から、どんなに心に重く、おそろしい思いをしていたかが、よくわかった。
 インジャン・ジョーの大型《おおがた》ナイフがそばにころがっていたが、刃《は》はまっぷたつにおれていた。とびらの下のがんじょうな横木《よこぎ》が、ほねをおって、たんねんに、つついたり、けずったりされていたが、そのほねおりは、まったくむだだった。外がわには自然《しぜん》の岩石《がんせき》が、しきいになっていて、大型《おおがた》ナイフはなんの役《やく》にもたたぬばかりか、あべこべにナイフのほうがまいってしまったのだ。また、たとい石のじゃまものがなかったとしても、そのほねおりは、やはりむだだったろう。かりに横木がすっかり切りとられたにしても、インジャン・ジョーのからだは、とびらの下のすき間《ま》から、はいでられっこはないのだ。ジョーもそれを知っていたろう。知っていながらけずったのは、ただなにかをせずにはいられない――さびしさをまぎらさずにはいられない――苦《くる》しみぬいている肉体《にくたい》をまぎらすために腕《うで》をふるわずにはいられない――ためだったろう。いつも、その入り口には、見物人《けんぶつにん》がおいていった、もえのこりのろうそくが六つや七つはあるものだが、いま、ここには一つもなかった。その囚人《しゅうじん》があさりつくして、たべてしまったものとみえる。また、彼《かれ》は、こうもりをとることを思いついたらしい。それもたべて、つめだけがころがっていた。この不幸《ふこう》な人間は、餓死《がし》してしまったのである。すぐ近くに、天じょうの鍾乳石《しょうにゅうせき》からしたたりおちた水が、長い年月のあいだにつくった、石のたけのこがあった。その石のだけのこの頭が、囚人《しゅうじん》の手でくだかれ、その上に石が一つのせてあった。時計《とけい》の針《はり》のように規則《きそく》正しく三分間に一|滴《てき》ずつ、上からおちてくる貴重《きしょう》な水を、浅《あさ》いへこみにうけようとしたのだ――二十四時間にやっと茶さじ一ぱいほどたまるその水を。その水のしたたりは、ピラミッドがはじめてたったころにもおちていた。*トロイが落城《らくじょう》したときにも、――ローマの基礎《きそ》ができあがったときにも、――キリストがはりつけになったときにも、――*ウィリアム一|世《せい》がイギリス帝国をきずきあげたときにも、――*コロンブスが航海《こうかい》したときにも、――*アメリカ独立戦争《どくりつせんそう》がはじまり、それがニュースだったときにも、その水は、したたりおちていた。いまもそれはおちている。こうしたいっさいのことがらが、歴史《れきし》の午後、伝説《でんせつ》の日暮《ひぐ》れの中にしずみこみ、やがて、忘却《ぼうきゃく》のまっくらな世界にのみつくされるまで、したたりおちつづけることだろう。あらゆるものごとに、目的《もくてき》があり、使命《しめい》があるのだろうか? 五千年の長い月日《つきひ》を、こうしてしたたりおちていた水は、この虫けら同然《どうぜん》の人間の必要《ひつよう》をみたすためにおちていたのだろうか? いや、さらに、一|万年《まんねん》ののちに、またほかの重大《じゅうだい》な目的《もくてき》をはたそうとしているのでもあろうか? そんなことは、どうでもよろしい。すでに、不幸《ふこう》な混血《こんけつ》の男が、貴重《きちょう》な水を集めようとして、石をけずったあのときから、もう何年も何年もすぎさったというのに、いまでも、マックドーガルのほら穴《あな》のふしぎなさまを見にやってくる遊覧客《ゆうらんせん》は、そのあわれにもいたましい石と、したたりおちる水を、いちばん長いあいだ見物《けんぶつ》する。ほら穴《あな》のふしぎなながめのうちでも、〈インジャン・ジョーのコップ〉は、まず第一にかぞえられ、〈アラジンの宮殿《きゅうでん》〉も、これにはかなわない。
 さて、インジャン・ジョーのなきがらは、ほら穴《あな》の入り口近くにほうむられた。人びとは舟《ふね》や車にのって、そばの村々から、七マイル四方《しほう》の農場《のうじょう》や部落《ぶらく》から、ぞくぞくとやってきた。みんな子どもづれで、ありとあらゆるたべものを持ってやってきた。そして、この葬式《そうしき》は、首つりの刑《けい》を見るのと同じくらいおもしろかった、といったりした。
 この葬式《そうしき》は、しかし、あること――知事《ちじ》にインジャン・ジョーの免罪《めんざい》の請願運動《せいがんうんどう》――をそれ以上進めることをとめるようになった。請願書《せいがんしょ》には、ごてごてと署名《しょめい》がならんだ。涙《なみだ》を流し、雄弁《ゆうべん》をふるう集会《しゅうかい》がいくつも、もよおされた。そして、おろかな婦人委員《ふじんいいん》が任命《にんめい》され、喪服《もふく》まできて、知事《ちじ》にすがってなきわめき、どうぞ、目をつぶって慈悲《じひ》ぶかいおばかさんとなって、知事《ちじ》としての義務《ぎむ》をふみにじっていただきたい、と請願《せいがん》することになっていた。インジャン・ジョーは、たしか村の人も五人もころしたはずなのだが、いったい、それがなんだというのだろう? たとい、彼《かれ》が悪魔《あくま》だったとしても、免罪《めんざい》の請願書《せいがんしょ》に署名《しょめい》し、いつもこわれていて水のもれる、彼《かれ》らの水道から、さんざん涙《なみだ》の水をこぼしてやる弱虫《よわむし》どもは、おおぜいいたことだろう。
 とむらいのすんだあくる朝、トムはだいじな相談《そうだん》をするために、ハックをさそって、人けのないところへつれこんだ。ハックはもう、あのウェールズ人やダグラス未亡人《みぼうじん》から、トムの冒険《ぼうけん》はすっかりきかされて、知っていた。
「ところが、あの人たちにも話せなかったことが一つあるんだよ」と、トムはいった。「これから話したいのは、そのことなんだ。」
 ハックは顔色をかえた。
「おれ、知ってるよ。二|号室《ごうしつ》にでかけていったのに、みつかったのはウイスキーだけだって話だろ。おまえがいったって話してくれた者はひとりもないけど、ウイスキーの話がでたとき、てっきりおまえにちがいないと、おれにや、すぐぴんときたんだ。だけど、おまえの手にゃ、お金がはいらなかったんだろ。もし、はいりゃ、なんとかして、おれにわけてくれるだろうし、ほかのやつらにゃだまってても、おれにだけはあかしてくれるにちがいないもんな。しょっちゅう、おれにや、あのどろぼうの宝物《たからもの》は、おれたちの手にはいりっこねえような気がしてしようがねえんだ。」
「おい、おい、ハック、おれは、あの宿屋《やどや》のおやじのつげ口なんぞしやしないぜ。おれがピクニックにでかけた土曜日に、あの宿屋に事件《じけん》がおきなかったのは、おまえだって知ってるじゃないか。あの晩《ばん》、おまえがはり番《ばん》したのを、もうわすれちまったのかい?」
「ああ、そうだ! へっ、一年もまえみたいな気がしやがら。おれが、後家さんちまでインジャン・ジョーのあとをつけてったのは、あの晩だったっけ。」
「おまえがつけてった?」
