『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部[ハンバンパク!!!]

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。ほかにも臨時でいろいろ。

トム=ソーヤーの冒険(マーク=トウェイン作、吉田甲子太郎訳)、第26章から第31章まで(一回目の校正おわり)

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20枚、■12-■18、6分、
枚、■03-■10、7分、
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■57-■21、24分、P107-P130
■25―■47、22分、P130-P151
いきおいがついてきた
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■45-■58、13分、P151-163
スキャン、12枚、■11―■18、7分
OCR、12枚、■19-■25、6分
入力、■28―■32、4分、120-121
■32―■44、12分、P164-P173
■47-■01、14分、P174-P189
■45-■01、16分、P190-P205
■06-■29、23分、P206-222+6ページ分

26 宝はほんもののどろぼうの手に
 あくる日の昼近く、少年たちは、例の枯れ木の立っているところへいった。道具をとりにいったのである。トムは、早く、ばけものやしきにいきたくてたまらなかった。ハックのほうもいくらか、そんな気持ちだったが、とつぜん、いいだした。
「おい、おい、トム、きょうは何曜日だが、知ってるか?」
 トムは、頭の中で、いそいで一週間の日をかぞえてみて、すぐはっとして、目をあげた。おどろきの色が、その目にあふれていた――
「そうだ! ちっとも気がつかなかったよ、ハック!」
「うん、おれも、そうだったんだ。いま、ふいに、きょうは金曜日だってこと、思いついたんだ。」
「ちえっ、用心するにこしたことないよ、ハック。金曜日になんか、こんなしごとにとびついたら、ひどいめにあうかもしれないな。」
「かもしれないな、って! あうっていったほうがいいぜ! 運のいい日だってあるよ。だけど、金曜日はそうじゃねえ。」
「そんなこと、どんなばかだって知ってるよ。それをみつけたの、おまえがはじめてじゃあるまい? ハック。」
「おれが、はじめてだなんて、いいやしないさ、いったかい? それに、金曜日ってことだけじゃないんだぜ。おれは、ゆうべの夢見がわるかったんだ――ねずみの夢だ。」
「そいつあ、いけねえ! たしかに、わるいことがおこるまえのしらせだ。けんかしてたかい、ねずみども?」
「ううん。」
「そうか、そんなら、まあ、よかった。ねずみがけんかしなけりゃ、ただ、ちょっとわるいことがあるっていうしらせだけなんだからな。おれたちは、うんと用心して、なにもかも見のがさないようにしようぜ。きょうは、しごとやめて遊ぼう。おまえ、ロビン=フッド知ってるか、ハック?」
「知らねえ、ロビン=フッドって、だれだい。」
「うん、ロビン=フッドてえのはね、イギリスじゅうで、いちばんえらいやつなんだ――いちばんりっぱなやつなんだ。どろぼうだったんだ。」
「わあっ、おれもなりたかった。だれのものをぬすんだんだい?」
「郡長《ぐんちょう》だの、僧正《そうじょう》だの、金持ちだの、王さまだの、そういう人からばかり、ぬすんだんだ。だけど、貧乏人《びんぼうにん》は、ちっともいじめないんだ。貧乏人《びんぼうにん》は、かわいかってさ、いつでも、きちんと山わけしたんだ。」
「ふうん、そりゃ、快男児だ。」
「そうさ、ロビン=フットは、世界じゅうでいちばんりっぱな男だったんだ。いまどき、あんなのは、どこにもいやしないぜ、ほんとだよ。ロビン=フッドは、片手をうしろにしばってだって、イギリスじゅうのどんな人間をあいてにしたって、やっつけちまったんだ。それから、いちいの弓をとっては、だ、一マイルもあるところから、十セント玉を射ぬくんだ。」
「なんだい、そのいちいの弓ってのは?」
「知らねえよ。もちろん、弓の種類さ。それから、もし、十セント玉のはじっこなんかにあたったりすると、へなへなと、すわりこんで、なくんだとさ――ないて、くやしがって、おこるんだとさ。どうだい、おれたちも、ロビン=フットごっこしようじゃないか――とてもおもしろいぜ。おせえてやるからさ。」
「うん、やろう。」
 そこで、ふたりは、午後ずっと、ロビン=フットごっこをして遊んだ。そして、ときどき、はるかむこうのばけものやしきのほうに、もえるような目をむけて、あしたの冒険のことや、そのみこみについて、話しあった――太陽が、西にかたむくころ、彼らは長くなった木々のおとす影をふんで、うちへむかい、まもなく、カーディフの丘の森の中にすがたをけした。
 土曜日の昼ちょっとすぎたころ、少年たちは、また、例の枯れ木のところにいた。ふたりは、木かげでたばこをくゆらし、ひとしゃべりしてから、さいごにほった穴を、もうすこしほることにした。とはいっても、たいしてのぞみをかけたわけではないが、世の中には、もうすこしというところまでほりながらあきらめてしまい、そのあとで、だれかほかの人がやってきて、シャベルでちょっとひとすくいすると、宝物があらわれるというようなことが、ちょいちょいあると、トムが話したからである。しかし、このときは成功しなかった。そこで、少年たちは、めいめい道具を肩にすると、でかけることにした。彼らは、どんな小さなこともおろそかにしなかった。宝さがしをやる者が、やらねばならぬしごとを、すべておきてどおりやったのだ、とまんぞくしながら――。
 ばけものやしきについた。あたりは、焼けつくような日をあびて、じいっと、しずまりかえっているのだが、なんとなく、ぞっとするような、きみのわるい空気がただよっていた。さびしくあれはてたその場所は、なにかこう胸をしめつけるようで、ふたりはおそろしくてたまらず、しばらくのあいだは、それをおしきって、はいる気持ちがおきないほどだった。それでも、入り口までしのんでいき、こわごわと、中をのぞいてみた。彼らの目にはいったものは、ただ、おいしげる草だった。床はぬけ、しっくいははげおちたへやだった。むかし使った暖炉、なにもない窓、ぼろぼろにくさりかけた階段だった。あたりいちめんに、すすぼけて、主のないくもの巣かぶらさがっているのが見えた。ふたりは、やがて、そうっと、はいりこんだ。胸はどきどきとはずみ、声をころしてささやき、また、ごくわずかなもの音でもききもらすまいと、耳をそばだてながら、からだは、なにかあったら、すぐにげだそうとしていたのである。 しかし、しばらくすると、なれてきたせいか、おそろしさもだいぶんうすらぎ、いくらかおちついて、興味にみちた目で、そのあたりをしらべはじめた。その大胆さには、われながら感心もしたし、ふしぎにも思ったりしながら――。それから、二階も見たくなった。二階へあがるのは、われとわがにげ道をふさぐようなものだったが、ふたりは、おたがいに大胆になりはじめていたので、そうしないわけにいかなかった――そこで、道具をすみにほうりだすと、二階へあがりはじめた。二階も、同じようにひどくあれはてていた。すみのほうに、なにか、思いがけないものでもありそうな戸だながあったが、それには、うらぎられた――その中には、なにもはいっていなかったのである。そのころになると、ふたりは、もう勇気がでてきて、だいぶん、ようすもわかってきた。そして、下におりて、しごとをはじめよう、としたとき――。
「しいっ!」と、トムがいった。
「なんだい?」といささやいたハックの顔は、おびえて、まっさおになった。
「しいっ!……おい!……あれ、きこえるだろ?」
「うん!……おお!……にげよう!」
「じっとしてろよ! 動くな! まっすぐ入り口のほうへやってくるぞ。」
 ふたりは、床に腹ばいになって、床板のふし穴から下をのぞき、おそろしさにおののきながら、じっとしていた。
「とまったぜ……そうじゃない――くるんだ……! ほら、きたぞ。口をきいちゃだめだ、ハック。ああ、こんなとこへこなきゃあよかったなあ!」
 ふたりの男がはいってきた。少年たちは、ふたりとも、「ああ、あいつは、近ごろ一、二回、村へやってきたことのある、おしでつんぼのスペイン人のじいさんだな――つれのやつはまだ、一ども見たことがないな」と、心の中でつぶやいた。
〈つれのやつ〉は、ぼろをさげ、髪ぼうぼうの男で、ふゆかいきわまる顔つきをしていた。スペイン人は、肩かけのようなものをかけ、白いひげをもしゃもしゃはやし、つばの広いぼうしからは、長いしらががたれさがり、みどりの色めがねをかけていた。ふたりがはいってきたとき、〈つれのやつ〉は低い声で話していた。ふたりは、壁を背にし、入り口のほうに顔をむけてすわった。そのあいだ、ずうっと、語り手は、しゃべりつづけていた。そのうちに、だんだん、警戒をといたようすが見えはじめ、ことばも、はっきり、ききとれるようになってきた。
「だめだ。おれも、それは、よく考えてみたんだが、どうもおもしろくねえ。あぶねえよ。」
「あぶねえだと!」と、おしでつんぼのスペイン人がうなった――少年たちは、まったくおどろいた。
「こしぬけめ!」
 その声に少年たちは、口がかわき、ふるえあがった。インジャン・ジョーの声だった! しばらく沈黙がつづいてから、ジョーがいった。
「あっちのしごとより、あぶねえしごとがあるものかよ――しかも、なんのこともおこらなかったじゃねえか。」
「あれとこれとはちがわあな。ずっと川上のほうで、しかも、まわりに家があるわけじゃねえんだ。ともかく、おれたちがしくじらねえかぎりは、おれたちのやったことは、だれにも気がつかれっこはねえんだ。」
「ふん、だが、まっ昼間、おれたちがここへやってくるくれえ、あぶねえこともねえんだぜ――おれたちのすがたをみつけてみろ、だれだってあやしむぜ。」
「おれだって、そいつあ、知ってらあ。しかし、あいつをしくじってからは、こんな手ごろなうまいとこは、ほかにゃねえぜ。おれは、この小屋をすててえな。じつは、きのうやりたかったんだが、あのいまいましいがきどもが、丘の上で遊んでて、あすこからはまる見えだから、ここでじたばたするのは、おもしろくねえから、やめたんだ。」
〈あのいまいましいがきども〉は、こういわれると、またもやおそろしさにふるえあがった。きのう、金曜日だと気がついて、一日待つことにしたのは、なんとしあわせだったろう。少年たちは、心の中で、一年待ってもよかった、と考えた。
 男たちは、なにかたべものをとりだして弁当をつかった。長いあいだ、だまって考えこんでいたインジャン・ジョーが口をきった。
「おい――おまえは、川むこうの、おまえの古巣へ帰ってろ。おれがたよりをやるまでは、あすこで、じっとしてるんだ。おれは、おりを見て、もう一ど、この村へおみこしをすえて、ようすを見ることにすらあ。ちょっとようすをさぐって、いいと見きわめがついたら、あのあぶねえしごとをやろうじゃねえか。それがすんだら、テキサスへずらかるんだ! いっしょにいこうじゃねえか!」
 それでよし、ということになった。まもなく男たちは、あくびをしはしめた。
「おらあ、ねむくてたまらなくなってきやがった! こんどの見はりは、おめえだぜ。」
 ジョーは、こういって、草の中にごろんとまるくなると、すぐに、いびきをかきはしめた。なかまが一、二どゆすぶると、彼はしずかになった。そのうち、見はりもこくりこくりしはしめた。首が、だんだんさかっていく。ついにふたりとも、いびきをかきはじめた。 上にかくれていた少年たちは、ああ助かったと、長いため息をついた。トムがささやいた。
「さあ、こんどは、こっちの番だぜ――いこう!」
「おらあ、だめだよ――あいつらが目をさませば、おれ、ころされる」と、ハックがべそをかく。
 トムはせきたて――ハックは、しりごみした。とうとう、トムはゆっくりとしずかに立ちあがると、ひとりで歩きだした。が、ひと足ふみだしたとたん、こわれかかった床板が、すごい音をたててなったので、毛がさかだつほどびっくりして、へなへなとすわりこんでしまった。そして、トムは二どと、この冒険をやる気がなくなったのである。少年たちは、おそろしい時がすぎていくのを、じっと、こらえているよりしかたがなかった。時がなくなり、永遠も暮れかかるのではないかとさえ思われた。が、ありがたいことに、ついに、太陽がしずみかけているのに気がついた。
 そのころ、やっと、片方のいびきがやんだ。インジャン・ジョーはすわりなおし、あたりを見まわし――きみのわるいうすわらいをうかべて、なかまを見た。ちょうどあいては、ひざがしらに頭をのせていた――けとばしておこした。
「おい! おめえ、見はりじゃねえか、見はりじゃねえのかよ! だが、まあ、いいや――異状もなかったらしいからな。」
「やあ! おれは、ねむってたか?」
「ああ、まあ、そんなことだ。そろそろ、おでましのお時間がきたらしいぜ、おい。さて、おれたちのちっとばかりのえもの、どうしたもんかな?」
「おれにはわかんねえが――いつものとおり、ここにおいといたら、どうだい。南へすっとぶまで、持ってでたってしようがあるめえ。銀貨で、六百と五十てえと、ちょいとばかり、運ぶのもてえへんだぜ。」
「うん――よかろう――だが、もう一ど、ここへくるなあ、たいしたこっちゃあるめえな。」
「ああ――そりゃそうだが、いつもどおり、夜くることにしようぜ――そのほうがいいぜ。」
「うん。だがなあ、ひとつ考えてみなくちゃなるめえ、あのしごとのつごうつけるにゃ、ちょいと、ひまがかかるかもしれねえからな。ことによると、故障もおきかねねえもんでもねえ。それに、ここは、あんまり、いい場所じゃねえや。ちゃんとしたとこへうずめたほうがよかあねえか――うんと深くうずめるんだぜ。」
「そいつあ、うめえ考えだ。」と、なかまはいって、へやの奥のほうへはいっていくと、ひざをついて、暖炉のうしろの石を一つ持ちあげると、中から、ふくろを一つ、とりだした。気持ちのいい、ちゃりん、ちゃりんという音がひびく。彼は、その中から、二、三十ドルを自分のわけまえとしてとり、インジャン・ジョーにも同じくらいの金をわたすと、ふくろをジョーのほうにおしつけた。ジョーは、すみのほうで、ひざをついて、大型ナイフで、穴をほっていた。
 少年たちは、すぐに、おそろしさも、みじめな気持ちも、すっかりわすれた。むさぼるように、下の男たちのやっていることをみつめていた。しめた――このすばらしさときたら、どんな想像よりもまさっていた! 六百ドルといえば、六人の子どもを金持ちにすることのできる大金じゃないか! これはまったく、幸運な宝さがしだ――どこをほろうかなんていう、あのあてもない、やっかいなしごとじゃないからな――少年たちは、片ひじで、たえずつつきっこをした――この動作は、おたがいに、わかりすぎるほど、わかることだった――
「おい、どんなもんだい、うまいとこにきあわせたもんじゃないか!」――という意味だったからだ。
 ジョーの大型ナイフが、なにかにつきあたった。
「おい!」
「なんだい、そりゃあ?」と、なかまがきいた。
「くさりかけた板――そんなもんじゃねえ、箱のようだぞ、おい――手をつっこんで、なにがあるか見ようじゃねえか。あ、いいや、もう、穴があいた。」
 ジョーは手をつっこんで、なにかつかみだした――。
「おい、金だぜ!」
 ふたりの男たちは、ひとにぎりの金をしらべた。金貨だ! 二階の少年たちは、下の男たちにおとらず、わくわくしてよろこんだ。
 ジョーのなかまがいった。
「こいつあ、早いとこ、かたづけようぜ。暖炉のむこうがわのすみの草ん中に、古ぼけてさびついたつるはしがあったっけ――ちょっとまえに見たんだ。」
 彼は、とんでいって、少年たちのつるはしとシャベルを持ってきた。インジャン・ジョーは、つるはしをとると、おかしいぞというように、すみからすみまでしらべ、首をふって、なにかひとりごとをつぶやいた。それから、それを使ってほりはじめた。箱は、すぐあらわれた。あまり大きくはなかったが、鉄のわくがはまっていて、もとは、がんじょうな箱だったらしい。それが、長い年月のあいだに、すこし、くさっていた。男たちは、しばらくのあいだ、うれしさのあまり、だまりこくって、その宝物をじっと見つめていた。
「こりゃ、おめえ、何千ドルってしろものだぜ」と、インジャン・ジョーがいった。
ミューレルの一味が、ここらをひと夏、うろついてたとは話にきいていたが。」
「そいつあ、おれも、知っている。これは、ひょっとすると、それかもしれねえぜ。」
「こうなりゃ、おまえ、あっちのしごとは、うっちゃったっていいんじゃねえか。」
 ジョーは、これをきいて、まゆをよせた。
「おめえ、おれを知らねえんだ。すくなくとも、あのことについちゃ、まるっきり知らねえんだ。こいつあ、ぜったいにぬすみだけじゃねえんだぜ――しかえしなんだ!」
 このとき、ジョーの目に、凶悪な光がひらめいた。
「そのときは、おめえに手をかしてもらいたいんだ。それがおわったら――それから、テキサスさ。おめえのナンスと、がきの待ってるうちへ帰んな。それで、おれのたよりがとどくまで、したくをして待ってろよ。」
「そうか――おまえがそういうなら、そうしよう。だが、ときに、こいつは、どうする?――また、うめとくか?」
「ああ。」(二階では、ぞくぞくするほどのよろこび)「いけねえ! とんでもねえこった、だめだ!」(二階ではひどくがっかり)「あぶなくわすれるところだっけ。あのつるっぱしにゃ、新しい土がついてたぜ!」(少年たちは、おそろしさに、たちまち、ちぢみあがった)「つるっぱしやシャベルが、また、なんだって、こんなところにあるんだ? なんだって、新しい土なんかついてんだ? だれが持ってきやがったんだろう――そいつらは、どこへいきやがったんだ? おめえ、だれかくる音、きいたか?――だれか見たか? へっ! ここへうずめて、だれかがきて、やつらに土をほじくらせて、こっちは、それですましていいのか? あぶねえ――あぶねえ。おれの巣へ運ぶとしよう。」
「なるほど、そうだ! そいつは気がつかなかった。おまえの巣ってえの、一号かい?」
「いや――二号だ――十字架の下よ。ほかんとこはいけねえ――あまり人目につきすぎらあ。」
「よしと。そろそろくらくなった、でかけるとしようか。」
 インジャン・ジョーは立ちあがって、窓から、窓へ、用心ぶかく、外をのぞいてまわっていたが、こんなことをいいだした。
「いったい、だれがこんな道具、ここへ持ってきやがったんだろう? 上にでも、そいつら、いやがるんだろうか?」
 少年たちは、おそろしさに息がとまった。インジャン・ジョーは、ナイフに手をやって、ちょっと立ちどまった。どうしたものか、まだ決心がつかないようすだったが、やがて階段のほうへよってきた。少年たちは、すぐ戸だなのことを思いついたが、足がいうことをきかなかった。足をかけるたびに、階段はきいきい音をたてた――絶体絶命! どたん場に追いつめられて、考えられぬほどの強い力がわいた――ふたりは、どうにかこうにか戸だなの中にとびこもうとした、そのとたん――くさった材木のおれる音がして、インジャン・ジョーは、こわれた階段の木片の散乱したその中へおちていた。ジョーは、口からでほうだいわめきながら、おきあがった。なかまの声がきこえた。
「そんなことして、どうしようってんだ? だれがやったっていいじゃねえか。やつらがいるとしたとこで、上にのぼってるんなら、いさせてやるさ――かまうもんか。やつらがとびおりてきて、ごたごたしたいんなら、やらせたらいいさ。とめようったって、そうはいくめえ? もう十五分もすりゃ、うすぐらくならあ――おれたちのあとをつけようってんなら、つけさせてやるさ。おらあ、かまわねえ。だれだか知らねえが、こんなもの持ちこんだやつら、おれたちを見て、きっと、ゆうれいか悪魔か知らねえが、かってに、おれたちをそんなものと、思いこんだにちげえねえや。やつら、きっと、いまごろはまだ、つっ走ってるとこだぜ。」
 ジョーは、しばらくぶつくさいっていたが、なかまのいうことをきいて、すこしでも日のあるうちに、にげだすしたくをするほうがいいということになった。それから、ふたりは、ばけものやしきからこっそりでて、たそがれせまる夕やみの中を、だいじな箱をかかえて、川のほうへ歩いていった。 トムとハックは、立ちあがった。すっかり、つかれていたが、それでも、ほっとすくわれた思いで、柱のさけめから、遠くさっていく男たちの、うしろすがたをながめていた。あとをつける? いや、とんでもないことだ。少年たちは、首の骨をくじかずに、地面におりられたことだけでまんぞくし、丘をこえて、村へでる道をたどっていった。とちゅう、ふたりは、あまりしゃべらなかった。自分たちのやったことに、むしょうに腹がたったのだ――つるはしとシャベルを持ちこんだ、運のわるさに腹がだったのだ。あれさえなかったなら、インジャン・ジョーは、すこしもうたがいをおこさなかっただろう。銀貨の上に金貨をかさねて、〈しかえし〉とやらがおわるまで、かくしておいたにちがいないのだ。そして、ふいに、金がなくなったのに気がついて、運のなさをなげくところだったのだ。考えてみると、あんな道具を、あすこへ持ちこむなんて、なんと、運のわるい、まったく運のわるいことだったことか! ふたりは、あのスペイン人を見はりすることにきめた。その〈しかえし〉のしごとをするために、村にきておりをうかがうというから、きっとくるだろう。そのとき、そこがどこであろうと、その〈二号〉へつけていく決心をした。そのとき、とつぜん、おそろしい考えが、トムの頭にひらめいた。
「しかえしだって? そりゃ、きっと、おれたちのことじゃないのか? ハック!」
「ああ、そんなこというなよ!」と答えたハックは、息もたえだえだった。
 ふたりは、このことについて、いろいろと話しあった。村についたころには、つぎのように意見が一致した――ジョーのねらっているあいては、ことによると、ほかの人かもしれない、もし、かりにトムだとしても、トムひとりきりで、すくなくとも、そのなかまをさすのではあるまい。証言したのは、トムひとりだけだったのだから――。
 自分ひとりだけが、危険にさらされるということは、どう考えてみても、トムには、あまりうれしいことではなかった! だれかなかまがいっしょなら、うんと気が楽になるのだがと、トムは思った。
27 〈第二号〉をさがす
 昼間の冒険は、夜になって、トムを夢の中でおおいに苦しめた。四ども、あのたいした宝物に手をかけたが、四どとも、指の中になにものこっていなかった。ねむりからさめ、意識がはっきりしてくると、あの運のわるかったざんこくな現実が、ひしひしと感じられてきた。こうして、夜明けがたに、ベッドの中に横になったまま、あの大冒険の、こまごまとしたいきさつを思いだそうとすると、なんだか、みょうに、はるかかなたへ遠のいていってしまうような気がしはじめた――なんだか、どこかべつの世界のできごとか、でなければ、ずっとむかしのことのように感じられた。あの大冒険というのも、きっと、夢にちがいない、という考えが、いっしゅん、ひらめいた。こういうひらめきがわいたのには、それそうとうの深いわけがあった――つまり、トムの見た金貨があまり多すぎて、現実ばなれがしていたからである。これまで、いちどきに見たたくさんの金高ときたら、たかだか五十ドルぐらいにすぎず、それ以上、見たことはなかったのだった。それに、トムは、トムぐらいの年かっこうや境遇の少年たちと同じように、〈何百〉だの〈何千〉だのとは、口ではいっても、ただ、ことばのあやにすぎず、じっさいに、そんなばくだいなお金が、この世にあるとは思ってもみなかった。百ドルというような大金が、だれかの手に、じっさいに、にぎられているなんてことは、いまがいままで、考えたことさえなかったのである。うずもれている宝物について、いままでトムが考えていたことを分析してみると、それは、ひとつかみのほんものの十セント銀貨と、なにかもやもやとした、つかみどころのない、すばらしいドルの山とからできていたといえる。
 しかし、あの大冒険のいきさつを、あれこれ考えてみると、だんだん、そのいちいちのことがらが、はっきりと形をとって感じられてきた。やっぱり、あのことは、夢ではなかったのだろうという気持ちが、強くなっていった。このもやもやとした気持ちは、なんとか早くきれいさっぱり、ふきはらわなければならなかった。そこで、いそいで朝の食事をすまして、ハックにあおうと、そそくさと、うちをとびだした。
 ハックは、平底舟の舟べりにこしをかけて、ぼんやりと、水をけっていた。気がめいって、どうにもならないといったような顔つきだった。トムは、なんとかして、ハックをあの問題のほうへひきずっていこうとした。もし、ハックがあのことについて関心をしめさないとしたら、あの冒険もただの夢にすぎなかったということがわかるわけだ。
「おはよう、ハック!」
「おはよう、トム!」
 しばらくのあいだ、ふたりは、だまっていた。
「トム、もし、おれたちが、あのいまいましい道具を枯れ木のとこへおいてきさえすりゃ、金が、手にはいったんだぜ。なあ、ああ、ひでえめにあったなあ!」
「じゃ、夢じゃなかったんだな、してみると、夢じゃなかったんだ! どうかすると、おれは、夢のほうがよかったと思うことがあるんだぜ。夢でないとすりゃ、えらいことになったな、ハック!」
「夢じゃないとは、なんだい?」
「ほら、きのうのことさ。おれは、ほんとのような気がしないんだ。」
「夢だって! あのとき、はしご段がこわれなかったら、おまえも、おもしろい夢がたんと見られたろうさ! おれはまた、ひと晩じゅう、夢の見つづけさ――あの、目にきれをあてたスペイン人のちきしょうが、そのたんびにでてきやがるんだ――くたばっちめえ、あんなやつ!」
「だめだよ、くたばっちゃだめなんだ。つかまえるんだ、あいつ! 金のあとを追っかけろ!」
「おれたちにゃ、あいつら、きっとつかまえられねえぜ、トム。だれでも、あんな山のような金にでくわすのは、一どしきゃないんだぜ――それで、どっかへかくれちまうんだ。だけど、おれ、あいつにあったら、ふるえあがっちまうだろうな。」
「そりゃ、おれだってそうさ。だけど、おれ、もう一ど、あいつにあいたいな――それで、あとをつけてって――〈二号〉をつきとめたいんだ。」
「〈二号〉――うん、そうだったな。そいつをおれも、うんと考えてみたんだ。けどね、なんのことだか、わかんねえ。おめえ、どう思う?」
「おれだって、わからないよ。むずかしすぎらあ。あっ、ハック! ひょっとすると、家の番号かもしれないぜ!」
「そうだ!………いや、ちがう、トム。ちがうよ。そうだとしても、こんなちっぽけな村のじゃないよ。ここの村の家にゃ、番号なんて、ついてないもん。」
「うん、それもそうだなあ。ちょっと考えさしてくれよ。そうだ――ヘやの番号だ――宿屋《やどや》のさ、な!」
「ああ、大あたり! 村にゃ、二けんしか宿屋はないし、と。すぐわかるぜ。」
「おまえ、ここで待ってろよ、ハック。おれ、すぐ帰ってくるから。」
 トムは、すぐさまとびだしていった。人のいる場所へ、ハックといっしょにでかけるのは、あまりすきじゃなかったからだ。トムがしらべてくるのに半時間ほどかかった。彼のしらべによると、いちばん上等の宿屋の二号室は、ずっとまえから、若い弁護士さんがかりていて、いまでもそのまま、ずっととまっているということだった。すこし品のおちた宿屋では、二号室は、あやしいふしがあった。宿屋の若だんなのいうには、そのへやは、いつもかぎがかけっぱなしで、人がでたりはいったりするのは、夜だけらしく、どうして、そういうことなのか、特別なわけは、かいもくわからない、いくぶんへんだとは思うが、それほど気にもかけていなかった。あのへやには、きっとばけものでもでるのだと考えて、あまりせんさくもせずに、かたづけている、ゆうべは、たしか、あかりがついていた――とのことだった。
「というわけさ、ハック。おれたちのさがしてる二号ってのは、そこだと思うぜ。」
「おれも、そう思うよ、トム。それで、これからどうする?」
「ちょっと、考えさしてくれ。」
 トムは、長いあいだ考えこんでいたが、やがて、こんなことをいいだした。
「こうなんだ。二号室の裏口は、あの宿屋と、がたがたのれんが倉庫のあいだの細い道とむかいあってるんだ。おまえは、できるだけ、戸のかぎをかき集めてこいよ。おれも、おばさんとこのをみんな持ってくるから。それで、やみ夜を待って、くらくなったら、すぐいって、戸をあけてみるんだ。それから、おまえは、インジャン・ジョーを見はるんだ。あいつは、また村へしのびこんで、しかえしにつごうのいいしおをねらうっていっていたじゃないか。もし、あいつをみつけたら、すぐあとをつけるんだ。あいつが、あの二号室へいかなけりゃ、あすこじゃないんだからな。」
「うわあ、おれひとりで、あとをつけるなんて、いやだよ!」
「だって、夜だぜ。あいつにゃ、おまえがわかりゃしないよ――それに、わかったって、べつに、なんとも思やしないさ。」
「そうだな、うんとくらかったら、つけてもいいけど。知らねえよ――知らねえけど、まあ、やってみよう。」
「くらけりゃ、おれなら、きっとつけるぜ、ハック。きっと、やつのこった、しかえしのおりがつかめず、まっすぐ、あの金貨のところへやってくるかもしれないよ。」
「そうだな、トム。きっとそうだな。よし、おれ、つけてやろう。ああ、きっとつけるとも!」
「やっと、おめえらしく、しゃべるじゃないか! だめだぜ、びくびくしてちゃ。おれは、おじけづきゃしないぜ、ハック。」

