『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

「アンナ・カレーニナ」7-01~7-05(『世界文學大系37 トルストイ』1958年、米川正夫による翻訳、筑摩書房)

[#2字下げ]第七編[#「第七編」は大見出し]


[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

 レーヴィンはもう足掛け三ヵ月モスクワで暮していた。この方面のことに詳しい人たちの、正確無比な計算で予定されていたキチイの分娩の時期は、とっくにすぎてしまった。彼女はいぜんとして、大きなお腹をかかえていたが、どう見ても、二月前より今のほうが産期に近いとは思われなかった。医師も、産婆も、ドリイも、またとりわけ、だんだん迫ってくる出来事を恐怖の念なしには考えることのできなかったレーヴィンも、焦燥と不安を感じはじめた。ただキチイばかりはおちつきはらって、幸福な気持でいた。
 今や彼女は未来の、いな、ある程度すでに現在の赤ん坊にたいする、新しい愛情の誕生を、自分の内部にはっきりと感じて、愉楽の念をいだきながら、その感じに耳を傾けていた。赤ん坊はもはや完全に彼女の一部分ではなく、ときには彼女から独立した自分の生活で生きていた。彼女はそのために、しばしば痛みを感じさせられたけれども、同時に奇妙な新しい喜びに、笑いだしたくなるのであった。
 彼女の愛する人々はすべて身近にあり、だれもが彼女に優しくして、いろいろせわをやいてくれ、万事につけて気持のいいようにばかり仕向けてくれたので、もしこれがまもなくおしまいになるということを承知もせず、感じもしなかったら、彼女はこれ以上たのしく、気持のいい生活を望むこともできなかったであろう。ただ一つこのすばらしさをそこなうものは、良人が自分の好きなような良人、つまり、田舎にいた時分のような良人でなくなったことである。
 彼女は、田舎にいたころの良人の、おちついた、優しい、客好きの態度が好きであった。ところが、都会へ出て来てからは、おちつきがなくなって、ひょっとだれかが自分を、ことに妻を侮辱しはしないかと恐れてでもいるかのように、いつも警戒しているようなふうであった。あの田舎にいたころは、明らかに、自分がおのれの位置にいることを心得ていたらしく、どこへも急ごうともせず、何か仕事をしていないときはなかった。ところが、この都会へ来てからは、まるで何か仕落しはせぬかと恐れてでもいるように、始終せかせかしていたが、そのくせなにもすることはないのであった。で、彼女は良人が気の毒になった。ほかの人にとっては、彼は決してみじめな人間には見えなかった、それは彼女も承知していた。それどころか、キチイは人々の中にまじったとき、愛する人が他人にどんな印象を与えるか確かめようと思って、他人でもながめるように、嫉妬を感じはしないかと恐れさえいだきながら、良人をながめたけれども、彼はみじめでないどころか、魅力さえもっていた。りっぱな紳士らしい態度、婦人にたいしていささか旧式ではあったけれども、内気らしいいんぎんな応対ぶり、たくましい風采、特に表情に富んでいる、と彼女には思われた顔などの魅力である。しかし、彼女は良人を外面からではなく、内部からながめていた。彼女は、良人がここでは本当の良人でないことを見てとった。それよりほかに、彼女は良人の状態を定義することができなかった。ときには、良人が都会で生活するすべを知らないのを、心の中で非難した。が、またときには、ここで満足がいくように生活を築くのは、まったくむずかしいことだと自認するのであった。
 事実、彼に何をすることがあろう? カルタを闘わすことは嫌いだし、クラブへも出入りしない。オブロンスキイのように陽気な男連中と交際するのが、どういうことを意味するかは、今では彼女にもすでにわかっていた……それは酒を飲んだうえに、どこかへくりだすことであった。そういう場合、男がどこへ行くかを、彼女は恐怖の念なしには考えることもできなかった。では、社交界に出入りするか? しかし、そのためには、若い女との接近に満足を見いださなければならないのは、彼女にもわかっていた。が、それは彼女として望むわけにいかない。では、家にいて、自分や、母や、姉たちと時をすごしたらいいか? しかし、キチイにとって、いつもいつも同じ話、老公爵の『アリーナ・ナージナ』と称する姉妹同士の話が、どんなに気持がよく楽しかろうと、良人にとって退屈なのは、彼女にもわかっている。では、そのほか良人にとって何をすることがあろう? 自分の著述の続きを書くことか? 彼はこれもやろうとしてみた。はじめは図書館へ通って、自分の著書のために調べや書抜きをしたが、妻に話したところによると、彼は何もしないでいればいるほど、ますます暇がなくなるのであった。のみならず、彼はこんなことまで妻に訴えた。彼はここであまりたくさん、自分の本のことをしゃべりすぎたので、思想がすっかり混乱して、興味を失ってしまったのである。
 この都会生活のありがたさの一つは、ここへ来てから、夫婦のあいだに一度もいさかいの起らないことであった。それは都会生活の条件が別なためか、それとも夫婦が二人ながらこの点で用心ぶかくなり、分別がついてきたためか、都会へ越してくるときあれほど心配した、嫉妬がもとの夫婦喧嘩は、モスクワでは少しももちあがらなかった。
 この点で、二人にとってきわめて重大な、とさえいえる一つの事件が起った。ほかでもない、キチイとヴロンスキイの出会いである。
 キチイの名付け親である老公爵夫人、マリヤ・ボリーソヴナは、いつもひどくキチイをかわいがっていたが、ぜひとも彼女に会いたいといいだした。キチイは身重の体なので、どこへも行かないことにしていたが、父親とともに、この尊敬すべき老夫人を訪問して、そこでヴロンスキイに出会ったのである。
