『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部(記事の整理中)

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

「「民族経済」をめぐって」(1983年、梶村秀樹)

●「民族経済」をめぐって
 『朝鮮史研究会会報』六九号(一九八三年一月)所収。原題は「新納報告をめぐって」。朝鮮史研究会第十九回大会(一九八二年一〇月)での新納報告に対する「大会報告批判」として書かれたもの。表題は編集者が付した。

 階級的視点の純化を志向するあまり、日帝・「本国」資本の論理が植民地下朝鮮経済のすみずみにまで貫徹しきっていたと強調しようとすれば、期せずして帝国主義万能史観におちいってしまう。逆に、「民族経済」が植民地下においてもその本来の(植民地化前からの)発展の軌道を純粋に確保しえたものとみるならば、植民地下とそうでない場合との条件の差は無視されることになり、事実上の帝国主義美化論になってしまいかねない。報告と討論の全体を通じて、この「民族経済」をめぐるアポリアをいかに止揚するかが私たちの共通の課題なのだと感じた。
 司会者からは再三、橋谷報告が全体の基調だとの発言がなされたけれども、それは前者に傾きすぎて止揚には失敗していたと思う。論点は、帝国主義の支配が及ばない純粋なユートピアとしての「民族経済」が存在したか否かではなく(その答はあまりに自明)、帝国主義・「本国」資本の論理が経済活動の全てを制御しえていたのか、それともその支配下にも異質の論理が貫く経済活動の領域が存在したのか、また、存在したとすれば、それは政治経済学的にどんな意義があるのかであろう。
 新納報告は、この論点に「民族経済」の側から正面からきりこんだものと言えよう。(略)