『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

「社会を剥奪された若者のバーチャル・ナショナリズム」(2013年、中西新太郎、『唯物論研究年誌』第8号)

CiNii 論文 -  社会を剥奪された若者のバーチャル・ナショナリズム (特集 現在のナショナリズム--哲学的な解読)

1 「若者とナショナリズム」という問題図式

 昨年のワールドカップ・サッカーで、イングランドやブラジルなどのユニフォームを身に着け、にわかサポーターに変身した日本の若者たちのすがたが、奇妙なかつ新鮮な行動として海外で報じられた。スポーツナショナリズムの従来のあり方に照らすとおよそ理解し難いそうした振る舞いは、「ナショナルな身体」をもはやもちようのない新しい「個」の誕生のように映る。日本の伝統的ナショナリストなら苦々しくそう断じるかもしれないが、はたしてそう言えるのだろうか。
(略)
 誤解を避けるために最初に断っておくと、若者のナショナリズムを問題にするのは、若年層にナショナルな感情が突出して現れているからではない。たとえば戦争責任の所在や引きつぎといった論点での若年層の意識は年長世代よりも高く(1)、「平和ぼけ」の無責任な若者などという像は偏見に満ちた非難にすぎない。九〇年代に出現したネオ国家主義運動に若者たちが加わったこと、その衝撃が、「若者とナショナリズム」という問題図式に社会的注目を集めさせた原因であろう。しかし、ネオ国家主義への若年層の参加という現象は、九〇年代における国民統合の新たな展開という、より一般的な歴史的・社会的変化を反映するものであり、若年層の「特異な」ナショナリズム出現を意味するものではない。ここで焦点を当てたいのは、むしろ、アイドルに熱中するのと大差なく「ニッポン、ニッポン」と応援するパフォーマンス、好きなチームならどこだろうとサポーターになってみせられる「国際主義」と、無邪気で「他意のない」愛国心の発露とが易々と併存しうる感覚、たとえば『凶気の桜(2)』のように、暴発感情にすぎないものが、何か「国家主義的なもの」と結びつけて描かれ受けとられること……およそこれらのことがらをつうじて浮き彫りにされてくる「国民化」の新たな回路とメカニズムである。
 冷戦体制崩壊後のグローバル資本主義秩序(多国籍企業の世界支配)下で経済大国の地位を維持するために必要とされる「ナショナルな統合」の実現は、現代日本の支配層にとって焦眉の課題となっている(3)。ネオ国家主義運動のみならず、国家主義とは正反対にみえる新自由主義政治理念のうちにも、「ナショナルな統合」をめざす強力な主張が盛りこまれている(4)。グローバル化の時代に君が代・日の丸の国歌・国旗化がすすめられ、社会生活の諸分野における国民統合が強化されていることは、一見奇異にみえても、グローバル世界秩序内での「強い国家」を実現するという統治の文脈にそくしてみれば不思議ではない。この意味で、ナショナリズムは、再び、現代という時代を覆う支配思想、体制思想になろうとしている。
 ただし、現代日本ナショナリズムが、将来の国際的地位を確保させる、その意味で「未来に開かれた」体制思想たりうるためには、戦後ナショナリズムをふくめて、伝統ナショナリズムからの離脱・転身を図らねばならない。たとえば、「束アジア諸国との間では、民主主義と市場経済の理念を共有する地域的パートナーシップを積極的に築いていくことが、地域全体の平和と繁栄のために重要」だ(経済同友会「二一世紀宣言」)とする財界にとっては、いまだにアジア諸国、民衆の警戒心を呼び起こす侵略戦争国家日本の過去を、将来の政治的・経済的障害にならぬ範囲内に押しこめ処理することがぜひとも必要となっている。九〇年代という「証言の時代(5)」の開始期にこの課題を支配層がやり遂げることには大きな困難があるが、だからこそなおさら、忌まわしくつきまとう過去からの離脱を、「国民的転換」として、ナショナル・アイデンティティの再構築として、なし遂げることが重要になるのである。
 ならば、この「過去からの離脱」要求が、ナショナリズムの思想形態上では、具体的にどのように表出されているのか。
 第一は、戦争体験に重く規定され、五〇年代には典型的であったが、高度成長期をつうじて空洞化が進行していった、ナショナリズム思想をめぐる対抗、布置連関にもはや縛られないという意味での離脱、別言すれば、「戦後」からの離脱である。「戦後」からの離脱過程とこれに規定されたナショナリズムの形態変化について本稿ではくわしく言及できないが、「天皇ぬきのナショナリズム」はこの一例であろう(6)。
 第二に、こちらはしばしば看過されがちであるが、現代日本社会の「オンリー・イエスタデイ」たる企業社会―消費社会秩序からの離脱、すなわち、企業社会―消費社会の社会統合機能が衰弱し機能不全に陥っていることを批判し、ナショナルな統合の再構築を積極的に主張する点で、「脱戦後」からの再度の離脱である。
 このように、「戦後」からも、「脱戦後」からも自由な統合イデオロギーたらんとするところに、現代日本ナショナリズムがもつ思想形態上の特質が示されていよう。したがって現代ナショナリズムの性格と機能とを検討する場合、それが過去のあれこれの思想形態にどれだけ接近しているかを発見するだけでは決定的に不十分である。「未来志向」の、新種の帝国主義ナショナリズム(7)としての自覚、変身、成長をより深く検証すべきなのである。「若者とナショナリズム」とのかかわりを問う問題図式もまた、この視点から評価されねばならない。若年層に特有の「ナショナリズム」がもし析出されるとすれば、それは、上述の点で二重の離脱をなし遂げようとする現代ナショナリズムの可能性と、どこでどのような仕方でかかわっているのか――このことが問われるべきである。