 この対面のとき、キチイはその文官服姿のうちに、かつてあれほど親しかった顔かたちを見分けたとき、思わず息がつまりそうになり、血が心臓にどっとおしよせて、自分でもわかるほど、顔が真赤になった。彼女があとで自分を責めることができたのは、ただそれだけであった。しかし、それはただ数秒のあいだのことであった。わざと大きな声でヴロンスキイと話していた父親が、まだ話を終らぬうちに、彼女はもうすっかり、ヴロンスキイを見る心がまえができていた。もし必要とあらば、公爵夫人マリヤ・ボリーソヴナと話したのと同じように、彼と言葉をかわすことさえ辞さなかった。何よりもかんじんなのは、言葉や調子や微笑のはしばしまでが、良人に良しと見られるように話す自信があった。彼女はこの瞬間、目に見えぬ良人の存在を自分の上に感じていたのである。
 キチイは彼と二三言葉をかわし、彼が『われわれの議会』と称する選挙のことで、冗談話をしたとき、おちついた微笑さえ浮べたほどである(洒落《しゃれ》を理解したしるしに、微笑することは必要であった)が、すぐさまマリヤ・ボリーソヴナのほうへくるりと向いて、彼が立ちあがって別れのあいさつをするまで、一度もそのほうを見なかった。けれども、そのとき彼女はヴロンスキイのほうを向いたが、それは明らかに、相手がおじぎをしているのに、そのほうを見ないのは失礼であるからにすぎないらしい。
 彼女は、父がヴロンスキイとの出会いのことを、ひと口もいわなかったのにたいして、父に感謝の念をいだいた。しかし、この訪問をすまして、いつもの散歩をしているあいだ、特別やさしい態度を見せたことによって、彼女は父が自分の態度に満足しているのを悟った。彼女はわれながら満足であった。ヴロンスキイにたいする以前の感情を、どこか心の奥のほうにおさえて、まったく無関心なおちついた様子を見せる、いや、本当にそういう気持でいる力が自分にあろうとは、彼女も自分で思いがけないほどであった。
 公爵夫人マリヤ・ボリーソヴナのところで、ヴロンスキイに会ったということを、妻の口から聞いたとき、レーヴィンは彼女よりもずっと赤くなった。彼女としては、良人にそのことをいうのは骨が折れたが、その出会いの顛末《てんまつ》を話しつづけるのは、もっと骨が折れた。というのは、彼がそれを聞こうとせず、むずかしい顔をして、妻を見つめているばかりだったからである。
「あたしはね、あなたがその場にいらっしゃらなかったのが、とても残念ですわ」と彼女はいった。「いえ、あなたが部屋にいらっしゃらなかったことじゃないのよ……あなたがそばにいらしたら、あたしああしぜんな気持でいられなかったと思うわ……あたしいまのほうがずっと赤い顔をしていますのよ、ずっと、ずっとよけいに」涙のにじむほど顔を赤らめて、彼女はいった。
「つまりね、あなたが隙間から見られなかったのが残念なの」
 キチイの正直な目つきによって、彼女が自分で自分に満足していることを、レーヴィンは見てとった。で、彼女が赤い顔をしているにもかかわらず、すぐに安心してしまって、いろいろのことをたずねはじめた。彼女のほうでも、ただそれのみを望んでいたのである。なにもかも聞いたとき――キチイがはじめの瞬間は赤くならずにいられなかったけれども、その後は、ただ偶然出会った人にたいするときと同じように、すっかり平気で楽な心持になった、というようなデテールまで聞いたとき、レーヴィンはすっかり浮きうきしてしまって、それはじつにうれしいことだ、もうこれからは自分も選挙のときのように、あんなばかなまねはしない、今度ヴロンスキイに会ったら、できるだけ親しい態度をとるようにつとめよう、といった。
「出会うのも苦しいような人、ほとんど敵ともいうべき人がどこかにいる、そう考えるほどいやなことはないからねえ」とレーヴィンはいった。「これで僕も本当に、本当にうれしい」

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

「では、後生ですから、ボールさんのとこへよってちょうだいね」午前十一時、レーヴィンが家を出る前に妻の部屋へよったとき、キチイは良人にむかってこういった、「あなたがクラブで食事をなさるのは、あたしも知っていますわ、パパがあなたの分も申しこみなすったから。でも、昼のあいだはどうなさいます?」
「僕はカタヴァーソフのところへよるだけだ」とレーヴィンは答えた。
「なんだってそんなに早く?」
「あの男がメートロフに紹介するって、約束したもんだから。僕、自分の仕事のことで、メートロフと話がしてみたいのだ。その人は、ペテルブルグから来た有名な学者なんだよ」とレーヴィンはいった。
「ああ、そうそう、あなたはその人の論文を、たいへん賞めていらっしゃいましたわね。で、そのあとは?」キチイがたずねた。
「それから、もしかしたら、姉さんの事件で裁判所へまわるかもしれない」
「音楽会は?」と彼女はきいた。
「一人で行ったって、しようがないじゃないか!」
「いいえ、いらっしゃいよ。今日は新しい曲がいろいろあるそうですから……あなたいつも、興味をもってらしたじゃありませんの。あたしだったらぜひともまいりますわ」
「まあ、いずれにしても、僕は食事の前にちょっと家へ帰るよ」と彼は時計を見ながらいった。
「フロックを着ていらっしゃいね、そのまますぐボール伯爵夫人のとこへ、おまわりになれるように」
「いったいそれはどうしても必要なのかね?」
「ええ、どうしてもよ! あちらからも来てくだすったんですもの。ねえ、なんでもないことじゃありませんか? ちょっとよって、腰をかけて、ものの五分間もお天気の話か何かして、それから立って、お帰りになればいいんですもの」
「いや、おまえには想像もつかないだろうが、僕は長くそういうことから離れていたので、そのなんでもないことに、気がさしていけないんだよ。だって変じゃないか? 縁もゆかりもない人間がやって来て、坐りこんでさ、なんの用もないのに尻を据えて、こっちも迷惑なら、ご当人も気が気じゃない、そのあげくのはてに、ぷいと帰ってしまう」