28 インジャン・ジョーの巣《す》で
 その晩、トムとハックは、冒険のしたくにとりかかった。九時すぎまで、ひとりは、遠くのろじから見はりをし、ひとりは、入り口のあたりを見はりながら、宿屋の近くをうろついていた。しかし、だれひとり、ろじをはいったり、でたりする者もなかった。あのスペイン人に、似ている者が、宿屋をではいりするけはいもなかった。その夜は、天気もよくなりそうだった。そこで、もしも、かなりくらくなるようだったら、ハックがトムの家までいって、ねこのなきまねをするから、そしたらトムもうちをしのびでて、かぎをためすことにしよう――と、話をつけて、トムはうちへ帰った。けれども、いつまでたっても、まっくらになりそうにもなかったので、ハックは見はりをやめて、十二時ごろ、うちへ帰って、さとうのあきだるの中でねた。
 火曜日も、同じく運がなかった。水曜日もだめだった。が、木曜日の夜は、運がむいてきそうな気がした。トムはころあいを見はからって、おばさんの古ぼけたブリキのカンテラと、大きなタオルを持って、うちをぬけだした。タオルは、カンテラにかぶせて、あかりがもれないようにするためだった。まず、そのカンテラを、ハックのさとうだるの中にかくすと、いよいよ、見はりをはじめた。十一時には、宿屋もしまり、あかり(そのあたりでの、ただ一つのあかりだった)もきえた。スペイン人などは、影も形もなかった。ろじをではいりする者は、だれひとりなかった。なにもかも、さいさきがよかった。空はうるしのようにまっくらで、ときおり、わずかに、遠いかみなりの音がきこえるほかは、しいんと、しずまりかえっていた。
 トムは、カンテラをとりあげ、大だるの中であかりをともし、タオルで、ぐるぐるまきにした。そして、ふたりの冒険少年は、あの宿屋をさして、くらやみの中をそろそろ進んでいった。ハックが、見はりに立ち、トムだけが、手さぐりで、ろじにはいっていった。こうして、じっと待っている間の心配は、ハックの胸に、小山のように重くのしかかってきた。ハックは、カンテラの光が見えてくれさえすればいいのに、と思いはしめた――カンテラの光が見えれば見えるで、おそろしさにかわりはないが、ともかく、トムが生きているということだけはわかるのだ。トムがいってから、何時間もたったような気がした。気絶してたおれているかもしれぬ、死んでいるかもしれぬ。いや、こわさと興奮とで、心臓がはれつしてしまったのかもしれぬ。こうした不安にせめられて、ハックは一歩、ろじの奥へはいっていった。あらゆるおそろしいできごとをひしひしと感じ、さいごの破局がとつぜんおこったら、息の根もとまるだろうと、ちらと考えた。息の根がとまるのは、ぞうさもないことだ。このとき、ハックの息は、ごくわずかしかつけないふうだったし、胸の鼓動は、いまにも心臓がはれつしそうだったからである。とつぜん、ぱっと光がさし、トムが、風のように、ハックのそばをかすめてさっていった。
「走れ!」と、トムがいった。
「走れ、全速力!」
 この命令は、くりかえす必要はない。一どでたくさんだった。ハックは、二どめの声がでないうちに、時速三、四十マイルほどの速さで走りだしていた。少年たちは、村はずれの、あき家の屠殺場の小屋につくまで、一どもとまらずつっ走った。そこへとびこむが早いか、とつぜん、あらしがきて、雨がざざあっと、ふってきた。ようやく、息がつけるようになると、すぐ、トムはいった。
「おっかなかったぜ、ハック! おれ、できるだけそっと、かぎをまわしてみたんだ。二つだけ、やってみたんだ。だけど、そいつときたら、またでっかい音をたてやがるんだ。おれ、おっかないのなんのって、息がとまるかと思った。かぎは、二つとも、きかないんだ。おれ、自分でもなにがなんだかわからずに、とってをまわしてたんだ。戸が、すうっとあきやがった! かぎがかかってなかったんだ! おれは、とびこんでって、タオルをふるいおとした――すると、ああ、おそろしや!」
「なんだって――なにを見たんだって? トム。」
「おれは、もうすこしで、インジャン・ジョーの手にのっかるところだったんだ!」
「まさか!」
「ほんとさ、そうなんだ! あいつ、床の上で大の字にねてやがったんだ。あの、いつもの眼帯をしてさ、両手をひろげて。」
「へえ! で、どうした? やつ、おきたか?」
「ううん。びくっとも動かなかった。よっぱらってたんだろうな。おれ、すぐ、タオルをひっつかんで、とびだしたんだ!」
「おれだったら、タオルなんてわすれちゃうだろうな!」
「だけど、おれ、わすれないぜ。あれ、なくしたら、おばさんにひどいめにあうもんな。」
「おい、トム、おめえ、あの箱見たかい?」
「だって、ハック。おれ、そこらをゆっくり見るどこじゃなかったんだ。箱も見なかったし、十字架も見なかったよ。インジャン・ジョーがねてるわきに、酒びんと、すずのコップがころがってるのがわかったほか、なんにも、わからなかった。そう、そう、へやの中にゃ、酒だる二つと、びんがたくさんあったっけ。ばけもののでるへやってのが、これで、わかりゃしないかい?」
「どうして?」
「ああ、そいつぁね、ウイスキーのおばけがでるんだよ! 禁酒宿屋には、きまって、どこでも、ばけものがでるへやがあるんだぜ、ハック。」
「そうか、そうらしいな。だれが、そんなこと考えだしたんだろう? だけど、おい、トム、インジャン・ジョーがよっぱらってるんなら、あの箱とるの、いまがいちばんいいときじゃないのかい?」
「まったくだ! おまえ、やってみろよ!」
 ハックは、ふるえた。
「うわあ、だめだよ――おれには、できねえよ。」
「おれだって、ハック。インジャン・ジョーのそばにたった一びんじゃ、まだたりないよ。せめて三本ありゃなあ、ほんとによっぱらってるなら、おらあ、するけどなあ。」
 長いあいだ、考えこんでから、トムがいった。
「おい、ハック、インジャン・ジョーがあすこにいなくなるまで、やめにしよう。あんまり、おっかなすぎるもん。もし、おれたちが、毎晩見はってたら、いつかは、あいつがでかけるのがわかるって寸法さ。そしたら、あっというまに、あの箱、さらっちまえよ。」
「うん、そいつあ、いいや。おれ、夜っぴて、見はるぜ。毎晩やるぜ。おまえが、ほかのところをひきうけてくれたらな。」
「ようし、ひきうけた。おまえは、フーバー通りを、ちょいとひとまわりして、『ごろごろ、にゃあ』をやりゃいいんだ――もし、まだおれがねむってたら、窓に石をぶっけろよ。そしたら、おれ、おきるから。」
「わかった。いいともさ!」
「あらしもあがったらしいな、ハック、おれ、うちへ帰るよ。もう二、三時間もすれば、夜が明けらあ。おまえ、帰って、ずっと、はり番してるかい?」
「ああ、やるとも、トム、やるよ。毎晩、一年だって、あの宿屋のまわりを、うろついてみせらあ! 昼間ねむって、夜じゅう、番してらあ。」
「うん、よし。じゃ、おまえ、どこでねてる?」
「ベン=ロジャーズんちのまぐさ小屋だ。あいつが、貸してくれたんだ。それから、おやじさんのやとい人の黒んぼのアンクル・ジェークも、いいっていったんだ。アンクル・ジェークにたのまれると、いつでも、おれ、水運びしてやるんだ。そのかわり、こっちがねだると、あまってれば、いつでも、たべものをわけてくれるよ。あいつは、とてもいいやつだぜ、トム。あいつも、おれがすきなんだよ、きっと。おれが、あいつより、りっぱな人間みたいなふうをしたことがねえからさ。ときどき、すわりこんで、いっしょに食うんだ。だけど、おまえ、だれにもだまってろよ。めちゃめちゃに腹がへってるときは、ぎょうぎなんか、かまっちゃいられねえもんな。」
「じゃ、なんだ、もし、昼間、用がなけりゃ、ねかしといてやるよ。じゃまなんかしにいかないよ。そのかわり、夜、なにかかわったことがあったら、とんできて、『ごろごろ、にゃあ』をやるんだぜ。」

29 ハック,ダグラス夫人をすくう
 金曜日の朝、トムの耳にはいった、さいしょのニュースは、うれしいものだった――サッチャー判事一家が、まえの晩、町へ帰ってきたのであった。インジャン・ジョーも宝物も、しばらく重要ではなくなって、かわりにベッキーが、トムの関心のまとになった。さっそく、ベッキーにあい、ふたりは、学校友だちといっしょに、〈探偵ごっこ〉や〈陣とり〉をして、さんざん楽しいときをすごした。その日は、特別みちたりた気持ちで、暮れていった。ベッキーは、おかあさんにせびって、ずっとまえに約束して、まだのびのびになっているピクニックを、あすにしてくれとたのみ、やっと、おかあさんがゆるしてくれたのである。ベッキーのよろこびは、なんともいいようがなかった。トムも、負けずによろこんだ。招待状は日暮れまえにとどけられ、村じゅうの子どもたちは、その準備と、あすの楽しみとでわきたった。トムも興奮して、ずいぶんおそくまでねつかれなかった。それで、ハックの「ごろごろ、にゃあ」がきこえてくればよいと、しきりに待ちのぞんだ――そうすれば、あくる日、ベッキーやみんなを、宝物でおどろかせてやれるのにと、楽しみにしていた――が、そのあてがはずれた。その晩はとうとう、なんのあいずもなかった。
 やがて、朝になった。そして、十時か十一時ごろには、はしゃぎまわっている子どもたちが、サッチャー判事のうちのまえにむらかって、出発の準備は、すべてととのった。こうしたピクニックには、子どもたちの楽しみをそがないよう、おとなたちはくわわらない習慣だった。十八歳ぐらいの娘さん、それに二十三、四の若者たちの監督で、子どもたちは、じゅうぶん安全だと、おとなたちは考えていた。古い蒸気船を一そうやとってあったので、陽気な一団は、めいめい弁当のはいったバスケットをさげて、大通りをよろこびいさんで歩いていった。シッドは病気だったので、この楽しみにはくわわれなかった。メァリーは、うちにのこって、シッドの看病をすることになった。サッチャー判事の夫人は、わかれしなに、ベッキーにいった。
「きっと、帰りはおそくなるでしょうね。船つき場のそばのお友だちのところで、ひと晩とめていただいたほうがいいでしょうね。」
「じゃ、あたし、スージー=ハーパーのところで、とめていただくわ、おかあさん。」
「ええ、そうなさい。よく気をつけて、おとなしくするんですよ、いいですか。」
 やがて、みんなとびはねながら歩いているとき、トムがベッキーにいった。
「ねえ――ぼくたち、こうしようよ。ジョー=ハーパーんちなんかへいかずに、丘をかけのぼって、ダグラスの奥《おく》さんとこで、とめてもらおうよ。アイスクリームをごちそうしてくれるよ! 毎日つくるんだってさ、――うんと、さ。そして、ぼくたちがいったら、とてもよろこぶよ、きっと!」
「まあ、おもしろそうね!」
 それから、ベッキー、ちょっと考えて、こんなことをいった。
「まあ、ママはなんていうかしら?」
「ママなんかに、わかるもんか。」
 ベッキーは、しきりに、そのことを考えてみて、
「それはいけないことだと思うわ――でも――」と、にえきらない。
「なんだい! ママは知りゃしないし、だから、なにもわるいことないじゃないか? ママは、きみがぶじなら、それでいいんだと思うよ。もし、ママがダグラスおばさんのことを考えつけば、きっと、きみにいきなさいっていったぜ。そうさ、それにきまってらあ!」
 ダグラス未亡人《みぼうじん》のすばらしいもてなしは、ほんとに心をひいた。それがトムのすすめといっしょになって、やがて勝ちをしめた。そこで、その晩の計画は、だれにももらさないということになった。と、今晩あたり、ハックが、例のあいずをするかもしれないという考えが、トムの胸にうかんだ。そう考えると、計画の楽しみが、だいぶん、なくなってきたが、ダグラス未亡人のうちでの楽しみはあきらめられなかった。どうしてあきらめる必要があろうか、と、トムはりくつをつけた――まえの晩だってあいずがなかったもの、どうして、今晩、あいずがありそうだなんてことがあるものか? たしかに、ごちそうになれる楽しみのほうが、あてにならない宝物よりもだいじだった。トムはいかにも少年らしく、気のむくほうになびこうと心にきめて、もうこの日は、金貨の箱のことは考えまいとした。
 村から三マイルほど川下の、木のしばった入り江で船をとめ、しっかりとつないだ。子どもたちが、かたまって岸へあがったと思うまもなく、遠くの森や、高い岩のがけの上から、さけび声や、わらい声が、遠く近くこだました。みんながいろいろなことをして、暑くなり、くたびれはてて、やがて、放浪者たちは、すっかりおなかをへらした。ぶらぶらと、集合地までひきかえし、ごちそうをむしゃむしゃとたべはじめた。ごちそうがすむと、枝をはったかしの木かげでしゃべったり、ねころんだりして、楽しくさざめいた。やがて、だれかが大声をあげた。
「ほら穴にいきたい者は、集まれ!」
 みんな集まった。ろうそくのたばがとりだされて、すぐ丘をのぼるげんきのよい足音がおこった。ほら穴の入り口は、丘の中腹にあって――Aの字の形をした穴だった。がっしりしたかしの木の戸は、かんぬきがついていなかった。奥《おく》のほうは小さいへやのような形になっていて、氷の倉のようにつめたかった。大自然の作ったがっしりした石灰岩の壁は、つめたいつゆをふくんでいた。このくらやみの中に立って、日にかがやくみどりの谷間を見おろすことは、ロマンチックで、神秘なながめだった。しかし、そうした印象におどろく気分は、すぐにどこかへきえてなくなり、また、みなは、はしゃぎだした。ろうそくをともすと、そこヘ一どに、どっとおそいかかる。やられまいとろうそくを守る者は、けんめいにたたかい、勇敢にふせぐ――が、ろうそくはすぐたたきおとされて、火はきえてしまう。わあわあと、うれしそうなわらい声がひびいて、また新しいとりあいがはじまる。が、あらゆることには、おわりがある。やがて行列をつくって、一同は、きゅうなくだり坂の本道を奥深く進んでいった。何列もずっとつづいているろうそくのあかりは、きりたった岩の壁が頭上六十フィートのところで、にぶいてりかえしを見せていた。この本道は、幅八フィートか十フィートしかなかった。二、三歩の間隔をおいて、左右に、やはりきりたった壁の、すこし細い道がわかれていた――マックドーガルのほら穴は、くねくねした小道がいたるところでいりまじり、いりまじって、ふくろ小路になったりしている、長い迷路だったのである。いく日もいく夜も、その岩のわれめのいりくんだ道を、歩きまわっても、そのほら穴のつきるところにはいきつくことができないといわれていた。そして、どんどんおりていっても、同じことだというのである――迷路につぐ迷路で、どこまでいっても、おわりがないのだ。ほら穴を〈知っている〉者は、だれひとりいなかった。それは、とうてい、できないことなのである。若い者たちは、ほら穴の一部は知っていたが、知っているところをこえて、がむしゃらにはいりこんでみようとはしないのが、ふつうだった。トム=ソーヤーも、ほかの人が知っているくらいは、このほら穴を知っていた。 一行は、本道を四分の三マイルほど進み、それから、五、六人組やふたり組にわかれて、くらい小道にはいりこみ、陰気なろうかをとぶように走りぬけたり、小道の出あうまがりかどで、おどかしあったりした。〈知っている〉ところよりさきにいかなくても、三十分くらいは、ほかの人たちにみつからずにかくれていることができた。
 やがて、三人五人とかたまって、ほら穴の入り口へもどってきた。息をきらし、大はしゃぎにはしゃいで、頭から足のさきまで、ろうそくのろうをくっつけ、土まみれになり、この日の成功に心からよろこんで――そして、時のたつのもわすれ、日が暮れかかるのも知らないでいたのに気がついて、おどろいた。鐘はもう三十分も、がらんがらんと、みなをよびつづけていたのだ。しかし、この日の冒険が、このようにおわるとは、ロマンチックで、だから、みんなまんぞくだった。蒸気船が、このさわがしい荷物をつんで中流を走りだしたとき、時間のことをくよくよ考えている者は、船長さんだけだった。
 この蒸気船のあかりが、またたきながら、船つき場を通りすぎたころ、ハックは、もう見はり役についていた。ハックの耳には、船の中のさわがしいもの音は、なにもきこえなかった。それも道理、子どもたちは、死にそうにつかれて、しずまりかえっていた。あの船は、なんだろう、なぜ、また船つき場にとまらないのだろうと、ハックはふしぎに思った――が、すぐ、そんなことを考えるのはやめて、自分の任務に熱中した。空はくもりはじめ、夜のやみは、だんだん深くなっていった。十時になった。車の音もたえ、あちこちのあかりはきえはじめ、外をぶらつく人たちの影もなくなった。村じゅうが寝入った。そして、ただひとり、小さい番人は、静けさと、ゆうれいとともにのこされた。十一時になった。宿屋のあかりはきえた。どこもみな、まっくらやみだった。ハックは、ずいぶん長いあいだ、待ちあぐねたような気がした。が、なにもおこりそうなけはいはない。信念が、ぐらつきはじめてきた。見はりをする必要かおるだろうか? ほんとにその必要かおるだろうか? なぜ、あきらめて、ねに帰らないのだ?
 とつぜん、もの音がした。ハックは、たちまち、からだじゅうを耳にした。ろじに面したとびらが、しずかにしまった。ハックは、れんが倉庫のかどまでとびのいた。つぎの瞬間、ふたりの男が、ハックとすれちがいに、ろじをてていった。ひとりは、なにかをこわきにかかえているようだった。あの箱にちがいない! あの宝物をどこかへ運ぶのだ。トムをよびにいっていたら、どうなるだろう? とんでもない――そんなことをしていたら、男たちは、あの箱を持ってどこかへいってしまい、もうみつからなくなるだろう。いや、どうしてもあとにくっついて、ついていこう。こんなにくらくては、みつかることはあるまい。そう思いながら、ハックも、その場をはなれ、そっと、男たちのあとから、はだしの足で、ねこのように、みつからないくらいの間をおいて、そっとつけていった。
 男たちは、川ぞいの通りを、三丁ばかりいって、そこから、十字路を右にまがった。そして、カーディフの丘に通じる坂道をまっすぐ進み、山へのぼっていった。それから丘のとちゅうにあるウェールズ人の老人一家のそばをすぎ、どんどんのぼっていく。しめた、と、ハックは思った。あのむかしの石切り場へうずめるんだな。しかし、男たちは石切り場などにはとまらず、なおもぐんぐんのぼっていく。それから、高いぬるで[#「ぬるで」に傍点]の木のしげみにかこまれた小道にとびこんで、たちまち、すがたをかくしてしまった。ハックは、もう、こうなれば、こちらが見られる心配はないと思ったので、彼らとのあいだをちぢめた。しばらくのあいだ、早足で歩いた、が、いきすぎは禁物、と、速度をゆるめた。それから、ちょっと歩き、ぴたりと立ちどまって、耳をすました。なんのもの音もきこえない。自分の心臓の音だけが、きこえるような気がした。と、丘をこえたむこうから、ふくろうのなき声がきこえてきた――きみのわるい声だ! 足音は、まったくきこえない。しまった! ハックは、足につばさでもはえたように、すっとぼうと思ったとたん、せきばらいがきこえた。四フィートもはなれていない! ハックの心臓は、おどりあがって、のどまでとびだすところだった。が、ぐっとのみこんだ。それから、一どに、一ダースもの熱病にとりつかれたように、ぶるぶるふるえた。立っているのもやっとだった。もうじき、たおれるにちがいないと考えた。ハックは自分のいる場所がどこか、はっきり知っていた。ダグラス未亡人の地所にはいるふみ段から、五歩とはへだたっていなかった。よし、そこらにうめるがいい、ここなら、みつけるのもぞうさもないことだった。
 そのとき、人声がした――低くおさえたような声――インジャン・ジョーの声だった。
「ちきしょうめ、また、客がいるんだな――あかりがついている、こんなにおそく。」
「おれには、なんにも見えねえぜ。」
 その声は、あの知らない男――ばけものやしきで見た、知らない男の声だった。ハックの胸につめたいふるえが走った――とすると、これが、あのしかえしかもしれぬ! にげたほうがいい。だが、つぎの瞬間、ハックは、ダグラスの奥さんが、いろいろ自分にしんせつにしてくれたことを思いだした。この男たちは、きっと、奥さんをころそうとしているのかもしれないぞ。なんとかして、奥さんにしらせてやりたいと思った、が、とてもできそうになかった――やつらが、とびかかってきて、つかまえられてしまうだろう。こんなようなことや、もっとたくさんのことが、ハックの頭をかすめたのは、あの知らない男のことばと、インジャン・ジョーがそれに答えていった、つぎのことばとの、ごくわずかのあいだでしかなかった。
「やぶがじゃましてるからよ。どうだ――こっちへきてみな――どうだい、見えるだろう?」
「うん、なるほど、客があるらしいな。あきらめたほうがよかあないか。」
「あきらめるんだと! そいじゃ、これきりで、ずらかろうってのか! いま、あきらめたら、二どといいおりはあるめえ。まえにもいったが、おれは、あの女のものがはしいんじゃねえんだ――おまえにくれてやらあ。だが、あいつの亭主が、おれをひどいめにあわせやがった――なんども、ひどいめにあわせやがった――治安判事をやってやがって、浮浪罪だとかいって、おれを牢屋にぶちこみやがったんだ。そればかりじゃねえや。そんなことよか、百万倍もひでえことをしやがったんだ!――馬のむちをくらわせやがったんだぜ!――牢屋のまえで、黒んぼみてえに馬のむちをくらわせやがったんだぜ――村のやつらの見ているまえでよ! 馬のむち!――やい、おめえにわかるけえ? やつは、さんざ、おれをひでえめにあわせておいて、くたばったんだ。だが、おれは、あのかかあから、おかえしをとってやるんだ。」
「ああ、あの女をころすなよ! そいつあ、やめてくれ!」
「ころす? だれがころすなんていった? やつが生きていりゃ、ころすかもしれねえが、かかあはころさねえ。女にしかえしをするのに、ころすやつがあるもんか――ばかな! つらをめちゃめちゃにしてやるんだ!」
「ああ、そいつあ、おめえ――」
「だまってろい! そのほうが、てめえの身のためだぜ。おれは、あのかかあを寝台にくくりつけてくれる。血をふきすぎて、くたばったって、それは、おれのせいかよ? やつがないたって、おれは声ひとつたてねえぜ。おい、おめえ、このおれのしごとをてつだうんだぜ――おめえがここにいるなあ、そのためなんだ――おれひとりじゃ、できねえからな。てめえが、万一、ひるみやがったら、まっさきにてめえをころすぞ。やい、わかったな? てめえをころせば、あいつもころすだろうぜ――そうすりゃ、だれがやっつけたか、そいつを知るもんはねえわけだ。」
「ああ、やっつけなきゃならねえもんなら、やっつけよう。早いほうがいいぜ――おらあ、ふるえてきやがった。」
「いま、やるか? あすこに客がきてるのにか? おい、気をつけろ――おらあ、てめえをちっとばかり、うたがいはじめたぜ。まあ、待とう――あかりがきえるまで、待とう――いそぐことはねえや。」
 そのまま、沈黙がつづきそうなのは、ハックにもわかった――これは、どんな血なまぐさい話をきかされるよりも、もっとおそろしいことだった。ハックは息をころし、気をくばりながら、じりじりと、うしろへさがりはじめた。あぶなっかしく片足で立ち、右へひょろひょろ、左へひょろひょろ、もうちょっとのところで、ひっくりかえりそうになるのを、やっと平均をとると、足を注意ぶかく、しっかりとふみおろした。同じように苦心をかさね、同じようにあぶない思いをしながら、また、一歩、また一歩と――小枝《こえだ》が一つ、足の下で、ぽきっとおれた。息がとまった。じっと耳をすましたが、もの音はきこえない――しいんと、しずまりかえっていた。そのありがたさといったら、なんともいいようがなかった。そこで、ぬるで[#「ぬるで」に傍点]の木のしげみが、壁《かべ》のようにならんでいるあいだで、むきをかえた――船がむきをかえるときのように、用心ぶかくむきをかえた――それから、すばやく、だが、用心して歩きだ     した。石切《いしき》り場《ば》までくると、もう、これでだいじょうぶと思って、とくいのいだてん[#「いだてん」に傍点]走りにうつって、とぶように走った。全速力でかけおりて、ウェールズ人の家についた。戸をどんどんたたくと、まもなく、主人の老人と、がっしりしたふたりのむすこの顔が、窓からのぞいた。
「なんだって、そんなところでさわいでいるんだ? だれだ、たたくのは? 用事はなんだ。」
「入れとくれよ!――早く! みんないっちまうよ。」
「おまえは、だれだ?」
ハックルベリー=フィンだ――さ、早く入れてくれ!」
ハックルベリー=フィンだと? なるほど! あんまり、どこでも戸をあけてやるという名まえじゃないようだな、どうやら! だが、おい、入れてやれよ。なにごとがおこったのか、きいてみようじゃないか。」
「おねがいだから、おれの話すこと、だれにもいわないでおくれよ」ハックが、うちの中にはいって、まずこういった。「でないと、ころされちまうもん――だけど、あの後家さんは、おれにしんせつにしてくれたことがあるもんだから、いうんだけど――ほんとに、おれが話したなんていわないって約束してくれたら、おじさんたちに話すよ。」
「なんと、こりゃ、なにか大事件をまきこんで話したいというんだな。さもなきゃ、こんなようすはすまいて!」と、老人はさけんだ。「心配するなよ、ここにいる者は、だれもそんなこと、しゃべりゃしないぞ。」
 それから三分すると、老人とふたりのむすこは、しっかりと武装して、丘の上にのぼっていた。そして、手に手に武器《ぶき》をかまえながら、つまさき立ちで、ぬるで[#「ぬるで」に傍点]のやぶの中の小道にはいるところだった。ハックは、それよりさきへはついていかなかった。大きなまるい自然石のうしろにかくれて、じっと耳をすましていた。待ちどおしい気がかりな沈黙がっづいた。と、まったくだしぬけに、鉄砲の音と、さけび声がおこった。
 ハックは、それ以上、くわしいなりゆきをきくために、待ってなどいなかった。ぱっととびあがると、いっさんに、足のつづくかぎり、丘をかけおりた。