「うん――だけど、だまってなきゃだめだぜ。おれにゃ、インジャン・ジョーのなかまがまだのこってるような気がして、しようがないんだ。おらあ、そいつらにいじめられたり、わなにかけられたりするなあ、いやだからな。あのとき、もしおれがいなきゃ、やつらはいまじぶん、テキサスにずらかって、のうのうとしてやがるだろうからな。」
 そこでハックは、トムにあの大冒険《だいぼうけん》をすっかり話した。トムはそれまで、あの老ウェールズからしかきいていなかったのだ。
「そういうわけだ」と、ハックは、話を本すじにもどした。
「二|号室《ごうしつ》のウイスキーをとってったやつが、あの金もさらっていったんじゃないのかい――どっちみち、ありゃ、おれたちの手にはいりっこないぜ、トム。」
「ハック、あの金貨《きんか》は、はじめっから二|号室《ごうしつ》にはなかったんだぜ!」
「なんだって!」ハックは、トムの顔をじろじろみつめた。
「トム、おまえ、金貨《きんか》のありか、かぎつけだってのかい?」
「ハック、ありゃ、ほら穴《あな》の中にあるんだぜ!」
 ハックの目はかがやいた。
「もういっぺんいってみろ、やい、トム。」
「あの金貨《きんか》は、ほら穴《あな》の中にあるんだよ!」
「トム――たのむから、いってくれ――いったい、そりゃ、じょうだんか、ほんきか、どっちだ?」
「ほんきだ、ハック――いままで、こんなにほんきになったことないくらい、ほんきだよ。おれといっしょにいって、だすのをてつだわないかい?」
「やるとも! 目じるしをつけてって、まいごにならないってとこなら、いくぞ。」
「なあ、ハック、やっかいなことはこれぽっちもせずに、やれるんだぜ。」
「そいつあ、すげえ! どうやって、そいつを――」
「まあ待てよ、ハック、そこへいくまで、おとなしくしろよ。もしみつからなかったら、たいこでもなんでも、おれの持ってるものは、みんなやるぜ。ほんとだよ。」
「ようし――いいぞ。いついく?」
「おまえさえよけりゃ、いますぐだって、いいぜ。だけど、おまえのからだ、だいじょうぶかい?」
「それ、ほら穴《あな》のうんと奥《おく》かい? おらあ、あとまだ三、四日は、いたみがとれそうもないんだ、トム、一マイルぐらいっきゃ歩けないんだ――ちょっと、まだむりみたいだな。」
「ほかの者なら五マイルは歩くさ、ハック。ところが、おれよりほかだれも知らないすごい近道があるんだ。ボートにのっけて、そこまでまっすぐつれてってやるよ。いきも帰りも、おれひとりでこいでやらあ。おまえは、ちっとも手をだすことはないんだぜ。」
「すぐいこうや、トム。」
「うん、いこう。パンと肉《にく》をすこし持ってな。それから、たばこのパイプと、ふくろが一つか二つ。それにたこ糸を、二まきか三まきさ。それから、最新流行《さいしんりゅうこう》のマッチとかいうやつを持っていこうや。このまえ、ほら穴にいたとき、あいつがありゃあなあと、なんど思ったかしれないぜ。」
 昼すこしすぎ、ふたりの少年は、主の《ぬし》いない一そうのボートをだんまりで借《か》りて、すぐ出発した。ほら穴《あな》の谷《たに》から何マイルかくだったところで、トムがいった。
「あのほら穴からここまで、同じようながけが、ずっとつづいてるだけだと思うだろ――うちもなけりゃ、たきぎ小屋もない。ずっと同じ雑木山《ぞうきやま》が見えるっきりでさ。けど、ずっと上のほうに、がけくずれのあとの白っぽいところが見えるだろ? うん、あれも、目じるしの一つなんだ。さあ、あがろうや。」
 ふたりは、上陸《じょうりく》した。
「なあ、ハック、おれたちはいま、穴《あな》のすぐそばにいるんだぜ。つりざおでとどくぐらい、すぐそばなんだ。どうだい、みつかるかどうか、さがしてみろよ。」
 ハックは、そこらじゅうさがしたが、みつからなかった。トムはとくいげに、ぬるで[#「ぬるで」に傍点]の木のしげみに突進《とっしん》した。
「ここだよ! 見ろよ、ハック。アメリカ一のしゃれた穴《あな》だぜ。こいつあ、だまってなきゃだめだよ。おれは、これまでだって山賊《さんぞく》になりたくってしようがなかったんだけど、それにゃどうしても、こういうものがないと、山賊《さんぞく》になれないんだ。そいつをどこでみつけるかってことに、こまっちまってたんだ。それが、いまは手にはいったわけだ。そっと、だいじにしとこうぜ。ジョー=ハーパーとベン=ロジャーズだけには教えてやろうや――なぜって、もちろん、なかまがなくちゃかっこうがつかないじゃないか。トム=ソーヤー山賊団《さんぞくだん》、どうだい、ちょいとしたものじゃないか、ええ、ハック?」
「うん、いいぞ、トム。そいで、おれたちは、どういうやつからぬすむんだい?」
「ああ、たいていのやつは、のがしゃしないよ。待ちぶせだな――たいてい、その手でやるんだ。」
「そいで、ころすのかい?」
「ううん、いつもころすってわけじゃない。身代金《みのしろきん》をだすまで、ほら穴《あな》のなかにとじこめとくんだよ。」
「みのしろきん[#「みのしろきん」に傍点]たあ、なんだい?」
「お金さ。そいつらにありったけ集めさせてださすんだ。たいていは友だちからだが、一年とめといて、それでもまだ金がだせなかったら、ころしちまうのさ。ざっとそんなやりかたがふつうだな。ただ、女はころさないんだ。とじこめるけど、ころしはしないんだ。そういうのは、きれいで、お金持ちで、とてもこわがりんぼ、ときまってるんだ。そりゃ、時計《とけい》やなんかはとるけど、こっちもちゃんとぼうしをぬいで、ていねいなことばを使うんだぜ。山賊《さんぞく》くらい礼儀《れいぎ》正しい者はないんだからな――どの本にだって、ちゃんと書いてあらあ。そうそう、女の人はだんだん、こっちがすきになっちゃうんだ。ほら穴《あな》につれてきて、一週間か二週間たつと、もうなかなくなって、そうなると、こんどはでていかないや。むりに追いだせば、ぐるっとまわって帰ってきちまうんだぜ。どの本にも、そう書いてあらあ。」
「へええ、すげえんだなあ、トム。海賊《かいぞく》よりゃ、よさそうな気がするな。」
「うん、いいとこもあるさ。なにしろ、うちにゃ近いし、サーカスだのなんだの見られるもんな。」
 話をしているうちに、用意はととのった。トムが先頭《せんとう》に立ち、ふたりは穴《あな》の中にはいっていった。まっすぐにつづくトンネルのいきどまりまで、苦労《くろう》して道を進んだ。そこで、よったたこ糸を、岩かどに結《むす》びつけてから、なお、さきへと進んだ。五、六歩で、あのいずみのところにでた。トムはさすがに、身ぶるいがとまらなかった。トムは、ろうそくのしんのもえのこりが、岩壁《いわかべ》にもりあげた土の上にへばりついているのを、ハックに見せ、ベッキーとふたりで、さいごのほのおがようようときえていくのを、みつめていたときの話をきかせた。
 少年たちは、いいあわせたように小声になっていた。この場の静《しず》けさと、ものすごさに、心をおしつけられたからだ。やがて、ふたりは、トムのみつけたもう一つの道を進んで、あのがけにでた。ろうそくの光で見ると、ほんとはがけてなく、二、三十フィートほどのきゅうなねん土の坂道《さかみち》だということがわかった。トムはささやいた。
