『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

「「怖かった。京アニ事件思い出した」 『少女革命ウテナ』監督に"盗作指摘"繰り返す女性に賠償命令 」――ふっと、『子供を殺してくださいという親たち』第1巻の「慎介」さんの例を思い出した。

「怖かった。京アニ事件思い出した」 『少女革命ウテナ』監督に"盗作指摘"繰り返す女性に賠償命令 - 弁護士ドットコム
いまから書くことは、ある種の作業仮説である。しかし、仮説がないと見えるものも見えてこない。

えらくなったグループで、そのなかで弱く見えるから狙われたのではないか。はっきり、そう思う。
アニメ産業は、1970年から数えて約50年の間に、あきらかに巨大化した。つまりえらくなったグループといえる。
しかし、なぜ幾原氏より庵野氏のほうがより強く攻撃されたのか?
wikiを見ずにニュースだけ検索してみたところ、幾原氏より庵野氏のほうが、いわゆる「ブイブイいわせている」状態である。だから庵野氏をさけたのではないか。つまり、幾原氏をなめたわけである。
楽していいおもいがしたい。だれかよりえらくなりたい。そして金がほしい。これが人間の中にある「野生のサル」だと思う。

『子供を殺してくださいという親たち』第1巻の「慎介」さんの例を思い出した。
原作の新潮文庫版『子供を殺してくださいという親たち』によると、「慎介」さんの例では、ストレス発散のための万引き、「慎介」さんは女性歌手へのストーカー行動、そして「飼ってかわいがっていた猫」「押川氏の助手の女性スタッフ」「職場でいちばん親切にしてくれた人」へのどうみても軽くない暴力行動があった。押川剛氏はこう書く。
「(暴力が)弱い者へ向かうのだ。そして不意打ちを食らわせるのも、結局は自分に自信のない慎介なりの、やり方だった。」

あとで情報が増えたら、また書き直すかもしれない。



それにしても、日本のアニメふくむサブカルチャー産業すべては、わたしはどうしてもぬぐえない違和感、断絶感がある。なんで自分たちがえらくなってしまったとはっきり認めないのか。はてなブックマークの)コメントをみても、はっきりわかる。それがどうしてもわたしには認めがたい。自分たちの目先の都合にあわせてえらいとみせたりえらくないとみせたりする。それって、結局ウソではないか? わたしは、日本のアニメに深入りしなくてよかったのではとつくづく思うことがある。作品のできははっきりいって関係ない。その「ウソ」をどうしても避けたかったように感じる。