2025-02-01から1ヶ月間の記事一覧

わたしは万博全部ボイコットします。金は一円もはらいません。そのうえで、命にかかわるかもしれないから団塊世代、というかお年をめした人全員に言っておくが、万博がこの60年で凋落しつづけていることを経験上みとめたうえで万博ボイコットしたほうがいい。年寄り排除運動、主役が誰かはともかく、あれは本気だ。

万博ボイコットの理由、一に生活保障、二がまだわからず、三に科学博物館に十分金を出すほうがさき 自分は時間と金をかければインターネットで必要な情報を入手できるから精神が若いと考えている人全員も理由をつけて万博ボイコット

建築物批評でまあまあ有名なものモーパッサンのエッフェル塔批判、なぜモーパッサンだけなんだ?

ボードレール、ゾラ、アポリネール、3人とも実力があるのに、建物批評、巨大人工物批評、巨大開発の批評があまり有名なものが出てこい。 ディドロは冤罪問題の批評やってたのに。

作家とスポーツ、作家とオリンピック、という研究はいちおうある。しかし、作家と万博、作家はなぜ万博や博覧会に幻滅したか、という研究はオリンピックのそれよりもっと少ない。いろいろ理由はあるが、やっぱり(反知性主義に気づかれないかたちで)知性主義は自己の限界がみえないものなんだとおもう。知性とあいまいな進歩主義、あいまいな自由主義のだらけた同居というべきか。わたしはそういうものに体質があわない。

200年の間の、万博と巨大人工物と巨大開発への批評のおとしあな なぜ万博は全角度から批判されないでただの巨大事業として批判されるのか? 実は印象派あたりからはっきり万博は展示のトップに君臨できなくなっている。

『【推しの子】』批評その3 第3巻の検討、のかわりに第3巻の検討の重要な部分と、海燕氏への返信の記事を以下に示します

https://s3731127306973.hatenablog.com/entry/2025/02/05/062926 https://s3731127306973.hatenablog.com/entry/2025/02/17/211619 https://s3731127306973.hatenablog.com/entry/2025/02/24/052406 付記 https://s3731127306973.hatenablog.com/entry/2025…

大崎事件、不当却下、司法のさらなる堕落

暗夜行路の最終盤の大山の山登りの場面と黄金風景はあるいみ対応している

そして神聖喜劇のはじめとおわりの海の場面

何度でも書かないといけないだろう。神聖喜劇の最初の読者はだれにすると考えていたか? そして大西巨人と東堂太郎が予想していただいたいの読者の姿とは、花田清輝あたりの助言でイメージを広げていたのではないか?

そうか、反体制運動でわかりやすさをつきぬけていわゆる言文一致までさかのぼってくみたてなおすつもりの人が少ないだけか。だったら現在の高等教育擁護論はやっぱり再構築すべきだ。

また書いてしまうが、わたしが戯曲人類館が気になるのは、あの変だが必要な日本語の裂け目のせいだったのか。高等教育うけてる人は日本語の裂け目になかなかきがつかない。梶村秀樹先生はいわゆる小説にくわしくなかったが、本物の流れの一つをたしかにみぬ…

小島信夫バーサス橋本治、たぶん橋本治が女を書けていることでは勝っている。「ふらんだーすの犬」の勝ち。つまり、後家の母の毒親になる強力さを小島信夫は書けなかった、といえる。

実は、別れる理由プラス寓話プラスなんとか子の手紙と桃尻娘は連載期間が近い。

わたしもえらそうなことを書いたが、「蝶のゆくえ」(橋本治)の異例の作者解説から逃げてきた時が何度かある。だから、えらそうなことはあまりいえない。ただし、正面から勝負して負けた時はごまかさなかったつもりだ。

作家が大ヒットしたらみんなハッピー、だったら小説なんて書く必要も読む必要もないのだ。わたしが挙げているのは太宰治のことだ。

考えてみれば、人間失格と斜陽(と、グッドバイ)はセットで論じられているところを、すくなくともわたしはみたことがない。 志賀直哉への愚痴めいたあれ、ひょっとして自殺直前に太宰治は「あ、これ、ここで自殺成功したら志賀直哉にもっとはっきり勝ったこ…

