『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

「戦後日本まるごと」をゴミ扱いしたうえ、密輸入するオオバカモノ――丸山穂高の暴言問題について

丸山穂高議員、現場で“戦争しないと”以外にも暴言 「俺は国会議員だから逮捕されない」(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース

改めて振り返っておくと、ことは5月11日の夜、国後島の「日本人とロシア人の友好の家」(通称・ムネオハウス)で起きた。

衆院沖縄北方問題特別委員会に所属する丸山議員が、記者のインタビューを受けていた訪問団の団長に『戦争で島を取り戻すのは賛成か』『戦争しないとどうしようもなくないですか』などと詰め寄ったのです」(政治部記者)

 丸山議員をふくめた計60人余りの訪問団は、「ビザなし交流」で現地を訪れていた。これは日本国民と北方四島在住ロシア人の相互理解などを目的とした措置だが、その性質上、一行が泊まることができたのは「友好の家」のみで、無用な外出は制限されている。というのも、外出先でトラブルを起こし警察沙汰となった場合、ロシアの法律が日本人に適用されてしまうことで事実上、北方四島がロシアの領土だと認めることに繋がりかねないからだ。

酒に酔い維新議員 島返還に戦争持ち出し元島民抗議 | HTBニュース

 13日、北方四島国後島から帰港したビザなし交流の訪問団。この訪問団に参加していた日本維新の会丸山穂高衆議院議員の発言をめぐり、元島民らから抗議を受けていました。
 丸山穂高衆議院議員は11日、現地で島返還の手段として戦争を持ち出し、元島民らから抗議を受けていました。
 同行した記者が録音した丸山議員の音声です。
 丸山議員音声「戦争でこの島を取り返すことは賛成ですか?反対ですか?」
 団長「戦争で?」
 丸山「ロシアが混乱しているときに取り返すのはOKですか?」
 団長「戦争なんて言葉は使いたくないです。使いたくない」
 丸山「でも取り返せないですよね?」
 団長「いや、戦争はすべきではない」

 丸山「戦争しないとどうしようもなくないですか?」 
 団長「いや、戦争は必要ないです」
 
 丸山議員とやりとりをした訪問団の団長で、元島民の大塚さんは「私は真っ向から反対いたしました。戦争で取るとか取らないか、そんなこと私は聞いたこともありませんしね」と話しています。丸山議員はこの発言の前に酒を飲んでいたということです。元島民らはこの発言に抗議しましたが、丸山議員は酒に酔って騒いだことについては謝罪したものの、戦争発言については「賛成か反対かを聞いただけ」だとし、「北方領土を戦争で取られたわけですから、取り返すということに対して賛成か反対か聞いたと。別にそういう話があってもいいわけじゃないですか。それに対して何をダメだとおっしゃっているのかよくわからないです」とコメントしています。丸山議員の発言について日本維新の会の松井代表は、
 「戦争で取り返すようなことは、我々党として一切考えはありません。武力での解決というのは僕にはないですね」と話しています。


(強調、引用者)このニュースをきいたとき、「安倍首相の方針に反対するんですか、この非国民が!」と言ったのを、マスコミ各社がまちがえたのではないか、と思った。
これまでの維新の会関係者の言動、とくに教育委員会がらみの問題を知っている人ならば、選択肢の一つとしてそう予想するはずである(『ひとが』)。

【橋下肝煎り】中原徹の女性教育委員恫喝問題 - Togetter

中原教育長「課長が用意した通り言えば、いいんです。 共産党に利用されるだけ。一緒にされますよ。良いんですか?」
中原教育長「僕の答弁や課長が嘘をついていたことになってしまう。議会は紛糾して、野党はほら見てみろと大混乱する。単に言いたいだけでしょ?目立ちたいだけでしょ?単なる自己満足でしょ?」
中原教育長「立川さんなんか何か言っても何も変わりませんよ。すべて組織で動いているんです。同じチームでしょ。裏切るんですか?共産党と一緒に後ろから知事を刺しに行くようなもの!

(強調、引用者)

ところが、今回その予想をさらに下回る暴言が飛び出したわけである。

さて、今回の報道がだいたいにおいて事実であることがわかったとき、私は山野車輪の”暴言”を思い出さずにはいられなかった。ここでカッコがきをしたのは、これが”暴言”だと思われていないことは、本当に深刻な問題だ、と私は判断しているからだ。

「小林よしのり――保守の変容とメディア的人格」(中西新太郎、『ひとびとの精神史第8巻 1990年代 バブル崩壊』収録) - s3731127306973のブログ

P161

嫌韓」を証拠づけるメッセージが「軽いノリ」で発せられたとしても、それが「真面目に」、熱をこめて受けとられることは十分ありうる。>>
山野(※山野車輪のこと)についていえば、自己の関心事を好き放題に言うことが、ここでの「思い」ないしは「信」に当たるようだ。<<「社会正義に根ざしているわけではなく、あうまで自分が関心あるかないかみたい」「過激なことを言いたいだけなんで」「嫌なことがあったら、難しいことは考えないでとりあえず言いたい!」という純粋な気持ちで漫画を描いている」ので、「特に韓国だけが嫌いとか、右翼だとかいうことではない」とは、山野のアシスタント「りえちゃん14歳」の言である。おおこし二〇一四、一三四頁)。「難しいこと」と「純粋な気持ち」との対比に注意しよう。述べていることが差別的ではないか、ヘイトスピーチに当たるのではないか……等々の倫理的判断はもちろん、事実の検証を経ているかどうか(真実性の基準)も「難しいこと」に当たる。その「難しいことに囚われず、「言いたいから言う」が「純粋さ」、つまりは「信」のかたちだ。

