『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

「中支戦線従軍日誌 ある通信兵の前線と銃後」(2009年、中村浩爾、文理閣)

○目次○

第一部 ある通信兵の日誌……中村數夫   027
 第一章 従軍日誌(一九三九年一〇月~一九四〇年三月)   029
 第二章 戦時日記(1) 一九四四年八月~一二月   106
 第三章 戦時日記(2) 一九四五年一月~四月   156
 第四章 回想―自叙録―   232
 第五章 回想―同窓会誌より―   281
第二部 語り継ぐこと  289
  第一章 前線と銃後―従軍日誌および戦時日記を読んで―……中村浩爾   291
    一 軍都広島と中国   291
    二 従軍慰安婦   293
    三 徴発   294
    四 掃討戦/匪賊/良民/宣撫班   295
    五 聖戦/紀元節/東方遥拝/八紘一宇   296
    六 前線と銃後   297
    七 挺身隊/突撃隊/学徒動員/産業戦士   298
    八 軍人勅諭   300
    九 点呼/再召集   301
   一〇 警報 302
   一一 民家分宿   303
   一二 配給と闇   304
   一三 隣組   305
   一四 情報統制/マインド・コントロール   305
   一五 知識人   307
   一六 物価/物資   310
   一七 原爆と建物疎開   310
   一八 永久平和   312
  第二章 大正生まれのロマンと限界……中村浩爾  316
    一 「赤勝て白勝て 紫も勝て」   316
    二 極東オリンピック補欠選手   317
    三 「福は内 鬼は内」   318
    四 内では鬼 外では仏   320
    五 金がないのは首がないのと同じ   320
    六 金を出せ!―100円亭主の悲哀   321
    七 恩給と傷病―マラリア罹患   321
    八 メーデーの弁当―早すぎた労使協調路線   322
    九 悠然として 南山を見る   323
   一〇 虎は皮を残す   324
   一一 灯火管制   325
   一二 乙種合格   325
   一三 張り子の虎と孫悟空   326
  第三章 平和への願い―翻刻・校正に携わって―   329
    親の世代から学んだこと……明美(數夫の長女)  329
    父の思い 父への想い……芽美(數夫の二女)   332
おわりに





○概要○
[従軍日誌]
[1939年]

10月19日~10月25日 漢口に到着(P034)。”府東一路”という場所を宿舎とする。10月25日まで宿泊。
10月25日~10月26日 「既済水廠」(給水施設)にて駐屯。同地および漢口地区右側を「警備」。付近には「山名」分哨、「黄家大湾」分哨、「姑嫂樹集」小哨、「トーチカ」分哨、「肖家地」分哨、「航望舩」分哨
10月26日~11月04日 黄家大湾で「勤務の見習い」(「警備」のことか?)。「既済水廠」と「黄家大湾」は5kmもはなれていないようだ。
11月04日~11月11日 再び「既済水廠」(P049より「水廠」であることが確定)
11月11日~11月17日 「肖家地」分哨にて「警備」
11月17日~11月18日 再び「既済水廠」(P052より漢水右岸とわかる)
11月18日 「久保隊」にて通信兵としての教育を受けよという命令をうける
11月19日 「羅家墩」での「検挙」に向かう。その日のうちに帰る
11月20日~11月30日 「久保隊」で通信兵としての訓練を受ける
11月22日 連隊本部で現役満期の申告式
11月30日~12月17日 中隊に帰る。その後、漢口付近で「警備」
12月17日~1940年02月05日 戦闘のため各地に移動。各地名の位置関係がわからないので、以下、日付順に通過した地名のみ書く。
[12/18]「河口鎮」→「花店」→[12/19]→「花園」→「隔蒲丹鎮」→「應城」→「途中の村々」→「楊家峯」→「應城」→[12/20]→「向家湾(?)」→[12/21]→「雷家場」→「羅家台」→「多家湾近くの部落」→[12/22]→[12/23]→「同行鎮」→「漢水(沿い)」→「多宝湾」→[12/24]→「「漢水左湾堤防」」→「向家湾」→「向家湾より雁門口の方向に自動車にて約四〇分くらいの部落」→[12/25]→「「雁門口」」→「陸家砦」→[12/26]→「漢口の堤防(?)」→[12/27]→「安陸」→「洋辛店(?)」→「楊家集」→[12/28]→「(新州に向かう)」→[12/29]→「新州」→「安陸」→[12/30]→「孝感」→「孝感縣」→「花園」→「王家店」→「楊家峯」→「広水駅」→「12/31」→「信陽(P068、電車)」→[01/01]→[01/02]→[01/03]→「二十里河」→「信陽」→[01/04]→「(出山店に向かう)」→[01/05]→「出山店(?)」→「袁砦」→「呂山」→[01/06]→「胡塞」→[01/07]→[01/08]→「小林店」→「信陽」→「東篁店」→「武勝関」→[01/09]→[01/10]→「広水」→「大款店」→[01/11]→「浙河」→[01/12]→「随縣城北城の中南門」→[01/14]→「列山中学の○○校舎」→「随縣城内」→[01/15]→[01/24]→「浙河」→[01/25]→「広水」→「01/26」→[01/27]→「雙河店」→「双楷鎮」→[01/28]→「漸水」→「陽平口」→「小河渓」→[01/29]→「花園」→[01/30]→[01/31]→「横店」→「[日+黄]陂(=「黄陂」?)」→[02/01]→「陳家湾」→[02/03]→「岐亭」→(引用)→「八里鎮」→「(「八里鎮」近くの)小部落」→[02/04]→「劉伏」→「陳家湾」→[02/05]→「黄陂」→「漢口」