「さあ、いいものを見せてやるぜ、ハック。」トムは、ろうそくを高くあげた。「ずっとむこうのすみを見てみろ。わかるかい? そら、むこうのでっかい岩の上だよ――ろうそくの油煙《ゆえん》で書いたものさ。」
「トム、十字架《じゅうじか》だ!」
「おまえのさがしてる、〈第《だい》二|号《ごう》〉はどこだい? 〈十字架《じゅうじか》の下〉たあ、なんだっけ、おい? あすこんとこで、インジャン・ジョーがろうそくをぬっとつきだしたのを、この目で見たんだぜ、ハック!」
 ハックは、このなぞのしるしを、じっと見ていたが、やがて、声をふるわせて、ささやいた。
「トム、ここからでようや!」
「なんだって! 宝物《たからもの》をうっちゃってかい?」
「うん――うっちゃってだ。インジャン・ジョーのゆうれいがうろついてるぜ、きっと。」
「いや、そんなことあるもんか、ハック、うろつくとすりゃ、死《し》んだところだよ――ずっとむこうのほら穴《あな》の入り口だよ――ここから、五マイルもさきだぜ。」
「ううん、トム、そうじゃない。お金のそばをうろつくんだ。ゆうれいってもんは、きまって、そうするんだ。おまえだって知ってるじゃないか。」
 トムにも、ハックのいうことが正しいような気がしてきた。なんだか心配になってきた。が、とつぜん、うまい考えがひらめいた――。
「おい、おい、ハック。おれたちは、なんてばかなんだろう! インジャン・ジョーのゆうれいは、十字架《じゅうじか》のあるとこにはでてこないにきまってるじゃないか!」
 これは、よく急所《きゅうしょ》をついたことばだった。まさしく、ききめがあった。
「トム、おれは気がつかなかったよ。だけど、まったくだな。十字架があるなんて、えんぎがよかったな。そんならここをおりてって、あの箱をさがしにかかるか。」
 トムは先頭《せんとう》に立って、ねん土のがけに、手軽《てがる》な段々《だんだん》をきざみつけながら、おりていった。ハックもつづいておりた。その大岩《おおいわ》のそばのちょっとしたほら穴《あな》からは、四本の小道がでていた。ふたりは、その道を三つまでさぐったが、なにもみつからなかった。しかし、岩の根もとにいちばん近い道には、小さなへこんだところがあり、そこに毛布《もうふ》をしいた寝床《ねどこ》がみつかった。そのくぼみには、古ぼけたズボンつりがあったし、ベーコンの皮、かじりつくした鳥の骨《ほね》が二つ三つあった。でも、金貨《きんか》の箱《はこ》はなかった。少年たちはしきりにさがしまわったが、むだだった。トムはいった。
「やつは、十字架《じゅうじか》の〈下〉っていったっけな。それで、ここは、十字架の下にいちばん近いわけだけど、ま下というわけじゃないや。だって、岩ががんばってやがるもんな。」
 ふたりはもう一ど、そこらじゅうをさがしまわったあげく、がっかりして、こしをおろした。ハックには、いいちえがうかばなかった。やがて、トムがいいだした。
「おい、見ろよ、ハック。この大岩《おおいわ》のこっちがわのねん土の上にゃ、足あとや、ろうそくのたれたあとがあるけど、むこうがわにゃ、そんなものは一つもないぜ。こいつあ、なぜだろう? お金は、てっきり、この岩の下にあるんだぜ。おれ、土をほってみるよ。」
「わるい考えじゃねえぞ、トム!」
 ハックも、げんきになっていった。
 トムの〈ほんもの〉のバーロー・ナイフはすぐとりだされ、四インチとほらないうちに、すぐ板《いた》につきあたった。
「おい、ハック――この音がきこえるかい?」
 さあ、こんどはハックがほったり、かきだしたりしはじめた。何枚《なんまい》かの板切《いたき》れが、すぐあらわれた。これをとりはらうと、自然《しぜん》のわれめが大岩《おおいわ》の下にあって、ずっと下までつついている。トムはそこへからだを入れ、できるだけろうそくを持つ手をのばしてみた。が、「奥《おく》までは見えないぜ」といった。探検《たんけん》しようや、と、トムはいってのけた。そして、トムは身《み》をかがめて、中へはいっていった。自然《しぜん》の通路《つうろ》は、だらだらとくだりになっていた。トムはそのまがりくねった道を進んだ。はじめは右に、それから左に。ハックもすぐあとにつづいた。小さいまがりかどをまわったとき、トムがさけんだ。
「おい、ハック、見ろやい!」
 まさしく、それは宝箱《たからじま》だった。箱《はこ》は、こぢんまりした、ぐあいのよいへこみに、おさめてあった。すぐそばには、からの火薬箱《かやくばこ》、皮のケースにはいった銃《じゅう》が二ちょう、二、三|足《ぞく》の古いしか皮のくつ、帯《おび》が一つ、そのほか、したたりおちる水で、じっとりぬれた、つまらないがらくたがすこしばかりあった。
「とうとう、手に入れたぞ!」
 ハックは、つやのきえた金貨《きんか》に手をつっこんで、ザクザクやりながら、うなった。
「うわあ、おれたちは金持ちなんだな、トム!」
「おれはな、ハック、きっと、こいつが手にはいるとは思っていたんだ。なんだか、あんまりうまくいって、ほんとにできないくらいだが、とうとう、せしめたんだなあ、ほんとに! おい――ここらでぐずぐずしてはいられないよ。さあ、ひきずりだそうじゃないか。その箱《はこ》、持ちあがるかな。」
 それは五十ポンドほどあった。えっちらおっちらやれば、持ちあげられないこともないが、うまく運ぶというわけにはいかなかった。
「おおかた、こんなこったろうと思ったよ。あのばけものやしきでも、やつらは重そうに運んでたからな。おれはちゃんと気がついたんだ。小さいふくろ、思いついたのは、うまかったな。」
 金貨《きんか》は、いそいでふくろにつめられた。少年たちは、十字架《じゅうじか》の岩まで、それを運びあげた。
「銃《じゅう》なんかもとってこようか」と、ハックはいった。
「よそう、ハック――そいつはおいとこうや。おれたちが山賊《さんぞく》をやるときの、いいかざりになるもんな。あそこにおいといて、そのそばで、おれたちは酒宴《しゅえん》をやるんだぜ。このくらい酒宴《しゅえん》にもってこいの場所はありゃしないよ。」
「酒宴《しゅえん》ってなんだい?」
「知らないや。でも、山賊《さんぞく7》はいつでも酒宴《しゅえん》をやるんだぜ。だから、むろん、おれたちもやらなくちゃあな。さ、いこう、ハック。もうずいぶん長く、ここにいたぜ、そろそろくらくなるんじゃないかな。それに、腹《はら》もへっちゃった。早くボートにのって、食事をして、一服《いっぷく》しようよ。」
 まもなく、ふたりは、あのぬるで[#「ぬるで」に傍点]のしげみからはいだし、注意ぶかくあたりを見まわして、じゃま者がいないかたしかめた。それからすぐ、ボートにのって、たべたり、飲《の》んだりした。太陽が地平線《ちへいせん》にしずむころ、ボートをだして、こぎはじめた。たそがれのうすらあかりのただよう中を、トムとハックは楽しくしゃべりながら、岸《きし》にそってボートをすべらせた。上陸《じょうりく》したのは、くらくなってからまもなくだった。