30 ほら穴にのこされたトムとベッキー
 日曜日の朝、しらじら明けかかったころ、ハックは手さぐりで丘をのぼり、あの老ウェールズ人の家の戸をしずかにたたいた。中の人たちはねむっていたが、ゆうべのはらはらする事件のおかげで、ちょっとさわれば、すぐ爆発するようなしかけになっているようなねむりだった。窓から声がした。
「だれだ!」
 ハックは、おびえたような低い声で、それに答えた。
「おねがいだから、入れておくれよ! ハック=フィンだよ。」
「その名をきけば、夜であろうと、昼であろうと、この戸はあけざあなるまいて!――大歓迎だよ!」
 これは浮浪児ハックの耳には、ききなれないことばだった。これまできかされたことばの中で、これほど、うれしいものはなかった。ハックは、自分に、こういうことばをかけられたのは、まだきいたことがなかった。入り口のかけ金は、すぐにはずされ、ハックは、中にはいった。老人と、ふたりの背の高いむすこは、ハックにいすをすすめておいて、すばやくきがえにかかった。
「さて、おまえ、うまくおなかがへっているとよいがなあ。朝めしは、日ののぼりしだい、すぐ用意できるからな。しかも熱くて、ふうふういうやつをやるとしよう――なにも心配するな! うちじゃ、みんな、おまえがゆうべ、ここへもどってきて、とまればいいと思っていたんだ。」
「おらあ、おっかなくてたまらなかったんだよ。だから、にげだしたんだ。ピストルがなったとき、かけだして三マイルも、ずっととまらなかったよ。おれがここにきたのは、あのことをききたかったからだよ、ね。日がのぼるまえにやってきたのは、あいつらにでっくわしたくなかったからなんだ。やつら、もう死んでるかもしんねえけど、あいたくねえから。」
「よし、よし、おまえはひと晩じゅう、ひどいめにあったようだな――まあ、めしでもくったら、この寝床でねむればよい。うん、やつらは死ななかったよ――それを考えると、残念でしかたがない。おまえの話で、くせ者のひそんでいるところは、すぐわかった。そこで、そうっと、やつらの十五フィート手まえまで、しのんでいったんだ――あの道は、地下室のようにまっくらだった――そのとき、きゅうに、くしゃみがでそうになったんだ。なんて運がわるいんだろ! わしは、むりにこらえようとしたんだが、だめだった――どうにもがまんができず、とうとう、はくしょんとやってしまった! わしは、ピストルをあげて、先頭にいたんだが、くしゃみがでて、くせ者どもが、ごそごそやぶの中へもぐりこもうとしたとき、わしは『うて!』と、せがれたちにどなって、そのがさがさとするあたりめがけて、一発ぶっぱなした。せがれたちもうった。やつらは、目にもとまらぬ速さでにげだした。わしらも、すぐ森の中を追っかけまわした。わしらのたまは、はずれたらしい。にげながら、やつらも、一発ずつぶっぱなしたが、ひゅうんと耳もとをかすめただけで、わしたちは、けがもなかった。くせ者の足音がきこえなくなったので、追跡はあきらめ、かけおりていって、巡査をたたきおこした。巡査は、すぐ村の衆をかき集めて、川岸の警備についた。夜が明けるのを待って、署長とその一隊が、山狩りをすることになっている。うちのむすこたちもやがてくわわって、ひとはたらきするところさ。ところで、あの悪漢どもの人相やなんかがわかるといいんだが――そうすれば、どのくらい役にたつかわからんものな。しかし、おまえ、あのくらやみじゃ、やつらのかっこうなど、よくわからなかったろうな?」
「うううん、わかってるよ。おれは村であって、あとをつけてきたんだよ。」
「そいつあ、うまい! ようすを話してくれ――どんなかっこうだったか、話してくれ。」
「ひとりは、おしでつんぼのスペイン人だよ。一、二ど、村にやってきたことがある、もひとりは、いじわるな顔のぼろをきた――」
「それだけ、ききゃいい。おれたちも、知っている! いつか、ダグラスやしきの裏の森であったら、こそこそにげだしたわ。さあ、おまえたち、いって、警察署長に教えてこい――朝めしは、あすの朝でいい!」
 ウェールズ人のむすこたちは、すぐさま、とびだした。むすこたちが、へやをでるとき、ハックはとびあがって、さけんだ。
「ああ、おねがいだから、おれがあいつらのすることしゃべったなんて、だれにもいわないでおくれよ! お、お、おねがいだよ!」
「よし、おまえがそういうんなら、しゃべらんよ。だがハック、おまえも、自分のやったことをみとめてもらってもいいんだぜ。」
「お、お、おねがいだ! おねがいだから、いわないどくれよ!」
 若いむすこたちがでていってしまうと、老ウェールズ人がいった。
「せがれたちは、しゃべらんよ――わしも、しゃべらん。だが、どうして、また、ひとに知られたくないんだ?」
 ハックは、その悪人のひとりについて、まえからよく知っているので、自分が、その男の利益にならぬことをすこしでも知っているということを、それ以上知ってるように思われたくない――それを知ったら、きっところされちまうんだ――というほか、くわしい説明をしなかった。
 老人はあらためて、ひみつを守る約束をしたあとで、いった。
「どうして、やつらのあとをつける気になったのだ? あやしく思ったのか?」
 ハックは、じゅうぶん用心ぶかいへんじを考えだすまで、しばらくだまっていた。
「なあ、おじさん。おれは、いい星の下には生まれなかったよ――みんなもそういうし、おらあ、そうかもしれねえ――それで、考えると、ねむられなくなっちまうことがよくあるんだよ。そんなときにゃ、なんとかして、そんな考えをなくしてしまおうと思ってるんだ。ゆうべもそうだったんだ。ねむれねえもんだから、夜中近くまで、通りをぶらぶらいったりきたりしたんだよ。ちょうど、あの禁酒宿屋のそばの、こわれかかったれんがの倉庫のとこまできたとき、壁によっかかって、考えごとをしようとしたんだ。そのときさ、あいつが、なんだかへんなものをかかえて、おれのそばを風のように通っていったんでさ。これは、てっきり、やつらがぬすみをしたんだと思ったんだ。ひとりはたばこをふかしてたんで、もひとりが火を貸してくれっていったよ。そこで、やつらは、おれのすぐまえにとまって、葉巻の火で、でかいほうのやつが、あのスペイン人だってことがわかったんだ。白いほおひげと、眼帯でわかったんだ。もひとりのやつは、ぼろをきた悪党で――」
「たばこのあかりで、ぼろが見えたのか?」
 この質問は、ちょっと、ハックをまごつかせた。
「うん、おれ、知らないけどさ――なんだか見えたような気がしたんだよ。」
「それで、やつらは歩きだして、それから、おまえは――」
「あとをつけたのさ。そうなんだよ。こそこそいくから――見とどけてやろうとしたんだ。おれは、後家さんちの裏口までくっついてって、くらやみの中で立ってきいていると、ぼろのやつが、後家さんをころすなってたのむと、スペイン人が、後家さんの顔をだいなしにしてやるんだって毒づいたのさ、ゆうべ、おじさんとむすこさんに話したみてえに――」
「なんだと! 口のきけないやつが、そういったんだって!」
 ハックは、また、大しくじりをやった。注意に注意をかさねて、あのスペイン人がだれだか、すこしも暗示もあたえまいとしたのに、そのいっさいの努力をうらぎって、舌のやつが、ことをもつれさせようとしているのだ。この、自分でまねいたおとし穴からはいだそうとして、なんどもつとめてはみたが、老人の目にぴたりと見すえられて、へまばかりいった。まもなく、老人がいいだした。
「わしをこわがることはないよ。どんなことがあっても、髪の毛一本、さわらせはせんよ。いや――おまえを守ってやろうというんだ――守ってやるつもりだ。あのスペイン人はおしでもなければ、つんぼでもない。な、おまえは、うっかり、口をすべらしちまった、というわけだな。いまとなっちゃ、しかたがない。おまえは、あいつのことでかくしておきたい、というわけだな。さ、わしを信じなよ――わしを信じて、それをいってみな――わしは、おまえをうらぎりはしないぜ。」
 ハックは、老人の正直な目を、いっしゅん、みつめたが、耳の中にささやきかけた。
「あいつあ、スペイン人じゃないんだ――インジャン・ジョーなんだ!」
 老人は、いすからころげおちんばかりにおどろいた。そして、すぐいった。
「それで、わかった。おまえから話をきいたときは、わしは、こりゃ、つくりごとだと思ったんだ。白人は、そういうしかえしはしないからだよ。だが、インジャン・ジョー! これなら、話がちがうわい。」
 朝食をとりながら、話ははずんだ。老人が、ゆうべねるまえに、むすこたちとカンテラをさげて、もう一ど、あの裏口まででかけていって、血のあとはないかと、近くをさがしにいった話をした。――血のあとはみつがらなかったが、ただ大きな――。
「なに?」
 もし、このことばが、電光だったとしても、ハックの青ざめたくちびるから、こんなにとっさに、とびだしてはこなかったろう! 目をかっとひらき、息をのみ――へんじを待っていた。老人のほうも――ハックをにらみかえした――三秒――五秒――十秒――やがて、答えた。
「どろぼう道具のたばさ。おお、いったい、おまえ、どうしたんだ?」
 ハックは、うしろへもたれかかり、しずかにあえいだ。なんともいえず、ありがたかった。老人は好奇心にかられて、じっとハックをみつめていたが――やがて、いいだした。
「そうだ、どろぼうの七つ道具だ。それをきいて、おまえ、ずいぶん安心したようだな。なぜ、そんなふうに考えたのかな? わしらがなにをみつけたと思っていたんだね?」
 ハックは、たじたじした――もの問いたそうな目は、ハックを、じっと見すえた――もっともらしいへんじを、なんとか、ひねりだそうとした――が、すこしもうかんでこなかった――もの問いたそうな目は、きりのように、深く深くもみこんでくる――どうもこうもない、でまかせに――意味のないへんじを――力なく――口にだしてしまった。
「日曜学校の本かと思って――」
 あわれなハックは、ひどく苦しい気持ちだったので、笑顔をうかべるどころではなかったが、老人は、頭から足のさきまで、からだをもんで、うれしそうに、大わらいした。これだけ大わらいすると、医者の勘定書がうんとへることになるから、ポケットに金がたまるようなもんだ、といった。やっと、わらいおさめた。
「かわいそうに、顔色もわるいし、やつれているよ――すこし、ぐあいがわるいんだろう――むりもないわ、すこしばかりおどろいたんだからな。なに、じき、よくなるよ。よくねむって休めば、すぐよくなるよ。」
 ハックは、あんなにおかしな興奮をしめすなんて、なんとばかだったろう、と考えると、いらいらした。未亡人のやしきの裏口で話をきいたとき、すぐ、男たちが宿屋から持ってきたのは宝物でない、と気づいていたのに。彼は、それが宝物でないと、ただ考えただけなので――宝物でないと知っていたわけではない。――だから、あの荷物のことをいいだされると、たちまちおちついてなどいられなくなった。だが、この小さいできごとは、うれしいものだった。まず、なによりも、それがあの荷物でないことが、はっきりわかったからである。そこでやっと安心し、たいへん気持ちがよかった。まったく、いろいろのことが、うまいぐあいになってきたようだった。宝物は、いまもまだ二号室にあるにちがいない。やつらはつかまって、その日に、牢屋にぶちこまれるだろう。トムとふたりで、その夜、金貨を持ちだすのに、なんの心配も、おそろしいじゃまもないだろう。
 ちょうど朝食がおわったとき、戸をたたく音がした。ハックは、とびあがって、かくれ場所をさがした。ちょっとでも、ゆうべの事件にかかりあいたくなかったからである。ウェールズ人は、何人かの紳士淑女をへやの中へまねき入れた。その中には、ダグラス未亡人もまじっていた。見ると、ダグラスやしきの裏口見物に、丘をのぼってくる連中がつづいていた。すでに、うわさはひろまったとみえる。
 ウェールズ人は、この客たちに、ゆうべの事件を話さないわけにはいかなかった。いのちを助けられたことを、未亡人は、心から感謝の気持ちをあらわした。
「まあ、まあ、それは、おっしゃるな。わしらよりも、あなたが感謝しなければならない人が、ひとりおります。だが、その人の名まえは、わしの口からは、いえないことになっています。その人がいなかったら、わしらは、あすこへいけなかったのですからな。」
 このことばは、もちろん、おおいに好奇心をさそったので、本すじの事件を小さくみせたほどだった――が、老人は、客たちの頭に、かってにしみこむままにさせておき、それを通じて、村じゅうにどんなうわさが、ひろまろうとかまわない、と思った。ひみつは、あくまでもひみつとして、うちあけるのはかんべんしてもらった。その点のほか、みんなききとると、未亡人はいった。
「わたしは寝床にはいってから、本を読んでおりました。それから、ぐっすりねむって、まるで外のさわぎは知らなかったのです。なぜ、おこしてくださいませんでしたの?」
「役にたたんと思ったからです。やつらが、ひきかえしてくるおそれは、まず、なかったですからな――七つ道具をとりあげられたからですよ。それがわかっているのに、あなたをおこして、死ぬほどおそろしい思いをさせてみても、しかたがないでしょう? じつは、うちの黒んぼを三人、おたくの見はりに朝までやっておいたんですよ。あれらは、ちょうど、ひきあげてきましたわい。」
 また、べつの客がきた。くりかえしくりかえし、それを話すのに、二時間以上もかかった。
 学校の休みのあいだは、日曜学校もなかったが、みんな朝早くから、教会へ集まってきた。あの大事件が、しきりに話題にのぼった。うわさによると、あのふたりの悪漢は、まだみつからないとのことだった。説教がおわり、サッチャー判事夫人が人びとといっしょに通路を歩いているとき、ハーパー夫人と肩をならべたので、声をかけた。
「うちのベッキーは、きょう一日ねむっているつもりなんでしょうか? きっとつかれきっていますのね。」
「おたくの、ベッキー?」
「ええ」と、びっくりした顔をみせて、
「ゆうべは、おたくにとめていただいたのではありませんの?」
「まあ、いらっしゃいませんよ。」
 サッチャー夫人は、まっさおになって、そばのこしかけに、すわりこんでしまった。そのとき、友だちとげんきに話しながら、ポリーおばさんが通りかかった。ポリーおばさんはいった。
「おはよう、サッチャーさん。おはよう、ハーパーさん。うちの子は、また雲がくれしたらしいんですよ。トムは、ゆうべ、おたくにとめていただいたのかしら、――どちらかのおたくに。それで、わたしがこわくて、教会にこられないんじゃないかしら。このしまつは、つけてやらなくちゃ。」
 サッチャー夫人は、よわよわしく首をふって、顔の色はまえよりも青ざめた。
「トムは、うちへもとまりにきませんでしたわ」と、答えたハーパー夫人も、不安そうな顔になった。ポリーおばさんの顔にも、心配の色がうかんだ。
「ジョー=ハーパー、あんた、けさ、うちのトムとあわなかった?」
「いいえ。」
「トムとさいごにあったのは、いつなの?」
 ジョーは思いだそうとしてみたが、はっきりいえなかった。みんなは教会堂から流れだしてきて、足をとめた。ささやきがつたわっていった。だれの顔も、不安な表情でくもっていた。子どもたちは、気がかりな質問をうけた。日曜学校の先生たちもおんなじだった。トムとベッキーが、帰りの蒸気船に乗っていたかどうか気がつかなかったと、みんなが口をそろえていった。なにしろ、くらかったし、人数をしらべようなどという考えは、だれの胸にもうかばなかったのだ。とうとう、ある若者が、自分のおそれていたことを、ぶちまけるようにさけんだ。まだ、あのほら穴にいるんだ! サッチャー夫人は気絶した。ポリーおばさんは、ああ、とさけび声をあげて、両手をしっかりにぎりしめた。
 このおどろくべきできごとは、口から口へ、むれからむれへ、町から町へ――つたわっていった。五分ののちには、はげしく警鐘が鳴り、村じゅうが動きはしめた! カーディフの丘の事件は、たちまち影をうすくし、どろぼうたちのことはわすれられ、馬にはくらがおかれ、ボートは、人で鈴なりになり、蒸気船は、かりだされた。おどろいてから三十分とたたなかった。ほら穴へ、ほら穴へと、大通りに、川に、二百人もの男たちがいそいだ。
 長い午後のあいだ、村じゅうはからっぽになり、しずまりかえっていた。ポリーおばさんとサッチャー夫人のところへは、つぎつぎに婦人客がたずねていってなぐさめた。みんないっしょになきだした。これは、千百のことばよりもよかったのだ。長いたいくつな夜のあいだ、村はしらせを待ち暮らした、が、ついに夜明けになっても、「もっとろうそくを送れ――たべものを送れ」といってくるばかりだった。サッチャー夫人は、気もくるわんばかりだった。ポリーおばさんも、また同様だった。ほら穴からは、サッチャー判事がのぞみをもって、勇気をうしなうなと、たよりをよこしたが、ほんとうのよろこびをつたえることばはいってこなかった。
 その朝、老ウェールズ人は、ろうそくのしたたりでよごれ、どろまみれになり、つかれきって、うちに帰ってきた。見ると、ハックは、まだ自分にあてがわれた寝台にねて、あまりの高熱からうわごとを口ばしっていた。村じゅうの医者は、ほら穴につめているので、ダグラス未亡人が病人の看護にきていた。未亡人がいうには、全力をあげて病人の看護にあたってみよう、この子がよい子かわるい子か、どちらでもないか、それは知らないが、神のものである。神のものであるかぎり、なおざりにしてよいものは一つもないはずだ、という意味のことをいった。老人は、ハックにもなかなかいいところがあるといった。すると、
「そのいいところを、信頼してもいいのではありますまいか。それこそ、神のしるしですものね。神さまは、それをあの子からとりさるようなことは、なさりますまいよ。ええ、そんなこと、ございませんとも。神のみ手からきたものは、だれでも、どこかに、そのしるしをつけておりますものね」と、未亡人は答えた。
 朝のうち、人びとはつかれて、ぞくぞく、村にひきあげてきたが、よりすぐった強い男たちはのこって、ほら穴の捜索をつづけた。いろいろ集まったしらせによると、ほら穴をずっと奥まで、まだ、だれもいったことのない奥のほうまで、くまなく、さがしているということだった。あらゆるすみずみ、われめまでも、さがしているということだった。迷路の奥深く、どこにいても、あちこちに、ろうそくの光は、ちらちらと見え、さけび声や、ピストルの音が、陰気なほら穴一帯に、こだましているのがきこえた、ということだった。ふつうの遊覧客がいくところから、はるかはなれた奥のほうの岩壁に、ろうそくのすすで、〈ベッキーとトム〉と、らくがきしてあるのがみつかった。すぐそばに、ろうそくの油でよごれたリボンが、おちていた。サッチャー夫人は、そのリボンを見ると、その上にかがみこんでないた。これこそ愛児の形見だ、こんなとうとい形見はほかにない、きっと、おそろしい死のくるまえに、生きているからだにつけていたさいごの品物だろうから、といった。ある人は、こんなこともいった。ほら穴のずっと奥で、ちらちらと、あかりが見えるようだったので、思わず、ばんざいをさけび、何人かの男たちが、隊を組んで、その中へなだれこんでいった。そんなことが、なんどもあったが――その結果は、いつも、きまって、にがい失望をあじわうだけだった。子どもたちは、いなかった。それは、捜索隊の持っているあかりの反射にすぎなかった。
 三日三晩というもの、のろのろと、時間がたっていった。村じゅう、失望にみたされていった。だれもかれも、おちつかなかった。そのころ、禁酒宿の主人が、ウイスキーの類をうちの中にかくしておいたことが、ぐうぜんみつけだされた。これはおどろくべき事実だったが、村人たちの心をほとんどさわがせないでおわってしまった。ある日、正気にもどったとき、ハックは、こわごわ、話を宿屋のほうにもっていって、さいごに――いちばんわるいばあいを、ぼんやりとおそれながら――自分が病気になってから、禁酒宿屋でなにかみつかったのだろうかと、たずねた。
「ええ、そう」と、未亡人はいった。
 ハックはぎょっとして、寝床から半身をもちあげた。目の色がかわった。
「なにが! なにがみつかった?」
「お酒ですよ!――宿屋は、商売をとめられてしまいました。さあ、おやすみなさい――なんて、びっくりさせる子だろう!」
「一つだけ――おねがい、たった一つだけ、教えておくれよ! それをみつけたのは、トム=ソーヤーかい?」
 未亡人は、わっとなきだした。
「さ、だまって、いい子だから、だまるのよ! まえにもいっておいたでしょう。あんたは、話をしてはいけないって。あんたは、もう、そりゃ、そりゃ、ひどいひどい病気なんですよ!」
 なるほど、ウイスキーのほか、なにもみつからなかったのだな。金貨だったら、村じゅう大さわぎになるはずだ。さわがないところをみると、宝物は、永久に、どこかへいってしまったのだ――永久にきえてしまったんだ! それにしても、未亡人がなきだしたのは、どういうわけだろう? なくなんて、おかしいことだ。 と、こんなことを、ハックは、ぼんやり、心の中で考えた。よわっていたので、からだにこたえたのだろう。ハックはねむりこんでしまった。
 未亡人は、心の中でつぶやいた。
「ああ――ねむった、かわいそうに。トム=ソーヤーがみつけたんだって! だれかが、トムをみつけてくれればいいのに! ああ、もう、いまはもう、みんな、希望もほとんどなく、さがすげんきもなくなってしまったのではないかしら。」

