『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

『A3』(森達也)への検証:本論8-1 妄想は”そろって”いたか? 麻原(松本)公判における、新実智光・土谷正実・遠藤誠一の発言から

何度も書くが、24年前のいまごろ、1995年6月、下は25歳(※1)、上は48歳(※2)の、多数の『ふつうの日本人』たちが、極刑に値する罪について、拘置所で取り調べを受けていた。まだ、少数の逃亡犯はいるが、この時点で主要な犯罪者は拘束され拘置所の中にいた、と判断してよい。このことを日本警察がどこまで自覚していたか、も問題なのだが、それはおいておく。

凶悪犯罪者というのは、だいたいにおいて強力な妄想によって事件をおこす。性犯罪についていえば、支配欲や「認知のゆがみ」を語るのは必要不可欠である。
宗教がらみの犯罪ならば、その傾向はもっと強いはずである。つまり、実行犯たちと指揮者たちの間で妄想が”そろう”はずなのである。そう、その”はず”なのである。しかし、オウム真理教事件において、それは本当に確実な前提なのだろうか?

以下に、麻原(松本)公判における、新実智光土谷正実遠藤誠一の発言を紹介する。底本は、『オウム「教祖」法廷全記録』全8巻(現代書館)である。

第216回公判(新実智光

(略)
 正午、休廷。
 午後1時15分、再開。
弁護人「VXを使った事件すべてで麻原さんの指示があったのか」
証人「はい」
弁護人「殺すという指示があったか疑問だ」
証人「とりあえずVXをかけろ、ということでした」
弁護人「ほかの弟子では、重要な場面で自分の役割を低く証言し、時にはすべてを麻原さんの責任にする人もいますよね」
証人「そうですね」
弁護人「新実さんも麻原さんを逆恨みして、指示がないのに指示があったと言っているんじゃないですか」
 新実被告は苦笑し、「真実は神のみぞ知るということで、ご判断はお任せします」と答えた。
弁護人「今でも麻原さんへの帰依心、信仰は揺るぎないのか」
証人「はい」
弁護人「麻原さんは(法廷で)ずっと話さない。弁護人にも話さないことが続いている」
証人「私が尊師に希望することは一つ。最終完全解脱を目指していただきたい。この法廷で述べる、述べないということは私から望むことではありません」
 計23回出廷した新実被告の尋問がすべて終了した。新実被告は、松本被告弁護団、裁判長、傍聴席、そして検察官に向って、それぞれ二度ずつ頭を下げて退廷した。

「とりあえずVXをかけろ、ということでした」、聞いて驚く人がいると思うが、実際にまったくその通りで、3件のVXガスを使用した事件で、麻原(松本)は成功しても失敗しても、ほとんど気にしていないらしいのである。すくなくとも、失敗した2件で、あわてたり動揺したりした形跡があまりない。もう一つ妙なのは、新実たち実行犯もそうだ、ということである。危機感が一定以上あれば、そんなことはありえないはずである。いくら後で警察が大々的に捜査しなかったとはいえ、それは結果論にすぎないのである。
余談だが、弁護側と新実智光のやりとりは非常に珍妙な部分が多数あり、証人はほとんどウソをつかず(そんな必要はない)妙な返答をずーっと続けている。こういうことが実際に一度はあった、ということを知るだけでも、この記録の価値はある。法律実務に関わる人は、一度だけでも読んでみる価値がある、と私は思う。


第250回公判(土谷正実

弁護人「坂本(堤弁護士一家殺害)事件から地下鉄サリン事件に至る一連の出来事が、麻原さんの考え方で行われたとすると、どういうことか」
証人「松本サリン地下鉄サリン事件は、オウム真理教の教義に完全に反する。ポアは尊師と相手との相互認識が必要だが、尊師と一般人の間には縁がなく、ポアの条件は整っていない」
弁護人「縁がないとポアできないのか」
証人「そうだ。オウム真理教が、一般人を殺すようなことは全くない」
 2時56分、休廷。
 3時16分、再開。
 弁護人が「教祖として一連の事件を止められなかったのはなぜか」と尋ねた。
 土谷被告は「短期間に多くのイニシエーションをし過ぎた。密度が濃過ぎた」と述べ、宗教儀式によって松本被告が体調を崩したことが原因との認識を示した。
弁護人「最後に尊師に言いたいことはあるか」
 土谷被告は、松本被告に対する帰依を改めて表明し、「尊師に対する誤解を解く情報を私はまだたくさん持っている。もし、控訴すべき判決が出たら、何とぞ控訴してください」と話した。

弁護側の何人かはおそらく、土谷君その「情報」をさっさとよこせ、でないと弁護側はずっといいところがないまま終わってしまう、と思ったのではないか。
私はまだ弁護側の実情についての証言を調べていないが、新実智光土谷正実と深く連絡をとりあった形跡がない。おそらく、多少調べてみて、新実側の証言を認めたら極刑回避が不可能になる、土谷側の証言はひとりよがりで他の実行犯の証言を否定するのに使えない――つまり使い物にならない、というのを知って、愕然としたのではないか。
もう一つ、注目すべきは、最後まで麻原(松本)擁護側だった二人の今後の要求が、「麻原(松本)と極刑」と「麻原(松本)の極刑回避」、まったく逆でありながら、両者が衝突した形跡がないということである。どう考えても二つの要求は矛盾する。これを宗教的妄想でかたづけられるだろうか? むしろ、逆の結果になるはずなのだが。