「どうだい、ハック、このお金は、後家《ごけ》さんちのたきぎ小屋のやねうらに、かくそうじゃないか。あしたの朝、おれがいくから、そこでかぞえてわけようや。それから、森の中をさがしまくって、たしかな場所をみつけようよ。ちょっと、おまえ、ここで番しててくれよ。おれ、ひとっ走りして、ベニー=テーラーの手車《てぐるま》をちょいと借《か》りてくるからな。一分もかかりゃしないよ。」
 トムは、すがたをけしたと思ったら、すぐ車をひいて帰ってきた。金貨《きんか》のふくろを二つ積《つ》みこみ、上からほろをかぶせて、車をひいてでかけた。ウェールズ人の家のまえまできたとき、ふたりは立ちどまって、ひと休みした。そして、また動きだそうとしたとき、老《ろう》ウェールズ人がでてきて、声をかけた。
「おい、だれだね?」
「ハックとトム=ソーヤーだよ。」
「ほう、こりゃいい! さあ、わしといっしょにいくんだ。みんなで、おまえたちをさんざん待っているのさ。さあ――いそげ、さきにいきなよ――車はわしがひいてやろう。ふん、思ったより重いんだな。中はれんがか?――それとも古金《ふるがね》かな?」
「古金《ふるがね》だよ」と、トムが答えた。
「そんなこったろうと思ったよ。ここらの子どもは、六、七セントのもうけで、鋳物工場《いものこうば》へ古金《ふるがね》を売るのに、どうしてあんなにほねをおって、時間をつぶすんだろうな。ちゃんとしたまともなしごとをすりゃ、二|倍《ばい》も金がとれるのにさ。だが、こいつがまあ、人間というものなんだろうな――さあ、いそげ、いそげ!」
 少年たちは、なんのために、そういそぐのか知りたいといった。
「心配無用《しんぱいむよう》さ。ダグラスさんの家へいけば、わかることさ。」
 ハックは、びくびくものでいった。――というのも、長いあいだ、ぬれぎぬばかりきせられつけていたからだ。
「ジョーンズさん。おれたちは、なんにもしやしないんだよ。」
 ウェールズ人はわらいだした。
「そうかね、わしは知らんよ。わしは、そういうことはなんにもわからん。おまえとダグラスさんは、なかよしじゃなかったのかい?」
「うん、そりゃ、奥《おく》さんは、いつもしんせつにしてくれるよ。」
「それなら、けっこうじゃないか。なんだって、おまえ、そうびくびくするんだい?」
 この問《と》いの答えが、ハックののろい頭ではうまく用意できないうちに、ハックは、トムといっしょにダグラス夫人《ふじん》の客間《きゃくま》におしこまれていた。ジョーンズさんは、車を入り口のそばにおいて、あとからついてきた。
 客間《きゃくま》には、こうこうと、あかりがともり、村のおもだった人たちは、みんなそこにいた。サッチャー家《け》の人たちもいたし、ハーパー家《け》、ロジャーズ家《け》の人たちもいた。ポリーおばさんも、シッドもメァリーも、牧師《ぼくし》さんも、新聞《しんぶん》の編集長《へんしゅうちょう》もいた。そのほかおおぜい、みんな、とっときの晴れ着をきて、すましていた。未亡人《みぼうじん》は、こんなひどい顔つきかっこうの少年をむかえるのにしては、おどろくほど、心のこもった歓迎《かんげい》をした。なにしろ、このふたりときては、ねん土やろうそくの油煙《ゆえん》で、よごれほうだいだった。ポリーおばさんは、はずかしさのあまり、顔をまっかにして、まゆをよせ、トムにむかって頭をふった。しかし、だれがこまったにしろ、いちばんつらかったのは、それは、ふたりの少年だった。ジョーンズさんがいった。
「トムは、家に帰ってませんでしてね、わしはもう、あきらめていました。ところが、家のまえで、ハックといっしょにいるところにぶっかりましてね。なにはともあれ、大いそぎでつれてきたというわけで。」
「ほんとに、いいぐあいで、なによりでしたわ」と、未亡人《みぼうじん》はいった。
「さ、あなたがたは、わたしといっしょにいらっしゃい。」
 未亡人《みぼうじん》は、ふたりを寝室《しんしつ》へつれていった。
「さ、よく手足を洗《あら》ってから、きがえなさいよ。ここに新しい服《ふく》が二|着《ちゃく》あります――シャツから、くつしたまで、なんでも、ちゃんとそろってますからね。これはハックのよ――いえ、いえ、お礼《れい》なんていりません、ハック――ジョーンズさんがこれを買って、わたしがこっちを買ったのよ。きっと、ふたりとも、ぴったり、からだにあうでしょう。じゃ、きるんですよ。わたしたちは待ってますからね――きれいに身《み》じたくができたら、すぐおりてくるのよ。」
 未亡人《みぼうじん》はそういって、へやからでていった。

34 金貨ざくざく
 ハックがいった。
「トム、つながありさえすりゃ、ずらかれるんだがな。この窓《まど》は、たいして高かあないぜ。」
「ばかいうない。なんだって、ずらかりたいんだい。」
「うん、おらあ、ああいう人たちになれてないからね。やりきれないんだよ。下へいくの、やだよ、トム。」
「ちえっ! なんでもありゃしないよ。おれなんか、ちっとも気にならないや。おれが、めんどうみてやるよ。」
 シッドがあらわれた。
「トム、おばさんは、昼からずっと、きみを待ちつづけてたんだぜ。メァリーは、きみのよそゆきを用意するし、だれだってみんな、じりじりしちまったんだよ。なんだい、これ――服《ふく》についてるの、ろうそくと、ねん土じゃないか。」
「シッディーさん、こっちのことは、ほっといてもらいましょうかね。それにしても、この大宴会《だいえんかい》は、いったいなんだい?」
「なあに、ここの奥《おく》さんの、いつものパーティーさ。きょうのは、ジョーンズさんとむすこが、こないだの晩《ばん》、あぶないところを助《たす》けてくれたっていうんで、そのお礼《れい》の会《かい》だよ。それに――きみが知りたけりゃ、いいことを教えてやるんだがな。」
「えっ、なんだい?」
「今晩《まいばん》ね、あのジョーンズさんは、みんなをあっといわせるつもりなんだとさ。だけど、ぼくは、さっき、ポリーおばさんにないしょだって、話しているのを立ちぎきしちまったんだよ。なあに、いまとなっちゃ、ないしょでもなんでもありゃしないんだ。だれだって知ってるんだもん。――ダグラスおばさんだって知ってるんだよ、知らんふりをしてるだけの話なんだ。ジョーンズさんが、どうしても、ハックをここへつれてくるというんだ――ハックがいなくちゃ、そのすばらしいないしょ話というのが、うまくいかないんだよ!」
「ないしょ話って、なんだい? シッド。」
「ハックが、この家までどろぼうのあとをつけてきたことさ。ジョーンズさんは、みんなのどぎも[#「どぎも」に傍点]をぬいておもしろがるつもりでいるんだろうが、ぼくは、きっと、まるっきり気のぬけた話になってしまうと思う。」
 シッドは、いかにもまんぞくそうに、声をころしてわらった。
「シッド、おまえだな、それをしゃべったのは?」
「だれだっていいじゃないか。つまり、だれかが話したんだ――それだけのことさ。」