31 くらやみの中で
 さて、トムとベッキーのピクニックに話をもどそう。ふたりは、おおぜいのなかまといっしょに、くらい小道をいきおいこんで進んでいき、ほら穴の中のなじみの名所――〈応接の間〉とか〈大教堂〉とか〈アラジンの宮殿〉などというおおげさな名のついている名所――を、つぎつぎとのぞいていった。そのうち、かくれんぼがはじまり、トムもベッキーもむちゅうになって、遊びのなかま入りをした。さんざん走りまわって、あきるほどやった。で、こんどはろうそくを高くかかけて、まがりくねった小道をぶらぶら歩きながら(ろうそくの油煙で書いた)名まえや日づけ、住所や格言などが、くもの巣のように入りみだれて、らくがきしてあるのを読んでいった。べちゃくちゃしゃべりながら、さきへさきへと進んだふたりは、いつか壁のらくがきもなくなっているところへきたことにも、ほとんど、気がつかなかった。ふたりは、頭の上にたなのようにたれさがっている岩の下に、ろうそくの油煙で名まえを書いた。やがて、ちょろちょろと小さい流れのある場所にでた。段のついた岩床の上をきらきら流れる水は、石灰岩の破片を長い年月のあいだ、すこしずつすこしずつ運んでいるうちに、かがやく不滅の石で、レースかざりのついた小ナイアガラを作りあげていた。トムは、べッキーをよろこばせたくて、小さいからだをちぢめ、石灰岩の滝のうしろにはいって、ろうそくの光で、てらしてみせた。そのときトムは、この小さい滝がカーテンのような役めをし、そのうしろに、けわしい天然の階段のおり口がかくされているのに、気がついた。すると、たちまち、発見者になってやるぞという野心のとりこになった。トムのさそいに、ベッキーもすぐ賛成した。これからの道しるべに、ろうそくの油煙で目じるしをつけて、さっそく探検に出発した。まだ、だれも知らぬひみつの奥深くたずねて、あっちこっちと道をたどり、また、べつの目じるしをつけては、あとで上の世界の人間たちに話す新発見の種をみつけようと、もっとさきのわき道を進んでいった。すこし広いところにでた。その天じょうからは、太さも、長さも、おとなの足ほどある鍾乳石がきらきら光って、たくさんぶらさがっていた。ふたりは、そのありさまに、おどろいたり感心したりしながら、歩きまわったあげく、たくさんある道の一つをえらんで、そこをでた。その道をいくと、まもなく、なんともいえないほど美しい、いずみのほとりにでた。いずみの底は、ちかちか光る水晶の霜紋《そうもん》もようでしきつめられていた。ほら穴のまん中にわく、このいずみのまわりの壁は、あやしい形をした石の柱が、あるいは上からさがり、あるいは下からだけのこのようにぬけでて、おもしろい形を作っていた。いく千年ものあいだ、たえまなくしたたりつづけた水が作りあげた、ふしぎな見ものだった。天じょうには、何千というこうもりのむれが、たばになってぶらさがっていた。ろうそくの光におどろいたこうもりの大群は、きいきいと、なき声をたててまいおり、ものすごいいきおいで、ろうそくめがけておそいかかった。トムは、こうもりの習性を知っていたし、そのおそろしさも知っていた。で、あわてて、ベッキーの手をつかむと、いきなり、目についた小道にとびこんだ。が、それもまにあわなかった。ベッキーがそこをにげだすまえに、おそいかかったこうもりの羽ばたきで、ベッキーのあかりはけされてしまった。こうもりは、なおも遠くまで、子どもたちを追っかけてきた。でも、追っかけられたふたりは、みつかった新しい通路ごとにどんどんとびこんで、やっと、どうやら危険をまぬかれた。それからまもなく、トムは地下の湖を発見した。その湖は、ぼんやりとかすかにのびひろがり、そのさきは影にすいこまれて見えなくなるまで、ずっとつづいていた。トムは、ぜひとも、そのまわりを探検したいと考えたが、まずそのまえに、こしをおちつけて、しばらく休もうと思いついた。で、そうやってみると、あたりのしいんとした深い静けさが、はじめて、子どもたちの心を、しっとりとつめたい手でつかんだ。ベッキーがいいだした。
「まあ、ちっとも気がつかなかったけれど、お友だちの声をきかなくなってから、ずいぶんになるんじゃない?」
「そういえば、ベッキー、ぼくたちは、みんなのいるところより、ずっと下にきちまったんだよ――北だか、南だか、東だか、どっちのほうだか知らないけど、ずっと遠くへきちまったらしいや。ここから、みんなの声はきこえやしないよ。」
 ベッキーは、心配になってきた。
「ねえ、トム、あたしたち、もうどのくらい、ここにいたかしら。帰ったほうがいいわね?」
「そうだね、いいかもしれないね。きっと、そのほうがいいよ。」
「道、わかる? わたし、どこもかしこも、みんなこんがらがっちゃったわ。」
「みつかると思うけど――あの、こうもりのやつがいるからなあ。もし、ふたりとも、ろうそくをけされちまったら、たいへんだぜ。あすこを通らないように、べつの道をみつけようよ。」
「そうね。でも、まいごにならなければいいけどなあ。そうなったら、とてもこわいんですもん!」
 ベッキーは、ほんとに、そうなりそうなおそろしいときを考えて、ふるえあがった。
 新しい横穴の口があらわれるたびに、もしや、見おぼえのあるしるしがありはしまいかと、ながめながら、長いあいだ、おしだまったまま進んでいった――でも、どの道も、なじみのないものばかりだった。トムが、しらべてみるたびに、ベッキーは、顔をのぞきこんで、希望のしるしを読みとろうとし、トムはまた、げんきそうにさけぶのだった。
「あっ、これでいいんだ。まえに通った道じゃないけど、すぐもとの道へでられるぞ!」
 とはいうものの、失敗をかさねるごとに、だんだん、のぞみはうすれてきた。こうなると、もうまったくでまかせに、横道さえあれば、どこへでもとびこんでいくようになった。どうしてもでたいと思う道にたどりつこうと、必死の努力がはじまったのだ。トムはまだ、口さきでは「これでいいんだ」といっていたが、心はなまりのように重くしずみ、ことばには、はりがなくなり、まるで「ああ、もうだめだ!」といっているようにひびいた。ベッキーはあまりのおそろしさに、ぴたりとトムによりそっていたが、どんなにこらえようとしても、やはり涙がでてきてしまうのであった。とうとう、ベッキーはいった。
「ねえ、トム、こうもりなんか、かまやしないわ、あの道へもどりましょうよ! わるいほうへ、わるいほうへ、いってしまうような気がするわ。」
 トムは立ちどまった。
「だまって!」
 深い深い静けさ――ふたりのはく息さえ、大きく耳につくほどの静けさ。トムはさけんだ。その声は、こだましながら、がらんどうの道をつたわっていき、遠くのほうで、あざわらうように、ぶきみなさざめきをのこし、やがて、かすかにきえさった。
「もう、やめてよ、トム。こわくってしようがないわ」と、ベッキーがいった。
「こわいよ。でも、やってみたほうがいいんだぜ、ベッキー、みんながききつけるかもしれないもの。」
 そして、トムはまた、さけんだ。
 この「かもしれない」は、あのぶきみな声より、もっと、ぞっとするほどおそろしかった。これでは、のぞみが、しだいにきえはてていることを白状しているのと、同じではないか。ふたりはじっと立ったまま、耳をすませた。けれども、なんの答えもなかった。トムは、くるりとうしろをむくと、足早にいまきた道を歩きだしたが、その自信のなさそうなトムのようすが、まもなく、ベッキーに、もう一つのおそろしい事実をさとらせた――トムは、あの場所にもどる道さえ、みつけられないのだ!
「まあ、トム、あんた、目じるしつけておかなかったのね!」
ベッキー、ぼくは、ばかだったよ! まったくばかだった! あともどりするかもしれないなんて、考えもしなかったんだ! そうだよ――道がわからないんだ。すっかりこんがらがっちまったんだ。」
「トム、トム、まいごになったのね! あたしたち、まいごになったのね! このおそろしいところから、どうしてもでられないのね! ああ、どうして、わたしたち、みんなとべつべつになったのかしら!」
 ベッキーは、へたへたとすわりこんで、ひきつけたようになきだした。そのなき声があまりすごいので、トムは、ベッキーが死ぬのではないか、気がくるうのではないかと思ったほどだった。トムはそばにすわって、ベッキーをだいた。ベッキーはトムの胸に顔をうずめ、しがみついて、おそろしさと、いってもかいのない後悔をしゃべりたてたが、すると、それがまた、遠くであざけりわらうような声になって、こだましてくるのだった。トムは、どうか希望をもってくれるようにたのんだ。ベッキーは、とうていだめだと答えた。トムは、ベッキーをこんなみじめなはめに追いこんだことで、自分をせめ、ののしりだした。これは、いくらかききめがあった。ベッキーは、トムさえ、二どとあのようなおそろしいことばをいわなければ、もう一ど、のぞみをもつようにつとめてみようと、立ちあがって、どこだろうとつれていってくれるところへ、勇気をだしてついてゆく、といった。おちどがあったのは、あたしだって同じだからと、彼女はいった。
 そこで、ふたりは歩きだした――あてもなく――ただでまかせに――ふたりにできることは、歩くこと、ただ歩きつづけることだけだった。しばらくのあいだ、希望がよみがえってきたようにみえた――べつに、どうというわけがあったからではなく、年をとって、かさなる失敗で、はねかえす力をうしなったものならとにかく、希望というものは、またよみがえる性質をもっているものだからである。
 やがてトムは、ベッキーのろうそくをとりあげて、ふきけしてしまった。この節約には、大きな意味があった! ことばで説明する必要はなかった。ベッキーには、すぐそのわけがわかって、ふたたび絶望にとらわれた。トムのポケットに、手をつけないろうそくが一本、もえのこりのが三つか四つあるのを、ベッキーは知っていた――それなのに、倹約しなければならないとは……。
 そのうち、つかれがはっきりあらわれだした。子どもたちは、そんなことは気にしないことにした。たいせつな時間がたっていくのに、ただぼんやりすわって休むなんてことを考えるのは、おそろしいことだった。ある方向へ、ともかく、どちらかの方向へ歩いていくことこそ、すくなくとも前進であり、よい結果をうるかもしれないのだ。が、すわりこむのは、死をまねくことだし、追いかけてくる死との距離をちぢめるというものだ。
 とうとう、ベッキーの弱い足では、もうそれ以上、歩けないときがきた。ベッキーはすわりこんでしまった。トムはそばにこしをおろして、家のこと、友だちのこと、気持ちのよいベッドのこと、そしてとりわけ、明るいあかりのことを話しあった。ベッキーはないた。トムは、なにかなぐさめになるようなことをいおうとしたが、どれもこれも、使いふるしたぼろぎれのようなことばかりで、かえって、あてこすりのようにきこえた。ベッキーは、しんからつかれきって、うつらうつらと、ねむってしまったほどである。トムはありかたかった。そばで見ていると、ベッキーのまゆをしかめた顔も、楽しい夢のためか、だんだんほぐれて、いつもの顔にかえっていったからである。そのうちに、ほほえみのかげがさし、笑顔になった。安らかなその顔からは、やわらぎの光のようなものがさし、それがトムの心にもしみわたって、トムはすぎさった日の楽しい夢のような思いにふけった。そうして、トムが深いもの思いにふけっているとき、ベッキーは、さわやかなわらい声をたてて目をさました――が、その声はたちまちくちびるにこおりつき、もれてでたのは、うめき声だった。「まあ、どうしてねむれたのかしら! もう、目なんかさめなければよかったのに! ううん、ちがうわ、トム! そんな顔して見ないでよ! ね、もういわないから!」
「きみがねむったんで、うれしかったよ、ベッキー。くたびれがなおったろ。さ、道をさがしにでかけようじゃないか。」
「ええ、いきましょう。でもねえ、トム。わたし、夢で、そりゃ、きれいなお国にいたのよ。これから、そこへいくような気がするわ。」
「そうじゃないよ、そうじゃないったら。げんきだせよ、ベッキー。さ、さがしにいこう。」
 ふたりは立ちあがると、手をとりあって、のぞみもなくさまよいだした。ふたりは、ほら穴にはいってからどのくらい時間がたったか、かんじょうしてみようとしたが、ただ、いく日か、いく週間かたったような気がするだけだった。しかし、持っていったろうそくが、まだなくならないのだから、そんなはずのないことだけはたしかだ。それからずっとあとからになってから――どのくらいだったのか、ふたりともいえないが――トムは、水のしたたる音にきき耳をたてながら、いこうじゃないか、なにしろ、いずみをみつけださなくちゃいけないから、しずかに歩こうといいだした。それからまもなく、いずみはみつかった。トムは、また休み時間がきたといった。ふたりとも、つかれきっていたが――ベッキーは、もうすこし歩いてみましょうよといった。が、おどろいたことには、トムが賛成しなかった。ベッキーは、なんのことやらわけがわからなかった。ふたりはこしをおろした。トムがまえの岩のくぼみに、上をくっつけて、ろうそくを立てた。ふたりとも考えこんで、しばらくのあいだ、おしだまったままだった。やがて、沈黙をやぶったのはベッキーだった。
「トム、おなか、すいたわ!」
 トムはポケットから、なにかをとりだした。
「これ、なんだかおぼえてる?」
 ベッキーは、ほほえみのかげをうかべた。
「あたしたちの結婚式のお菓子じゃないの、トム。」
「そうさ――こいつがたるぐらいでっかいといいんだけどな。だって、たべるものったら、これきりしかないんだもの。」
「あたし、それ、ピクニックのおべんとうの中からとっといたのよ、トム。おとなが結婚式のお菓子《かし》をとっておくように――でも、これも、とうとう――」
 とうとう、なにになってしまったかは、ベッキーはいわなかった。トムがお菓子を半分にわり、自分のわけまえをちびちびかじっているまに、ベッキーはがつがつたべてしまった。ごちそうのあとに飮むつめたい水は、たっぷりあった。やがて、ベッキーが、また歩きだしてみようといいだしたが、トムはだまっていた。が、しばらくしてから、こんなことをいいだした。
ベッキー、ぼくのいうこと、がまんしてきいていられるかい?」
 ベッキーは顔色をかえたが、たぶん、できるだろう、と答えた。
「よし、そんならいうけどね、べッキー。ぼくたちは、この、飲み水のあるところにいなけりゃいけないんだよ。このちっぽけなろうそくが、さいごのろうそくなんだぜ!」
 ベッキーは涙を流して、おいおいとないた。トムは力のかぎりなぐさめたが、ほとんど、なんのききめもなかった。ベッキーはいった。
「トム!」
「なにさ? ベッキー。」
「みんなが、あたしたち、まいごになったのがわかったら、さがすでしょうね!」
「そうだ! さがすね、きっと、さがすよ!」
「ねえ、トム、いまごろは、さがしてるかしら。」
「うん、さがしてるかもしれないね、だといいんだが。」
「あたしたちがいないこと、いつ気がつくかしら?」
「船に帰ってからだろうね。」
「でも、それだったら、もうくらくなっているわ? トム――あたしたちがいないのに気がつくかしら?」
「わかんないなあ。でも、どっちみち、きみんちのママはみんなが帰るとすぐ、きみがいないのに気がつくさ。」
 ベッキーの顔色がさっとかわったので、トムは、自分のへまに気がついた。ベッキーはその晩、うちに帰らないことになっていたではないか! ふたりはだまりこんで、もの思いにふけった。ベッキーがとつぜん、悲しそうになきだした。すぐ、トムは、自分がいま考えていたことをベッキーも思いあたったのだ、とさとった――ベッキーがハーパー家にとまらなかったということを、サッチャー夫人が知るのは、日曜の朝もなかばすぎになるだろう、ということだ。
 子どもたちは、わずかなろうそくののこりを、じっとみつめていた。ろうそくはゆっくりと、なさけようしゃなくとけていった。ついに半インチばかりのしんが、心細く立っているだけになった。弱いほのおがすっとのび、ちぢみ、うすい油煙の柱がまっすぐのぼっていき、しんの頂上で、いっとき、立ちまよった、と、思うまに――ああ、ついに、おそろしいまっくらの世界がやってきた――ベッキーが、トムの腕の中でないている自分に、ようやく気がつきだしたのは、それからどのくらいたってからだったろう――ふたりとも、それをいうことはできなかった。ふたりの知っていることといったら、気をうしなったように、ぼうっとねむったようなありさまから目ざめて、あらためて、自分たちのみじめさに気がちつくまでには、長い長い時間がたったような気がしたまでのことだった。もう日曜日になったにちがいないと――いや、月曜日かもしれないなと、トムはいった。ベッキーに口をきかせようとしたが、ベッキーは悲しみにおしひしがれ、絶望のとりこになっていた。ふたりがいなくなったのは、とっくにわかっていて、きっと、さがしているよと、トムはいった。大きな声でどなってみようか、だれかきてくれるかもしれない。トムは、さけんでみた。が、まっくらなやみの中にいて、遠くにきこえるこだまは、あまりにおそろしすぎたので、二どとやる気はなくなった。
 時はいたずらに流れていった。がまんできない空腹が、この小さいとらわれ人を苦しめた。トムがたべのこしておいたお菓子を半分にわって、ふたりはたべたが、たべないまえより、いっそう腹がへったような気がした。なさけないひとかけのたべもののおかけで、ますます食欲をそそられただけだった。
 やがて、トムがいいだした。
「しい! あれ、きこえるかい?」
 ふたりは息をのんで、耳をすました。かすかに、かすかに、はるか遠くから、人のさけぶような音がひびいてくるようだった。とっさに、トムはさけびかえした。そして、ベッキーの手をひき、音をたよりに、やみの中を歩きはしめた。トムはまた、耳をすました。また、かすかなひびきがつたわってくる。しかも、たしかにまえより近づいた感じだ。
「捜索隊だぜ!」と、トムはいった。
「やってきたんだ、ベッキー――ああ、助かった!」
 とらわれ人たちのよろこびは、なんといっていいかわからぬほど、大きかった。しかし、足の運びはおそかった。あちこちに落とし穴がいくらもあって、用心しなければならなかった。すぐ、穴にぶつかった。いやでも、とまらないわけにはいかない。その穴は三フィートの深さかもしれないし、ひょっとしたら百フィートもあるかもしれない――こんなのに出あったら、とてもこえていけるわけがない。トムは腹ばいになって、できるだけ手をのばしてみた。底なしだ。どうしても、ここでとまって、捜索隊がくるのを待つよりほかはない。ふたりは、じっときき耳をたてた。あの遠くのさけび声は、たしかに、だんだん遠くなっていくようだ! しかも、まもなく、そのかすかな音もまったくきえてしまった。ああ、そのときの心細いみじめさといったら! トムは、のどがからからになるまで、ほえたてた。が、なんの役にもたたなかった。ベッキーには、いかにものぞみがありげに話してもみたが、長いあいだ、胸をふるわせて待っても、もうあの音は、二どと帰ってこなかった。 ふたりはまた手さぐりで、いずみのところまで帰ってきた。ものうい時が、ぐずぐずとすぎていった。ふたりはまたねむった。そして、飢えになやみ、悲しみにうちのめされて、目をさました。この日は火曜日にちがいないと、トムはけんとうをつけた。
 このとき、トムの頭に、ある思いつきが、うかんだ。すぐ手近なところに横道がいくつかあったはずだ。こうなにもしないで、ぐずぐず、やりきれない時間をもてあましているより、そのどれかの道の探検にかかったほうがましではないか。で、ポケットからたこ糸をとりだして、岩のでっぱりに結びつけ、ベッキーといっしょに出発した。トムはさきに立ち、手さぐりで進んでは、糸をほどいていった。二十歩ほどで、がけになっているところにでた。トムはひざまずいて、下のほうに手をのばした。それからカーブしている穴のまわりを、手のとどくかぎりさぐってみた。そして、右のほうへ、もうひと息手をのばそうとした、ちょうどそのとき、二十ヤードとはなれないさきの岩かけから、ろうそくを持った手が、にゅうとあらわれた! トムが、うれしさのあまり、わっと大声をあげたとたん、ひとりの男のすがたがあらわれたが、なんとそれは、インジャン・ジョーだ! たちまち、からだじゅうの力がいっぺんにぬけ、トムは動けなくなってしまった。が、つぎの瞬間、いそいですがたをけして、〈スペイン人〉がにげていくのをみたとき、トムはまったく心の底からほっとした。ジョーがトムの声をききわけて、法廷で証言したしかえしにやってきて、つかみころさないのをふしぎに思ったが、こだまがトムの声をかえてしまったのだろう。たしかにそれにちがいないと、トムは考えた。でも、死ぬほどのおどろきで、からだじゅうの筋肉という筋肉の力がぬけてしまった。トムは、もしあのいずみまで帰れるほどの力があるなら、もうあそこで、じっとしていよう、二どとインジャン・ジョーに出会うような危険はおかすまいと、ひとり考えた。そして自分が見たことは、ベッキーには注意ぶかくかくして、〈えんぎのいいように〉どなったまでなのだ、と説明しておいた。
 しかし、飢えと不幸の連続は、しまいにはおそれの気持ちにうちかつものだ。またいずみのそばで、あきあきするほど長い時間をすごし、もう一ど長いねむりからさめると、気持ちがかわってきた。目をさました子どもたちは、はげしい飢えに苦しめられた。きょうは水曜日かと、トムは考えた。いや、木曜日かな、いや金曜日かもしれない、ひょっとしたら土曜日かもしれないとさえ思った。人びとは、捜索をうちきってしまったのかもしれない。もう一つべつの道を探検してみようと、トムはいった。インジャン・ジョーだろうがなんだろうが、どんなおそろしいことにも、すすんでぶつかっていく気になった。しかし、ベッキーの弱りかたはひどかった。すっかりげんきをなくしてしまい、立ちあがる気力は、ぜんぜんなかった。ベッキーは、ここで待っているわ、もう長いことはないのだから、ここで死んでいくわ、といいだした。――トムは、たこ糸を持って、すきなだけ探検にでかけるのもいいけど――おねがいだから、ちょいちょい帰ってきて、その話をしてちょうだい、といった。そして、おそろしい時がせまったら、そばにいて手をにぎり、死の苦痛がおわるまで、そのままいてくれるよう、トムは約束させられた。
 トムは、胸のふさがる思いで、ベッキーにキスをした。そして、捜索隊の人をみつけだすか、ほら穴からのがれる自信があるようなようすをしてみせた。それから、たこ糸を持ち、飢えになやみ、目のまえにせまったさいごの運命に心をくらくしながら、四つんばいになって、一つの道へ、手さぐりにはいっていった。

トム=ソーヤーの冒険(マーク=トウェイン作、吉田甲子太郎訳)、第18章から第25章まで(一回目の校正おわり)