2 「ナショナルなもの」を身に纏う新たなパフォーマンス

 (略)「ぷちナショナリズム」にひそむ危険性に警鐘を鳴らした香山リカ氏の主張(9)は、この点で正鵠をえている。香山氏の言う「ぷちナショナリズム」には、現代ナショナリズムのポテンシャルを映し出すさまざまな要素がふくまれている。そこで、現状では「卑小」にしかみえない「ぷち」ナショナリズムの潜在力をあきらかにするために、まず、「ぷち」に含意されている統合機能の性格や感情マネジメントのかたちを、「ぷち」要素として整理してみよう。

 《非政治性と日常性》
(略)

 《パフォーマンス性》
(略)

 《没入感の要請》
(略)

 《自己中心性》
(略)

 《自己肯定の絶対性と異論の排除》
(略)

3 逆説的国民化の罠

(略)
 戦争と平和にかかわる「国民的経験」を「人間主義」化する(18)とは、国家によって本質的に規定された経験のありようから焦点をずらし、個々人の体験の次元へと視点を移行させることを意味する。たとえば伴淳・アチャコの「二等兵物語」のような「アチャラカの文法」による戦争体験の喜劇化(19)にみられるように、「人間主義」視点の採用には、国家意思に左右される生を嗤うことで国家をも相対化する契機が孕まれている。この「国家にかかわるような生のあり方」から離脱するという脱「国家」主義機能こそ、「人間主義」化の核心にほかならない。そして、「国家にかかわること」への嫌悪感や忌避感をこのように「人間化」することは、「日本人の戦争体験」を思想化するうえで、脱「国家」主義の罠とでもいうべき陥穽を用意することになった。すなわち、侵略戦争に「心ならずも」兵士として動員された国民が否応なくになわされてしまう国家意思と、これにともなう責任の次元――被害経験の側からは当然そこにこそ焦点が当てられ、検証と分析と謝罪とが要求される――を不可視にするという陥穽である。たとえば、五味川純平『人間の条件』がテレビドラマ化されたとき(TBS、一九六二年一〇月~六三年四月)、「嫌悪感の象徴のような軍隊のなかで喪失しようとする個(人間)を極限状況でも懸命に守ろうとした梶という主人公の魅力」に焦点が合わされる(20)というような視点の転換は、この象徴的一例である。大衆社会化の本格的開始期にあたる高度成長初期に大衆メディアの主役に躍り出ようとしていたテレビが戦争を主題化するさいには、当時の「お茶の間路線(21)」がきびしい制約になっていた。「人間の条件」にしても、「原作の持つ暗い雰囲気を梶と美代子の夫婦愛に焦点をしぼることによって、お茶の間向きの明るいものにしたつもり」という監督の発言(22)がこの事情をはっきり物語っている。
 しかし問題はそのことに尽きない。(略)きわめてアイロニカルな状況だが、「わたしはいまの政府がどう言おうと、それとは別に平和を望んでいるし、国家が個人にどうこうせよと要求すること自体大きなお世話だ」という離脱意識、脱国家意識のありようこそ、高度成長期日本社会が進行させた特有の国民化作用であった。すなわち、国家の制度的・イデオロギー的威力をそれと意識せずに、個の立場の表明によってそうした威力から逃れられるかのように感じさせること――そういう独特の「個人主義化」過程にこそ国民化の力がはたらいていたのである。(略)
 さてしかし、国家への「政治的」関与が疑われるようには振る舞わないという位置どりと、気楽に自由に「ナショナルなもの」を受容できる――たとえば、魅力的な戦争を語れるようになるくらいにまで――状況選択とのあいだには、大きな距離がある。この距離を埋める意識機制をあきらかにするために、「企業社会―消費社会」秩序からの転換というもう一つの離脱、「脱戦後」からの離脱を検討しよう。