(強調、引用者)

山野の暴言といえば、それこそ100以上は並べられるだろうが、これはあるいみ極めつけだろう。もっとここに注目すべきだと思う。「ネトウヨは真の右翼じゃない!」という古い右翼の言い分も、1パーセントは真実だったと私は心底思う。こんな手前勝手を国体論者が聞いて怒らないわけがないからである。

山野車輪丸山穂高の言動を見聞きしてつくづく思うのだが、この人たちはほぼまちがいなく、「戦後日本まるごと」をゴミ扱いしたうえ、つごうのいいところだけ密輸入している。言動をもとに根拠はいくつか挙げあれるが、つきつめていえば、「現実の人々」にきちんと向き合う気が感じられない、ということである。もしそれなりに本気でやっていれば、それなりにまわりにそのことが伝わってくるはずである。私はキレイゴトをいっているのではない。そうでなかったら、歴史なる概念は簡単に崩壊する。向き合うどころか、隠ぺいや、さらには改ざんに手をだしている。改ざんは隠ぺいよりもっと悪質だ、と指摘したのは、あの高木仁三郎氏だった。このことはもっと強調されていい。
私が現代日本サブカルチャー業界にほとんど信用をおかないのだが、その理由の一つは、「”現実”の改ざんは絶対にしてはいけない」ということをきちんと守ろうとしてない(ように見える)ことにある。だいたい、1980年代の東アジア政治の転換を見通せなかったことに遠因をもち、地下鉄サリン事件もんじゅ事件あたりから、その傾向がむきだしになりはじめたように思える。このあたりについては、以下の論考が非常に参考になる。

「私にとっての戦後、そして若者へのメッセージ」(2015年、中西新太郎、『myb みやび』第2号) - s3731127306973のブログ

ところで、これは以前から聞いておきたいことだったのだが、現在の日本在住の植民地主義者は、「戦後日本」という単位をこれからどうあつかう予定でいるのだろうか。もちろん、それぞれの論者でそれなりに違いがあるとおもうが、ここをはっきりさせておかないと、「戦後日本まるごとをゴミ扱いする連中」(それは極右だけではまったくない)の共犯者になってしまうおそれがある。私は、1%、それを心配している。なんでも、気がつかないうちにとんでもないことの共犯者になっていることは、十分ありうることだからだ。もし、「戦後日本語文学まるごとを万博記念公園まるごとといっしょにして、旧植民地のすべてと、地球の裏側のペルーあたりに送るべきだ」という人がいたら、どんな政治的立場だとしても私は断固賛成するのだが。こんにちの第一言語(「母語」と呼ばれるもの)は、そのはじまった地にあってすばらしく、その地からはなれる”から”いっそうすばらしいものであるはずだからだ。普遍性の定義からしてそうなるし、「いざというときほど、なぜかは半分ぐらいしかわからないけれど、何か役に立つ」という、「文化」というものの定義からしても、まったく妥当である。
たとえば、あの伝説の歴史家・梶村秀樹を、戦後日本の歴史学から切り離して特異点としてあつかうべきとは、私はまったく思っていないし、梶村氏の論文をきちんと読めば、そんなふうにおもえるはずがないのである。
最後に、私が「戦後日本」という単位を考えるとき、長谷川町子氏が「見事な最期」(樋口恵子)と呼ぶにふさわしい亡くなり方をしたことを、私はどうしても思い出してしまう。あのことを思い出すたびに、「ああ、『戦後日本』というのは、悪いばかりでは決してなかったんだ」とつくづく思うのである。「長谷川町子は勝ち組だったうんぬん」なんてことを言うオオバカモノがいたら、ぶっとばしてやりたいぐらいである。もちろん、じっさいにそんなことをしないし、そんなやつにそんな価値があるはずもないが。


追記:
私は、第一史(いわゆる「母国史」)と第一言語について、負けて負けて負けて負けつくすことが必要であり、これこそ世界史に対する日本史の最大の貢献になるはずだ、とまったく本気で考えている。日本の第一言語において、5年か500年か50000年ぐらい、第一言語でできた文章の精確さと美しさにおいて、徹底的に負けつくすべきだと真剣に考える。心配する必要のあることは、原理的にはまったくない。負けつくした、という事実が一番大事なのである。第一、いつでもどこでも必ず勝つものなど、絶対にろくなものではない。それに、血統というものは何の意味もないことを証明するならば、第一言語の有利性を一切否定すべきである。特定の言語で文章を書く人間で、上位から数えたら、だいたい200人ぐらいになるわけであって、決して不可能ではない。それに、これが一番大事なことだと思うが、一流もどきのクズより、まっとうな二流のほうがはるかによいのである。凡人は二流なのである。全力をだしてまっとうな二流ならば、恥じることなど何もない。それ以上なにか余計なことを言うやつは、ほかの何がどうであろうと、人間として三流なのである。かつ、どこからみても一流にしか見えない二流ならば、それは一流だということであり、それならば何の問題もない。
これを考えついたとき、「あ、なんだこんな簡単なことだったのか」とすうっと肩の力が抜けたのを正確に感じた。