20240322、
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18 夢のふしぎ
 なかまの海賊といっしょに村に帰り、自分たちの葬式に立ちあう計画――これが、トムのだいじなひみつだった。彼らは、土曜日の夕暮れ、丸太にのって、ミシシッピ川を横ぎり、村から五、六マイル川下の岸についた。そして、村はずれの森の中にはいりこんで、夜明けまで、そこでねむった。それから、裏道や小道づたいに歩いて村の教会堂にしのびこみ、こわれかけたいすが、ごたごたおいてある回廊で、また、ねむりなおしたのだ。
 月曜日の朝の食卓で、ポリーおばさんもメァリーも、たいへんトムにやさしかった。なにかと、気をくばってくれた。なにしろ、話は山ほどあった。話のとちゅう、ポリーおばさんがいった。
「あのね、トム、おまえたちがさんざ楽しんでいて、こっちに、一週間も青くなって心配させるなんて、あんまりほめたいたずらじゃないね。そのあいだ、わたしをこんなに苦しめるなんて、そんなつめたい心の子かと思うと、なさけないね。丸太にのってお葬式にこられるんなら、せめておまえが死んでない――ただ、うちをでただけだと、そっと、ここへきて、なんとかして、わたしに知らせられそうなものじゃないか。」
「そうよ」と、メァリーもいった。
「できたはずよ、トム。あんた、考えつきさえすれば、きっとそうしたろうと思うわ、ね。」
「そうかい、トム?」と、ポリーおばさんは、そうしてくれたらよかったといいたそうに、顔をかがやかせた。
「もし、おまえが考えつけば、ほんとにそうしたかい?」
「おれ――うん、わかんないや。そんなことしたら、ぶちこわしになっちまうもの。」
「トム、わたしは、おまえが愛してくれるのを、こんなにのぞんでいるんだよ。」
 ポリーおばさんは、悲しみをこめてこういいだしたので、トムはこまってしまった。
「かりに、おまえがなんにもしなくても、考えてくれたことだけでもいいのにねえ。」
「ねえ、おばさん、トム、わるいんじゃないのよ」と、メァリーが弁護した。
「むてっぽうなのよ――いつもトムは、むちゃばかりして、ものを考えてなんかみないんですもの。」
「なお、なさけないじゃないか。シッドなら、きっと考えてくれたよ。そして、帰ってくるよ。トム、おまえだって、いつかはきっと、むかしを思いだしてみるようになるんだよ、だけど、そのときはもう手おくれなんだよ。むずかしいことじゃないんだから、もうちょっと、おばさんのことを考えてあげればよかったのにと、後悔するだろうよ。」
「だけど、ぼくだって、おばさんのこと考えてるよ。」
「そんなそぶりでもみせてくれたら、よかったろうにね。」
「考えればよかったなあ」と、トムは、いくらか後悔したような様子でいった。
「でも、おばさんの夢は見たよ。それだって、やっぱり、いいことなんだろう?」
「たいしたことじゃないね――ねこだって、もっとましなことをするよ――だけど、まあ、なんにもないより、いいかもしれないね。それで、どんな夢を見たの?」
「あのね、水曜日の晩、おばさんが寝台のわきにすわってるとこ、夢に見たの。シッドが、たきぎ入れのそばにこしかけて、となりにメァリーがいたよ。」
「ああ、いつものとおりね。いつも、わたしたちは、そうしているものね。まあ、夢で、いろいろ心配してくれて、わたしもうれしいよ。」
「それから、ジョー=ハーパーのおかあさんも、いっしょにいたと思うな。」
「あら、あの人は、ほんとに、ここにいたんだよ! それから、もっと、ほかのこと見たのかい?」
「ああ、たくさん見たよ。でも、よくおぼえてないよ。」
「でも、思いだしてごらん――ねえ。」
「それから、風が、――風がどうかしたんじゃなかったかなあ――ええと、風がふいて――」
「思いだしてごらん! 風がふいて、どうしたのさ?」
 トムは、ひたいに手をあてて、しばらく考えこんだ。
「わかった! やっとわかった! ろうそくの火がゆれたんだ!」
「まあ! さ、それから? トム――いってごらん!」
「それから、おばさんが、こんなこといったような気がするんだ。『きっとまた、ドアが――』」
「それから? トム!」
「ちょっと考えさしてよ――あ、そうだ――『きっとまた、ドアがあいてるんだよ』って、おばさんがいったよ。」
「いいましたよ! たしかに、いいましたよ! ねえ、メァリー、いったねえ! さ、それから!」
「それから――あんまりはっきりしてないが、シッドに、なにかやらしたんじゃなかったかなあ――ええと――」
「えっ? なんだって? わたしがシッドになにかやらせたんだって? トム。わたしがなにをやらせたの?」
「おばさんがね――おばさんが――ああ、シッドにドアをしめさせたんだ。」
「まあ、どうしよう! こんなふしぎなことってきいたことがないよ! 夢なんかなにも意味はないなんて、これからは、だれにもいわせないよ。セレニー=ハーパーには、さっそくしらせてあげなくちゃ。またあの人が、迷信だなんて、ばかなことをいって、この話をごまかすところを見たいもんさ。さあ、それから、どうしたの、トム!」
「ああ、やっと、すっかり、わかってきた。それから、おばさんは、ぼくのことを、あの子は不良じゃない、ただいたずらで、むてっぽうだっていったんだよ。だから、分別もないんだって――ええと、なんだっけな――子馬じゃなかったかな、子馬かなんかと同じなんだって。」
「そうそう! まあ! さ、それから、トム!」
「それから、おばさんはなきだしたんだ。」
「そうだよ。わたしはないたよ。もっとも、そのとき、はじめてないたんじゃないけれど。それから――」
「それから、ハーパーのおばさんがなきだしたんだよ。ジョーも、ぼくみたいなんだって。クリームをなめたと思ってぶったけど、あんなことしなければよかったといって、なくんだ。あれは、おばさんが自分ですてたのをわすれて――」
「トム! おまえには、精霊がのりうつったんだよ! おまえは予言者だよ――おまえのいったことは、予言だよ! まあ、なんてことだろう、それから、どうしたの、トム!」
「それから、シッドが――シッドがいったんだ――」
「ぼく、なんにもいわなかったと思うがな」と、シッドがいった。
「いいえ、いったわよ」と、メァリーが口をだした。
「さ、みんなはだまって! トムに話させるんだよ! シッドが、なんていったんだって、トム?」
「シッドがいったんだ――と思うんだ――ぼくがしあわせになっているといいんだがなあってさ。でも、ぼくが、生きているうちに、もうすこしいい子だったらって――」
「ほうら、きいたかね! シッドがいったとおりじゃないか!」
「それから、おばさんが、おだまりって、シッドをしかったんだ。」
「まったく、そのとおりだよ。あのときは天使《てんし》がいなすったにちがいない。どこかに、天使がいなすったんだねえ。」
「それから、ハーパーのおばさんは、ジョーにかんしゃく玉でおどかされた話をしたし、おばさんは、ピーターと鎮痛剤の話をして――」
「まったく、そのとおり!」
「それから、ぼくらのために、川さらえをやってる話や、日曜日のお葬式の話をうんとして、それから、おばさんとジョーのおかあさんとが、だきあってないてから、あのおばさんは帰っちまったんだ。」
「そのとおりさ! まったく、あのときのことを、そのまま、おさらいをしてるみたいに、そっくりだよ。トム、おまえが見ていたって、これほどには話せやしないよ! さ、それからなにがあったの? 話しておくれ、トム!」
「それから、おばさんは、ぼくのためにお祈りしてくれたような気がするよ――あのときのおばさんのすがたや、おばさんのいったこと、はっきり見えるようだよ。それからおばさんは、寝床にはいったんだ。ぼくは、あんまり気のどくになったもんだから、いちじくの木の皮に、『ぼくたちは死んでません――ただ、海賊ごっこをしてるだけです』って書いて、テーブルの上のろうそくのそばにおいたんだよ。そして、おばさんの寝顔を見ると、とてもいい人みたいな気がして、ぼく、そっとかがんで、くちびるにキスしたと思うんだよ。」
「ええ、トム、おまえ、キスしたの! それだけで、おまえのやったことは、みんなゆるしてあげます!」
 おばさんは、おしつぶしそうにトムをだきしめた。トムは、自分がとても罪がふかいような気がした。
「ずいぶん思いやりがあるんだなあ、でも、――夢だもんねえ。」
 シッドが、やっときこえるくらいの声で、ひとりごとをいった。
「おだまり! シッド。ひとは、夢の中でもおきているときと同じことをするものなんだよ。さあ、トム、この大きなミラムりんごは、おまえが帰ってきたらと思って、とっておいてあげたんだよ、――そら、もう学校へいっておいで。わたしは、神さまに、われら一同の父なる神に、おまえをかえしてくださったことを感謝いたします。神さまは、神を信じ、みことばを守る者たちに、しんぼう強く、みめぐみをたれてくださるのです。そりゃ、わたしは、そんな、みめぐみをいただくだけのねうちのない者にはちがいないけれど、もしねうちのある人だけが、神の祝福をうけ、苦しいときにすくっていただけるものだとしたら、この世でわらうことのできる人だって、いくらもなかろうし、いよいよ、おむかえがきたときにも、神さまのおそばで休ませていただけるような人は、あんまり、あるまいと思うよ。さ、いってらっしゃい、シッドも、メァリーも、トムも――さあ、でかけるんですよ――わたしも長いこと、ひまっぶしをしたからね。」
 子どもたちは、学校へでかけた。老婦人はトムのすばらしい夢で、ハーパー夫人の現実主義をもみつぶしてやるために、彼女をたずねることにした。シッドは、りこうな子だったから、うちをでるまえに、自分の考えを口にはださなかった。彼の考えというのはこうだった。
「どうもあやしい――あんな長い夢で、すこしもまちがってないなんて!」
 さて、いまや、トムは、なんというすばらしい英雄になっていたことだろう! 彼は、とんだり、はねたりなんかしては歩かなかった。自分が世間の人の注目を集めていることを、ちゃんとこころえている海賊らしく、堂々と、いばって歩いた。ほんとうに、すべての人の目がトムにそそがれていたのだ。トムは、ずっと歩いていきながら、ひとの顔つきや、いうことには、知らぬふりをしていたが、じつは、たまらなく、そのことが知りたかったのだ。ちびさんたちは、トムといっしょのところを人に見られたり、トムのそばにいさせてもらえたりするのがうれしくて、ぞろぞろ、あとからついてきた。トムはちょうど、行列の先頭に立って歩く鼓手が、村にくりこんでくるときの、サーカスのさきばらいのぞうみたいだった。同じ年ごろの少年たちは、トムがよそへいってきたことなどは、まるで知らないようなふりをしていたが、やはり、子どもたちはうらやましさに胸をふくらませていた。あの日に焼けた浅黒い膚《はだ》の色、あのかがやかしい名声がえられるというのなら、おそらく、彼らは、なにものをもおしまなかったことであろう。そして、トムは、たとい、サーカスを一つくれるといわれたって、そのどちらも、ひとにゆずる気はなかった。
 学校では、子どもたちは、トムやジョーをたいへんだいじにし、どの目にもふたりを崇拝する気持ちがあらわれていたので、このふたりの英雄は、いくらもたたないうちに、鼻もちのならないほど慢心してしまった。ふたりは、待ちかねているきき手に、その冒険を話しはじめた――が、ふたりの話はいつもはじまりだった。ふたりの持っている想像力が、あとからあとから材料を提供するので、話は、けっしておわりまではいかなかったのだ。そして、さいごにパイプをとりだし、すずしい顔をして、たばこをくゆらしながら歩いてみせたときなどは、ふたりのとくいは絶頂に達したといってもよかったのだ。
 トムは、こんどこそ、ベッキーサッチャーのことは、わすれることができる、と考えていた。名誉だけでじゅうぶんだと思った。名誉のために生きよう。いまや、彼が有名になったので、ベッキーは、あるいは〈なかなおり〉をしたいと思っているかもしれない。うん、そんなら、そう思わせておけばいいのだ――だが、おれだって、だれかさんのように無関心でいられるということを知るがいいんだ。そのうちに、べッキーがやってきた。トムは、気がつかないふりをした。そしてむこうのほうへいって、ほかの男の子や女の子といっしょになって話しはしめた。まもなくベッキーが顔をほてらし、目をくるくるさせながら、そこらを陽気にかけまわっているのが、トムの目にうつった。友だちを追いかけ、つかまえたりすると、きゃっきゃっとわらって金切り声をあげる。トムは、彼女が、きまって、トムのいる近くで、友だちをつかまえること、また、そういうときにはいつも、トムのほうに、意味ありげな視線を投げかけるということに、気がついていた。これは、彼の心の中にあるいやしい虚栄心を、ひどくまんぞくさせた。だから、トムは心をひかれるどころか、ますます〈きどって〉しまい、いっそう、おまえなんぞ知らないよという態度をとるようになってしまった。まもなく、ベッキーは、からさわぎをやめ、ときどきため息をついて、ものほしそうに、トムのほうを見ながら、あたりをふらつきまわった。それから、トムがいまだれよりも、とくにエイミー=ローレンスに話しかけていることに気がついた。すると、べッキーは、きゅうに胸がしめつけられ、かっとなり、おちつけなくなってきた。彼女は、どこかへいってしまいたいと思うのだが、足がいうことをきかず、反対に、みんなの集まっているほうへひきよせられてしまうのだ。べッキーは、トムのひじにふれそうなほど近くにいる女の子に、げんきをだして話しかけた。
「そうそう、メァリー=オースティン! あなた、わるい子ね、どうして、このまえ、日曜学校へこなかったの?」
「あたしいったわよ――見なかったの?」
「うそでしょう! ほんと? どこにすわってたの?」
「ピータース先生の組だわ。いつだってあすこよ。あたし、あなたを見たわ。」
「ほんと? おかしいわね。あたし見なかったんだもん。ピクニックのこと、教えてあげようと思ったのよ。」
「まあ、すてき。だれがしてくださるの?」
「おかあさんが、みなさんをおよびしていいっておっしゃるの。」
「まあ、いいわねえ。あたしもよんでくださるといいんだけど。」
「およびするわ。そのピクニック、あたしのためにしてくれるんですもの。あたしがいっしょにいきたいと思うお友だちだったら、だれだっていいのよ。あなたも、さそうつもりだったのよ。」
「あら、すてき。いついくの?」
「もうじきよ。お休みになるころでしょう。」
「まあ、なんてすばらしいんでしょ! あなた、女の子も男の子も、みんなよぶの?」
「ええ、あたしのお友だちや――お友だちになりたい人はみんな。」
といいながら、ベッキーは、そっとぬすみ見るように、トムに視線を走らせたが、トムは、エイミー=ローレンスをあいてに、あのおそろしい島のあらしの話をしているところだった。彼は、自分の立っているところから、一メートルとはなれていない、いちじくの大木が、かみなりに〈こっぱみじん〉にひきさかれるありさまをきかせていた。
「わたしもいっていい?」と、グレィシー=ミラーがきいた。
「ええ、いいわ。」
「わたしは?」と、サリー=ロジャーズがきいた。
「ええ、いいわ。」
「わたしも?」といったのは、スージー=ハーパーだった。
「それから、ジョーは?」
「ええ、いいわ。」
 ぞくぞくと志願者がでてきた。そこにいる子どもたちはみんな、よんでくれといって、うれしそうにぱちぱち手をたたいたが、トムとエイミーだけはべつだった。トムは、しらん顔をして、エイミーとふたりで、話しながらむこうへいってしまった。ベッキーのくちびるはふるえ、涙があふれた。彼女は、むりに、はしゃいで、悲しいようすをかくし、さかんに、おしゃべりをつづけたが、ピクニックもおもしろくなくなり、なにもかもいやになった。そして、できるだけ早く、みんなからにげだし、ひとにかくれて、女の人のいう〈よよとばかり〉にないた。が、それから始業の鐘がなるまで、きずついた自尊心をひめて、じっとげんきなくすわりこんでいた。さて、鐘がなると、ベッキーは立ちあがり、うらみにみちた目を見はり、おさげをさっとふって、このしかえしは、きっとしてやるからといった。
 休み時間のあいだ、ひきつづき、トムは大とくいでエイミーとなかよくした。そして、ベッキーをさがしだして、これをみせつけてやろうと思って、あちらこちらと、うろつきまわった。しかしベッキーをさがしだすと、いままでのトムのげんきはたちまち、どこかへいってしまった。あろうことか、ベッキーは校舎のうしろの小さいベンチに、アルフレッド=テンプルとなかよくこしかけて、いっしょに絵本を見ていたのだった一本の上に二つの頭をすりよせて、すっかりむちゅうになっているので、ほかのことは、なんにも気がつかないといったようすだった。やきもちが、まっかにもえて、もうトムの血管をかけめぐった。ベッキーが、せっかく、なかなおりの機会をつくったのに、それをうけつけなかった自分が、われながらいやになってきた。ひそかに、自分をばかよばわりし、あらゆるひどい名でよんでみた。いらいらしてなきたくなった。エイミーは、トムとならんで、うれしそうにおしゃべりをつづけた。エイミーの心は、楽しくうたっているのに、トムの舌は、はたらく力をうしなっていた。エイミーが、なにをしゃべっているのか、トムには、きこえなかった。だから、エイミーが、答えを待ってひと息いれるたびに、とんちんかんなへんじを、つかえつかえするのがやっとだった。トムは、なんどもなんども、校舎のうしろへでていったが、そのたびに、あのにくらしい光景が、彼の目に焼きついた。それなのに、トムは、そこへいってみずにはいられなかった。そして、見るたびに、はらわたがにえくりかえるようだった。ベッキーサッチャーは、トムがこの世に生きていることなど、考えてもいないようだったからだ。しかし、ベッキーはちゃんと見ていた。そして、このたたかいには、自分が勝ちかけているのだということがわかった。自分が苦しんだように、トムも苦しんでいるのを見るのは、ゆかいだった。
 トムは、エイミーのうれしそうなおしゃべりには、もうがまんができなくなった。やらなければならないことがあるとか、かたづけなければならないことがあるとかいってみたり、時間がなくなりそうだといってみたりした。しかし、むだだった――エイミーはへいきでしゃべりつづけた。トムは、「ええ、ちきしょうめ、いったい、いつになったら、やっかいばらいができるんだろう?」と思った。とうとうトムは、そのしごとをしなければならないことをあいてにわからせた――エイミーは、むじゃきに、学校がひけたら、「そこいらにいるわよ」といった。トムは、そういうエイミーをにくみながら、いそいでむこうへいった。
「ひともあろうに」と、トムは、歯ぎしりしながら考えた。
「村のやつらならまだしも、セント-ルイスのおしゃれやろうじゃないか。あいつは、りっぱな貴族みたいななりをしてると思ってやがるんだ! へっ、いいさ、はじめてここへきた日になぐってやったのは、きみでしたねえ。またなぐってやろう! また、とっつかまえてやるから、待ってるがいいや! そうしたら、おれは――」
 そして、トムは空中にかいた少年にとびかかり――げんこでなぐったり、けっとばしたり、目玉をえぐりとったりした。
「さあ、どうだ、やるか? まいりやがったろう、どうだ? どうだ、思い知ったろう!」
 彼は、そうやって、すっかりまんぞくがいくまで、たたきのめしてやった。
 トムは昼の休みに、うちへとんで帰った。トムの良心は、エイミーのひとりよがりのよろこびにもがまんできなかったが、もう一つのやきもちも、それ以上がまんできなかった。べッキーは、またアルフレッドといっしょに絵本を見はしめたが、何分たっても、トムはやってこなかった。ベッキーの大勝利にも雲がかかりはじめた。さっぱり、おもしろくなくなってきた。気がめいり、ぼんやりし、とうとうゆううつになった。二ども三ども、足音に耳をすましたが、それも、ぬかよろこびで、トムはこなかった。べッキーはそのうち、まったくみじめな気持ちになって、こんなおしばいをしなければよかったと思うようになった。べッキーの気持ちがだんだんはなれていくのを見てとった、あわれなアルフレッドは、どうしてよいやらわからずに、
「ああ、おもしろいものがあるぜ、見てごらんよ!」とさけびつづけたが、ベッキーは、とうとうかんしゃくをおこして、
「まあ、うるさくしないでよ! おもしろくもなんともないわ、そんなの!」
といい、わっとなきだした。そして、立ちあがって、歩きだした。
 アルフレッドはならんで歩きながら、なぐさめようとしたが、ベッキーはいった。
「あっちへいってちょうだい。かまわないで! あんたなんて、きらい!」
 少年は立ちどまって、自分はなにをしたんだろう、と考えた――昼の休みを、ずっと絵を見てすごそうといったのは、ベッキーだったからだ。ベッキーは、なきながらいってしまった。そこで、アルフレッドは、人けのない教室へはいって考えこんだ。くやしくもあれば、腹もたった。アルフレッドは、すぐ真相をさぐりあてることができた――ベッキーは、トム=ソーヤーにたいして、かたきうちをするために、自分を利用していたにすぎないのだ。こう考えついたとき、トムがにくらしくてたまらなかった。自分はあまり危険をおかさずに、トムのやつを苦しめてやりたい、と考えた。トムの書き取り帳が、すぐ目のまえにほうりだしてあった。しめた、とよろこんで、午後にならうはずのページをひろげ、そこヘインキをこぼした。
 ちょうどそのとき、ベッキーは窓のうしろを通りかかって、それを見てしまったが、みつからないように、そっと、その場をはなれた。うちへ帰るとちゅう、トムをみつけて話してやろう、と思った。トムは、きっと感謝するだろう、そして、ふたりのあいだにある誤解もこれを機会にとけるだろう、と思った。しかし、また、うちにつくまえに気がかわった。ピ
クニックの話をしたときのトムの態度を思いだすと、また、かっとして、はずかしめをうけた気持ちにおそわれた。書き取り帳をだいなしにしてしまったことで、トムは、またむちのばつをくうがいい、自分はもう、永久に、トムをにくんでやろう、と決心した。

19 愛情のねうち
 トムは、しおれきってうちへついたが、すぐにおばさんのことばをきくと、彼の悲しみは、ここでもなぐさめてもらえないのだということがわかった。
「トム、わたしは、おまえのなま皮をひんむいてやりたいくらいだよ!」
「ぼくが、なにをしたっていうの? おばさん。」
「ああ、あれだけのことをすりゃあ、たくさんだよ。さっきわたしは、感心して、あの夢のばからしい話を信じこませようと、セレニー=ハーパーのところへでかけていったんだよ、ところが、まあ、なんてこったろう、あの人はジョーからきいて、おまえがあの晩、ここへやってきて、わたしたちの話をすっかりきいていったことを、ちゃんと知ってるじゃないかね。トム、こんなことをする子は、いまにどうなるとお思いだい? わたしにわざわざセレニー=ハーパーのところまでいかせて、はじをかかせておきながら、しゃあしゃあしてるなんて、ほんとになさけないじゃないか。」
 こうなると、事情はかわってきた。けさのトムはさっそうとして、たいそう気のきいたいたずらをしたと思っていたが、こんどは、ただ卑劣で、いやしくみえるばかりだった。首をたれ、しばらくのあいだ、なにをいったらいいか、なんのことばも、うかんでこなかった。しばらくしていった。
「おばさん、ぼく、あんなこと、しなければよかったと思うんだ――でも、考えなかったんだもん。」
「まあ、いつだって、おまえは考えたことなんかありゃしない。自分のことしか考えたことなんかありゃしないよ。あの晩、ジャクスン島からここへくるとちゅうだって、わたしたちがこまってるのをわらってやろう、あとで、夢だなんてうそをついて、わたしをわらい者にしてやろうぐらいのことを考えていたんだろ。それでも、わたしたちのことをあわれんで、悲しい思いをさせまいと考えることはできないのさ。」
「おばさん、いまになってみると、わるいことだってことわかるよ。でも、あのときは、わるいことをしようと思ったんじゃないんだよ。ほんとだよ。あの晩、おばさんたちのことわらってやろうと思ってきたんじゃないんだ。」
「それじゃ、なにしにきたんだね?」
「ぼくたち、おぼれ死んだんじゃないから心配しないようにって、おばさんにいいにきたんだよ。」
「トム、トム、おまえにそんなりっぱな心がけがあるとわかれば、わたしは、この世でいちばんしあわせな人間になれるんだがねえ。でも、そんなこと、ありっこないさ――わたしには、よくわかってるんだよ、トム。」
「ほんとだよ、おばさん、ほんとだったら――もし、そんなこと考えなかったっていうなら、死んだっていいよ。」
「トムや、うそをつくんじゃないよ――うそをつくもんじゃありませんよ。罪をかさねるだけですよ。」
「うそじゃないよ、おばさん、ほんとだよ。おばさんを悲しませまいと思ったんだよ――それだから、きたんじゃないか。」
「それが信じられたら、どんなことをしてもいいよ――ねえ、トム、それがほんとなら、山ほど罪ほろぼしができるというもんだよ。おまえがかってにうちをとびだして、わるいことばかりしても、わたしは、うれしいくらいのもんだよ。だけど、どうもおかしいねえ。――そんなら、なぜ、わたしにそのことをいわなかったの、トム?」
「うん、そりゃね、おばさんがおとむらいのことを話したでしょ。そのとき、ぼくは、きゅうに教会にこっそりかくれようと思いついたんだよ。それで、すっかりむちゅうになっちゃって、やめられなくなったんだよ。だから、いちじくの皮を、またポケットにしまいこんで、だまってたんだよ。」
「いちじくの皮ってなに?」
「ぼくたちが、海賊ごっこをやりにいってること書いてある皮さ。こんなことなら、おばさんにキスしたとき、おばさんが目をさましてくれりゃよかったんだがなあ――ほんとだよ、ほんとに、ぼく、そう思うよ。」
 おばさんのむつかしい顔がやわらいだ。そして、目が、きゅうにやさしくなった。
「わたしに、キスしたんだって? トム。」
「ああ、したんだよ。」
「たしかに、したんだね、トム?」
「そうなんだよ、おばさん、したよ――ほんとにたしかだよ。」
「なぜ、キスしたの? トム。」
「ぼくが、おばさんを愛してるからさ。おばさんがなきながらねているのを見たら、ぼく、とてもすまなくなっちまったんだ。」
 このことばには、真実らしいひびきがあった。老婦人は、声のふるえるのもかくすことができないで、こういった。
「さ、もう一ど、キスしておくれ、トム――そして、さあ、学校へいっといで。これからは、もうこんなことをするんじゃないよ。」
 トムがでていくとすぐ、おばさんは戸だなへ走りよって、トムが海賊ごっこにきてた、ぼろの上着をとりだした。それから、それを持つたままつっ立って、ひとりごとをいった。
「そうねえ、やめにしよう。かわいそうに、あの子は、おおかた、うそをついたんだろう――でも、あのうそは、うれしい、うれしいうそだねえ、なんとなくなぐさめられますよ。神さまはおゆるしくださることでしょう――いいえ、きっとおゆるしくださるにちがいない。トムは気持ちがやさしいから、あんなことがいえるんだもの。なにも、うそだってかまやしない。見ないでおくことにしよう。」
 おばさんは、上着をかたづけて、ちょっとのあいだ考えながら立っていた。二どまで、その上着をとりあげようとして、二どともやめた。それから、もう一ど、思いきって手をのばした。そのとき、彼女は、こんなふうな心がまえをしていたのであった。――「あれは、いいうそなのだ――ほんとうにいいうそなのだ――だからわたしは悲しまないことにしよう。」
 そこで、彼女は、ポケットをさぐった。すぐにおばさんは、いちじくの皮の手紙をなきながら読んで、こういった。
「ああ、いまこそ、あの子をゆるしてあげられる、たとい百万の罪をおかしたって、ゆるしてあげられる。」