[1940年]

1940年02月05日~02月21日 再び「漢口」にて「警備」
02月21日~03月14日 「長軒嶺」に移動して「警備」
03月15日~03月16日 「墨経湾北方の山」にて「討伐」。その後は「長軒嶺」に帰る。
03月16日~03月17日 「長軒嶺」にて「警備」。

1940年03月17日でこの従軍日誌は終わっている。

[戦時日記]
「突撃隊(勤労奉仕のようなものらしい)」「隣組」「空襲警報」「警戒警報」「配給「闇(闇市)」「不寝番」「常と不変」「(防空)壕」といった単語が出て来る。また、敗戦が近いころだからか、酒を飲む日が多いようだ。会社上層部に対する批判めいた記述もある。


○引用○
[従軍日誌]
P092~093

 二月三日
 四時半 岐亭着。此処にて 六時まで休憩。朝食を済ます。トラックの中は風冷く足先が冷えて生きた心地せず。
 六時 岐亭出発。雪の小路を行軍、各部落・各部落を掃蕩し 一四時過 八里鎮に到着。今度の掃蕩は各部落の男を殺し、部落を焼く。悲惨さ云はん方なし。八里鎮より進路を西南に転じ、一六時過ぎ、小部落に宿営。
八路軍―共産匪―の拠点急襲とのことでこの作戦となったらしいけれど、兵たちは部落掃蕩のスリルを満喫するため 見境のない行動を繰り返す。私の部下は通信兵に準ずるもので、戦闘員ではないと思い、発砲を禁じていたが、”皆がやるから、俺もやるんだ”と云った考え方で部落の老幼を銃殺した。]
 本日の掃蕩で敗戦国の悲惨さもさること乍ら如何に戦争と云うものが罪多きものであるかをしみじみと感ず。


※[]は日誌の記述者が後に加筆したもの。


○索引○
[従軍日誌]
030 何か白々しい感じ
032 姑娘
034 支那大陸への上陸第一歩を漢口に印す。
037 落伍者となる一因を作ったものと思われる。
039 以上の分哨を通ずる線の警戒隊として漢口警備に当る。
044 突如黄家大湾に至り申受をするようにと命令あり。
047 中隊に帰る
052 本日 大陸通信手として二〇日より一〇日間久保隊に行き教育 受けることとなる。
053 一一月一五日付で現役満期、引続き臨時召集の命令が出る。
054 R〔聯隊〕本部
055 便り
057 カフェーに行く 便り 上番 下番
058 本日 中隊に帰れとの事につき 一二時過 中隊に帰る 暴力団らしい男
060 自分は大隊本部無線通信班長として出動することとな
061 徴発 嫌な心地す
062 初めての戦闘で
064 多宝湾近くの部落に夜営の後
068 信陽にて、新年を迎ふ
070 慰安婦 便り 手紙
082 汪兆銘
083 結婚式
086 慰安婦
087 三十九師団
088 野戦郵便局
089 徴発
090 皆逃げて
092 便り
093 五〇日振りの“漢口”
094 手紙
099 長軒嶺到着
102 慰安所
103 首を切る 気持の悪いことおびただし 航空郵便 手紙