「シッド、そんなひきょうなことをするやつは、この村にはたったひとりしかいないんだぞ――それがおまえだぞ。おまえなんか、ハックと同じようなめにあったとしたら、こそこそ丘《おか》をにげだして、どろぼうのことなんぞ、だれにもいわねえだろ。おまえは、ひきょうなことっきり、できやしないんだ。そのくせ、だれかがいいことをして、ほめられると、だまって見ていられないやつなんだ。やい――ここの奥《おか》さんのいいぐさじゃないが、お礼《れい》はいらないよ、だ。」
 トムはシッドの耳をひっぱたき、さんざんけりつけながら、出口までひっぱっていった。
「さあ、いって、いえるもんなら、おばさんにいいつけてみろ――そのかわり、あした、ひどいぞ!」
 まもなく、ダグラス夫人《ふじん》のお客さんたちは、夕食《ゆうしょく》のテーブルについた。十二人ほどの子どもたちが、そのころの、そのへんの習慣《しゅうかん》にしたがって、同じへやの、小さいわきテーブルにつかされていた。ころをみはからって立ちあがったジョーンズさんは、短い演説《えんぜつ》をした。彼《かれ》はまず、自分とむすこたちが、この日|正客《せいきゃく》としてよばれた名誉《めいよ》を感謝《かんしゃ》したのち、しかし、ここに、もうひとり、きわめてけんそんな人があって――と、話しはじめた。
 これこれ、しかじか、と、せいいっぱいしばいじみた身《み》ぶりで、あの冒険《ぼうけん》でのハックの役《やく》わりを、洗《あら》いざらいにぶちまけたが、それによっておこったおどろきは、たいてい、わざとらしく、当然《とうぜん》あってもよかろうと思われるざわめきや、やんやのかっさいはおこらなかった。ただ、未亡人《みぼうじん》だけは、おおげさにおどろいてみせ、ハックに、ほめことばや感謝《かんしゃ》のことばをつづけざまにならべたてた。ハックは、お客さんたちぜんぶに見られ、ほめことばのまととなって、がまんできぬほどきゅうくつになり、新しい服《ふく》のきゅうくつで、着《き》ごこちのわるいことなんかわすれてしまったほどだった。
 未亡人《みぼうじん》は、ハックをこの家において、教育《きょういく》したいと思うといった。そして、お金のよゆうができたら、てきとうな商売《しょうばい》をやらせたい、ともいった。
 トムは、待ってましたとばかり、口をだした。
「ハックは、そんなことしてもらわなくともいいんです。ハックは金持ちなんですよ。」
 このゆかいなじょうだんをきいて、ほんとは大わらいしたいのに、おあいそわらいでがまんしたのは、ここに集まったお客さんがいっしょうけんめい、ぎょうぎよくしようとしたからだ。でも、だれもなんにもいわないのも、すこしぎごちないものだった。トムが、そのぎごちない沈黙《ちんもく》をやぶった。
「ハックは、お金をもうけたんですよ。みなさんは信《しん》じないでしょうけど、うんと、持ってるんです。ああ、わらわないでください――そうだ、見せたほうがいい――ちょっと待ってください。」
 トムは、おもてへとびだしていった。お客さんたちは、おどろいて、おたがいに顔を見あわせ――なにかききたそうに、ハックを見たが、ハックは口をつぐんで、ひとこともいわなかった。
「シッド、いったい、トムはどうしたんだろうね?」と、ポリーおばさんはいった。
「あの子は――あの子ときたひにゃ、まったく、わけがわからないよ。わたしゃ――」
 トムが重いふくろをしょって、よたよたしながら、はいってきたので、ポリーおばさんのこごとも、とちゅうできえた。トムは、テーブルの上に金貨《きんか》をぶちまけていった。
「ほら――ぼく、さっき、なんていった? これ、半分はハック、半分はぼくのだよ!」
 これを見た人びとは、いっせいに息《いき》をのんだ。みんな、じっとみつめたきり、しばらくは、口をきくものもなかった。そのときがすぎ、みんなは口々に説明《せつめい》をもとめた。ええ、やりましょうと、トムは説明《せつめい》した。話は長かったが、しんしんたる興味《きょうみ》にあふれていた。このあふれでる話のおもしろさを、とちゅうでさえぎる者は、ひとりもないといってよかった。話がおわると、ジョーンズさんはいった。
「わたしは、ちょっとばかし、みなさんをおどろかすつもりでやってきたのですが、こうなれば、とても問題《もんだい》にはなりません。この話にくらべたら、さっぱりだめですよ。かぶとをぬぎますよ、まったく。」
 さっそく、金貨のかんじょうがはじまった。総計《そうけい》一万二千ドルをちょっとこえていた。そこにいた人で、これより多い財産家《ざいさんか》は、二、三人いたけれど、こんな大金《たいきん》を一どに見たことのある者は、ひとりもいなかった。

35 紳士《しんし》のハック,山賊《さんぞく》のなかまにはいる
 トムとハックの思いがけないしあわせが、小さいセント-ピータースバークの村に、ひとそうどうもちあげたということは、読者のみなさんもよくおわかりのことと思う。あんなものすごい大金《たいきん》、しかもそれがみんな現金《げんいん》だとは、とうてい信《しん》じられないできごとといってよかった。よるとさわると、この話でもちきり、うらやましがり、ほめあげ、ついには、たくさんの人が、みょうにうわずって、頭がすこしおかしくなるというありさまであった。セント-ピータースバークや、近くの村々にある、あらゆる〈ばけものやしき〉は、一まい一まい、板《いた》をはぎとられ、土台《どだい》をほりおこされ、宝物《たからもの》はうずまってないかと、すみずみまであさりつくされた――それも子どもでなく、みんなおとな――しかも、中には分別《ぶんべつ》くさい、夢《ゆめ》なんか信じない連中《れんじゅう》もまじってである。トムとハックがすがたをあらわすや、ごきげんをとったり、ほめそやしたり、じろじろ見る者が集まった。これまでは、自分たちのいうことを重くみられたことがなかったのに、いまはなにをいってもめずらしがられ、みんなにつたえられた。それに、することなすこと、なにかたいしたことでもしているようにみられた。トムたちは、平凡《へいぼん》なことをいったり、したりできない人間になったように思われた。また、ふたりが過去《かこ》にしたこと、いったことが、すっかりほじくりだされ、たいした才能《さいのう》のあったことが発見され、村の新聞には、その伝記《でんき》のあらましが発表《はっぴょう》された。
 ダグラス未亡人《みぼうじん》は、ハックの金をあずかり、年六|分《ぶ》の利子《りし》がつくようにした。トムの金も、ポリーおばさんからのたのみで、サッチャー判事《はんじ》にまかされた。ふたりの少年は、こうしておどろくべき収入のある身分になった。つまり、一年じゅう、日曜日をのぞいて一ドルずつ、日曜日は半ドル、というこづかいをもらえた。それは、牧師さんの収入《しゅうにゅう》と同じだった――いや、牧師《ぼくし》さんがもらうはずの収入といったほうがいい――じっさいには、それだけのお金は集まらなかったからである。一週に一ドル二十五セントあれば、子どもを学校へやり、食費《しょくひ》をはらい、下宿させることもへいきでできた――だけではない、服《ふく》もきせられ、お湯にもはいれた、質素《しっそ》なときのことだった。