 キチイは笑いだした。
「だって、あなたは独身時代に、訪問なすったんでしょう?」と彼女はいった。
「するにはしたけれど、いつも気がさしてしようがなかったんだ。ところが、今はそういう習慣から離れてしまったものだから、まったくのところ、そんな訪問をするよりも、二日間めしを食わないでいるほうが、ましなくらいだ。じつに気がさしてかなわん! なんだか先方が腹をたてて、おまえはなんだって用もないのにやって来たんだ? といいそうな気がしてしかたがないのだ」
「いいえ、腹なんかたてやしませんわ。それはもうあたしが請けあいますわ」笑い笑い、良人の顔を見ながら、キチイはそういった。彼女は良人の手をとった。「では、さようなら……本当にお願いだから、行ってちょうだい」
 彼は妻の手に接吻して、もう出て行こうとしたとき、彼女はそれを呼びとめた。
コスチャ、じつはね、あたしの手もとに、もう五十ルーブリしか残っていないんですのよ」
「ああ、そうか、じゃ銀行へよってとってくるよ。いくら?」妻にはなじみの不満げな表情を浮べて、彼はこういった。
「だめよ、待ってちょうだい」と彼女は良人の手をとって、ひきとめた。「よくお話しましょう、あたし気になるんですもの。あたしは何一つむだ使いしていないつもりなのに、お金がどんどん出ていってしまうんですもの。何かしら、あたしたちのやりかたが悪いんでしょうか?」
「いや、決して」軽く咳ばらいして、上目づかいに妻を見ながら、彼はこういった。
 この咳ばらいを彼女はよく知っていた。それは、彼がひどく不満なしるしなのであった。が、その不満は妻にたいするものではなく、自分自身にたいするものであった。彼は事実不満なのであった。しかし、それは出費がかさむからではなくて、何かぐあいの悪いところがあると承知しながら、忘れようとしていることを、思い出させられたからである。
「僕はソコロフに麦を売ることと、水車場の損料を先取りすることをいいつけておいたから、いずれにしても金はできるよ」
「そうじゃないの、ただあたしは全体にお金がたくさん……」
「決して、決して」と彼はくりかえした。「じゃ、さようなら、キチイ」
「いいえ、全くのところ、あたしときどきお母さまのいうことを聞いたのを、後悔しているくらいですのよ。田舎だと、どんなによかったでしょうねえ! ところが、ここじゃあたしみんなに苦労かけて、それによけいなお金をつかって」
「決して、決して。僕は結婚してこのかた、現在の状態を変えたほうがいいなんてことは、一度もいったことがないじゃないか……」
「ほんと?」と彼女は、良人の目を見ながらいった。
 彼はただ妻を慰めたいばかり、なんの考えもなくそういったのである。けれど、妻をちらりとながめ、真実のこもったかわいい目が、疑問をこめて自分のほうヘそそがれているのを見ると、彼はもう心底から同じことをくりかえした。『おれは本当にこれのことを忘れかけている』と彼は考えた。そして、近く彼ら二人を待ち受けていることを思い起した。
「もうすぐかい? 気分はどんなふう?」と妻の両手をとって、彼はささやいた。
「あたし今まで、あんまりしょっちゅう考えたものですから、今はもうなんにも考えませんの、だからわかりませんわ」
「怖《こわ》かない?」
 彼女はさげすむように笑った。
「これっぱかりも」と彼女はいった。
「でも、もし何かあったら、僕はカタヴァーソフのとこにいるからね」
「いいえ、なんにもありゃしませんわ、そんなこと考えないで。あたしパパとブルヴァールヘ散歩に出かけますわ。そして、ドリイのとこへよってみるつもりですの。じゃ、食事の前にお待ちしてますわね。ああ、そうそう! あなたご存じ、ドリイの内輪が、もうどうにもならないほどひどくなってますのよ。あちらもこちらも借金だらけで、お金ったらちっともないんですって。昨日あたしたち、ママやアルセーニイ(彼は姉の良人のリヴォフのことを、こう呼んでいた)と話をして、あなたとアルセーニイとで、スチーヴァに話していただくことにきめたんですの。これじゃ本当にどうにもなりませんもの。パパにはそんな話はできないし……もしあなたとアルセーニイで……」
「でも、僕たちにどうすることができるだろう?」とレーヴィンはきいた。
「それにしても、とにかくアルセーニイのとこへ行って、二人で相談してみてちょうだい。あたしたちの決めたことは、アルセーニイがお話しますから」
「そりゃ、僕はアルセーニイの意見なら、もう前からなんでも賛成だよ。じゃ、あの人の家へよってみよう。ついでだから、もし音楽会へ行くとしたら、僕ナタリイといっしょに行こう。じゃ、さよなら」
 入口階段で、いまだに独身生活をつづけて、モスクワの家の切り盛りをしている老僕のクジマーが、レーヴィンを呼びとめた。
「クラサーフチック(これは田舎から連れてきた左の轅鉄《ながえうま》である)の蹄鉄《かなぐつ》を変えてやりましたが、やっぱり跛《びっこ》をひいておりますので」と彼はいった。「どういたしましたもので?」
 モスクワへ来てはじめのあいだは、レーヴィンは田舎から連れてきた馬に興味をもっていた。この方面をうまく経済にやっていこうと思ったのである。ところが、自分の馬は辻馬車よりも高くついて、しかも、辻馬車だってやはり雇わなければならない、ということがわかってきた。
「じゃ、獣医を呼びにやりなさい、馬脚|贅腫《ぜいしゅ》かもしれんな」
「では、奥さまのお馬はどういたしましょう?」とクジマーはきいた。
 モスクワ生活のはじめのころは、ヴォズドヴィージェンカからシフツェフ・ヴラジョークまで行くのに、たくましい二頭立てを重い箱馬車につけ、この馬車を曵いて、二町あまりの道を、雪をこねかえしながらたどりつくと、そこで四時間も待たせて、その賃銀として五ルーブリも払うということに、レーヴィンは胆をつぶしたものであるが、今ではもうそんなことなど、しぜんに思われるようになった。