4 バーチャル・ナショナリズムの強さ

(略)

 5 「社会剥奪」からの脱出と自己中心的国民化

 「ぷち要素」として指摘した自己中心性や自己肯定の絶対化が「ナショナルなもの」への没入となぜ結びつくのか、その社会的根拠について、企業社会秩序の縁辺におかれた若年層の「社会剥奪」状況とそこからの意識転回を中心に述べよう。
 生活の本来多様で豊富な社会的リアリティが縮減され、個体化された生(社会的・共同的な現実の支えを失った生)へと還元される状況は、若年層が自らの生の社会的リアリティを繋留させるに足る政治的・社会的・経済的基盤に徹底的に乏しく、むしろ、これらの基盤を剥奪されているという事情に多く起因している。若年層を総体としてアンダークラスと規定できるかどうかは別にして、企業社会―消費社会秩序の下での彼らの生は、個体化されたそれへと切りつめられてきた。さらにまた、この秩序が上から再編される九〇年代後半からの体制転換期には、若年層の大半における縁辺化(35)がさらに進行して、生の社会的リアリティをつなぎとめられそうな「社会」は、彼らの視圏からいよいよ遠ざかっている。(略)
(略)無力を「生き抜く」という状況は自己矛盾を孕んでおり、無力性を「克服」しようとすることが、自らを「いないようにする」行為へと水路づけ内閉化することは容易に想像できよう。そうした静かな「退出」の典型的形態として、たとえばネット自殺が、いま私たちの眼前にある。前に指摘した人間主義は、ここではもはや存続しえない。すなわち、「脱戦後」からの離脱は、思想的には、人間主義の解体をふくんでいる。
(略)
 社会の外部に生きる存在である若年層は、しかし、「ジコチューな国民化」さえもふくめ、社会統制がはたらきにくく予測のつかない危険な行為に出る存在とみなされている。このため、青少年の振る舞いはしばしば「モンスター」の行為に類する扱いを受け、彼らの生活圏全体をより強力に統制しておくべきだという主張が統治政策として打ち出されるようになってきた。教育基本法の改定をはじめ、記憶に新しい奉仕活動の義務化論などなど、「ナショナルなもの」への緊縛や社会統合の強化が教育政策、青少年政策の領域で強く叫ばれるのは、こうした文脈にそってのことと言える。しかし、ここで述べた「社会剥奪」の性格を踏まえるならば、たんに訓練主義や儀礼主義の強化では、統合の実が上がるということにはならないだろう。「心の教育」推進にみられるような、内面そのものの馴致にまで統制の「深化」が図られぬことには、とうてい「効果」も期待できないのである。「社会」への「本心」からの恭順を要求するそうした政策は、「本心」のレベルでの、より徹底した「分裂」と「解離」とを義務づける。そうしてもたらされる、解離的である以外には自己の生を生きようがない事態は、自己中心性という鎧で守られた自己肯定の感覚までをも解体し、転倒した形態ではあれ自己を現実世界につなぎとめる最後の橋頭堡を見失わせるであろう。タナトスだけが唯一「実感」でき、空虚なもののためにためらいなく「死ねる」社会が到来する(41)。
(略)
(略)もちろん、海外出兵のような国家の「リアルな汚れ仕事」を現場でになうのは、「負け組」の下層であるから、彼らをも統合しうる肯定的物語りがないことには、危なくて銃などもたせることができない。といって、社会的統制を強めようとすれば、すでに述べたように、かえって、解離的人格(壊れた人間)を強めるだけであるから、バーチャル・ナショナリズ厶の支持基盤でもあるタナトスは、体制秩序にとっても暴発の危険に満ちたものなのである。
 「若者とナショナリズム」という、誤解をふくんだ問題図式は、「社会剥奪」の現代的特質を浮き彫りにした。「社会剥奪」状況が「ナショナルなもの」に各人を吸着させる回路には、支配秩序にとっての両義性が存在しているが、同じことは、今日の帝国主義ナショナリズムに対抗する側にとっても言える。問題は、「社会剥奪」からの脱出と「社会」の再獲得が、どのような社会的リアリティとの邂逅・結合によって果たされるのか、しかも社会を剥奪されている側のどのようないとなみによってそうできるのか、である。「ナショナルなもの」へと回収される生とは対極に立つ生を、豊穣な社会性の再獲得をつうじてリアルな「もう一つの生」として具体化できるかどうかが間われている。

