解説する。
知っている人もいると思うが、フランス出身のフランス育ちのフランス語画家のアンリ・マティスは晩年、車いすに乗って生活していた。そして、まさにだれでもつくれそうな、「張り絵」で作品をつくっていた。だったらだれでも贋作がつくれるはずだ。
スペイン出身のフランス育ちのフランス語を話せた画家、パブロ・ピカソは、生涯健康だった。極端な解釈をすれば、能力「だけ」しかもっていないような人だった。岡本太郎氏も能力「だけ」しかもっていないように見えるひとだった。これはまったくの間違いなのだが。
もちろんこれは極端な解釈だ。しかし、ここまで極端に思考実験をしてはじめて見えるものがある。創作と技術上の困難は、20世紀にはいって、特に関係なくなった。
悪をのみつくせない善が価値が無い、という、すべての人がもつある種の直観は正しい。
まあ、「一人もいない」というのは、まちがいのはずで、これぐらいのことならば、だれでも思いつくはずだ。あなたも、すでに思いついていましたよね? え、ちがう? じゃあ、くだらん文化の中で生きてきたんですね、不運でしたね、と言うことにしよう。その通りなのだから。