「辻馬車屋へ行って、うちの箱馬車につけるのだといって、二頭注文してこい」と彼はいった。
「かしこまりました」
 こうして、田舎では彼にとっておびただしい辛労と、注意を要する難問を、都会生活の条件のおかげで、いとも簡単にやすやすと解決した後、レーヴィンは入口階段へ出ると、辻馬車を呼んで乗りこむなり、ニキーツカヤ街へ走らせた。道々、彼はもう金のことなど考えず、社会学専攻のペテルブルグの学者と相識になり、自分の著述の話をする、その段取りを考えはじめた。
 ただモスクワへ移ったごくはじめのころだけ、田舎の住人にとってはふしぎに思われる出費、あちらからもこちらからも要求される不生産的な、しかし避けることのできない出費が、レーヴィンにとって驚異であった。が、今では彼もそれに慣れっこになってしまった。この点において、彼の心に生じたことは、酒飲みによくいわれる、一杯目は棒ぐいのよう、二杯目は鷹のよう、三杯目からは小鳥同然という、あれに似よったものであった。レーヴィンがはじめて百ルーブリ紙幣を、従僕と玄関番のしきせを買うために両替したとき、彼は心ならずもこんなことを考えた。だれにも必要のないしきせではあるが、そんなものなどなくてもすむとほのめかしたとき、公爵夫人とキチイはあきれかえった。その驚きようで判断すると、やっぱりなくてかなわぬ必要品であるこのしきせは、夏の雇い男二人分の賃銀に相当する。換言すれば、神聖週間から大斎期のはじまりまで、約三百日の労働日数に相当する。しかも、毎日毎日、朝早くから晩遅くまで、苦しい働きをつづけなければならないのだ。で、この最初の百ルーブリ紙幣は、棒ぐいのように喉につかえた。しかし、次の分は、実費二十八ルーブリを要した親戚の招宴のため、食料品を買うのに両替したのであるが、レーヴィンは心の中で、この二十八ルーブリは燕麦九|斗《チェルトエルチ》に相当し、それを作るには、汗を流してあえぎあえぎ、刈ったり、束ねたり、叩いたり、簸《ひ》にかけたり、ふるいわけたり、つめたりしなければならぬのに、という想念をいだかされはしたものの、とにかく次の百ルーブリ紙幣は、比較的らくに喉を通った。ところで、このごろ両替する紙幣は、もうとくにそんな感慨を呼び起さなくなり、小鳥のように飛び散るのであった。金銭の獲得に投入された労力が、それによって晴われるものの与える満足に相当するかどうか――そういう考察は、もうとくの昔に失われていた。一定の穀物には一定の相場があって、それ以下に売ってはならぬという、農場経営者としての採算も、同様に忘れられていた。彼が長いこと値段をがんばっていた裸麦も、一月前につけられた相場よりは、一|斗《チェルトエルチ》について五十コペイカも安く売ってしまった。それどころか、こんな支出ぶりでは、借金せずには一年と暮していけないという胸算用、それさえもはやなんの意味もなかった。ただ一つ必要なのは、銀行に金をおいておくことであった。それがどこから入るものであろうとかまわない、ただ明日の牛肉代は大丈夫だという安心感を、常にもっていさえすればいいのだ。この胸算用だけは、これまでちゃんと守ってきた。彼はいつでも銀行に金をもっていた。ところが、こんど銀行の金がすっかり出てしまって、どこから金を手に入れたものか、彼にはよくわからなかったのである。つまりそのために、キチイが金のことをいいだしたとき、彼はちょっといやな気がしたのである。しかし、彼はそんなことを考えている暇がなかった。彼はカタヴァーソフのことと、目の前に控えたメートロフとの会見のことを思いめぐらしながら、馬車を走らせていたのである。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

 レーヴィンは今度モスクワへ出て来たとき、大学時代の旧友で、結婚してからあと会ったことのないカタヴァーソフ教授と、また親しく交わるようになった。カタヴァーソフは、その人生観が単純明瞭な点で、レーヴィンにとって感じがよかった。カタヴァーソフの人生感が明瞭なのは、彼の天性の貧しさから生じたのだ、とレーヴィンは心に思っていた。ところが、カタヴァーソフのほうは、レーヴィンの思想に一貫性がないのは、彼の知性に訓練が不足しているからだ、とそう思っていた。にもかかわらず、カタヴァーソフの明瞭さはレーヴィンに快かったし、レーヴィンの訓練されない思想の豊富さは、カタヴァーソフにとって気持がよかったので、二人はときどき会って議論するのを好んでいた。
 レーヴィンは、自分の著述のところどころを、カタヴァーソフに読んで聞かせたところ、それが彼の気に入った。昨日、公開講演で出会ったとき、カタヴァーソフはレーヴィンにむかって、レーヴィンの気に入った論文の筆者である有名なメートロフが、今モスクワに来ていて、カタヴァーソフがレーヴィンの著述のことを話したところ、彼はそれにひどく興味を感じた由を語り、明日はメートロフが十一時に、自分の家へくることになっており、レーヴィンと近づきになることを欣快《きんかい》としている、と告げたのである。
「まったく君は几帳面《きちょうめん》になってきましたね、大いに愉快だ」とカタヴァーソフは、小さい客間でレーヴィンを迎えながらいった。「ベルの音が聞えたので、君が時間どおりにくるなんて、そんなはずはない……と思ったところなんですがね。ときに、どうです、モンテネグロ人は? 生れつきの軍人だね」
「何がどうしたんです?」とレーヴィンはたずねた。
 カタヴァーソフに簡単に最近の戦況([#割り注]一八七六年のバルカン戦争[#割り注終わり])を伝えた。それから書斎へ入ると、あまり背の高くない、肉付きのいい、きわめて感じのいい風貌をした一人の人物を、レーヴィンに紹介した。それが、メートロフであった。会話はしばらく政治を題目にして、ペテルブルグの最高政界では、今度の事変をなんと見ているか、というようなことを話しあった。メートロフは、この問題について、皇帝と一人の大臣によって洩らされたとかいう言葉を、さる信頼すべき筋から聞きこんだものとして、受け売りした。ところが、カタヴァーソフは、皇帝が全然それと反対なことをいわれたと、同様に正確な情報として聞きこんでいた。レーヴィンは、その両方とも事実でありうるような状態を、考えつこうと苦心した。で、この問題に関する会話は中絶された。