20 身がわりに立つ
 ポリーおばさんが、トムにキスをしてくれたときのようすには、なにか、トムのしずんだ気分を、すっかりふきはらって、またげんきな幸福な少年にしてくれるようなものがあった。学校へひきかえすとちゅうで、牧場小路の入り口で、運よくベッキーサッチャーに出会った。トムはいつも、そのときの気分しだいで、でかたがちがうのだが、このときは、なんのためらいもなく、とんでいった。
ベッキー、ぼくのきょうのやりかた、とてもひきょうだったね、ごめんよ。もうこれからは、あんなこと、けっして、しないからね――きげんをなおしておくれよ、ね。」
 少女は立ちどまった。そして、さげすむような目つきで、トムの顔を見かえした。
「トム=ソーヤーさん、どうぞ、わたくしにはかまわないでちょうだい。もうあたし、あなたなんかと、二どと口をききませんわ。」
 頭をつんとうしろにそらして、いってしまった。トムはひどく面くらったので、気をとりなおして、「かってにしろ、すましや!」といおうとしたときには、もうあとのまつりだった。そこで、なにもいわずにしまったが、むやみに腹がたった。ふぬけのように、学校の運動場へはいっていきながら、あいつが男の子だったらいいのに、もし男の子だったら、めちゃくちゃにひっぱたいてやれるんだがなあ、と思った。まもなく、ベッキーをみつけたので、すれちがいざま、こっぴどいあくたいをついてやった。べッキーも負けずにいいかえした。ふたりはいかりを顔にあらわし、ふたりのあいだは、まったく戦闘状態にはいった。はらわたも煮えくりかえるような思いのべッキーは、学校の〈はじまる〉のが待ちきれないほどだった。早く、書き取り帳をよごした罪で、トムがむちでぶたれるのが見たくて、じりじりしていた。さっきまでは、アルフレッド=テンプルのことを、トムにしらせてやろうという気持ちがすこしはのこっていたのだが、トムのあくたいをきいてからというもの、そんな気持ちはすっかりふきとんでしまった。あわれな少女よ、あなたは、いまにも自分の身に災難がぶりかかってくるのを、すこしも知らないのだ。
 先生のドビンスさんは、まるで自分の野心がみたされないうちに、中年になってしまった人だった。医者になるのが、長年ののぞみであったが、貧乏にわざわいされて、村の学校の先生以上の地位にはのぼれない運命だった。先生は毎日、なにやらむずかしそうな本を、つくえからとりだして、どのグループも音読をしていないすきをねらって、いっしんに読みふけっていた。本は、いつもかぎのかかるひきだしにしまってあった。学校じゅうの子どもたちで、あの本をひと目見られたら、どうなったっていいと思わぬ者はひとりもなかったほどだったが、その機会は、これまでには、まだ一どもなかった。あれは、なんの本であろうかということについては、男の子も女の子も、それぞれ意見をもっていたが、どれひとつとして同じような意見はなかった。しかも、事実をつきとめる方法は、まったくないといってもよかった。さて、ベッキーが、入り口に近いところにある先生のつくえのそばを通りかかると、かぎ穴にかぎがささったままになっているのに、気がついた! これは、またとないチャンスだ。彼女は、すばやくあたりを見まわした。自分のほかには、だれもいない。つぎの瞬間、本はもう、ベッキーの手につかまれていた。とびらには、某教授の解剖学――と、しるされてあったが、ベッキーには、なんのことやらわからなかった。そこで、ページをめくりはじめた。と、すぐに色ずりのきれいな銅版の口絵があらわれた――まるはだかの人体図だ。そのとき、本の上に影がさした、と思うまもなく、つかつかと、トム=ソーヤーが戸口からはいってきて、その絵をのぞこうとした。ベッキーが、あわてて本をとじようとすると、運わるく、その口絵《くちえ》が、まん中あたりから、半分にさけてしまった。ベッキーは、本をひきだしに投げこみ、かぎをかけると、はずかしいのとおそろしいのとで、わっとなきだした。
「トム=ソーヤー。あなた、とてもいやな子ねえ。こっそり、そばへよってきて、ひとの見ているものをのぞくなんて!」
「きみがなにを見ているか、そんなこと、こっちの知ったこっちゃないや。」
「はずかしくないの、トム=ソーヤー。あなた、あたしのことをいいつけるつもりなんでしょう。ああ、あたし、どうしよう、どうしよう! むちでぶたれるわ。あたし、学校でぶたれたことなんか、一ぺんもないのに。」
 ベッキーは、小さい足をとんとふみならして、いった。
「したいんなら、たんといじわるするといいわ! あたしだって、いまにどんなことがはじまるか、知ってることがあるんだから、待ってて、あんたも、自分で見るといいわ! ええ、にくらしい、にくらしい、にくらしい!」――そして、彼女は、また、わあわあなきながら、教室をとびだしていった。
 このすさまじい攻撃に面くらったトムは、じっと立ちすくんでいたが、やがて、こんなことを考えていた。
「なんてみょうちきりんな、ばかな子だろう。学校でぶたれたことがないんだってさ! ちえっ。ぶたれるのがなんだい! まったく、女の子ってあれだからなあ――おこりっぽくって、いくじなしなんだ。へっ、あのおばかさんのやったことなんか、ドビンスのやつにいいつけたりしてたまるもんか、そんなけちなことしなくったって、ほかに、かたきうちのしかたはあるんだ。だけど、どういうことになるのかな? ドビンスのやつ、だれが本をやぶったかって、きくだろう。だあれもへんじをしない。そしたら、あいつのいつものくせで――じゅんじゅんに、ひとりずつきいていくだろう。そして、だれもなにもいわなくったって、ちゃんといたずらをした女の子なんかわかっちまうさ。女の子の顔には、ちゃあんと、書いてあるもんな。いつだって、そうなんだ。あいつらは骨なしだもの。ベッキーは、ぶたれるだろう。ふん、べッキー=サッチャーも、どんづまりに追いこまれるわけだな――のがれっこないもの」トムは、ちょっと考えこんでから、こうつけくわえた。
「ま、いいさ。ベッキーだって、おれがいたいめにあうのを見るのが、すきらしいからな――自分でも、そんなめにあってみるのもいいさ!」
 トムは、運動場で、さわぎまわっているなかまにはいった。まもなく先生もやってきて、授業がはじまった。トムは、勉強にあまり身がはいらなかった。女の子のほうの席に、ちらと目をやるたびに、ベッキーの顔つきが、なんだか心配になった。いろいろ、これまでのいきさつを考えあわせてみても、ベッキーをかわいそうに思う気持ちにはなれなかったが、トムが、自分の気持ちをもてあましていることは事実だったのだ。といって、うれしくてたまらないなんていう気持ちにはなれなかった。そのうち、書き取り帳のいたずらがみつかった。それからしばらくは、トムも、自分のことで頭がいっぱいになり、ほかのことなどを考えているひまがなかった。ベッキーは、一時は自分の災難もわすれて、この、ことのなりゆきに大きな興味をもった。トムが、自分の本に自分でインキをこぼしなどいたしませんと、がんばっても、災難をのがれられないだろう、とベッキーは思った。ところが、ベッキーのこの考えは正しかった。しませんといえばいうほど、トムの立場は、ますますわるくなっていくようだった。ベッキーは、これで、自分もうれしくなるだろうと考えた。むりにも、うれしいのだと信じようとした。けれどもベッキーには、そのへんのところが、どうもはっきりしなかった。そうこうしているうち、形勢は、だんだんわるいほうにむかっていった。そんなときなど、思いきって立ちあがり、アルフレッド=テンプルのことをいいつけてやろうかと思ったが、まあまあと胸をおさえて、じっとしていた――それは、心の奥で、こういっていたからだ。
「きっとトムは、あの本をやぶいたことをいいつけるにちがいない。ひとこともいうのはよそう、助けてやるのはよそう。」
 トムは、むちでぶたれてから、自分の席へもどってきたが、すこしもしょげてなどいなかった。トムは、わあわあさわぎまわっている拍子に、知らないで、インキつぼを書き取り帳の上にひっくりかえしたのかもしれない、と思ったからである――つまり、形式上、ともかくそんなことはしませんといいはったのにすぎなかったのだ。いつだって、そうなのだし、主義としても、がんばらなければならなかったというわけだ。
 まる一時間もたったころ、先生は玉座で、こくりこくり舟をこぎはじめた。教室じゅうの生徒たちがぶつぶついう声で、ねむけがおしよせてきたのである。やがて、ドビンス先生は、のびをし、あくびをしたかと思うと、つぎにつくえの錠をあけ、本をとろうとしてさぐった。が、しばらくは、とろうか、とるまいかと、まだ決心がっきかねるようすだった。たいていの子どもたちは、興味もなさそうにながめていたが、なかでふたりは、先生のようすを熱心に見守っていた。ドビンス先生は、ぼんやりと本をいじっていたが、やがてとりだすと、さあ読もうというかまえになった! トムは、ちらとベッキーのほうに目をやった。ベッキー銃口をつきつけられ、追いつめられ、進退きわまったうさぎの顔つきそっくりだった。ああ、そのときトムは、ベッキーとけんかをしていることをわすれた。さあ、いまのうち――なんとかしなくてはならない! それも、いっしゅんのまにしなければ! が、あまりとっさのことで、トムには、うまい考えがわかなかった。――よし!――いいことがある! さっとかけだしていって、ちょろっと先生から本をしっけいし、戸口からとびだして、きえていってしまったらどうだろう。が、ほんのいっしゅん、決心がにぶったすきに、チャンスはさってしまった――先生が本をあけてしまったのだ。ああ、さっきのチャンスが、もう一ど、もどってきたらなあ! 時すでにおそし。ベッキーは、もう助けられないと、つぶやいた。つぎの瞬間、先生の目は、教室じゅうを、じっとにらみつけていた。その視線に射すくめられて、みんな目をふせた。まったく無実の者までも、そのおそろしさにふるえあがらせるものがあった。十をかぞえるくらいのあいだ、しいんとしずまりかえった。先生は、ますますいかりをかきたてられているようすだったが、ついに口をきった。
「この本をやぶいたのは、だれだ?」
 もの音ひとつしない。針のおちる音さえ、ききとれたかもしれない。沈黙はつづく。先生は、犯人をみつけようとして、ひとりひとりの顔をのぞきこんだ。
「ベンジャミン=ロジャーズ、きみか?」
 ちがいます、という答え。また沈黙。
「ジョセフ=ハーパー、きみか?」
 また、しません。トムの不安は、この重苦しいしらべが進行するにつれ、ますます大きくなっていった。先生は、少年たちの列をまじまじとながめ――しばらく考えてから、こんどは、女の子のほうにむきをかえた。
「エイミー=ローレンス、あなたか?」
 頭をふる。
「グレィシー=ミラー?」
 同じく、いいえをする。
「スーザン=ハーパー、あなたがしたのかね?」
 同じく、いいえというへんじ。つぎは、ベッキーサッチャーだ。トムは、頭のさきから足のさきまで、興奮と絶望にかりたてられて、ふるえていた。
レベッカサッチャー。」(トムは、ベッキーの顔をちらっと見た――おそろしさに、まっさおだった。)
「あなたがやぶったのか?――いや、こちらを見なさい。(ベッキーは、ごめんなさいというように両手をさしあげた。)――この本をやぶいたのは、あなたか?」
 トムの頭に、ある考えがいなずまのようにひらめいた。彼は、さっと立ちあがって、
「ぼくがしたんです!」とさけんだ。
 教室じゅうの者は、とても信じられないほどの、このばかばかしいおこないに面くらって、目をまるくした。トムは、気をおちつけるために、しばらく立っていたが、やがてばつをうけるために歩いていった。そのとき、トムは、キベッーの目にうかんだおどろきと感謝と、尊敬にみちたかがやきを見て、百のむちをうけたって、じゅうぶんつぐないをしてくれるように思った。自分の英雄的なおこないに勇気づけられて、これまで、ドビンスさんがやったどんなばつにもくらべられないほどのざんこくなおしおきにも、さけび声一つたてず、りっぱにうけたのである。放課後二時間のこっておれ、というそのうえのざんこくな命令も、同じくへいきでうけた――釈放されるとき、だれが門の外で、たいくつな時間をいやがらずに、待っていてくれるか、トムは、知っていたからである。
 トムはその晩、寝床の中で、アルフレッド=テンプルにたいするしかえしの計画をたてた。さっき、ベッキーは、はじと後悔とにさいなまれながら、すべてをトムにうちあけたからだ。そのときベッキーは、自分がうらぎりをしたこともかくさずに、トムに話したのであった。けれども、しかえしの計画は、すぐ、楽しいもの思いにかわっていった。そして、ねむってしまったが、ベッキーのさいごにいったことばが、夢の中でも耳をさらなかった。
「トム、なんとあなたは、あんなけだかいおこないができるんでしょう!」

21 天じょうからねこ
 夏の休暇《きゅうか》が近づいた。いつも厳格な先生は、ますます厳格になり、びしびしやるようになった。〈成績発表会〉の日に、りっぱな成績を村の人たちに見せびらかしたかったからである。せめ道具のむちも、木べらも、使われないでいることはめったになかった――とくに、小さい生徒たちがやられた。むちや木べらをうけないのは上級の青年たちと、十八、九の娘さんたちだけだった。ドビンス先生のむちときたら、すごくいたいのだ。先生の頭は、しじゅう、かつらをかぶって、てかてかのはげをかくしているけれど、まだ中年に達したばかりで、筋肉はりゅうりゅうとして、すこしもおとろえていなかったからである。成績発表会の日が近づくにつれて、先生の暴君ぶりは、ますます表面にあらわれてきた。ほんのちょっとしたまちがいさえもばっして、それも自分の楽しみで、ばつをくわえているようにも思われた。だから、年の小さい子どもたちは、昼は、おそれと苦しみですごし、夜はしかえしを計画してすごすのだった。先生に、いたずらをしかけることでは、あらゆる機会をのがさなかった。けれども、先生のほうが、いつでも、たいていうわてだった。こちらのしかえしが成功するようなことがあると、それにつづく刑罰が、また、いかにもすごいので、少年たちは、さらに旗色をわるくして、戦線から退却するのがきまりだった。そこで、とうとう、子どもたちはみんなで共謀して、かがやかしい勝利まちがいなし、という計画を考えだした。看板屋のむすこをだきこんで、その計略をうちあけ、そして助力をもとめた。この子のほうでも、この計画をよろこぶわけがあった。というわけは、学校の先生が、その子の家に下宿をしていたので、むすこはひどいめにあい、先生をきらう理由はじゅうぶんあったのである。ちょうどおりもおり、先生の奥さんは、もうちょっとたつと、いなかにでかけることになっていた。そのため、この計画は、なんのさしさわりもなく、つごうよくおこなわれるはずだった。先生は、いつも、なにか行事のあるごとに、きまってお酒を飲むくせがある。そこで、看板屋のむすこは、成績発表会の日の夕がたもきっと、そうだろうから、いすの上で、とろとろといい気持ちになっているところを、自分が「うまくやってのける」といった。それから時間いっぱいにおこして、いそいで、学校へでかけさせるというのである。
 いよいよ、待ちかねていた問題の日がきた。夜八時、校舎にはあかあかとあかりがつき、花輪をかざり、木の葉や花をあんだかざりものをめぐらしていた。先生は、黒板をうしろに、一段高く作られた教壇の上の、大きな玉座についていた。そうとういいごきげんのようにみえた。先生の両がわには三列のベンチが、また、先生のまえには六列のベンチがならび、そこに、村の有力者や、子どもたちの保護者がたくさんつめかけていた。先生の左がわの、村の人たちのうしろには、広い壇が、臨時にもうけられ、その上には、この成績の発表をする生徒たちがならんでいた。年のいかない少年たちの列は、この式典のために、きれいにみがきあげられ、ばかにきゅうくつそうに、きちんと服をきせられたりしている。それから、まのぬけた大きい青年たちの列。それに女の子や若い淑女たちが、雪とみまがうよそおいをこらした列。みんな、美しいリネンやモスリンのうすものをまとい、あらわな腕や、おばあさんゆずりの指輪をはめ、あちこちをピンクや青のリボンでかざり、髪にさした草花を気にしていた……。のこりの場所のぜんぶは、今夜成績の発表をしない生徒たちで、うずめられていた。
 発表がはじまった。たいへん小さい少年が立ちあがって、おずおずと暗唱した。
「わたくしのごときおさなき者が、こうして、壇にのぼって演説しようとは、みなさまもお思いにならなかったことでしょう」などと――ほねをおって、しかも正確に、また機械人形のように、それも、すこしこわれていたら、たぶん、こんなだろうと思わせるように、ぎこちなく手をふってやった。ずいぶんおびえてはいたけれども、どうやら、ぶじにすませて、わざとらしいおじぎをして、自分の席にもどったときは、かなりの拍手がわいた。
 はずかしそうな顔をした小さい女の子が、
「メァリーは、かわいいひつじの子を持っていました」などと、まわらぬ舌でたどたどしくのべ、だれにも、かわいいと思わせるように、ちょっとひざをまげて会釈し、拍手のごほうびをもらうと、顔をまっかにほてらせながら、いそいそと席へもどった。
 トム=ソーヤーは、自信たっぷり、つかっかとまえへ進みでると、あの不朽不滅の〈われに自由をあたえよ、しからずんば死をあたえよ〉の演説をやりはじめたが、中ほどで、つかえてしまった。トムは、おそろしい場おくれに、とりつかれたのだ。足はわなわなとふるえ、のどかつまりそうになった。たしかに、教室じゅうの人びとの同情をひいたが――また、しんとしずまりかえらせもしたのである。この静けさは、同情よりわるかった。先生は、顔をしかめた。災難は、まさに頂上に達した。トムは、しばらく苦しみもがいたすえ、まったく、ぶちのめされて、ひきさがった。よわよわしい拍手がぱらぱらなったが、すぐやんでしまった。
〈火をふくデッキに立つ少年〉がっづき、また、〈アッシリヤ人の来襲〉や、そのほか演説口調の珠玉編があった。つぎに朗読があり、書き取りの競争があった。ごく少数のラテン語のクラスが、みごとに暗唱をやってのけた。さていよいよ、その夜のよびもの――若い娘さんたちの自作作文の朗読の時間がきた。ひとりひとり、順番に壇のはずれに進みでて、まず、せきばらいをし、原稿(それは、みんな美しいリボンでとじてあった)をささげるように持つと、表現や句点に、ことさら注意しながら、朗読していった。題材は、この人たちの母親が、むかしの卒業式でやったのと似たようなものだったし、おばあさんのとも似ていたし、はるか、十字軍のむかしにさかのぼって、母系の祖先がやってきたものとも、きっと似ているだろうと思われる。〈友情〉というのがあった。〈すぎし日の思い出〉というのがあった。〈歴史にあらわれたる宗教〉、〈夢の国〉、〈文化の価値〉、〈政府の諸形態、その比較と対照〉、〈ゆううつ〉、〈孝行〉、〈あこがれ〉などであった。
 これらの文章に共通した特徴は、あまいメランコリックな感情でみたされているということである。〈美文〉をいかにもぜいたくに、むやみやたらに使用していることである。とくに、耳ざわりのよいことばや句などがあきるほど使われていることである。また文章そのものをめだたせ、きずつけている特徴は、どれもこれも、すべて文章のおわりには、きまって、できそこないのしっぽのような、しつっこい、がまんのならないお説教をちらちらと、ふってみせることである。どんな題材をとりあげても、苦心して、けっきょく道徳心、宗教心を持っている人たちに、なにか教訓をひきださせるようにもっていくのだ。これらのうわべだけのふまじめなお説教調の流行は、そのころは、まだ、すっかり学校から追放されていなかったし、今日でもじゅうぶんだとはいえない状態である。いや、これはおそらく、この世界のつづくかぎり、追放されることはないであろう。わが国のあらゆる学校で、若い娘さんが、お説教をつけないで、文章のしめくくりをつけるなんていうものはないのである。しかも、学校じゅうでもっともふまじめな、もっとも宗教心のうすい娘さんのお説教が、いつでも、いちばん長く、いちばんはげしい信仰調をもっているのである。だが、もう、そのことは、これくらいでいいだろう。ともかく、生徒さんには、まじめな真実などお気にめさないのである。
 さて、話を〈成績発表会〉にもどすことにしよう。さいしょの作文朗読は〈されば、これ、人生なるか?〉という題だった。読者は、たぶん、この作文からぬき書きするのを、しばらくごしんぼうくださることと思う。


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 人の世の興なき日々を送りつつ、青春の心は、いかに歓喜にみち、うたげの楽しみを夢見て待ちこがるるや! 夢は、あいつぎて、ばら色におうよろこびをえがくにせわし。空想の世界のうちに、流行のとりことなりて、うたげの席に〈花の中の花〉となれるおのれを見るなり。雪のごとき裳《も》につつまれしやさしきすがたは、楽しき舞いのあやなす中を、おどりくるう。このはなやかなる人びとの席に、人にすぐれてかがやくは、彼女のひとみ、人にすぐれて軽きは、その足どり。
 かかる美しき空想のうちに、時は足早にすぎ去り、彼女が、さばかりかがやかしき夢とともに、待ちのぞみし至福の世界に入るときは来たりぬ。その魅せられし幻想にうかぶすべてのものの、いかに仙女の物語めきしことぞ。すべての新しき情景は、すぎ去りしときにいやまして美しく――されど、しばしのちに、彼女はさとりぬ。この美しき外見におおわれしは、まことは、むなしきものなることを。かつては彼女の心をとらえしかずかずのあまきことばも、いまはきくにたえざるいまわしきひびきとなり、舞踏室もまた魅力をうしないぬ。かくて、身も心もいたくそこなわれ、あえぎて、地上の歓楽は、ついに、たましいのあこがれをみたすことあたわずとの確信をいだきて、これらのものに、おもてをそむけて立ち去りぬ。
[#ここで字下げ終わり]

 それからまだまだつづいた。朗読が進むにつれ、聴衆のあいだからは、しじゅうまんぞくげなつぶやきがおこり、「まあ、うまいわねえ!」とか、「たいした文章だ!」とか、「ほんとうだわ!」というようなささやきがもれた。そして、この朗読がへんに人を苦しめるお説教でおわったときは、さかんに拍手かっさいがおこった。
 つぎに、すらりとした、ゆううつな顔つきの娘が、立ちあがった。薬と消化不良からくるらしい〈趣味にとんだ〉青白い顔。その顔が一編の〈詩〉を読んだ。その二節ばかりをお目にかけよう。

[#4字下げ]アラバマにわかれをつげる
[#8字下げ]ミズーリおとめの歌


[#ここから2字下げ]
さらば、アラバマ、いとしの汝《なれ》よ!
されどもいまは、しばし、汝とわかれん!
悲しき思い、胸にあふれ、
思い出はわが胸にむらがりてあり。
いくそたびさすらいしは、汝が花咲ける森。
タラブーサの岸に遊び、またふみ読みて、
タラシーのさかまける流れにきけり。
あかつきの光もとめし、クーサーのほとり。
[#ここで字下げ終わり]


[#ここから2字下げ]
されどなお、われは恥じず、この嘆き、
われは恥じず、この涙。
わがわかるるは、心かよえる友にして、
わがため息をきくは、見知らぬ人にあらざれば、
この里に住みし日のあたたかく楽しき思い、
汝が谷よ、さらば――汝《な》が塔《とう》もかすみゆくなり、おお、なつかしのアラバマよ、汝とつめたくわかれなば、わが目、わが胸、わが頭は、いとつめたくぞなりぬらん!
[#ここで字下げ終わり]


 おわりの行の〈頭〉というところをフランス語でやってのけたから、わかる人はごく少なかったが、この詩もおおいにみんなをまんぞくさせた。
 つぎにあらわれたのは、色の浅黒い、目の黒い、おまけに髪も黒い若い婦人だったが、ちょっとだまって、場内をしいんとさせてから、悲劇的な表情をうかべて、おちつきはらったおごそかな調子で読みはじめた。

[#3字下げ]幻想[#「幻想」は太字]


[#ここから1字下げ]
 暗いあらしをはらむ夜であった。天上の玉座には星ひとつまたたいていなかった。遠いかみなりは陰にこもってとどろき、たえずきく者の耳をふるわせている。やがて、おそるべき電光が天の密雲のへやべやをつらぬいて、いかりのほむらを見せはじめた。あたかもこの脅威にたいして力をふるおうとした、かの有名なフランクリンをあざわらうかのように! あまつさえ、さわがしい風どもが、その神秘のねぐらから、きそいたち、ふきつのってきた。あたかもこのあれはてた情景に、力をそえるもののように。
 かかるとき、かくもくらくさびしきとき、人のなさけをもとめつつ、わが心は吐息した。しかし、もとめえたのは――
[#ここから3字下げ]
   わがよき友にして、なぐさめて、はた助言者にして、みちびくもの――
   なやめるときのわがよろこび、よろこびにつぐわが至福――
   わがかたわらにいで来たりぬ。
[#ここから1字下げ]
 彼女は、空想のエデンの園の、明るい小道をロマンチックで若々しい人たちにえがかれた美の女王のごとくにあゆんだ。神からたまわったすぐれた美しさのほかにかざりをつけぬ美の女王。そのあゆみはいやがうえにも軽く、かすかなもの音さえもたてない。しかもそのたおやかな接触からくる甘美なせんりつがなかったなら、他のさほどにもない美女のごとくに、もとめられもせずすりぬけていってしまうことであろう。目にもつかず――彼女が、外界のさわがしいあらしをさししめして、そこにあらわれた二つのものをしずかに見よと、われに命ずるときに、彼女のかんばせには、〈冬〉のころもにさがるつららの光にも似たかすかな悲しさがやどった。