[戦時日記]
106 今日の新聞を見ると
107 会社顧問 右近司中将 警報 生ビールの配給券割当てなし 此の時勢に即しない会社の無気力さと 会社での防空訓練
108 女子挺身隊 空襲警報 
109 空襲警報 隣組
110 隣組 空襲警報 不寝番 新聞
111 配給の生ビールを飲んで 隣組
112 壮行会 畑に出て 隣組長常会 何時もの事乍らもう少し達見のある意見がない
113 新兵受領 定例隣組常会 焼酎と酒の招待 入隊
114 返信を求むる手紙来る 返答 不寝番 見送る
115 当分空襲がないので 借地の件につき了解を得 壕の土砂除けに出勤
116 土砂の山をトラックに積込み 相当激しい肉体労働だ 広島に向う ビール券三枚 点呼當日
117 西部第六部隊 酒二本 広島駅発
118 門司駅到着 兵隊来る
119 空襲警報 配給酒 万歳三唱して帰る 本夜は不寝番 配給のビール
120 九州地方の空襲は遠のいている
121 「ニューギニア及び南方事情」講演をきく 生ビール券二枚
122 “ビール券”
123 大々的防空訓練有り 社長の訓示有り
124 ビール券 ビール券二枚 組長常会 ビール配給券三枚 在郷軍人の調査のため行く予定なりしも職域分会加入のため出席せず
125 増産奨励金 ビール券二枚 生産突撃隊として現場に出場とのこと 「ノロ運び」 激しい労働 不寝番
126 在郷軍人の調書の回覧 在郷軍人会の連中の気が知れない
127 「ノロ運び」 酒を少々 少量の酒
128 小板の切断作業の手伝ひ 相当激しい労働
129 空襲警報 共に宿直
131 祭典費を更に隣組より 神事の俗化せざる事を望む 現場出勤 本日は不寝番なるため 配給の焼酎
132 積み替へ 相当きつい仕事 残りの焼酎一合 配給のビール ビールの配給券二枚
133 産業戦士 積み替への手伝ひ 何か馬鹿にされているやうで
134 石炭挺身隊
135 積替へ 疲れて 空襲警報 兵隊二名宿泊 本格的な防空訓練
136 防空演習 機械の運搬
137 限界迄達した
138 神風特別攻撃隊 担ぎ運搬
139 不審番 突撃隊
140 コップ一杯の酒 軍人勅諭の五ケ条を奉唱する事となった
141 ガラの運搬 突撃隊
142 空襲警報
143 黄銅棒を第四工場に運ぶ 石炭挺身隊
144 三角巾の使用法の訓練 召集解除者調査票 本日は突撃隊 不寝番なるため
145 押し糟運搬
146 空襲警報
147 押し糟《かす》を一一工場に運搬
148 黄銅棒切りくずの取片づけ 不寝番に服務す
149 不寝番交代 本夜勤務
150 防空壕工事 突撃隊 不寝番なるため
151 防空演習 突撃隊の予定なりしも取止めとなり 「野戦軍東隊」 空襲警報 生ビール一杯
152 突撃隊 生ビール二本 生ビール一本
153 買出部隊
154 ビール二杯 生ビールで一杯 豫算書編成 生ビール三杯
155 
156 屠蘇 隣組長 
157 負傷者 酒二升と生ビール五升
158 生ビール 空襲警報 生ビール四杯 生ビール四杯 ビール配給
159 突撃隊 生ビール一杯 突撃隊 二杯ひっかけ 石炭運び
160 ビール二杯 防空訓練 朝日の社説
161 突撃隊 兵隊宿営 隣組長 不寝番の勤務す
162 兵隊二名 自己の保身栄達のみを願ふが如きものが幹部になっている
163 この国賊が 物資は闇と云ひ 配給と云ひ 福券
164 ビール七合 配給雑感
165 闇に依て各人の個性が保てるだけの配給しかないとすれば即ち
166 生ビール二杯
167 舎監 闇が公然と暗黙の中に見過されている様では正直に暮している最も忠良な臣民が最も愚な臣民と云ふ事になる
172 ビール二杯
173 生ビール二杯
174 ビール二杯飲んで一升ビンにも詰めて 突撃隊 ビール一升
175 ビールの配給なし 部長が庶務課長を擲《なぐ》った ビール二杯
177 生ビール二杯 昨日の水槽埋め
179 ビールを一升
184 焼酎四合
186 ビールの残り
188 硫黄島
196 不寝番なるため
197 昇給辞令一七九円 少々馬鹿にして
200 横穴壕
203 名古屋空襲の報道を聞く 不寝番
204 天井板をはがせ 四尺位掘る 不寝番勤務
206 空襲警報
207 空襲警報
208 機銃掃射
211 空襲警報
212 焼酎の配給 隣組 既設の壕
214 酒と麦酒の配給
215 酒六合と麦酒一本
216 不寝番に服務す
217 壕堀り ビール一本 隣組
218 隣組の横穴壕 防空訓練 疎開
219 突撃隊員 不寝番に勤務せよとの事にて
221 「ルーズベルトの死去」
222 Hさんと鉄道にて情死(?)とのこと。 何たる事かとあきれてものが云へない
224 小生召集にて門司工場工作隊に入隊する豫定との事を ダラ幹
225 空襲警報 少量の焼酎
226 空襲警報
227 空襲警報 濁酒
228 濁酒 入隊近いので 休電日
229 空襲k〔警報〕
230 防空暗幕 小生に購買部に移動の旨申し渡さる。
231 酒を手に入れ

※本記事は「s3731127306の資料室」2015年01月31日作成記事を転載したものです。