「さよう、ところで、この人が土地にたいする労働者の自然的条件について、ほとんど一冊の書物を書いたのですが」とカタヴァーソフはいいだした。「私はそのほうの専門家じゃありませんが、しかしこの人が人類というものを、何か動物学的法則の外にあるものとしないで、その反対に、環境に左右されるものと見なし、その従属性の中に発達の法則を求めているのが、私は自然科学者として気に入ったのです」
「それはじつにおもしろいですね」とメートロフがいった。
「僕はじつのところ、農場経営の本を書きだしたんです。ところが、農場経営のおもな手段である労働者の研究をしているうちに、知らずしらず」レーヴィンは顔を赤らめながらいった。「ぜんぜん意想外な結果に到着したのです」
 それからレーヴィンは、まるで足場をさぐりながら進むように、用心ぶかく、自分の見解を述べはじめた。メートロフが、一般に採用されている経済学の教義とは、正反対の論文を書いたことは、レーヴィンも承知していたけれど、どの程度まで自分の新しい見解にたいする同感を、この人から期待していいかわからなかった。それは、この学者の聡明らしい、おちついた顔つきでは、察することができなかった。
「しかし、あなたはいったいどういうところに、ロシヤの土地労働者の特質を認められますか?」とメートロフはいいだした。「彼らの、いわば、動物学的特性にですか、それとも彼らのおかれている条件にですか?」
 レーヴィンは、すでにこの問いの中に、自分のものとは反対の思想を見てとった。しかし、彼は自分の思想を述べつづけた。それはつまり、ロシヤの土地労働者は、ほかの国民とは全く別な、土地にたいする見方をもっている、というのであった。この仮定を証明するために、彼は急いでつけ足した。ロシヤ国民のこの見方は、彼の意見によると、東方における広大な、まだ人に占められていない面積に植民するという、おのれの使命を自覚しているところから生じたものである。
「国民ぜんたいの使命について結論を下すと、迷妄《めいもう》に陥りやすいですよ」とメートロフは、レーヴィンをさえぎりながらいった。「労働者の境遇は、いつも土地と資本にたいする関係に依存するものです」
 そういって、もはやレーヴィンにはその思想をしまいまでいわせないで、メートロフは自分の教義の特性を述べはじめた。
 彼の教義の特性がどこにあるのか、レーヴィンは合点がいかなかった。合点しようと骨を折らなかったからである。メートロフもほかの学者と同じように、論文の中では一般経済学者の教義をしりぞけながら、相変らずロシヤの労働者の状態を資本、賃銀、地代の観点からながめている、それをレーヴィンは見てとったのである。ロシヤの大部分を占めている東方では、地代などゼロであり、賃銀は八千万のロシヤの人口の十分の九にとっては、ただ自分の口すぎというだけのものにすぎず、資本はまだ最も原始的な武器の形式でしか存在しない。それをメートロフも認めるのが当然であるにもかかわらず、彼はただこの観点からのみ、すべての労働者をながめていた。そのくせ、多くの点では一般経済学者に同意せず、賃銀については、レーヴィンに述べたような自己の新しい理論をもっているのだ。
 レーヴィンはいやいや聞きながら、はじめのあいだは論駁《ろんばく》していた。彼は自分の思想を述べるために、メートロフをさえぎりたい気がしていた。その思想は、彼の意見によると、それ以上の説明を不要にするものであった。しかし、その後、自分ら二人はこれほどまで違った見方をしているのであるから、決してお互に理解しあうはずがないと確信してから、彼はもう反駁しないで、ただ聞いていた。今となっては、メートロフのいうことなど、もはや少しもおもしろくなかったが、それでも彼は聞いていて、ある種の満足を感じた。これほどの学者が、これほどの注意をこめて、レーヴィンの知識にたいする信頼をいだいて、ときにはただの暗示で事柄の大きな一面を示しながら、彼に自分の思想を述べているという点で、彼の自尊心が満足させられたのである。彼はそれを自分のえらいせいにしたが、いずくんぞ知らん、メートロフはこの問題について、すべての近しい人らと語りつくしたので、今は特に好んで新しい人にこの話をしたのである。それに概して、まだ自分自身にもはっきりしない問題について、だれとでも進んで話したのである。
「しかし、遅刻しますよ」メートロフが論述を終るやいなや、カタヴァーソフは時計を見て、こういった。
「そう、今日は学術愛好会で、スヴィンチッチの五十年記念祭があるんだよ」とカタヴァーソフが、レーヴィンの問いに答えていった。「僕もピョートル・イヴァーノヴィッチとそこへ行くことになっていてね。僕は動物学方面の業績について、話をすると約束したものだから。いっしょにいかない? なかなかおもしろいよ」
「そうだ、本当にもう時間がきた」とメートロフはいった。「ごいっしょに乗りましょう。そのあとで、もしおよろしかったら、宅へいらっしゃいませんか。私はあなたの著述の話が伺いたいので」
「いや。そりゃかまいませんが、それはまだほんの草稿の形で、それにまだ完結もしないのですから。しかし、記念祭には喜んでお伴します」
「どうです、聞きましたか? 私は別の意見を提出したんですよ」次の間で燕尾服を着ながら、カタヴァーソフがいった。
 こうして、大学問題の話がはじまった。
 大学問題はこの冬、モスクワ中の大きな事件であった。三人の古い教授が、会議のとき少壮派の意見を採用しなかった。そこで、少壮派は別箇の意見を提出した。その意見は、ある人にいわせると恐るべきものであり、またある人の説によると、きわめて単純かつ正当な意見であった。こうして、教授連は二派に別れたのである。