[注]
(1) 牧田徹雄「日本人の戦争と平和観・その持続と風化」(NHK放送文化研究所『放送研究と調査』二〇〇〇年九  月号)に紹介された調査結果を参照。
(2) 窪塚洋介の希望によって映画化されたヒキタクニオ凶気の桜』(新潮社、二〇〇〇年)は、「ネオートージョー」という極小「ナショナリスト」結社の若者を描くというスタイル(ネタ)で、「純粋な暴力」に自己を曝す快感の存在をみせかける。「ナショナル」な装いに生臭い欲望(企業社会―消費社会秩序の)への浄化力をもたせているのがポイントだ。
(3) 九〇年代におけるナショナルな統合要求の展開過程とその政治的機能については、渡辺治『日本の大国化とネオ・ナショナリズムの形成』(桜井書店、二〇〇一年)参照。
(4) たとえば、小渕内閣時の「21世紀日本の構想懇談会」による報告(『日本のフロンティアは日本の中にある』講談社、二〇〇〇年)はその典型である。
(5) 「証言の時代」の意味、とりわけ日本国家の戦争責任問題と不可分にかかわる東アジアにおける「証言の時代」の意味については、徐京植高橋哲哉『断絶の世紀 証言の時代』(岩波書店、二〇〇〇年)を参照。
(6) 天皇ぬきナショナリズムが支配層のナショナリズムに組みこまれることは、天皇制なき国民主義が体制外のリベラル左派として成立した五〇年代日本の思想配置が通用しなくなることを意味する。渡辺治前掲書、一八六頁以下参照。この点の確認は、加藤典洋氏の戦後認識や小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社、二〇〇二年)の描く国民主義像が前提にしている九〇年代認識を検討するうえでも重要であろう。なお、天皇ぬきナショナリズムの存在を同様に確認している例として、大塚英志『少女たちの「かわいい」天皇』(角川文庫、二〇〇三年)参照。
(7) 「帝国主義的」というのは、「ナショナルな統合」によって、グローバル世界秩序内で支配的地位を占められる国家に帰属する支配国民としての陶冶、支配され従属する他者にたいする優越性の確証がめざされるからである。
(9) 『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ、二〇〇二年)。以下、同書の引用はページ数のみを示す。
(10) イギリスにおける具体的な展開事例の検討として、たとえば、Anne Bloomfield, 'Drill and dance as symbol of imperialism,' in J. A. Mangan(ed), Making Imperial Mentalities, Manchester Univ. Press, 1990などがある。なお、興味深いことに、二〇世紀国家のナショナルな儀礼が組織される過程で、明治の日本国家はイギリスでは「先進」とみなされていた。
(11) YOSAKOIソーランの組織戦略については、坪井明善・長谷川岳YOSAKOIツーラン祭り』(岩波アクティブ新書、二〇〇二年)参照。
(12) 香山氏が「ぷちナショナリズム」を解毒するモチーフに小川彌生きみはペット』(講談社、コミックスキス、二〇〇〇年上を挙げているのは、自己中心性の解体という観点から興味深い。ただし、自己中心性のカウンターパートには社会的無力性が存在しており、後者もまたナショナルな統合の強力な社会的基盤をなしているから、逸脱-脱力はナショナリズムを自動的に無力化するわけではない。
(13) 荷宮和子『若者はなぜ怒らなくなったのか』(中公新書ラクレ、二〇〇三年)が怒りを向ける、「決まっちやったことはしようがない」と、はなから諦め、怒ることのできない若者像は、絶対的自己肯定のこうした反転像である。
(14) このように偏狭とみなされる政治文化は、しばしば、日教組や「左翼」が牛耳ってきた「戦後民主主義」として概括される。「自然な感情」を抑圧する「左翼政治」という図式内で「感情の居場所」を探る様相は、たとえば、上野陽子氏による「史の会」の観察によく伺えよう(小熊英二・野陽子『〈癒し〉のナショナリズム慶應義塾大学出版会、二〇〇三年)。後述する「お茶の間路線」の延長線上にあり、その行き着いた形態と言える近年のワイドショーには、徹底的に通俗化された「政治への嘲笑」が満載されている。それはいまや転倒したかたちでの、偏狭な政治文化だとさえ言えよう。