 この悪夢のような作文は、原稿紙にして十ページほどもつづき、長老派でない人びとの希望を、さんざんにうちくだくようなお説教でおわったが、これが一等賞をとった。つまり、この晩第一の作品とみなされたのである。村長はその作者に賞品をおくるにあたり、あたたかい激励の演説をしたが、これほど人の心をうつ文章は、いまだかつて耳にしたことがない、大学者ダニエル=ウェブスターの筆《ふで》にたったものだとしても、ほこりをもって世にしめしうるであろう、とのべた。
 たくさんの文章が朗読されたが、そのうち〈美しき〉ということばが、むやみに使われていること、人間の経験を〈人生のページ〉ということばであらわしたものが、例によって、たいへんに多かったということを、一言しておかなければならない。
 さて、よいがまわって、すっかりいい気持ちになりかけていた先生は、いままでこしかけていたいすをずらせ、聴衆にせなかをむけて、黒板にアメリカの地図をえがきはしめた。地理の模範教授がはじまったのである。だが悲しいことには手がふるえるので、ひどくまがった地図ができあがった。教室じゅうにおしころしたくすくすわらいがうずをまいた。先生はそのわけがわかったので、自分をはげまして、なおそうとした。線をけして、かきなおしにかかった。が、まえよりももっとゆがんでいくばかりだった。くすくすわらいの声は、いっそう大きくなった。先生は全力をつくして、しごとにうちこんだ。なにくそ、あのわらい声などに負けるものかと決心をかためたようにみえた。自分のせなかに、みんなの目がくぎづけにされているような感じがした。こんどはうまくいったと思うのに、わらい声がやまない。それどころか、ますますひろがっていくように思われた。
 それも、そのはずである。
 教室の上は、やねべやになっていて、ちょうど、先生の頭の上に天窓が切ってあった。その天窓から、胴中を細引きでくくられたねこかぶらさがっておりてきた。頭からあごにかけてぼろきれをまきつけてあるのは、なき声をださせないためだろう。上をむいておりてくるときは、のびあがって細引きにつめをかけた。下をむいておりてくるときには、空中をひっかいた。くすくすわらいは、しだいしだいに高まった――ねこは、いっしんにしごとにうちこんでいる先生の頭から、六インチとはなれていない――さがる、さがる、もうすこし。とたんに、ねこは必死のいきおいで先生のかつらをつかみ、だきしめ、あっというまに、その戦利品をつかんだまま、やねべやにせりあがった! なんと、先生のはげ頭のてっぺんに、あかりがさんぜんとてりかがやいたことだろう――その頭は、看板屋のむすこが金色にぬっておいたのだ! 集会は、これでめちゃめちゃになった。少年たちはしかえしをとげたのだ。
 夏の休暇がやってきた。
↑原作者注――本章に引用した、いわゆる〈作文〉なるものは、『散文と詩――西部の一婦人著』と題した本から、字句の訂正をせずに、そのまま、とったものである。これらは、もうまったく正確に女学生ふうの文章なので、たんなる模造品よりは、興味ぶかくできていると思うからである。

22 ハック=フィンも改宗
 トムは、はでな〈記章〉が気に入って、禁酒少年団の新しい会員になった。そして、その会にはいっているかぎり、たばこをすったり、かんだり、神をけがすことばもけっして使わないということを約束した。ところが、同時に、ある新しい発見をした――というのは、つまり、あることをしないと約束すると、たちまち、もうでかけていって、いましがた約束したことをやぶりたくなるものであるということであった。トムは、すぐに酒を飲み、らんぼうなことばをはいてみたくなって、むずむずするほどだった。しまいには、その気持ちはつのる一方で、ただ、赤い帯かざりをつけて人中へでてみたいばっかりに、やっと退会をがまんしているというしまつだった。七月四日の独立記念日が近づいた。が、トムは、その日まで待つことは、あきらめてしまった――その会のおきてに四十八時間と服さないうちに、それは、あきらめてしまった――トムがのぞみをかけたのは、治安判事のフレーザー老人だった。老判事は、いまにも死にそうだったが、彼は、高い名誉職についているのだから、死ねば、きっと盛大な村葬になることには、まちがいなかった。三日間というもの、トムは、判事さんの容体をよく気をつけて、むさぼるように、そのうわさを知りたがった。そして、ときどき、そののぞみはうまく達せられそうになった――このぶんならばと、記章の赤い帯かざりをとりだして、鏡のまえでつけてみたくらいだった。だが、判事さんの病気はトムの考えたようにはいかず、一進一退だった――とうとう、持ちなおしたというしらせがあり――つづいて回復するだろうとつたわってきた。トムはむしゃくしゃした。なにかひどくきずっけられたような気持ちさえした。そこで、すぐに退会とどけをだすと――その晩、判事さんはまたぶりかえし、ついに死んでしまった。それで、あんなやつはもう二どと信用するもんかと、トムは決心した。
 お葬式は、盛大にとりおこなわれた。会員たちは、やめたばかりのトムが、うらやましさのあまり、死にたくなるような、堂々たるスタイルで行進した。けれどもトムは、また、自由な少年にたちかえったのだ――それは、また、いいことでもあった。彼は、酒も飲めるし、あくたいをつくこともできたからである――ところが、おどろいたことには、もう、そんなことは、さっぱり、やりたくなかったのである。やってもいいといわれると、すぐやりたくもなく、やってもおもしろくないような気がしてくるのだ。
 まもなく、あんなにまで待ちこがれていた夏の休暇が、いくらか、自分の手にあまりそうな感じがしはじめてきたのは、ふしぎなことだった。
 トムは、日記をつけてみようと思いついた――が、さいしょの三日というもの、なにも事件というものがおこらなかったので、やめてしまった。
 まず、さいしょに黒人楽団の一隊が村にやってきて、大評判になった。そこで、トムとジョー=ハーパーは、ふたりで楽団を組織して、二日間というもの、まったく、幸福にひたりきった。
 独立祭さえ、ある意味では失敗だった。しのつく大雨で行列はなかったのだ。そして、世界最大の偉人で、(と、トムが考えていた)ほんもののアメリカ合衆国上院議員のベントン氏は、まったくがっかりさせられるような人物であることがわかってしまったのだ。――ベントン氏は身長が二十五フィートもなかったし、二十五フィート近くにも達していなかったからだった。
 サーカスがきた。それがいってしまってから、少年たちは、ぼろのじゅうたんで作られたテントの中で、三日間、サーカスごっこをした――入場料、男の子はピン三本、女の子は二本――だが、やがて、この遊びもやめてしまった。
 骨相見《こつそうみ》がきたし、催眠術師もやってきた――そして、いってしまったあとは、村は、まえよりもさびしく、つまらなくなってしまった。
 少年や少女たちの集まりも、いくらかはあったが、それが楽しかっただけ、その機会も少なかっただけ、ますます、なにもないたいくつな毎日がやりきれなく思われた。
 ベッキーサッチャーは休みのあいだ、コンスタンチノープルの家に、両親といっしょに帰っていってしまった――だから、トムの生活の楽しい面は、どこをさがしてもなかった。
 あの殺人事件《さつじんじけん》の、おそろしいひみつをもっているという苦しみは、もう慢性になっていた。それは、これから永久につづく、あの癌のような苦しさにも、似ているものだった。
 そのうち、はしかがはやった。
 トムも、とりつかれて、二週間というものねたきりで、世間のできごとなどまったく知らずにすごしたのだった。はしかはひじょうに重く、トムは、なにもかも、おもしろくなかった。やっと歩けるようになったので、力ない足どりで、にぎやかな通りへでてみたが、すべてのもの、すべての人に、なにか、ゆううつな変化があらわれていた。村には〈信仰復興運動〉がおこり、あらゆる人がみな〈宗教に生きて〉いた。おとなはおろか、男の子も女の子もそうなのだ。トムは歩きまわって、げんきのいい罪人の顔をしたやつはいないものかとたずねたが、どこでも、がっかりさせられることばかりだった。ジョー=ハーパーにあえば、聖書を研究しているとかで、トムは、この、やりきれない気のめいるような光景に、悲しく顔をそむけた。ベン=ロジャーズをたずねてみると、彼もまた宗教に関するパンフレットのはいったかごをぶらさげて、貧民街を訪問していた。ジム=ホリスをみつけたら、なおったばかりのはしかのことを、天からのありかたい警告として、おうけしなければいけないよと、トムは注意された。道で出会うどの友だちも、トムの心にゆううつな重さを、すこしずつくわえくわえしてゆくばかりだった。ようやくハックルベリー=フィンにあい、ああ、これでやっとすくわれると思ったとたん、聖書の句をあびせかけられたので、トムの心は、やぶれさった。そして、よろよろとうちに帰ると、寝床の中にもぐりこみ、村じゅうで自分ひとりだけが、永久に、永久に、すくわれないのではないか、と考えた。
 その晩は、おそろしいあらしがくるいまわった。しのつく雨、耳をつんざくかみなり、はためく音、目もくらむいなずま。トムは、ふとんをひっかぶり、おそろしいさいごの審判を待ちうけた。この雷鳴は、きっとこの自分のために、天がくだしたもうたのだと信じきって、すこしもうたがわなかった。天にいます神さまは、もうこらえられなくなったので、そのため、こういうことになったのだと、トムは考えた。たかが虫けら一ぴきころすのに砲兵中隊をくりだしたなら、いくらトムだって、弾薬のむだが多すぎると思っただろう。しかし、自分みたいな虫けら一ぴきたおすのに、しのつく、こんなごうせいなあらしをかりてまでやっても、それほどふつりあいとは考えなかったらしい。
 そのうち、あらしはおとろえ、その目的を達しないで、すっかり、おわってしまった。トムは、すぐさま、神に感謝して、これからは、心を入れかえなければならないと思った。そのあとで、もうすこし、待ってみてよかろう――あるいは、これきりで、あらしはおこらないかもしれない。――
 あくる日は、またお医者さんたちがやってきた。トムはぶりかえしたのだ。それから三週間のあいだ、じっとねていたが、まったく一年ほどの長い年月のように思われた。ようやく、表にでられるようになったが、こんなにも、ひとりぼっちで、なかまもなく、見すてられている自分の身のうえを思うと、こうして、いのちが助かったことも、あまり、感謝する気持ちにもなれなかった。たいぎそうに、やみあがりのからだをひきずって、通りをぶらぶら歩いていくと、ジム=ホリスが裁判ごっこをやっているところにぶつかった。殺人罪で裁判にかけられていた被告は、ねこで、そのそばには被害者の小鳥がおいてあった。また、ジョー=ハーパーとハック=フィンが、ぬすんできたメロンをたべながら、横町を歩いているのにも出会った。かわいそうな子どもたち! きみたちは――トムだって同じことだが――またぶりかえしたのである。

23 マフ=ポッター助かる
 とうとう、ねむけをもよおすような空気がかきみだされるときがきた――しかも、はげしくかきみだされた。殺人事件の裁判がはじまったのだ。裁判は、たちまち、村じゅうの話題をさらった。トムは、どこへいっても、この話からのがれることができなかった。あの殺人事件の話がでるたびに、トムはぶるぶるふるえあがった。苦しい良心のかしゃくと恐怖の連続から、こうしたうわさ話を、自分への〈さぐり〉だと、ほとんど思いこんでしまっていた。自分が、あの事件について、なにか知っているらしいことが、どうしてみんなにわかるのか、それは、トムにはけんとうがつかなかったけれど、それでもいい気持ちで、このうわさ話にとりまかれていることはできなかったのである。いつでも、このうわさがはじまると、ひや水をあびせられたように、からだじゅうがぞくぞくしてくるのだ。トムは、ハックに話があるといって、さびしい場所へつれだした。ほんのちょっとのあいだでも、自分の胸の中をぶちまけたら、いくらかでも心が軽くなるだろう。同じ苦しみをせおっている者と、この重荷をわけあえば、いくらか、ほっとするだろう、と考えた。また、そのうえに、ハックの口がかたいかどうかをためしてみたい気持ちもあった。
「ハック、おまえ、だれかに、あのことをしゃべったかい?」
「なんのことだい?」
「知ってるじゃないか。」
「ああ――きまってらあ、話すもんか。」
「ひとことも?」
「ひとことだって話すもんか――ちかって、いわないよ。なんだって、また、そんなこときくんだ?」
「だって、こわくなったんだ。」
「なあ、トム=ソーヤー、あれがわかったら、おれたち二日と生きちゃいられないぜ。そうだろ。」
 トムは、これをきくと、いくらか気がおちついた。そこで、しばらくだまっていたが、
「ハック、だれかが、おまえに白状させようたって、だめだな、そうだな?」
「おれに白状させるって?なんでえ、もしおれが、あのあいのこの悪魔に、川へぶちこまれてころされたくなったら、しゃべるだろうよ。そうでなけりゃ、しゃべるものか。」
「うん、そうだ。おれたちがだまってさえいれば、おれたちは、だいじょうぶなんだ。だけど、ともかく、もう一ペんちかおうじゃないか。そのほうが、たしかだからな。」
「よしきた。」
 そこで、ふたりはまた、いともおごそかにちかいをたてた。
「なあ、ハック、このうわさ話のすごいこと、どうだい? おれは、うんとこさ、きいちゃったぜ。」
「うわさ話? うん、いつ、どこへいっても、マフ=ポッター、マフ=ポッター、マフ=ポッターでもちきりさ。それをきくたびに、おれは、ひやあせが流れるよ。だから、どっかへ、かくれたくなるんだ。」
「おれのまわりだって、あのうわさでもちきりさ。きっとマフは、もうのがれられないんじゃないかな。たまには、あいつがかわいそうに思わないかい?」
「しょっちゅうだよ――しょっちゅうって、いってもいいさ。あいつはつまらんやつだけど、でも、だれにもわるいことなんかしなかったものな。ただ、ちょっくら、かっぱらいをやって、飲みしろをかせぐだけなんだ。――それから、そのへんをうろつくだけさ。ちえっ、おれたちは――説教師やなんかだって、そうだけど――みんなそうしてるんだぜ。でも、あいつぁいいやつだった。――いつかなんて、ふたりに一ぴきずつなかったから、さかなを半分わけてくれたことがあらあ。それに、おれがしけてるときなんざあ、なんど、めんどうをみてくれたか、わかりゃしねえや。」
「うん、そうだ。おれだって、たこの糸目、なおしてもらったことあるよ、ハック。それから、つり糸につり針をつけてくれたことだってあらあ。あすこから、だしてやれたらなあ。」
「いやあ! だせっこないよ、トム。それに、そんなことしたってだめなんだ。また、とっつかまっちまわあ。」
「そうだ――またつかまるな。でも、おれは――あんなこと――しもしないのに、あいつのことを悪魔みたいに村の人が悪口いうのをきくの、おれはいやなんだ。」
「おれだってさ、トム。ああ、みんなで、マフぐらい血にうえた悪党づらをしている者は、国じゅうにいねえのなんて、いってたのをきいたことがあるぜ。いままでしばり首にならなかったのがふしぎなくらいだとさ。」
「うん、そうなんだ。しょっちゅう、そんなことばかりいいやがるんだ。もし、ゆるされてでてきたら、おれたちの手で、やっつけちまえ、なんていってたぜ。」
「いうだけじゃない、やるぜ、きっと。」
 ふたりの少年は、長いあいだ話しあったが、おたがいにすこしもはればれとしなかった。夕やみがせまってきたころ、ふたりは、あのぽつねんと立っている牢屋のあたりをうろついていた。たぶん、その心の中には、なにかがとつぜんおこって、彼らの苦しみをなくしてくれればいいというような、はかないのぞみが、あったのかもしれない。だが、なにごともおこらなかった。この不幸な囚人に興味をもってくれるような天使や妖精はいなかったらしい。
 少年たちは、まえにもなんどかやったようなことをした――鉄格子に近づいて、ポッターに、たばことマッチをさし入れたのである。ポッターは、一階に入れられていて、看守はいなかった。
 このおくりものをもらって、ポッターが感謝するのを見ると、ふたりはいつも、良心がとがめるのだったが――このときは、まえにもまして、いっそう心がいたむ思いがした。ことに、ポッターに、つぎのようにいわれたときは、自分たちがひきょう者で、うらぎり者であることを、心の奥深くまで感じたのである。
「おまえたちは、ほんとによくしてくれるよ、なあ――村じゅうのだれよりも、よくしてくれるよ、なあ、このしんせつばかりは、わすれねえよ、わすれるもんか。おれはいつも、ひとりごとをいうんだぜ。『村の子どもたちのたこを、よくなおしてやったっけ。いいつり場も教えてやったっけ。みんなに、できるだけしんせつにしてやったのに、マフのおやじがおちめになったときにゃ、だれひとり、おやじのことを思いだしてくれるもんはねえんだ。ただ、トムだけはちがわあ、ハックだけはちがわあ――ふたりだけが、このおやじのことをわすれねえんだ』とな、『だから、おれのほうでも、わすれやしねえよ』とな。なあ、おまえたち、おれは、おそろしいことをやらかしたんだ――あのときは、よっぱらって正気をなくしちまってたんだ――おれがおぼえてるなあ、たった、それだけよ――だからさ、いま、しばり首にあおうとしてるんだ、それが、あたりまえさ。いいんだ、いちばんいいことなんだろうなあ――うそなんか、いってやしねえ。まあ、いいさ。この話は、もうやめにしよう。おまえたちに気持ちわるい思いをさせたくねえからな。おまえたちは、いつもこのおれにしんせつにしてくれたんだ。ただおまえたちにいっておきたいのは、おまえたちも、酒は飲むなってことだよ――そうすりゃ、こんなとこへこなくったって、すむんだからな。もうちいっと、西のほうによってみな――そうだ――そうそう。ひとがひでえめにあってるときに、しんせつにしてくれる者の顔を見るくれえ、なぐさめになるものはねえ。おまえたちのほかにや、ここへきてくれる者もねえんだからなあ。りっぱなしんせつな顔だ――うん、ほんとに、しんせつそうな顔だ。かわりばんこに肩ぐるまをしてな、おれに、その顔にさわらしてくれ。そうだ、そうだ。さあ、握手をするとしよう――その鉄棒のあいだから手をつっこんでくれ。おれのは、でかすぎて、はいらないんだ、おお、ちっちゃい弱そうな手だ――だが、これが、マフ=ポッターのおやじに力をつけてくれた手なんだな。できたら、もっと助けてくれたろうになあ。」
 トムは、みじめな気持ちで、うちへ帰った。その夜の夢はおそろしいできごとの連続だった。つぎの日もそのつぎの日も、トムは裁判所のまわりをうろついて、しゃにむにひき入れられそうな気がしたが、じっとこらえて、ふみとどまった。ハックもまた同じことだった。ふたりは、つとめて、おたがいにあわないようにした。ふたりは、ときどき、その場からはなれてほかのところへいくのだが、すぐまた、くらいひきつけられるような力に魅せられて、ふたたびそこへ帰ってくるのだった。トムは、裁判所からでてくるのらくら者たちのことばにきき耳をたてたが、どれもこれも、心のいたむニュースばかりだった――わなは、しだいになさけようしゃもなく、あわれなポッターをしめつけていくのだった。二日めのおわりごろには、村につたわってきたうわさによると、インジャン・ジョーの証拠はゆるぎのないはっきりしたもので、陪審員たちの判決がどうなるかについては、まったく疑問の余地もないほどだった。
 トムは、その晩、おそくまでうちをあけ、窓からしのびこんで、寝床に帰ってきた。ひどく興奮していた。そして何時間もねむれなかった。
 そのあくる朝、村の人たちは、ぞくぞくと裁判所へ集まった。きょうこそは、重大な日だったのである。ひしめきあった傍聴人は、男女がほとんど同じぐらいだった。長いあいだ待たされてから、陪審員たちが一列になって法廷にはいってくると、それぞれの席についた。すぐそのあと、色は青ざめ、やつれはて、おどおどと明るいのぞみもないようすのポッターが、つれてこられて、好奇心にみちたすべての人の目が見守ることのできる席にすわらされた。インジャン・ジョーも、ポッターと同じように人目をひいた。あいかわらず、ずうずうしい顔をしている。しばらくの間かあって、判事があらわれた。警察署長が開廷を宣した。弁護士たちのあいだには、いつものように、ささやきがかわされ、書類をそろえる音がきこえた。こういうこまかい手つづきで、開廷の時間がおくれていくうちに、人びとの心には、これからおこるできごとを待ちうける、胸がどきどきするような、また、ひきこまれていくような気持ちが生まれてきた。
 それから、証人がよびだされた。その男は、あの殺人事件が発見された日の夜明けまえ、マフ=ポッターが、小川でからだを洗って、すぐ、こそこそ、すがたをくらましたのを見た、と証言した。さらに、つっこんだ質問があってから、原告がわの弁護士がいった。
「さあ、質問がありましたら、どうぞ。」
 被告は、ちらと目をあげたが、すぐまた目をふせた。そのとき、自分の弁護士がいったからである。
「証人にたずねる質問はありません。」
 つぎにでた証人は、死体のそばでナイフを発見したことを証言した。原告がわの弁護士がいった。
「質問がありましたら、どうぞ。」
「証人にたずねる質問はありません」と、ポッターの弁護士は答えた。
 三番めの証人は、このナイフをポッターが持っていたのを、なんども見たことがある、と証言した。
「質問がありましたら、どうぞ。」
 ポッターの弁護士は、この証人にも質問することはないといった。傍聴人の顔つきがしだいにくもりはじめた。いったい、この弁護士は、すこしも努力せずに、依頼人の生命をほうりだすつもりなのだろうか? 何人かの証人が、殺人の現場につれてこられたときの、ポッターのあやしげなふるまいについて、証言した。この人たちも、反対質問もされずに、証人台をさってもよろしい、といわれた。
 あの晩、墓場でおこったポッターにとって不利な情況についてのくわしいことは、そこにきている人たちがみんなおぼえているものであった。そして、そのことが、信頼できる証人たちによって、証言されたのだけれども、ポッターの弁護士は、それについて、なんの反対質問もしなかった。法廷内の人びとの不満とわりきれない気持ちは、ささやきになってもれはじめたので、裁判長は、それを制した。原告がわの弁護士が発言した。
「市民諸君が宣誓によってのべられた、はっきりした陳述は、被告席にいるかの不幸な被告が、おそるべき罪をおかしたことを、疑問の余地なく立証されております。ここで休廷したいと思います。」
 あわれなポッターの口から、うめき声がもれた。法廷内のいたましい沈黙につつまれて、ポッターは、両手で顔をおおい、しずかにからだを前後にゆすった。おおぜいの男たちも、感動し、たくさんの婦人たちの同情は、涙となってあふれだした。このとき被告がわの弁護士が立って、いった。
「裁判長閣下。本件の開始せられるにあたって、われわれは、被告人が飲酒による盲目的な――責任をおいがたきほどの、めいてい状態にありましたるとき、このおそるべき行為をなした、ということを申しあげようといたしました。しかし、われわれはその主張をいたさないつもりです。」(それから書記にいった。)「トマス=ソーヤーをよんでいただきたい。」
 法廷内の人たちは、みな、これはどうしたことだ、というようなおどろきの色をうかべた。当のポッターさえ、あっけにとられた。人びとの目は、トムが立ちあがって証人台にのぼるまで、好奇心をもってそそがれた。少年の顔は、ひきつっていた。それほど、おびえていたのである。宣誓を命じられた。
「トマス=ソーヤー、きみは、六月十七日の夜半、どこにいましたか?」
 トムは、インジャン・ジョーの鉄のような顔をちらと見あげると、舌がもつれて口がきけなくなった。傍聴人は、息をのんで耳をすました。が、いっこう、ことばは、でてこなかった。しかし、しばらくすると、トムはすこし勇気をとりもどして、いくらか法廷の中のすこしの人にきこえるくらいの声をだすことができた。
「墓場にいました!」
「もうすこし大きな声で。こわがることはありません。きみは――」
「墓場にいました!」
 さげすむようなうすらわらいが、インジャン・ジョーの顔に、ちらっとうかんだ。
「きみは、ホス=ウィリアムズの墓の近くにいたのですか?」
「はい、そうです。」
「それで?――もうすこし大きな声で、いってください。どのくらい近いところに、いたのですか?」
「ぼくとあなたくらいしか、はなれていませんでした。」
「かくれていたのですか? それとも?」
「かくれていました。」
「どこに?」
「あの墓のはずれのにれの木のかげに、かくれていました。」
 インジャン・ジョーは、わずかに、びくっとしたようである。
「だれかといっしょにいましたか?」
「はい、そうです。ぼくは、あすこに――」
「待った――ちょっと待ってください。きみのなかまの名は、いわないでよろしい。てきとうなときに、出廷させることにしましょう。そのとき、きみは、なにか持っていきましたか?」
 トムは、ためらって、こまったような顔つきをした。
「さあ、いいたまえ――はずかしがることはありません。真実は、つねに尊重さるべきです。きみは、そこになにを持っていったのですか?」
「あの、ね――ええ――あの、死んだねこです。」
 くすくすわらいがおこったが、すぐにとめられた。
「われわれは、そのねこの骨を証拠に提出するつもりであります。さて、さあ、きみ、そのときのことを、すっかり話してくれたまえ――きみの話しいいように話せば、よろしい――なにもかも、かくさずにね、すこしもこわがる必要はありませんよ。」
 トムは話しはじめた――はじめのうちは、ためらいがちだったが、その問題に熱中してくると、ことばは、ひとりでに、だんだんなめらかに流れでてきた。しばらくのあいだは、しんとしずまりかえって、きこえるのは、ただトムの声ばかりだった。だれの目も、じっと、トムにそそがれていた。人びとは口をあけ、息をころし、トムのことばにききいっていた。時のたつのもわすれて、あのおそろしい話に心をうばわれて、むちゅうになった。息づまる緊張の最高潮に達したとき、トムはいった。
「――そして、お医者さんが、板をとりあげて、うちおろし、マフ=ポッターはたおれました。そのとき、インジャン・ジョーはナイフをにぎってとびかかり、そして――」
 がちゃん! あっという速さで、あのあいのこは、窓にとびあがり、とめようとする人びとをすりぬけて――きえてしまった!