 カタヴァーソフの属している派は、反対側のすることを唾棄すべき密告行為であり、欺瞞《ぎまん》であると見なした。すると、一方は若造の生意気なふるまいで、権威を尊敬しない行為であると見た。レーヴィンは大学に関係してはいないけれど、モスクワ滞在中にいくどとなく、この事件について人の話も聞けば、自分でも話したことがあって、それについては、自分自身の意見ももって[#「もって」は底本では「もつて」]いた。彼は、外へ出てまでもつづいている二人の話に仲間入りをして、三人ともしゃべりながら、古い大学の建物までたどりついた。
 会はもうはじまっていた。カタヴァーソフとメートロフの着席した、ラシャのかけてあるテーブルの前には、六人のものが陣取っていて、その中の一人はちかぢかと原稿にかがみながら、何やら読んでいた。レーヴィンはテーブルのまわりに並んでいる、あいた椅子の一つに腰をおろし、そばにかけている大学生に、いま読んでいるのは何かと小声でたずねた。大学生は不満げにレーヴィンをふりかえって、
「伝記です」といった。
 レーヴィンは、その学者の伝記などに興味はなかったけれども、ばくぜんと聞いているうちに、この有名な学者の生涯について、二三おもしろい新事実を教えられた。
 読み手が終ったとき、議長はそれに感謝を述べて、この記念祭のために送られた詩人メントの詩を朗読し、詩人にたいする謝辞を数言のべた。それから、カタヴァーソフが持ちまえの、どなるような大声で、故人の学術上の業績について、自分の感想を朗読した。
 カタヴァーソフが終ったとき、レーヴィンは時計を見ると、もう一時をまわっていたので、音楽会のはじまるまでに、自分の著述をメートロフに読んで聞かせる暇はないと見てとった。それに、今はもうそれもしたくなかったのである。彼は朗読のあいだに、先ほどの話についても考えてみたのだが、今となってみると、メートロフの思想も意義があるかもしれないけれど、自分の思想も同様に意義がある。そして、これらの思想が明瞭になって、何かの結論に導くこともありうるだろうが、それはおのおのがおのれの選んだ道を進みながら研究した場合に限るのであって、二人の思想を融合させたところで、何ものをも生じえない――ということが明らかにわかった。で、メートロフの招きを辞退することに肚《はら》を決めて、レーヴィンは会の終ったとき、そのそばへ近よった。メートロフは議長をつかまえて、政治上のニュースを話していたが、レーヴィンを見ると、議長に紹介した。そのときメートロフは議長にむかって、レーヴィンにいったのと同じことを話しだしたので、レーヴィンも今朝いったのと同じ感想を述べた。ただし、変化をつけるために、たったいま頭に浮んだ新しい意見をつけ加えた。そのあとで、またもや大学問題の話がはじまった。レーヴィンはもうそんな話は何度も聞いていたので、急いでメートロフにむかい、遺憾ながらご招待に応じかねる由を述べ、会釈をして、リヴォフの家へおもむいた。

[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]

 キチイの姉ナタリヤの良人であるリヴォフは、今までの一生、自分の教育を受け、かつ外交官として勤めてきた両首都([#割り注]ペテルブルグとモスクワ[#割り注終わり])と外国ですごした。
 去年、彼は外交官の職を辞したが、それはいやな事情のためでなく(彼はかつてだれとも、いざこざを起したことがないのである)二人の小さな男の子に最上の教育を授けるため、宮内省関係の勤務で、モスクワへ移ったのであった。
 習慣も見解も思いきって正反対であり、そのうえリヴォフのほうが、レーヴィンより年長であるにもかかわらず、二人はこの冬ひどく気が合って、おたがい同士好きになった。
 リヴォフは家にいたので、レーヴィンは案内も乞わず、彼の部屋へ入った。
 リヴォフは内着のフロックに帯をしめ、キッド革の靴をはいて、肘椅子に腰をかけ、半分ほど灰になった葉巻を持った美しい手を、からだからちょっと離して持ちながら、青いレンズのはまった鼻眼鏡をかけて、書見台にのせた本を読んでいた。
 まだ若々しく美しい、華奢《きゃしゃ》な顔は、ふさふさした銀色に輝く髪のために、いっそう血統ただしい表情を添えていたが、レーヴィンを見ると、さっと一面に笑み輝いた。
「ああ、これはちょうどいい! 君のとこへ使を出そうと思ったところだ。ときに、キチイはどうだね? さあ、ここへかけたまえ、もっと楽に……」彼は立ちあがって、船底椅子をすすめた。「〔Journal de St.-Pe'tersbourg〕(ペテルブルグ雑誌)の最近号にのった回文を読んだ? 僕はすばらしいもんだと思うがね」と彼はややフランスなまりでいった。
 レーヴィンは、カタヴァーソフから聞いたペテルブルグの噂を伝え、ちょっと政治談をした後、メートロフと近づきになった次第と、記念祭へ行ったことを話した。リヴォフはそれにひどく興味をもった。
「それが僕はうらやましいね、君はそういうおもしろい学術の世界へ出入りができるんだから」と彼はいい、話しこんでいるうちに、いつものとおりフランス語に移った。「もっとも、僕も暇がないんだがね。僕は勤めと子供の勉強で、そういうことかできないんだ。そのほか、僕はあえていうが、僕の教育はそんなことのためには、あまりにも不十分なのでね」
「そんなことはないと思いますよ」とレーヴィンは微笑しながらいって、例のごとくこの義兄の自ら卑下した考え方に、一種の感動を覚えた。それは決して、謙遜に見せかけようとか、いや、それどころか、謙遜になろうとかいう付《つ》け焼刃《やきば》の希望からきたのでなく、全く誠実なものであった。