 サッチャー判事《はんじ》は、トムに大きなのぞみをかけはじめた。平凡《へいぼん》な少年だったら、とうてい、あのほら穴《あな》から娘《むすめ》のベッキーをすくいだすことはできなかったろうといった。ベッキーが、だれにもないしょとことわって、学校でトムが身《み》がわりになって、むちをうけた話をしたとき、判事《はんじ》は目をみはって感動《かんどう》した。ベッキーが、むちをさけるためについた、トムの大うそをゆるしてやってもらいたいとたのむと、判事《はんじ》は、それこそ、けだかく寛大《かんだい》で、りっぱなうそだ、と口をきわめてほめそやした――そのうそこそは、ジョージ=ワシントンがさくらを切ったおの[#「おの」に傍点]について正直《しょうじき》にいいきって、世の中にたたえられている真実《》《しんじつ》と肩《かた》をならべて、歴史《れきし》の街道《かいどう》を堂々《どうどう》と胸《むね》をはって行進《こうしん》するねうちのあるうそだ! と断言した。判事《はんじ》がへやの中を歩きながら、こういって、足をどんとふみならしたときほど、おとうさんが大きくりっぱに見えたことはない、とベッキーは思った。ベッキーは、いっさんにとんでいって、トムにその話をした。
 サッチャー判事《はんじ》は、トムが、大法律家《だいほうりつか》、または偉大《いだい》な軍人《ぐんじん》になる日が、いつかくるだろうと考えた。トムが、そのどちらかで偉大《いだい》な人間になるために、陸軍士官学校《りくぐんしかんがっこう》に入学し、さらに、アメリカ第一の法律学校《ほうりつがっこう》で勉強するよう、心がけていくつもりだといった。
 ハック=フィンは、その財産《ざいさん》と、ダグラス未亡人《みぼうじん》の保護《ほぼ》のもとにあるという身分《みぶん》のために、社交界《しゃこうかい》にむかえられた――いや、むかえられたのではない。ひきずりこまれ、おしこまれたのだ――ハックは、がまんできぬほど苦《くる》しんだ。ダグラス家《け》の召使《めしつかい》は、ハックを洗《あら》ったり、みがいたり、くしを入れたり、ブラシをかけたりした。夜になると、しみもよごれもてんでなくて、とっつきようもないしきふのベッドにおしこんだ。しみやよごれこそ、ハックの胸《むね》をおしつけ、なつかしく思うおなじみだのに。ハックは、ナイフとフォークで、食事をしなければならなかった。ナプキンやカップやお皿《さら》を使わなければならなかった。本も読まなくてはいけないし、教会《きょうかい》へいかねばならなかった。また、きちんと礼儀《れいぎ》正しく話さねばならぬので、ことばは口の中でしおれてしまう。どこをむいても、文明《ぶんめい》のさくと、手かせ、足かせが、ハックをとじこめ、ハックの手足をしぼりつけた。
 ハックは勇敢《ゆうかん》にも、三週間ほどこの苦《くる》しみにたえたが、ある日、ふいにすがたをくらました。未亡人《みぼうじん》はひどく心配して、四十八時間というものは、くまなくほうぼうをさがさせた。村じゅうも、大さわぎになった。人びとは、いたるところをもれなくさがし、川に網《あっみ》をうって、死体《したい》さがしまでやった。トム=ソーヤーは賢明《けんめい》にも、三日めの朝、いまは使っていない屠殺場《とさつば》のうらのあきだるを、一つ一つのぞいて、ついに逃亡者《とうぼうしゃ》をみつけだした。ハックは、そこを寝場所《ねばしょ》にしていたのだ。どこかでしっけいしてきた残飯《ざんぱん》の朝めしが、ちょうどすんだので、ごろりところかって、一服《いっぷく》つけているところだった。顔も洗《あら》わず、髪《かみ》の毛《け》にくしも入れず、自由で幸福だった日を思わせる、あのとっときのおんぼろ服にくるまっていた。トムは、そのハックをたるからひきだし、ハックの家出《いえで》がもとで、大さわぎになっている事情《じじょう》を話し、家に帰るよう説《と》きつけた。みるみる、ハックの顔から、のどかなまんぞくの色がきえ、ゆううつな顔つきにかわった。ハックはいった。
「それをいうなよ、トム。おれは、食ってみたんだ。でもうまくいかない。いかねえんだよ、トム。おれにゃ、性《しょう》にあわねえんだよ。なれてねえからな。後家《ごけ》さんはよくしてくれるし、しんせつだ。でも、ああいうやりかたは、とてもがまんできないんだ。な、毎朝、同じ時間におこされる。顔を洗《あら》わされる。それから、やたらに、ものすごく、くしでひっこすられる。やれ、たきぎ小屋でねちゃいけないの、やれ、きちんときろといっちや、あのいまいましい服《ふく》で、おれの首をしめつけらあ。まったく、わざと空気を通さないみたいに、息《いき》がつまるぜ、トム。なにしろ、あんまりりっぱすぎるせいかしらないけど、おらあ、すわることも、ねることも、ころがることもできやしないんだ。穴倉《あなぐら》の戸のとこで、すべってもいけないんだとよ――そうさ、おらあもう、何年《なんねん》もおしこめられたみたいな気がすらあ。そこへもってきて、教会《きょうかい》にいかなきゃいけませんよとくるだろう、あせだくだくだあ。――おらあ、あのぼうずの説教《せっきょう》てなあ、だいきらいだよ! それ、はえをつかまえちゃいけないの、かぎたばこをかじっちゃいけないの、といいやがら。日曜日は、一日じゅうくつをはかなければいけません、か。後家《ごけ》さんは、ものを食うのもベル、寝床《ねどこ》へはいるのもベル、おきるのもベル――なんでもかんでも、ああ規則《きそく》ずくめじゃ、とてもおそろしくて、やりきれないよ。」
「うん、でも、だれだって、そんなふうにやってるんだぜ、ハック。」
「そりゃ、べつに、どうってことはないさ、トム。おれはほかのだれ[#「だれ」に傍点]でもないもんな。おれはやりきれないんだよ。ああしばられちゃ、とても、たまらないや。おまけに、食《く》いものだって、ちっとも心配せずにわけなく手にはいるだろ  おらあ、あんな食《く》いかたじゃ、ちっとも食《く》った気がしないんだよ。つりにいくにも、おゆるしをもらう。およぎにいくにも、おゆるしだ――なにをやるんだって、おゆるしをもらわなくちゃならねえ。それに、いいことばをおっかいなさいだなんて、きゅうくつでやりきれるかい――おらあ毎日、やねうらへはいあがって、思いきりすきなことしゃべって、口をさっぱりさせたんだ。さもなきゃ、おらあ、とっくに死《し》んでるぜ、トム。後家《ごけ》さんは、おれにたばこをのませないんだぜ、でかい声をださせないんだぜ、ひとさまのまえじゃあ、あくびをしちゃいけないの、のびをするなの、かいちゃいけないのっていうんだぜ!」
 それから、ひどくいらいらし、いやでたまらぬという調子《ちょうし》で、
「ちきしょう、いまいましい、あの人はしょっちゅうお祈《いの》りをするんだぜ! おら、あんな女、見たことねえ。これがおんでずにいられるかい、トム――ええ、どうだい。それに、もうじき学校がはじまるだろう。すると、そこへいかなきゃいけないってんだよ――ヘっ、こいつあたまらねえや。おい、トム、金持ちになるってのも、さわぎたてるほどのことじゃねえぜ。苦《くる》しくって、苦しくって、ひやあせのかきどおしだよ。死《し》んだほうがましなぐらいのもんだ。なあ、このおんぼろのほうが、おれにゃあっているんだ。このたるが、ちょうどいいんだ。こいつとわかれるのは、なんてったって、いやだ。なあ、トム、こんな苦《くる》しいめにあうのも、金を持ったおかげなんだろ。さ、いいから、おれのわけまえを、おまえのといっしょにとっといてくれ。ときどき、十セント玉をくれさえすりゃ、いいや――それも、ちょくちょくでなくっていいんだぜ。おら、よっぽど手にはいりにくいもんでねえと、ありがたくもねえんだからな。――だから、おまえ、いって、後家《ごけ》さんに、おれのこと、そういってたのんでくれや。」