(15) たとえば、『戦艦大和の最期』の著者として知られる吉田満の主張はその一例である。自らを戦中派世代と規定し、「絶えず死の危険に身をさらしながら、世代としての生き甲斐を賭けて、日本の目指すべき方向を暗示すること」にこの世代の使命がある(「死者の身代わりの世代」『戦中派の死生観』文藝春秋、一九八〇年、一二二頁)と述べた吉田にとって、戦後日本の平和は、「死を睹した戦争体験」が礎となるような関係で成り立つ平和でなければならない。そういう平和の確立は、ただたんに個人が戦争憎悪・戦争否定の情熱をもつというだけでは実現できない。「平和は平和そのものの原理によって、つらぬかれていなければなら」ず、同時に、そうした平和主義の本質ゆえに戦争の暴力にたいして受身にならざるをえない平和運動が「受身から攻勢にかわる転機を見出す」ためには、国家意思を導くだけの強さを個人と世論がもちうること、つまり個の意思を公の立場に上昇させる政治回路が必要だ、というのである(「一兵士の責任」同前、一六五頁)。
(16) この「本質的転回」を「外在的批判」から切り離して「内在的」にのみ遂行すべきだという議論には、「内在性」「主体性」の自律幻想とでもいえる了解方法が存在している。たとえば、小路田泰直編『戦後的知と「私利私欲」――加藤典洋的問いをめぐって』(柏書房、二〇〇一年)におけるこの種の議論と、同書に付された山本登志哉氏のコメントを参照。
(17) 和田進『戦後日本の平和意識』(青木書店。一九九七年) 一一八頁以下参照。
(18) 戦争体験にたいする視点のずらしには、「人間主義」化とは対照的な技術主義化も存在した。高度成長期前半に隆盛をみた、少年マンガ誌の戦記物、兵器記事などはその一例である。
(19) 映画「二等兵物語」シリーズの「アチャラカ」の意味については、中村秀之、「〈二等兵〉を表象する――高度成長期初期のポピュラー文化における戦争と戦後」(小森陽一他編『近代日本の文化史9 冷戦体制と資本の文化』岩波書店、二〇〇二年)参照。
(20) 田原茂行『テレビの内側で』草思社、一九九五年、一五〇頁。
(21) 「お茶の路線」については、さしめたり、同前書、二七頁、参照。
(22) 東京ニュース通信社『テレビ50年 in TVガイド』二〇〇〇年、六七頁。
(23) 「アジアの曙」や「夕日と拳銃」などの企画が予定されていた青年路線については、田原、前掲書、一五〇頁参照。なお、この文脈での「陽の当たる坂道」(一九六五年)をめぐる対立について、萩本晴彦・村木良彦・今野勉『お前はただの現在にすぎない』(田畑書店、一九六九年)一九頁、参照。
(24) 詳述できないが、国家に回収されない「個」の立場を血肉化させる方向での反戦・平和主義の深化はありうる。ただ、脱国家の立場を自らの振る舞いに身体化する以外に国民化の影響力を排除できないという思想は、強力な個人的信念をもつ「対抗エリート」だけを平和主義のにない手に想定しかねない。また、思想の「身体化」(人間主義に血肉を与える仕方)が、身体性の次元に孕まれた「共同的なもの」を通路にして、「個」の振る舞いを「ナショナルなもの」に開いてゆく可能性にも注意すべきだろう。「わたしの決断」によってのみ自由にできる「身体」からの出発は、国家に身を捧げる快感の発見に接続しうる。たとえば、個人の生命を賭す決意を倫理の基礎にすえ、この覚悟を「公」への献身につなげようとする、山口意友『正義を疑え!』(ちくま新書、二〇〇二年)はその一例である。
(25) この点の委曲を尽くした指摘は、周知のように、「従軍慰安婦」問題のとらえ方にそくして、徐京植氏が行っている。
(26) 国民化に抗う外在性の契機として「客分」観念を提起された牧原憲夫氏の議論(『客分と国民のあいだ――近代民衆の政治意識』吉川弘文館、一九九八年)に触れるなら、脱国民的な意識の獲得というかたちで国民化が作動する結果、「客分」意識の次元全体が転回することをみておくべきであろう。
(27) 小坂井敏晶『民族という虚構』(東京大学出版会、二〇〇二年)参照。