「いや、本当だとも! 僕は今つくづく、自分は教養が少ないと思うよ。僕は子供の教育のために、記憶を呼びさます必要があるばかりでなく、ただもう勉強しなくちゃならないんだ。なぜといって、教師ばかりでなく、監督が必要なんだからね、ちょうど君の農場で、労働者と監視人が必要なようにね、現に僕はこれを読んでいるが」と、彼は書見台の上にのっているブスラーエフの文法をさして見せた。「ミーシャがこれをやらされてるんだが、じつにむずかしいね……まあ、ひとつこれを説明してみてくれたまえ。ここでブスラーエフはこういってるが……」
 レーヴィンは、そんなことはとてもわからない、研究してみなければ、といおうとしたが、リヴォフはそれに同意しなかった。
「いや、君は僕をからかってるんだ!」
「あべこべですよ、あなたには想像もできないでしょうが、僕はいつもあなたを見ながら、これから自分のしなくちゃならないことを、勉強しているんですよ、つまり子供の教育を」
「なあに、勉強することなんかありゃしないよ」とリヴォフはいった。
「僕はただこれだけのことを知ってるばかりです」とレーヴィンはいった。「お宅の子供さんほど、しつけのいい子供は見たことがありませんし、またそれ以上の子供は望まないくらいですよ」
 どうやらリヴォフは、うれしさを見せないために、しいて自分をおさえようとしたらしかったが、その顔は明るい微笑に輝きわたった。
「ただ子供らが僕よりりっぱになってくれればねえ。それが僕の望むすべてだよ。君は男の子にどれだけ骨が折れるか、まだ知らないだろうが」と彼はいいだした。「うちの坊主たちなんか、外国でうっちゃらかしになっていたんだからねえ」
「そんなことはとりかえしがつきますよ。みんな出来のいい子供ですからね。かんじんなのは精神教育ですよ。僕はお宅の子供さんたちを見ながら、それを勉強しているんです」
「君は精神教育というけれど、それがどんなに困難なものか、想像もできないくらいだよ! やっと一つの問題を征服したかと思うと、すぐにほかの問題が起ってくる、するとまた闘争だ。もし宗教の支えがなかったら――君、覚えている、二人で話したことを?――もし宗教の助けがなかったら、どんな父親だって、自分の力だけでは子供たちを教育することはできないね」
 いつもレーヴィンに興味を感じさせるこの話は、もう外出の衣装《いしょう》をつけた、美しいナタリヤ・アレクサンドロヴナが入ってきたので、中絶された。
「まあ、わたし知りませんでしたわ、あなたが来てらっしゃることを」もうとくに知れきっていて、聞きあきているこの話を中絶したのを、いささかも残念がらないばかりか、むしろ喜んで、彼女はこういった。「ときに、キチイはどうです? 今夜はわたしお宅で食事をしますわ。ねえ、アルセーニイ」と彼女は良人の方へふりむいた。「あなた馬車に乗っていらっしゃるでしょう……」
 それから、夫婦のあいだには、どうしてこの一日をすごすか、という相談がはじまった。良人のほうは勤務関係で、だれやらを迎えに行かなければならないし、妻のほうは音楽会と、南東委員会の集りに出席しなければならないので、いろいろとよく考えて、決めねばならぬことがたくさんあった。レーヴィンも身内の人間として、この相談に一枚加わらなければならなかった。とどのつまり、レーヴィンはナタリイといっしょに音楽会と集会へ行き、そこから馬車を事務所へまわして、アルセーニイを迎える。すると、アルセーニイは妻のところまでやって来て、キチイの家へ妻を送り届ける。が、もし彼の仕事が片づいていなかったら、馬車をもとへ返す、するとレーヴィンがナタリイといっしょに行く、ということに決った。
「どうもこの人は、私を甘やかしていけないんだよ」とリヴォフは妻にいった。「うちの子がりっぱな子だなんていってさ。ところが、あれたちにはたくさんよくないところがあるのを、私は自分で承知しているんだから」
「わたしいつもそういうんですけど、アルセーニイは極端に走っていけませんのよ」と妻はいった。「完全なんてものを望んだら、決して満足することはありゃしませんわ。お父さまがおっしゃるのは本当よ。自分たちが両親に育てられていたころは、いつも中二階におしこめられて、親たちは二階のいちばんいい部屋に住むというふうで、極端に走りすぎていたものだが、今はその反対で、両親は物置へ押し込んで、子供たちをいちばんいい部屋へ入れる、両親は自分の生活をしてはいけない。なにもかも子供たちのために捧げろ、なんていうようになった、って」
「なに、いいじゃないか、そのほうが気持がよければさ」美しい微笑を浮べて、妻の手にさわりながら、リヴォフはこういった。「おまえってものを知らない人は、あれは実母じゃなくて継母《ままはは》だと、そういうかも知れないよ」
「いいえ、極端ってことは、何につけてもよくありませんわ」とナタリイは、良人の紙切りナイフを、テーブルの上のきまった場所へ片づけながらいった。
「さあ、こっちへおいで、模範生たち」とリヴォフは、入って来た二人の美しい男の子にいった。子供たちはレーヴィンにおじぎをして、父親のそばへよった。いかにも何か聞きたそうな様子である。
 レーヴィンは子供たちと話もしたり、彼らが父親にいうことを聞きもしたかったのであるが、ナタリイが彼に話をもちかけた。それに、ちょうどそこへ、リヴォフの勤務上の同僚でマホーチンという男が、宮内官の制服を着て入って来た。いっしょにだれかを迎えに行こうというのである。そこでさっそくヘルツェゴヴィナとか、公爵令嬢コルジンスカヤとか、議会とか、アプラクシナ夫人の急死とか、いったような話がはじまって、言葉の切れ目がなくなった。
 レーヴィンは、自分に頼まれた用事を忘れていたが、もう玄関の控室へ出たときに、やっと思い出した。
「ああ、そうだった、キチイがオブロンスキイのことで、あなたと相談してくれという頼みでしたっけ」妻と義弟を見送りに出たリヴォフが、階段の上に足をとめたとき、彼はこういった。
