『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

ナチスドイツが、たとえば「レイプオブワルシャワ」をおこさなかったのはなぜか?

ナチスドイツがヨーロッパ各地を占領したことは有名である。悪名高い「アウシュビッツ」も、ポーランドの「オシフィエンチムAuschwitz(市)」のドイツ語読みである。ちなみに、オシフィエンチムワルシャワよりずっと南、隣国スロバキアと近い。
さて、ナチスドイツはレイプオブ南京のように、「レイプオブワルシャワ」などの大量強姦の戦争犯罪を起こしたという記録はない。ナチスドイツは、パリ・アムステルダムオスロベオグラードなども占領したというのに、である。
なぜだろうか?
私は、レーベンズボルン(生命の泉)があったのが一つの理由では、と考えている。
レーベンズボルンについては、こちらを参考にしてほしい。簡単に言えば、「育児施設の皮をかぶった”優秀なアーリア人血統”製造工場」である。

Lebensborn – Wikipedia

強姦とは、性欲の皮をかぶった支配欲である。嘘だと思うならば、その辺の布団を丸めて人間サイズの大きさにして、「ごっこ遊び」をしてみればいい。決して欲望は満たされないはずだ。
それになぞれば、生殖による”血統”拡大もまた、支配欲そのものである。ナチスドイツが「優秀な”血統”を生産・拡大する」という発想を公式・非公式に強固にもっていたことは、ナチスドイツ下のドイツ人などの性意識を考える重要なピースの一つだと思う。
ただし、歴史的事実をつきあわせるかぎり、ナチズムにおいて「”血統”拡大の強固な欲望」と「占領地での大量強姦」がなかったという事実の関係性は、注意深く検証すべきであろう。レーベンズボルンの設立は1935年(ヒムラーなどが主導)、それから占領地各地に拡大した。ただし、ドイツ国籍の男女間だと子どもは5000人を超えなかった一方、ドイツ国籍男性とノルウェー国籍女性の場合だと8000~12000人の子どもが「育成」されたと記録上わかっている。レーベンズボルは非公式だったようで、ナチスドイツ下のドイツ人はこの施設のことをよく知らなかったようだ。これらを考えると、簡単に直結させることは難しい。
また、収容所での強制売春問題もある。ただし、収容所施設の数に対して、この強制売春施設の数はずいぶん少ないように思われる。私の調査不足かもしれないが。

Lagerbordell – Wikipedia

旧日本陸海軍やユーゴスラビア内戦での事例の分析とくらべると、件数は確かに少ないようにも思われる。これは私の今後の調査課題である。



……私がなぜこの問題について書こうと思ったかというと、一つには天皇制と「日本民族」とされる集団の性質の問題がある。敗戦後の天皇の位置というのは、日本民族とされる集団の、血統上の代表」なのである。ここが元首を大統領とする、大統領制などとの決定的なちがいである。また、ほかの王政でも、「血統上の代表」という自己規定はほとんど行われていないだろう。英国王室を思い出せばいい。
これは私の勝手なでたらめではない。日本国の法律・戸籍法を忠実に解釈すればこう書くしかないのである。詳しくは、遠藤正敬氏の『戸籍と無戸籍ー「日本人」の輪郭』(2017年、人文書院)を参照してほしい。非常に刺激的な本である。
今この本が手元にないのであるが、この本に収録されている興味深いエピソードを紹介したい。
1980年代に、皇族(秋篠宮だったか?)を招いて、日本人の南米移民を記念する大規模な式典をした。このとき、「故郷とのつながりを確認したい。できれば、故郷に一度帰ってみたい。」という一世・二世の要求が多数なされた。この皇族や「日本」の役人たちは、その場では否定的な返事はしなかったが、結局大した対応をすることができなかった、という。二世、というと、血統上まちがいなく日本人(一世)の男女間の子どもも多数いたことだろう。しかし、南米に在住している、というだけで、いわば「端っこの”日本人”」あつかいになってしまったわけである。
私は何も、血統主義を徹底させよ、と言いたいわけではない。ただ、”日本人”とは何か、というのはよくよく考えてみれば、ちっとも明らかではない、ということを言いたいのである。
よく、「敗戦から70年、日本人はまったく変わっていない。天皇崇拝がその証拠(の一つ)だ!」と言われることがある。悪質性については基本的に同意するが、ある意味においては同意できないところがある。現在の天皇制は、というよりも、「日本人という観念」は、もっと危険な変容をしつつある、というのが、私の判断だからだ。
天皇制、というのが意思決定上、根本的な不合理をかかえこんでいるのは有名な話だ。なにしろ、個性をもってはいけない天皇という地位が最終決定をしないといけないのだから、すぐれた(個性的な)意思決定をすることができないのは当たり前である。この点については、『昭和天皇の戦争 「昭和天皇実録」に残されたこと・消されたこと』(2017年、山田朗岩波書店)を参考にしてほしい。非常に実証的な
問題なのは、多少軍事のことを知っている極右・親右翼人士は、おそらくこのことを無意識にせよわかっている、ということだ。では、この人たちはどうするのか。「天皇に、徹底的に合理的に考えられるスタッフをつけて、天皇には決済だけさせればいい」と考えるだろう、と私はみている。この「徹底的に合理的に考えられるスタッフ」はどういう存在だろうか。マスコミやインターネットでは、「神軍師!」ともてはやされる存在だろう。私に言わせれば、そんな”存在”は文字通りの怪物、モンスターなのだが。なぜって? この、「合理的に」というのがくせものなのである。論じると長くなるが、簡単に書けば、一つには、「歴史的レベルの予想外な事態に対応しきれる人間を、あらかじめ用意することは、人間には原理的に不可能だ」ということである。これは徹底的な血統操作をしようが教育を含めた徹底した育成環境操作をしようが、絶対に原理的に不可能である。それは、たとえば幕末期に活躍した人々の伝記をみればすぐわかる。むしろ、いくつもの過酷な経験を経て、かつ、何らかの運に偶然にもめぐまれた人たちが歴史の表舞台に浮かび上がっていった、というのが歴史の事実である。この人たちをただ賞賛しろ、というのではない。そういう予測の外にある人々、という事実が大事なのである。
私が1980年代以降の「サブカルチャー」に根本的な不信感をぬぐえない理由の一つには、文化がこの「予想外」の驚きと恐ろしさをしめだしてしまったのではないか、という問題意識がある。近年の「シン・ゴジラ」にしろ「幼女戦記」にしろ、「”合理的なスタッフ”さえいればなんでも解決できる」という、そういう異様な錯覚を、文化側が”夢見ている”のではないか、そんな危険性を私は感じる。



(まとまりのないものになりました。後で原稿を書き直すかもしれません。)