『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部(記事の整理中)

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

1975年1月1日から1999年9月30日までの歴史 年表

1975年1月1日 てんとう虫コミックス版『ドラえもん』第6巻発行。地位は不動のものになった。しかし、まだ頂点に立ったわけではない。
1975年1月23日 『太陽の塔』の保存が決定。同時に、大屋根の解体が決定。『太陽の塔』はとりのこされることになった。

1979年4月2日 アニメ『ドラえもん』(朝日テレビ)放送開始
 
 
1995年3月20日 地下鉄サリン事件
1999年9月30日 東海村臨界事故(JCO臨界事故)


十五年戦争における日本軍の加害行為は”偏狭なナショナリズム”によって正しく評価できないが、それ以外は(たとえば『戦後日本』)そこそこ正しく評価できる。もはや、この命題は徹底的に否定されるべきである。
戦争被害者の棄民政策に対する反対運動がさしせまった課題であるが、それだけではない(驚くべきことだが!)。「過去のあれこれ(特に個々人)を自由に、まっとうに評価する」、このこと自体が重大な危機にさらされている。
一つ例を挙げる。なぜ、反歴史修正主義運動ですら、中曽根康弘政権にはじまる、日本における新自由主義政治―文化の歴史的展開を、自由にかつまっとうに評価できないのだろうか。少なくとも、戦争被害者の棄民政策の歴史の評価にくらべて、新自由主義の歴史の検証が貧弱に見えることを否定できる論者がいるだろうか。1980年代の『ドラえもん』の歴史的評価にくらべても貧弱である(※1)。しかし、この問題は見えないことになっている。これは、ほかの課題が多すぎるからだけではないだろう。

※1 ここで『ドラえもん』をもちだしたのはちゃんと理由がある。この作品の背負った50年、その歴史的位置は、ほかのサブカルチャーに分類される作品とくらべて、微妙にだが無視できない重要な違いがあると私は判断している。もちろん、限界もあったが。