「そう、そう、お母さまがわれわれ 〔les beaux fre`res〕(義弟たち)に、あの人を攻撃させようとしてるんでしょう」と彼は顔を赤らめながらいった。「しかし、それにしても、なんのために僕なんか?」
「それじゃ、わたしが攻撃してあげますわ」白い犬の袖無し外套を着て、話のすむのを待っていたリヴォーヴァ夫人は、微笑を浮べながらこういった。「さあ、乗りましょう」

[#5字下げ]五[#「五」は中見出し]

 昼の音楽会には、きわめて興味のある曲が二つあった。
 一つは『曠野のリヤ王』という幻想曲で、もう一つは、バッハの記念に捧げられた四重奏曲であった。二つながら新曲で、新傾向のものだったので、レーヴィンはそれについて、自分の意見をまとめたいと思っていた。義姉をその席まで案内すると、彼は円柱のそばに立って、できるだけ注意して、良心的に聞こうと心がまえした。いつも音楽的な注意力を不快にわきへそらせたがる、白ネクタイの指揮者の絶え間ない手の運動や、音楽会のためにかくべつ念入りに、リボンで耳が隠れるように帽子をかぶった貴婦人たちや、無念無想の顔や、種々雑多な興味に心を占められてはいるけれど、ただ音楽だけには無関係らしい人々の顔を見ながら、彼はどうかして気を散らすまい、音楽的な印象を傷つけまいと苦心するのであった。彼は音楽通や饒舌漢《じょうぜつかん》に出会うのを避けるようにして、自分の前の低いところを見つめながら、じっと立って聞いていた。
 しかし、『曠野のリヤ王』の幻想曲を聞き進むにしたがって、彼は何にもあれ、はっきりした意見をまとめるのは不可能だ、という気がしてきた。音楽的感情表現が絶えずはじまっては、どうやらまとまりかけようとするかと思うと、たちまちこなごなに砕けて、音楽的表現の新しい要素の断片と、いったようなものになってしまう。どうかすると、作曲家の気まぐれよりほか、何ものにもつなぎ合わされていない、そのくせ非常に複雑な音ばかりになることがある。しかし時には、美しいこれらの音楽的表現の断片そのものさえ、彼には不愉快なのであった。それはあまりに唐突《とうとつ》で、なんの準備もなしにやってくるからであった。たのしい気分も、憂愁も、絶望も、優しさも、勝利感も、まるで狂人の感情のように、まったくなんの権利もなしに現われるのであった。そして、また狂人の場合と同じように、それらの感情は突如として消えて行くのである。
 レーヴィンは演奏のあいだ、ずっとはじめからしまいまで、踊りを見ている聾者《つんぼ》のような気持を経験した。やがて曲が終ったときは、彼は完全に怪訝《けげん》な感じに捕えられ、何ものによっても報いられない緊張した注意のために、恐ろしい疲労を感じた。四方から盛んな拍手が起った。一同は立ちあがって、歩きまわったり、しゃべったりしはじめた。他人の印象によって、自分の疑問をはらそうと思って、レーヴィンは音楽通をさがしに行った。すると有名な音楽通の一人が、知り合いのペスツォフと話しているのを見つけて、彼はうれしい気がした。
「驚嘆すべきものですよ!」とペスツォフの太いバスがいった。「やあ、ごきげんよう、コンスタンチン・ドミートリッチ、あのコルデリヤの接近が感じられるところですね、女が、das ewig Weibliche(永遠の女性)が、運命との闘いに入るところ、あそこなんか特に形象的で、いわば彫刻的で、色彩が豊富じゃありませんか。そうでしょう?」
「といって、なぜあそこにコルデリヤが?」この幻想曲は、曠野におけるリヤ王を描いたものだということを、すっかりど忘れしてしまって、レーヴィンはおずおずとたずねた。
「コルデリヤが出てくるんですよ……ほら!」と、手に持っているプログラムを指の先で叩いて、それをレーヴィンに渡しながら、ペスツォフはこういった。
 そのときはじめてレーヴィンは、この幻想曲の題名を思い出し、プログラムの裏に印刷してある、露訳のシェークスピヤの本文を、あわてて読んだ。
「こいつがなくちゃ、とてもついていけませんよ」とペスツォフはレーヴィンに話しかけた。というのは、今までの話し相手がむこうへ行ってしまって、ほかにだれも相手がなくなったからである。
 幕間《まくま》に、レーヴィンとペスツォフのあいだに、音楽におけるワーグナー的傾向の長所と、欠点に関する論争がはじまった。レーヴィンはワーグナールおよびその追随者の誤謬《ごびゅう》として、音楽を他の芸術の領域へ侵入せしめんとしている、という点を指摘した。それは詩の場合も同様で、当然、絵画の仕事であるべき顔の輪郭を描写するごとき、すなわちそれである。またそうしたあやまちの一例として、台座の上に立っている詩人のまわりに生じた詩的形象の影を、大理石に刻もうと企てた彫刻家をあげた。「その影は――彫刻じゃ影なんてものはめったにないものだから、階段につかまっているんですよ」とレーヴィンはいった。この一句は自分ながら気に入ったが、しかし前にもこれと同じ句を、ほかならぬペスツォフにいわなかったかしら、それをはっきり覚えていなかったので、そういったあとで、彼はてれてしまった。
 ところがペスツォフは、芸術は一つのものであるから、全部門を結合したときに、はじめて最高の発現に到達しうるものである、と論じた。
 音楽会の第二曲目となると、レーヴィンはもう聞いていられなかった。ペスツォフは彼のそばに立ちどまって、この曲がよけいな、甘ったるい、とってつけたような単純みをおびているのを非難し、それを絵画の方面の、ラファエル前派の単純みと比較したりなどして、ほとんどのべつまくなしにしゃべった。帰りがけに、レーヴィンはさらに多くの知人に出くわして、政治や音楽を語り、共通の知人の噂などしあった。なかんずく、訪問しようと思ってすっかり忘れていたボール伯爵にも出会った。
「それじゃ、これからすぐいらっしゃいな」レーヴィンからその話を聞いて、リヴォーヴァはこういった。「ひょっとしたら、面会してもらえないかもしれませんけど。そのあとで、集会のほうへ迎えに来て下さいな。まだ間に合いますわ」