(28) Tim Edensor, National Identity Popular Culture and Everyday Life, Berg, 2002, p. 12参照。
(29) 同前書、九二頁以下。ハビトゥス論を念頭においたこの種の議論は、国民化の現代的形態をあきらかにするうえで、さらにつめた検討が必要である。
(30) 国民統合の観点からの国民体育大会の検討として、さしめたり、権學俊「スポーツにおける天皇杯の政治性と国民統合-国民体育大会を中心として」(社会文化学会『社会文化研究』第6号、二〇〇三年)参照。
(31) この興味深いエピソードは、森川喜一郎『趣都の誕生』(幻冬社、二〇〇三年)による。一二三頁以下。
(32) 無規定なマスではなく、すでに述べた意味での国民化作用をつうじて国民意識を解除された、という意味でかりにこう呼んでおく。なお、国民国家にあって「国民に一元化されない裂け目」の呼び方について、牧原憲夫編『〈私〉にとっての国民国家論』(日本経済評論社、二〇〇三年)の討論(「個・民衆・国民」)を参照。「国民に一元化されない裂け目」とは、大門正克氏の発言である(一四六頁)。
(33) 『ムー』二〇〇三年七月号の巻頭総力特集として、「天皇家〈神国結界〉の復活 滅びゆく日本を救うヤマトヒメの秘儀」なる記事が、二〇数頁にわたり掲載された。明治期の近代化以降、「霊的国防」を見失い、敗戦時から「キリシタン結界」を張り巡らされ、「完全にアメリカの”属国”に成り下がった」日本に、「神器と天皇を中心にした実効ある結界」を張り直せ、というもの。このような話はもちろん、だれも歯牙にもかけぬ荒唐無稽さだが、バーチャル・ナショナリズムが作動する圏域には、もろもろのそうしたサブカルチャーを包括できる幅の広さがある。「まじめ」なナショナリズムをこうしたネタ文化から区別する溝はきわめて浅い。
(34) 跛行とは、消費文化の先端を生きることと企業社会秩序の「下層」を生きることとのギャップ。このギャップに由来する分裂や乖離を個人の側に押しつけ、社会が青年層を二重人格的に扱うことなどを指している。
(35) 青少年の社会的縁辺化が九〇年代後半以降激化してきた基礎には、いうまでもなく、職業的社会化の困難がある。拙稿「日本的雇用の転換と若年層の就業行動・ライフコース変容」(女性労働問題研究会編『女性労働研究43号 サスティナブルな働き方』青木書店、二〇〇三年所収)および、「非正規・不安定就業とともに生きる――雇用流動化と若年層の意識」(日本科学者会議編『日本の科学者』Vol.38、No.6、水曜社、二〇〇三年)を参照。
(36) 拙稿「家族の中の「個」と共同」(日本科学者会議編『日本の科学者』Vol.37、No.4、水曜社、二〇〇二年)参照。
(37) 「社会的排除」は、フレア労働党(ニュー・レイバー)政策思想のキー観念であるが、ここでは排除の性格についても、この性格理解と不可分な政策的含意についても異なるとらえ方をしている。
(38) 拙稿「新自由主義国家体制への転換と暴力の水位」(『ポリティーク4号 新自由主義国家とネオ・ナショナリズム』(旬報社、二〇〇二年、所収)参照。なお、無力性の観念とかかわって、「所有」観念(無所有、非所有)の検討が必要であろう。
(39) 「思い入れる」という「信」の形式について、拙稿「信じずにはいられない――信」の解体再論」(日本生活指導学会『生活指導研究』No.17、エイデル研究所、二〇〇〇年)を参照。
(40) 香山、前掲書九一頁以下。境界例とされる「分裂」や、新たに注目されるようになった「解離」という心理的カニズムをただちに社会的根拠と関連づけて説明することは短絡にすぎるかもしれない。が、香山氏や荷宮氏が表明している危惧の念は、これらを個人の個別事例にかぎってとらえるだけでは足りないという、おそらく共通の認識に根ざしており、筆者もそう考えている。
(41) この点とかかわって、「やおい文化」が孕む一つの意味を、タナトスへの意志という文脈で論じている、中島梓タナトスの子供たち』(筑摩書房、一九九八年)の視点はきわめて興味深い。

引用者コメント:前に、「現在極右ナショナリズムは、ゾンビになりたいようだ」という意味のことをいったことがある。これはたとえでもなんでもない。そのまんまの言い方しか私はしていない。