「なんだい、ハック、おれにはそんなことできないの、知ってるじゃないか。それに、わるいぜ。いつかは、おまえだって、やってりゃ、すきになるよ。」
「すきになる! そうか、――熱《あつ》いストーブの上に長いことすわってれば、ストーブがすきになるってのか。だめだよ、トム、おれは金持ちになりたかあないんだ。くぞ、いまいましい、息《いき》のつまる家になんか住みたくもない。おれのすきなのは森だよ、川だよ、たるだよ。こういうのから、はなれたくないんだ。ええ、ばかばかしい。おれたちには、銃《じゅう》もあるし、ほら穴《あな》だってあらあ。山賊《さんぞく》になるのにもってこいの道具《どうぐ》が、ちゃんとそろったてえのに、つまらねえことがおっぱじまって、だいなしになっちまったんだ!」
 トムは、そこへつけたした――。
「おい、ハック、おれは金持ちになっても、山賊《さんぞく》をあきらめやしないぜ。」
「へえ、ほんとかい、おまえ、それ、ほんきのほんきでいっているのかい? トム。」
「ほんきもほんき、ほんとのほんきさ。でもあれだぜ、ハック。おまえがちゃんとしたりっぱな人間でないと、山賊団《さんぞくだん》に入れてやるわけにはいかないぜ。」
 ハックのせっかくのよろこびも、すぐしなびた。
「入れてくれないんだって? おまえは、海賊《かいぞく》のほうには入れてくれたじゃないか?」
「ううん、あれはちがうんだよ。山賊《さんぞく》は海賊《かいぞく》よりも、もちっと高尚《こうしょう》な人間がなるんだよ――だいたい、そういうことになってるんだ。どこの国だって、おっそろしくりっぱな貴族《きぞく》になっておさまってら――公爵《こうしゃく》とかなんとかいうやつにさ。」
「ねえ、トム、おまえは、いつでも、おれにしんせつにしてくれたじゃないか。おれを、のけ者にする気はないんだろ、トム、そんなことする気かい? なあ、トム、のけ者にするのかよ?」
「ハック、おまえを、のけ者にする気なんかないよ、そんなこと思っちゃいないよ――だけど、世間《せけん》じゃ、なんていうだろ? こうだぜ、おい、『ふうん! トム=ソーヤー山賊団《さんぞくだん》か! 中には、だいぶん身分《みぶん》の低いのもいるようだな!』ってね。それ、おまえのことをいってるんだぜ、ハック。そいつは、おまえだって、気に入るまい? おれだって、いやだ。」
 ハックは、しばらく、だまっていた。心の中で、たたかっていたのだ。ついに、ハックはいった。
「うん、ひと月ばかり、後家《ごけ》さんちへ帰ってみよう。がまんできるかどうか、いっしょうけんめい、やってみよう。おまえの山賊団《さんぞくだん》に入れてもらえるようになれるかどうか、やってみるよ、トム。」
「ようし、ハック、すげえぞ! さあ、いこう。おれは奥《おく》さんに、もうちっと、やんわりやってくれるようにたのんでやるよ、ハック。」
「ほんとか、トム――ほんとにやってくれるのかい? ありがてえ。もしも、後家《ごけ》さんが、ちっとでもゆるめてくれたらな、そっとたばこをすえるし、そっとあくたれもいえるし、人ごみにもかけつけられるしな、そいでがまんできるか、やってみらあ。おまえ、いつ、なかまを集めて、山賊《さんぞく》になるんだい?」
「ああ、すぐさ、今夜《こんや》、みんなを集めて、結団式《けつだんしき》をやっていいな。」
「なにをやるんだって?」
「結団式《けつだんしき》だよ。」
「なんだい、そりゃ?」
「おたがいに助《たす》けあうちかいをする式《しき》のことさ。たとい、身《み》はこまぎれにされようとも、団《だん》のひみつは、ぜったいもらさぬとちかうんだ。それから、だれかなかまをきずつけるやつがあったら、そんなやつは、そいつの家族《かぞく》もろともぶったぎるって、ちかうんだぜ。」
「そいつは、おもしろい――まったく、すごくおもしろいぞ。」
「そうさ、おもしろいぞ。そして、そのちかいは、ま夜中にやらなきゃいけないんだぜ。できるだけさびしい、すごいとこをさがしてさ  ばけものやしきなら、もってこいだったのに、みんながめちゃめちゃにしちまったから、もうだめだ。」
「そうか、うん、とにかく、ま夜中はいいぞ、トム。」
「うん、そうさ。いいぞ。おまえも棺《かん》おけの上にのっかって、ちかいをたてるんだ。それから、血《ち》で名まえを書くんだぜ。」
「そいつあ、すげえ。ああ、海賊《かいぞく》よか、百万|倍《ばい》もすげえや。おらあ、骨《ほね》になるまで、後家《ごけ》さんちにへばりついててやるぞ、トム、もし、おれがりっぱな山賊《さんぞく》になって、みんなの評判になったら、後家《ごけ》さんだって、おれをひろいあげたってこと、じまんするぜ、なあ。」
[#4字下げ]むすびのことば
 この物語は、こうしておわる。これは厳密《げんみつ》な意味《いみ》での、ある〈少年〉の物語なので、ここでおわりにしなければならない。話をこれ以上進めると、〈おとな〉の物語に足をふみこむことになる。おとなのことを書く小説《しょうせつ》の作家《さっか》は、どこでおしまいにすればよいのかを、よく知っている――結婚《けっこん》でおわりにすればよいのである。が、少年の物語を書くときには、いちばんきりのよいところで、筆《ふね》をおかなければならない。
 この本の中で活躍《かつやく》した人たちは、たいていまだ生きている。ばかりでなく、みんな、りっぱに、幸福《こうふく》に暮《く》らしている。いつかまた、この若《わか》い人たちをとりあげて、どんなふうな男や女に成長《せいちょう》したかを、物語に書いてみるのも、まんざらでなく思う日がくるかもしれない。だから、いまは、彼《かれ》らの現在《げんざい》の生活《せいかつ》をあきらかにしないほうが、まずまず、かしこいやりかたのように思われる。[#地から1字上げ]〈おわり〉


《訳注《やくちゅう》》 かっこ内の数字は本文ページ
*長老派《ちょうろうは》(五三)キリスト教新教の一派で、当時この地方に勢力があった。
*ダユエル=ウェブスター(五四)アメリカ史上有名な雄弁家《ゆうべんか》、政治家《せいじか》(一七八二~一八五二年)。
陪審員《ばいしんいん》(七一)専門《せんもん》の裁判官《さいばんかん》でない人で、事件《じけん》の判定《はんてい》に意見をだす人。法律《ほうりつ》でえらばれる。
*トロイ(一八七)紀元前《きげんぜん》十二|世紀《せいき》ごろ、小アジアの西にあった小国で、スパルタの王妃《おうひ》ヘレネをめぐって、ギリシア諸国《しょこく》とたたかい、やぶれた。
*ウィリアム一世(一八七)元《もと》ノルマンディ公《こう》。一〇六六年イングランドを征服《せいふく》し、ノルマン王朝《おうちょう》をひらいた(一〇二七~八七年)。