第217回公判(遠藤誠一

「大阪支部強制捜査が入り、焦った」

(略)
 遠藤被告はその日、教団大阪支部に警察の強制捜査が入ったと午後10時ごろに連絡を受けて、山梨県上九一色村の教団施設で村井秀夫元幹部(故人)に会った経緯を説明した。弁護人「大阪に強制捜査が入ったということは、上九(一色村)にも入るという危惧があったということですか」
証人「そうです。もともと夜には強制捜査はないと言われていたので、入ってもおかしくないと思いました」
弁護人「強制捜査が入ったら、サリンがあることがばれて大変なことになると」
証人「はい」
弁護人「切迫感を持っていたか」
証人「かなり焦ってました」
 正午、休廷。

「リムジンの中で、つい寝てしまった」

 午後1時15分、再開。
 検察側によると、95年3月18日未明、上九一色村の教団施設に向かうリムジンの中で、松本被告と遠藤被告ら教団幹部が地下鉄にサリンをまく計画を話し合ったとされる。遠藤被告はこれまでの公判で「強制捜査という言葉は聞こえたが、その後は眠ってしまった」という趣旨の証言をしていた。
弁護人「あなたの供述調書には『麻原さんは絶対的、超越的存在』とあるが、やはり当時そうだったのか」
証人「はい」
弁護人「その絶対的、超越的存在の麻原さんから指名されてリムジンに乗って、麻原さんの前で居眠りしますかね」
証人「ええ」
弁護人「麻原さんは教祖ですよ」
証人「本当はいけないんですが、つい寝てしまった。実は説法の時も寝ている人はいたんです。この公判でも傍聴席で寝ている人が結構いるじゃないですか」
(略)

これは私が原本を読んでいて一番おどろいた部分である。
念のために説明しておくが、10人の実行犯の誰も、「大阪支部への強制捜査」について証言していない、つまり、1995年3月20日午前の段階で、オウム信者の間でこの情報は共有されていない可能性が高いのである。オウム真理教側に危機感が一定以上あれば、そんなことはとてもありえそうにない。弁護側がこれ以上追求していないのだが、大変奇妙な証言である。
麻原独裁説でも、組織暴走説でも、どうにもこうにも説明がつかない。
もし、この情報不共有が正しいとすると、遠藤側の「居眠りしていた」という証言も、本当は正しい可能性が出てくる。ここはまだ正確に調べていないので記憶に頼るのだが、リムジン謀議の他の証言者も、遠藤がある時点から発言していない、というのは一致していた。もしかしたら、リムジンにいっしょに乗っていた人たちは、遠藤が居眠りしているのに気がつかなかったのではないだろうか? 降りるときはどうだったんだ、という問題はあるが、可能性はなくなったわけではない。


……考えてみれば、オウムの4大事件(弁護士一家殺人事件・松本事件・目黒事件・地下鉄サリン事件)のすべてで、実行犯たちの傾向はきちんと”そろっていない”。このことは、調べてみればすぐわかる。これは、世界の犯罪史でもあまり例がない、非常に珍しい事態がおきていたのではないだろうか。まだ検証が必要ではあるが……

私は、数々の歴史修正主義歴史認識に深く関係しているヘイトスピーチ”など”の形で、『毒ガス攻撃ぬきのオウム事件はすでに何度も起きている』、といえるだろう、と判断している。これは、歴史修正主義との似ているところをとりだしてこんなことをいっているのではない。むしろ、1990年代以降の日本列島社会における一つの社会像の転換についての仮説からみちびきだしている(※3)。簡単に言うと、「主観主義が一回転して、『自分たちの社会の全体的把握』という考え方自体を腐らせてしまった。それは非政治化の政治化ともいいかえられる」という仮説である。ひょっとしたら、好きな芸能人の不倫に激怒するのと、重大な(はずの)歴史問題について発言するのとが、少なくない「普通の日本人」に、同じレベルで受け取られているのではないだろうか? そのような考え方は虎の尾を踏むのと同じぐらい危険なのだが……。
くわしくは、こちらの記事を読んでほしい。

「オウム真理教という鏡――消費社会の転換と宗教動員」(中西新太郎、雑誌「前夜」第1期第7号、2006年) - s3731127306973のブログ
「「よい子」の幸福論の破綻」(「若者たちに何が起こっているのか」2004年、中西新太郎、花伝社、に収録) - s3731127306973のブログ
「若者と政治――ナショナリズムを支えるもの」(2014年、中西新太郎、『神奈川大学評論 』78号) - s3731127306973のブログ


それと、これは余談なのだが、この記事を読む読者のかたがたには、オウム事件関連の本を買ってどんどん紹介してほしい。どうせ、マンガ以外のベストセラーの7割は図書館で読めば十分なのだから(※4)。
次回、もっとくわしく三人の発言を紹介することにする。



※1 井上嘉浩のこと。
※2 林郁夫のこと。
※3 私は、1990年代の前後で、少なくとも日本において、歴史修正主義の原動力に重大な変化があった、とみている。
※3 2000年以降の出版業界の状態なら、このぐらいの発言は大目に見てほしい。