メモ 【推しの子】、やっぱりあの第3巻がはじめて問題があらわになった場面だった。黒川あかねが、「他者の不透明」にぶつかるのを作者が避けさせてしまった。そこが他者が自分とことなる意味で理解しがたい理由のはずであり、現代の問題の一つのはずだ。まあ、作者の人間観がそのぐらいせまい、と考えればそれですんでしまうのだから情けないが。

大西巨人、というより「神聖喜劇」だといったほうがいいか、過去のテキストを食い尽くすということから逃げてごまかしたのが、もしかしたらロスジェネの知られざる大きな罪だ、とわたしは考える。赤木智弘氏をはじめとした、

しかし、私の記憶だと多くの人が大西巨人氏をみてすげえ存在感のあるじいさんだと思わなかった、ということになるが、それじゃネット第一世代というかなんというか、そういう人たちの不戦敗になる、なんて情けない! しかも、大西巨人氏の作家をはじめたとき…

反万博記念企画、ともかく映像文化では金がなくて無理だから、活字文化の試合の審判役もやってみる。第一番の試合は、「巨大人工物という考えかたそのものバーサス岡本太郎バーサス橋本治」のみつどもえの試合だ! 審判役がふっとばされそうだが、とにかくやってみる価値がある。

他の試合は 橋本治バーサス小島信夫 志賀直哉バーサス太宰治、1948年の太宰治の死の直前にさかのぼって二人のバトルの続きを推測してみる。 三島由紀夫ビーバーサス大江健三郎はほかのひとがもうやってるか、、、 【推しの子】の欠陥バーサス書き手であり読…

腹が立ってきた! 夢洲開催の大阪万博がつまらなくなりそうなのをみとめるのはいい。おかしいのはそこでとまって、おかしいのはそこでとまって、「わたしが大阪万博に文句なしに買ったと言えるものをつくる!」と宣言しないこと。ええい、私1人でつくる!

もちろん他の人にも呼びかける。人間の不屈を具体化しないといけないときにこのざまだから、万博なんてサギにつけこまれるんだ。 「全力でやって志半ばで死にました」という最強のおち、というか墓碑銘がこっちにはある。そうしない一般人もインテリ反体制も…

つづき、場面09、かたやぶり弁護士が、アクアとルビーに、戸籍の違法入手を批判し、星野アイの伝説をまっとうにかきなおす準備のためのマスコミ公開用声明文をかかせる。2人分。

まず、この声明文で全部のファンをいますぐなっとくさせるなんて甘い考えは捨てさせる。 あくまでじゅんびだが、ぜったいにすじをまちがえてはいけない大事な準備だ。時間をかければ真実は味方する。逆に言えば、真実を武器にするには長い時間という舞台とい…

場面08のつづき、ブラックジャックを思いださせる弁護士のセリフ

(筋書きで失敗したら、また書き直せばいい。そのためのフィクションだら人生の訓練だ) (ストーカーが刺しにくる場面、べつの凶器をつかったもっと妥当性のある場面をおもいついたが、本気で実行する人がいそうなので書くのやめた) 弁護士、 戸籍の違法入…

つづき、場面04のつづきから、記者のグチを盗み聞きしたユーチューバーのプライバシー暴露

アクアとルビーに、すこしでも自分で判断できるように指導というか誘導というか、そうする。 DNA鑑定、星野アイのがわのDNAを手に入れるのがひどくむずかしい。顔の特徴の一致、いいのがれできる。 星野アイの活動空白期間、12年前だが、過去のB小町にきき、…

せりふだけいれず、情景とか場面の情報と、登場人物の内面を書いていく。わたしがシナリオを書くのが下手で恥ずかしいからでもあるが、一番の理由はセリフでイメージが固定されるのをふせぐためだ