24 すばらしい昼,おそろしい夜
 トムは、ふたたび、かがやかしい英雄になった――おとなたちからは、ちやほやされ、子どもたちからは、うらやましがられた。彼の名は、不滅の活字にさえなった。村の新聞が書きたてたのである。すえは、大統領になるかもしれないと思いこむ者さえ、何人かでてきた。しかし、これには、もし絞首刑にならなければ、というただし書きがついているのだったが――。
 いつものとおり、気まぐれで道理にあわぬ世間の人たちは、マフ=ポッターをあたたかくうけ入れて、まえにひどいめにあわせたと同じくらいの気の入れようで、おやじをあまやかした。しかし、こうしたふるまいは、世間の美点なのだから、これを、あれこれとがめだてするのは、よくないことである。
 トムは毎日毎日、すてきにいい心持ちであったが、夜はまた、恐怖の連続だった。インジャン・ジョーが殺意をみなぎらせたおそろしい目つきで、毎夜の夢にあらわれた。そこでトムは、どんなにおもしろいことがあっても、あたりがくらくなってからは、外にでる気にならなかった。あわれなハックも、トムと同じように、みじめな、おそろしい気持ちにとりつかれていた。あの大裁判《だいさいばん》の前夜、トムが弁護士のところへでかけていって、あらいざらい、しゃべってしまったからである。インジャン・ジョーがにげだしたために、法廷で証言する難儀からはすくわれたけれども、ハックは、自分もかかりあいのあることが、きっと敵がわにもれているにちがいないと、ひどくおそれていたのだ。このあわれな少年は、弁護士に、かならずひみつは守ってやると、かたく約束してもらったけれど、それがいったい、なんになろう? トムが良心にせめさいなまれて、夜、ひそかに弁護士のうちをたずね、あれほどきびしい、おそろしいちかいをたてたその日から、もう、あの晩のことをしゃべってしまってからは、ハックが人間というものにたいしていだいていた信頼の気持ちは、すっかりうしなわれてしまった、といってもよかったほどだ。
 毎日、マフ=ポッターの感謝をきくごとに、トムは、自分がしゃべっていいことをしたとよろこんだ。けれども、毎晩のように、だまっていればよかったのにと、くちびるをかんだ。
 インジャン・ジョーはつかまらないのではあるまいかという心配をしていたトムは、また一方では、つかまったらどうしようと、こわかった。あいつがころされて、しかもその死体を、しかと、この目で見とどけるまでは、けっして自由な気持ちにはなれないだろう、とトムは、かたく信じていた。
 賞金がかけられた。そのへん一帯は、くまなくさがされたが、インジャン・ジョーのゆくえは、さっぱりわからなかった。あの博識無類、しかも、なんとなくおそろしさを感じさせる怪物といってもよい探偵のひとりが、セントルイスからやってきて、そのへんをかぎまわり、首をふり、りこうそうな顔をして、この商売に従事する者が、いつも手にいれる、あの、おどろくべき成功をおさめた。つまりこの男は、〈手がかり〉をみつけたのだ。だが、だれも、この〈手がかり〉を、殺人のかどで、しぼり首にするわけにはいかない。そこで、探偵は、やるだけのことをすますと、さっさとひきあげていってしまった。
 トムは、また、まえと同じような不安な状態にとりのこされた。
 日はのろのろとすぎていった。そして、その一日一日が、ごくわずかずつではあるが、恐怖の重荷を軽くしていったのである。

25 宝さがし
 健全な男の子なら、だれでも一どは、どこかへいって、うずめられた宝をほりだしたいという、はげしい欲望がおこるときがあるものである。この欲望が、ある日のこと、とつぜんトムをおそった。トムは、ジョー=ハーパーをさがしにでかけていったが、みつがらなかった。ついでベン=ロジャーズをさがしたが、つりにいっているということだった。そのとき、〈凶状持ち〉のハック=フィンにぱったりとあった。ハックなら、うんというだろう。それで、人けのない場所へひっぱっていって、ひそひそと、その話をうちあけた。ハックは、すぐ賛成した。ハックはいつでも、おもしろくてもとでのかからないことだったら、どんなしごとでも、よろこんで賛成するにきまっていた。〈金〉はないが、こうした〈時〉は、ありあまるほど持ちあわせていた。
「どこをほるんだい?」と、ハックはきいてみた。
「うん、まあ、どこでもいいんだ。」
「へええ、宝物って、そこらじゅうに、うずまってるのかい?」
「ううん、そうじゃないよ。そりゃ、特別なところにかくしてあるのさ――島の中だとか、枯れた木の枝のさきが夜中になると影をおとす、そのま下の地面の中にある、くさりかけた箱とかにね――だけど、たいていは、ばけものやしきの床下だな。」
「だれがかくすんだ?」
「だれって、そりゃあ、どろぼうさ、きまっているじゃないか――おまえ、だれだと思ってたんだい? 日曜学校の校長さんかい?」
「おらあ、知らねえよ。おれだったらかくさないがなあ、おれなら、使っちまって、たんといいめをみらあ。」
「おれだってさ。だけど、どろぼうは、そんなふうになんかしないんだ。やつらは、いつだって、かくしたまんま、そうっとしとくんだ。」
「やつらは、それっきり、もう、こないのかい?」
「うん、こようと思っても、目じるしをわすれたり、死んだりするのがおきまりなんだ。まあ、そういったものさ。長いあいだ、ほったらかしにしとくんだから、宝物がさびてくるんだよ。すると、そのうち、だれかが黄いろくなった古い紙をみつけるのさ。それには、どうすれば目じるしがみつかるかが、書いてあるんだよ――そのなぞをとくだけでも、一週間もかかるんだぜ。たいてい、暗号だの、象形文字を使って書いてあるからさ。」
「しょう――なんだって?」
「しょうけい文字さ――絵だのなんだののことさ。なんのこったか、わからないように書いてあるのさ。」
「じゃ、トム、おまえは、そういう書きつけ、持ってるんだね?」
「ううん。」
「へええ、それじゃ、どうやって、その目じるしをみつけるんだい?」
「目じるしなんていらないんだ。やつらがうずめるとこは、いつも、ばけものやしきの下だの、島の中だの、枝が一本つきでている枯れ木の下だのに、きまってるんだ。そうそう、おれたちも、ジャクスン島で、ちょいとやってみたじゃないか。また、あすこもやってみようや。それから、スティル-ハウス川の上には、ばけものやしきがあるな。枯れ枝のある木だって、いくらでもあらあ。――うんとあるぜ。」
「そういう、枯れ枝の下には、どこにでもうずまっているのかい?」
「なにをいってるんだい! そうとはかぎらないさ!」
「それじゃ、おまえ、どうやって、うずまっている宝をみつけるんだい?」
「みんな、あたってみるのさ!」
「へええ、トム。そんなことしてたら、夏じゅうかかっちまうじゃないか。」
「うん、だが、それがどうしたというんだい? しんちゅうのつぼの中に、さびついているけど、すばらしい金貨が百ドルはいっているとこを考えてみろよ、くさった箱の中にゃ、ダイヤモンドがざくざくだぜ、どんなもんだい?」
 ハックの目がかがやいた。
「すげえなあ。こたえられねえなあ。おれにゃ、百ドルだけくれよ。ダイヤモンドはいらねえから。」
「ようし。だけど、いっとくけどね。おれは、ダイヤモンドだってすてやしないぜ。一つ二十ドルぐらいするもんだもんな――そりゃ、そんなのはたんとはないけど。たいていは六十セントか一ドルはするんだぜ。」
「まさか! ほんとかい?」
「ほんとだとも――だれにきいたって、そういうぜ。ハック、おまえ、まだダイヤモンド見たことないのかい?」
「ああ、ないような気がするな。」
「王さまなんか、うんとこさ持ってるんだぜ。」
「だって、トム。おらあ、王さまなんて、ひとりも知らねえもん。」
「知らないだろうさ。でも、ヨーロッパヘいってみろよ、王さまなんて、そこらじゅう、とんではねてらあ。」
「王さまは、とんではねるのかい?」
「とぶかって?――ばかだなあ、おまえ! そうじゃないよ!」
「ふうん、おまえ、王さまがなにするっていったんだい?」
「ちえっ! おれは、王さまが見られるっていっただけさ――むろん、はねてやしないよ――なんだって、はねる必要があるんだい?――おれがいうのはな、そこらじゅう、うようよしているっていったまでさ。あの、せむしのリチャードみたいにさ。」
「リチャード? それから、なんていうんだい、名字は?」
「名字なんてありゃしないよ。王さまは、よび名しかもってないんだよ。」
「ほんとかい?」
「そうさ。」
「ふうん、王さまがそのほうがいいんなら、そいでもいいさ、トム。でも、おれは王さまにゃ、なりたくないな。黒んぼみたいに、名まえが一つしかないんじゃ、やあだよ。そりゃそうと、おい――はじめ、どこをほるんだい?」
「そうだなあ、おれも、からきしわからないんだけどね、スティル-ハウス川のむかいがわの丘にはえている、枯れ木のあたりをやってみたら、どんなもんだろう?」
「よかろう。」
 そこで、ふたりは、ゆがんだつるはしとシャベルとを持ちだして、三マイルばかりの行軍をはじめた。目的地へついたときは、からだじゅうじっとりあせをかき、息ぎれがしたので、近くのにれの木かげにねころんで、たばこをふかした。
「こいつあ、すてきだ」と、トムがいった。
「おれもさ。」
「おい、ハック、ここで、もし、宝物がみつかったら、おまえ、わけまえでなにをする?」
「そうだな、毎日パイを食って、ソーダ水を飲むだろうな、それから、サーカスがくるたびに、見にいくだろうな。ねえ、おれ、とってもおもしろく暮らしてみせるよ。」
「うん、それから、いくらか貯金しないのかい?」
「貯金? なんのためにさ?」
「きまってるじゃないか、だんだん、なんとか、ひとりだちのできるようにさ。」
「ええ、ばかばかしい。そのうちに、この村へおやじが帰ってくるだろう、もしも、おれが早いとこ使っちまわなきゃ、おやじのやつに、ふんだくられるにきまってらあ。それも、あっというまに、きれいさっぱり、なくされるにきまってるんだ。おまえは、なんに使うんだい? トム。」
「おれは、まず、たいこを買うよ、それから本物の刀と、赤いネクタイとブルドッグの子を買って、結婚するんだ。」
「結婚!」
「そうさ。」
「トム、おまえ――おい、おまえ、気がちがったんじゃねえかい?」
「まあ、待ってろよ――そのうち、わかるさ。」
「ふうん、結婚するなんて、愚のこっちょうだぞ。おれのおやじとおふくろを見てみろよ。けんかだ! まったく、年がら年じゅう、けんかやってたんだぜ。おらあ、よくおぼえてらあ。」
「そんなこと、平気だよ。おれが結婚したいお嬢さんは、けんかなんぞしやしないさ。」
「トム、女なんて、みんなおんなじだ、おらあ、そう思う。どいつだって、ひっかくにきまってるんだ。そいつあ、すこし考えなおしたほうがいいぜ。そうしろよ、そのほうがいいぜ。そのあまっちょの名は、なんてんだ?」
「あまっちょじゃないよ、お嬢さんだ。」
「おんなじことさ。あまっちょでもいいし、お嬢さんだっていいけど――どっちも似たもんさ。まあ、そりゃあいいとして、名まえは、なんてんだい? トム。」
「いつかいうよ――でも、いまはいやだ。」
「うん――よかろう。ただ、あれだな。おまえが結婚しちまうと、おら、いままでよりゃ、さびしくなるなあ。」
「そんなことないさ。おれのうちへきて、いっしょに住めばいいじゃないか。でも、このことは、まあ、このくらいにして、さあ、ほりにかかろうじゃないか。」
 ふたりは、しごとにかかり、半時間ほど、あせを流した。なにも、でてこない。また半時間、はたらいた。が、なんの効果もない。ハックがいいだした。
「どろぼうって、いつも、こんなに深くうずめとくのかね?」
「ときには、そんなこともあるさ――いつもしやないよ。たいがいは、こんなにほらないんだがね。どうも、場所をまちがえたらしいな。」
 そこで、ふたりは、場所をかえて、新しくほりはじめた。つかれて、手の動きがにぶくなってきたが、それでも、しごとは進んだ。しばらくだまって、はたらきっづけた。そのうち、ハックはシャベルによりかかって、そででひたいのあせの玉をはらって、いった。
「ここをすましたら、このつぎは、どこをほるつもりだい?」
「そうだな、あの、カーディフの丘のダグラスの後家さんちのうらがわの大木のあるところを、やってみたら、どうだろう。」
「そいつは、いいかもしれねえな。だけど、トム。なんかでてきたら、後家さんにとりあげられちまやしないかい? あそこは、後家さんちの地所だからな。」
「とりあげる! そりゃ、とりあげたくもなろうさ。だけど、こういう、かくれた宝物をみつけた者があると、それは、その人のものになるにきまってるんだぜ。地所なんて、だれのものだって、かまやしないんだ。」
 これで、ハックは納得した。しごとは、またつづいた。しばらくすると、ハックがいった。
「やんなっちゃうなあ、また、まちがったところをほってるんだぜ。どうだい?」
「おかしいなあ、まったく。おれにゃわからないよ、だけど、魔法使いが、じゃますることもあるからなあ。ひょっとすると、そのせいかもしれないぜ。」
「ちえっ! 魔法使いは、昼間、魔法が使えないんだぜ。」
「ああ、そうだな。おれ、そこまで考えてみなかったよ。おお、そうか、わかった。なんて、おれたちは、ばかだったんだろう! 夜中の十二時に、枝の影がおちるところをさがしだして、そこをほりゃいいんだ!」
「ちえっ、ばかばかしい。おれたちは、はねおり損のくたびれもうけっていうやつをやっていたんだ。このままほったらかしといて、夜になったら、帰ってこようや。ずいぶん遠い、おっかない道だけどさ。おまえ、でてこられるかい?」
「うん、こられるとも、きっとくる。それに、今夜やらかさなきゃだめだぜ。もし、だれかがこの穴を見たら、なんのために、ここをほったか、すぐわかっちまう。そして、あとをつづけてやらかすだろうからな。」
「よし、わかった。おらあ、今夜でかけていって、また『ごろごろ、にゃあおう』をやるからな。」
「ようし。道具は、やぶの中にかくしておくとしよう。」
 ふたりの少年は、その夜、約束の時間ごろ、また、ここへやってきて、ものかげにこしをおろして、待っていた。そこは、さびしいところだったし、時間も、おあつらえむきの〈うしみつどき〉で、きみがわるかった。ゆうれいは、木の葉のさらさらなる音にまぎれてささやき、おばけは、くらいかげにかくれていた。はるか遠くから、犬の遠ぼえがかすかにきこえてきたかと思うと、近くでは、陰気なふくろうの声がそれにこたえた。少年たちは、このぶきみな夜のけはいにけおされて、すっかりだまりこくってしまった。やがて、十二時ごろだとけんとうをつけて、影のおちたところにしるしをつけて、ほりはじめた。希望がふくらみはしめた。興味がしだいにましてくると、手も、それと調子をあわせて、さかんに動いた。穴は深くなり、いよいよ深くなった。つるはしの先が、かたりと、なにかにあたるたびに、はっとして心はおどったが、また、がっかりさせられた。石か、木のはしだったからだ。とうとう、トムがいいだした。
「だめだよ、ハック。おれたちは、また、まちがえたらしいよ。」
「だって、まちがうはずはないじゃないか。影のおちたところに、きっちり、目じるしをつけたんだからな。」
「それもそうだ。だがね、もっと、ほかのことを考えなかったよ。」
「なんだい、そりゃ?」
「うん、おれたちは、時間をあてずっぽにしたろう。おそすぎたかもしれないし、早すぎたかもしれないじゃないか。」
 ハックは、シャベルを投げだしていった。
「そうだ。こまったことになりやがったな。この穴は、やめなくちゃならねえ。おれたちにゃ、ほんとの時刻なんてわかりっこないし、それに、こいつあ、おっかなすぎるよ。ここの、こんな時刻ときたら、魔法使いだの、ゆうれいだのが、そのへんをうようよしてやがるんだもんなあ。おれなんて、しょっちゅう、まうしろに、なにかいるような気がしてしかたがねえよ。とてもおっかなくて、うしろなんぞ、むけやしないや。そのときをねらって、まえのほうで、べつのやつが待ちかまえてやがるかもしれないからさ。ここへきてからずっと、おれは、からだじゅうぞくぞくしてるんだ。」
「そうだよ、おれだって、まったくそのとおりだ、ハック。どろぼうは、宝物を木の下にうずめるときは、たいてい、死人をそばにうめて、番をさせるんだっていうもんな。」
「うわあ!」
「うん、そうなんだとさ。おれは、なんどもきいたぜ。」
「トム、おらあ、そんな死人のいるところなんかで、うろうろしてんの、やだよ。そんなのとかかりあったら、ろくでもないことに、まきこまれるにきまってらあ。」
「おれだって、死びとなんかいじくるの、すきじゃないよ。もし、ここにいるやつがしゃれこうべをぬっとつきだして、なにか、ものをいったとしたら、どうだい!」
「よせやい、トム! おっかねえよ。」
「まったくだよ、ハック。おれだって、きみがわるくって、たまらないよ。」
「おい、トム、ここはあきらめて、どこか、ほかをほってみようじゃないか。」
「それがよかろう。」
「どこにする?」
 トムは、しばらく考えてから、いった。
「ばけものやしき。そいつだ!」
「なにいってやんでえ、おらあ、ばけものやしきなんかきれえだよ、トム。そうだ、ばけものは、死びとなんかよりも、もっとすげえもん。死んだやつだって、口をきくかもしんねえ。だけど、死びとはおばけのように、ちょっと気がつかねえまに、死に装束をきて、ふらふらっと歩きまわったり、きゅうに肩ごしにのぞきこんで、うらめしやって、歯ぎしりなんかしないぜ。そんなの、おれにゃ、とってもがまんできないや、トム――だれだって、がまんできるもんか。」
「そうだよ、ハック、だけど、おばけがでて、うろつきまわるのは、夜中だけだぜ。昼間なら、いくらほったって、おれたちのじゃまをしやしないよ。」
「うん、そりゃそうだ。だけど、昼間だって、夜だって、だれも、あのばけものやしきによりつかねえのは、おまえもよく知ってるじゃないか。」
「うん、そりゃね。人ごろしのあったとこへは、いきたくないからさ――でも、夜でなけりゃ、あのばけものやしきのまわりでは、なんにも見えやしないんだぜ――夜だって、おまえ、窓から青い火がちょろちょろさ、それだけの話さ――ほんとうのゆうれいじゃないんだ。」
「へっ、ちょろちょろ、火が見えるんじゃ、そのすぐうしろに、ゆうれいがいるにきまっているじゃねえか。だって、ゆうれいだけが、あのちょろちょろ火をもやすんだからな。」
「うん、そりゃわかってるさ。でも昼間はでてこないよ。だから、ちっともこわがることなんて、あるもんかい?」
「うん、まあ、そうだ。そんなにいうんなら、あのばけものやしきをやっつけることにしよう――だけど、あんまりあてにもならねえな。」
 もう、そのころ、ふたりは丘をくだりはじめながら、しゃべりあっていた。月の光のさす目の下の谷聞のまんなかに、そのばけものやしきがぽつんと見えた。かきねは、とっくのむかしにあとかたもなく、入り口の階段にまで雑草がおおいかぶさり、えんとつはめちゃめちゃにくずれおち、窓わくははずれ、やねのすみのほうには、大きな穴が、ぽっかり口をあけていた。少年たちは、窓のところを青い火が通りすぎやしないかと、なかば待ちうけるような気持ちで、しばらくみつめていた。それから、その時刻と、場所にふさわしい小声で話しながら、ばけものやしきと自分たちのあいだの距離を、ぐっとあけるように、大きく右へまわると、カーディフの丘のうしろがわをかざっている森をぬけて、家路についた。

「【推しの子】」第百四十三話への未整理なメモ 親子こそ、親こそ、自分の本当のことを認めないといけない。それができないなら、子どもが親の本当を認めないといけない……

[第百四十三話]【推しの子】 - 赤坂アカ×横槍メンゴ | 少年ジャンプ+
「そうだよ?」「私 せんせーの全肯定オタクなので」

どうやら、この作品の基本に重大な見落としがある、というわたしの予感は当たっているらしい。
親子こそ、親こそ、自分の本当のことを認めないといけない。それができないなら、子どもが親の本当を認めないといけない……その時にもちだされる「推し」という概念はあいまいすぎて、危険だと思える。

【推しの子】のここまでの流れを簡単に説明すると、ルビー(元、さりな)は、転生前に重い病気になって「親に病院に放置された」。このことを、ルビーはまだ本気で認めていないように見える。そのさみしさを、アクア(元、吾郎)にぶつけている。さみしさを誰かにぶつけること自体は、そこまで問題ではない。問題はそれこそ、さみしさの原因を本気で認めていないことによる。少なくとも、この第143話の場面で。もしこの一連の流れが読者に強さを感じさせないならば、それが原因だ。
そして、問題が多重化しているのは、アクアとルビーの親のアイと、「相手の男」の関係の問題だ。これまでの流れで見るかぎり、アイは「相手の男」と共通する特徴、2人だけならば本音を話せる関係が作れることには気がついている。しかし、なんといえばいいか、その関係を「一生」やりとおせるかの覚悟は決まっていない。そしてやりとおせないならそれはなぜかということも、見極めていない。もし決まっても見極めてもいないならば、よくいってもたれあい、悪く言えば、一方がもう一方を利用している関係だ。それは、どこまでいっても不健全な関係だ。
もたれあっている関係(アイと「相手の男」)の演技を、もたれあっているかもしれない関係の2人(アクアとルビー)が本気の愛情表現を示したのちに演じている。これは、どっちか(どっちも?)を死なせてしまう可能性のある、不健全な関係である

以下の作品は、まだ途中であるが、

それでも、親を愛する子供たち - 原作:押川剛 構成:鈴木マサカズ 作画:うえのともや / 第5話【ケース1】にんじん⑤ | くらげバンチ

「里香さん(作中の子ども)は全部見ています」
「御堂さん(作中の子どもの親、刑務所にいる)……」「あなたは何をやったんですか」

同じ時代で、「どんなことをしてでも売れろ」とかいう同じ圧力を感じる読者たちが読んでいる作品、その登場人物たちが放つ言葉に、なにか致命的な食い違いがある。私にはひしひしとそう感じられる。ここでしくじると大変なことになる
わたしがこの「【推しの子】」の作品を読み続けている理由の一つは、ほかの読者とかなりちがっていて、ホントウのことを認めるということ、その力を見極めるため、というものがある。
その違和感は、第三巻収録のリアリティーショーあたりからあった。黒川あかねのプロファイリングの場面、あれは未熟な人のやることだと、早い段階で気がついていた。あの場面、「アイドルをやっている星野アイ」を黒川あかねを「認める大変さ」がえがかれていない。認めるのが大変でないなんて、そんなこと、ありうるのか? まして、たかが20歳にもなっていない人間が。

いや、思い返せば第一話から重大な欠落を感じていた。気がついてしまえばある意味単純。「星野アイは、アイドルをやりながら、子どもの人生も守って生きられるのか?」という疑問が作中で放たれることがなかったことだ。まだ全部を確認していないが、「星野アイは施設育ち」という情報が、大事なところで欠落している。星野アイが子育てに困難を抱えた人生を歩んでいること、そして「自分の人生の本当を認めるのが難しい状態にあること」は推測できるはずなのに……



これは未整理なメモだが、ここで判断をしくじったら自分の人生もしくじってしまう可能性がある。だから、いそいで書きとめた。
約30分。


追記。
もっとズバッとした言い方ができる。
「星野アイは、アイドルをやりながら、子どもの人生も守って生きられるのか?」

「星野アイは、アイドルをやりながら、子どもを捨てないでいることができるか? 「相手の男」がアイと子どもを捨てたことを、子どもに伝えられるか?

前後の二つは、完全につながっているはずなのに、アイも、社長夫婦も、作中で、特に後者の問題とむきあっていない。出産直後ならばともかく、出産事件からアイ殺害事件直後まで3年以上たっているのである。どうしてそこを考えないのか、非常に疑問だ。子どもは受験や演技力以前に、自分がどういう立場におかれているか認めないといけない。そして、それは親も、自分がどういう立場に置かれているか認めないといけないという事と完全につながっている。これは解釈違いなんかではない。わたしもまだこの命題の重大性を理解していないんじゃないかと思うぐらいだ。

そして、「なんでそんなクソヤローの「相手の男」といっときでもくっついたのか?」、ここも問題だ。


追記2
修正するところ

アイ殺害事件直後

アイ殺害事件直前直後

わたしの、本気の反万博論 その42 わたしは極論を言っている。いちおう、わたしにはその自覚がある。そして、この極論と対比させないといけないほど危険な言動の他者の群れがある。これは、死傷者がでる可能性すらある。

わたしの、本気の反万博論 その41 レイシズム、少なくとも、歴史認識問題においては、教育制度だけでなく消費文化固有の次元の問題があるはずなのだが、わりとだれもかれもあとまわしにする。「いいね機能」問題などいざいというと過小評価しているようにわたしには見える。わたしは最初からそこに不安をもっていた。すくなくとも、つきつめる必要は感じた。

「いいね機能」にふりまわされると歴史認識以前に人生しくじるぞ、と口うるさいぐらいにいわれた経験など、わたしはないぞ?

わたしの、本気の反万博論 その40 2025年大阪万博って、バブル崩壊後に人をだまして金儲けした吉村(現知事)たちが、少なくなった団塊の世代と、多くなったバブル狂乱世代となれあっている、っていう構図だが、そこを消費文化世代はみとめたくない。ちょっと、バブル崩壊後をつきはなして見ればわかる話なのに。なれあっていること自体の醜さをみとめたくないのだろう。

わたしの、本気の反万博論 その39 「インターネットがあれば科博という建物と職員は必要ない」「いや、まだ必要ある」という仮想問答は、すくなくとも新聞の社説には一切かかれていない。そして、インターネット文化では、もっと黙殺されている。ここは穏当な判断におさまっていいはずなのに。目先の都合だけ守りたいクソといわれても擁護できないぞ。

仮想現実の技術なんて、それこそよくあるSFの題材ではないか。いざというときだまりこくるのか。

万博、インターネット、ディズニーランド、ハリウッド、そして科博。
この4つをぶつけあわせる論者が、本当に少ない。インターネットなんかミソッカスだ、と言ったって叩かれることはない。本当は自尊心の無いおかしい行為だが。インターネットをつきはなして考えるのがいやなのだろう。それは批判しないといけない行動だ。年上も、本当はインターネットをもっとつきはなすべきなのに、性を安く買いたいからか、別居してもってる金でやりたいほうだいやっている。

黙りこくるのが戦術、そうでないとやってられないのだろう。そこは十分認める、太陽の塔に対決するのに、方法が建物である必要はまったくない。本当にまったくない。それは認める。岡本太郎も本当はそういっている。本当だ。
オンラインゲームがたくさんあるが、あれは一時的な「別居」の方法である。「別居」したい人が、多いのだろう。