コロンブス(一八七)イタリアの航海家《こうかいか》(?~一五〇四年)。一四九二年、大西洋を横断《おうだん》して、アメリカ大陸を発見した。
アメリカ独立戦争《どくりつせんそう》(一八七) 一七七五年、イギリス頷《りょう》アメリカが本国からの独立戦争《どくりつせんそう》をおこし、一七八三年に独立《どくりつ》して新政府《しんせいふ》をつくった。



 解説 吉田甲子太郎《よしだきねたろう》
 作者について 『トムトソーヤーの冒険《ぼうけん》』(The Adventures of Tom Sawyer)の作者マーク=トウェイン(Mark Twain)(本名サミュエル=ラングホーン=クレメンス)は、一八三五年、アメリカ中部のミズーリ州《しゅう》の、フロリダという村で生まれました。
 父のジョン=クレメンスは、いっぷうかわった人で、法律家《ほうりつか》でありながら商売をやったりして、土地の人からは「判事《はんじ》クレメンス」といわれて尊敬《そんけい》されていました。トウェインが四|歳《さい》のとき、一家はメキシコ湾《わん》にそそぐミシシッピ川のほとりの、ハンニバルというところにうつりすみましたが、ここが『トム=ソーヤーの冒険』の舞台《ぶたい》になったのです。
 トウェインが十二|歳《さい》になったとき、父のクレメンスがなくなりました。のこされた一家(母と五人の子ども)は生活にこまり、トウェインも印刷屋《いんさつや》の小僧《こぞう》になったりして、家計《かけい》を助けました。また、いちばん上の兄のオライオンが新聞を発行しはじめると、そのてっだいをして、兄の知らないうちに、おむしろい記事を書いたりしました。
 トウェインの母は、開拓者精神《かいたくしゃせいしん》にもえた、しっかりした人だったので、なんとかして子どもたちがりっぱな人間になってくれることをのぞんでいました。そこでトウェインは、この母の願《ねが》いをみたそうとして、十八|歳《さい》のとき家を出て、ニューヨークへ出ました。そして印刷工《いんさつこう》となって働いていたのですが、どうも自分の天職《てんしょく》とも思えず、フィラデルフィアに行ったりして、それからあちこちとうつり、放浪《ほうりつ》生活をつづけました。
 二十|歳《さい》のとき、当時流行の南米移住《なんべいいじゅう》の熱《ねつ》にうかされて、ブラジルへ行こうとして船を待っているうちに、ふとしたことから、ミシシッピ川の水先案内《みずさきあんない》になりました。マーク=トウェインというペンーネームは、水先案内《みずさきあんない》が川の深さをはかるとき、「二尋《ふたひろ》のところへしるしをつけろ!」とさしずする号令《ごうれい》のことばを、そのまま使っているのです。わが国の二葉亭四迷《ふたばていしめい》(明治時代《めいじじだい》の小説家《しょうせつか》。一八六四~一九〇九年)が、「くたばってしめえ!」とどなられたのを、そのままペンーネームにしたといわれるのと同じように、おもしろいペンーネームです。
 アメリカの南北戦争《なんぼくせんそう》(奴隷制度《どれいせいど》の問題からおこった、アメリカ南部と北部のあいだの内乱《ないらん》。一八六一土(五年)のあと、トウェインは新聞通信員《しんぶんつうしんいん》をしたり、鉱夫《こうふ》になったりしましたが、三十一|歳《さい》のとき、『とびがえるの話』をニューヨークの「サタデイ・プレス」という新聞に寄稿《きこう》して大評判《だいひょうばん》となり、一躍有名《いちやくゆうめい》になりました。
 その後『赤毛布外遊記《あかげっとがいゆうき》』(一八六九年)、『トム=ソーヤーの冒険《ぼうけん》』(一八七六年)、『王子《おうじ》とこじき』(一八八一年)、『ハックルベリー=フィンの冒険《ぼうけん》』(一八八四年)などの傑作《けっさく》をつぎつぎに発表して、アメリカの代表的作家《だいひょうてきさっか》となりました。その間、各地を講演旅行《こうえんりょこう》をして歩いたり、また、出版事業《しゅっぱんじぎょう》や活字《かつじ》組み立て機を作る仕事で失敗《しっぱい》した損失《そんしつ》をつぐなうために、世界の国ぐにを講演旅行してまわりました。
 そしてこのゆかいな作家マーク=トウェインは、七十三|歳《さい》の高齢《こうれい》で、コネチカット州《しゅう》のストームフィールドの自宅《じたい》でなくなりました。一九一〇年四月二十一日の夕がたでした。
 作品について 『トム=ソーヤーの冒険《ぼうけん》』が出版《しゅっぱん》されたのは、一八七六年のことで、この作品はアメリカ全土に、笑《わら》いのさざ波《なみ》をわきおこしました。なお本文庫版(上・下)は、その『トム=ソーヤーの冒険』の全訳です。
 イギリスの有名《ゆうめい》な作家サマセット=モーム(一八七四~一九六五年)もいっておりますが、トウェインの文学は、それこそアメリカ特有《とくゆう》のかおりをもっています。それまでヨーロッパの影響《えいきょう》を受けていたアメリカ文学が、トウェインによって、はじめて、アメリカ独特《どくとく》の文学をうちたてたといえるでしょう。
 アメリカの人びとがふだん用《もち》いていることばの中から、文章《ぶんしょう》を作りあげているということと同時に、やんちゃで、ユーモア好きで、冒険好きで、しかも純潔《じゅんけつ》な正義感《せいぎかん》の強いトム=ソーヤーや、ハックルベリー=フィン(『ハックルベリー=フィンの冒険』の主人公)のような、アメリカ人を代表《だいひょう》する性格《せいかく》を作りだしたことは、トウェインのてがらです。こんな痛快《つうかい》な少年たちは、アメリカ以外、どこにもいないでしょう。
『トム=ソーヤーの冒険』を読んでいると、いろいろ現実《げんじつ》にはありそうもないことがでてきます。つぎつぎと、息もつかせず、おもしろおかしい事件《じけん》が、めまぐるしく展開《てんかい》します。それに、トムたちやポリーおばさんは、いったい、毎日の生活の糧《かて》をどうして得ているのだろう? という疑問《ぎもん》がおこるでしょう。しかし、だからといって、これがすべてうそであるということはできません。むしろ、この作品の中にトウェインが描いている人間の気持ちは、おそろしいまでに真実《しんじつ》なのです。
 トウェインの時代は、文学《ぶんがく》の歴史《れきし》のうえからいっても、生活や人間のすがたをありのままに描くという、リアリズム(現実主義《げんじつしゅぎ》)の手法《しゅほう》は、まだあらわれてはいませんでした。ですからこの作品も、いまのべたように現実にはありそうもないことが、ロマンチックな手法で書かれているのです。けれども、作者《さくしゃ》トウェインは、自分が人間に対していだいている、豊かな、おおらかな愛情《あいじょう》で、よく人間の心の真実を見ぬき、そして、それを正しく表現することに成功《せいこう》しているのです。だからこそ、この作品が現実《げんじつ》ばなれをしているにもかかわらず、読者の心を強くとらえるのです。
[#地から1字上げ]〈解説・おわり〉