ツクヨミ=探偵役、とする。正直、赤坂アカ氏がつじつまあわせで混乱していたため、ご都合主義になるが、なんとかギブアンドテイクの関係、返報性の法則はあうようにする。 それと、下手なシナリオだということはゆるしてほしい。そこは自分も気にしているか…

アニメ版【推しの子】、第二期最終回(宮崎県から帰った後)のあとの展開の、全員生還ルート。第一の案

この完結作品のやりなおしというアイデアのヒントになったのは、エヴァンゲリオンシリーズ、ではなく、橋本治の「桃尻娘」最終巻の「桃尻娘6雨の温州蜜柑姫」。この作品はどうも日本近代の閉鎖性のののりこえというとんでもなくでかい試みの一環であるらしい…

平野啓一郎氏の富士山、不滅の行為と破滅の回避、それがどんな偶然が支えているかを思考実験というよりも活字文化のなかの小説でやろうとしたこころみだとわたしは考えた。

万博批判と高等教育擁護論は、知識というか不屈の活字文化をひろいだして、一種の補欠選挙の票読みもやらないといけないことを覚悟しないといけないはずだ。わたしはもう覚悟した、のりかかった船というやつでもある。

【推しの子】、赤坂アカ氏ははっきり筋書きの主導権をてばなしてしまったようだから、わたしが仮に主導権をあずかって、アクアの助かる筋書きをつくってみようと思う。あそこまで批判的に書いたならば、そこまで徹底的にかいたほうがいいと判断した。

『【推しの子】』にたいして、そうとうきつい批判をしたが、たしかにわたしの案が、日常の論理というかそういうものからはみだしていて、私じしん不安がある。この案自体にも不安の根拠はあるわけだが。

『【推しの子】』の展開のなにがアクアに××××させたか?

ネタバレありです。 この記事は海燕さんの以下の記事への返信という前提でお読みください。 https://note.com/kaien/n/na7c87003420a?after_purchase=true とくに、以下の部分への批判的です。 「 ただ、同時に『AIR』は「ただのメリバ」ではないとはいえま…

岡本太郎氏が自分の絵の上に別の絵を描いたということが何度もあったことがわかっている。これを岡本敏子氏はみたことがあるはずだ。どうおもったのか、ほぼまちがいなく「ああ、そう(当然ね)」で終わったとおもう。岡本敏子氏ならそういうとおもう。

知性には、巨大制作物に徹底して厳しい注文をつける、という大仕事がまだのこっている。それは万博のレガシー論なるくだらないものよりはるかに広く深い問題だ。なぜそれを知性側がさぼるのだろう。わたしはさぼっているようにしかみえないし、それなら許す気もない。私一人でも巨大制作物の注文の歴史にたって考えることにする

もちろん、注文内容を徹底して考えたら、あいまいな自由主義(つまらないものだ)以外で、巨大制作物の注文などほんとうにまったくなにも必要ない、という結論だってありうる。それならそれでやるべき注文などないと行動するだけのことだ。

岡本太郎はピカソの「ゲルニカ」を「西洋絵画の歴史に終止符を打ったといってもいい。そのぐらい評価する」といった。いまわたしはいう。「岡本太郎の「太陽の塔」は、人類の巨大制作物の歴史に終止符をうった。そのぐらいわたしは、太陽の塔を評価する」

巨大制作物自体が持たないといけない、常設できることという制約が理由の一つだ。そして、夢洲の大屋根は、常設できるという条件を詐欺によって捨ててしまった。これは制作の歴史に対する巨大な侮辱だ!

他者を理解する方法、F先生は理知的な人で理知的に自他をつなぐ、それがよくでているのが「ゆうれい城へひっこし」「ハロー宇宙人」の2作だ。セリフの展開が苦労のあとをみせない名人の芸当だ。しかし、理知的にすぎる。現代においてそれが欠点になっている。持続力のなさともみえてしまう。

「くださいなおしろいっこ!」 「おしまいまではなしをきけっ!」