『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部(記事の整理中)

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

オウム真理教の『戦争』――万人の万人に対する戦争・虚構と現実の関係のゆがみ・優生思想(簡易版)

この記事はほんとうはきのう書こうと思っていたが、いそがしかったため、書きおえることができなかった。まずは、(いるかどうかはわからないが)読者のみなさまに、そのことを申し上げておく。

さて、そろそろ元号が変わるという。そのことについて、天皇制の擁護と批判についての文章があちこちでみられるようになった。
しかし、天皇制(のみ)を焦点としてしまうと、見逃してしまう問題圏があると私個人は考える。
天皇制と同じぐらい、もしかしたらそれ以上に危険なものが出現しようとしているのではないか、と。
17世紀、近代のはじまりに書かれ、その深刻さはともかく言葉だけは知られてきた有名な命題、”あれ”が復活していて、現代人が十分に気がついていない(ふりをしている?)のではないか、という非常に強い不安を私はずっともっていた。

はっきりといってしまおう。「万人の万人に対する闘争(such a war as is of every man against every man)(※1)」、の”復活”である。

私がこのことを意識するようになったのは、オウム真理教が1995年3月~5月におこした一連の事件が「内乱」「戦争」とみなすことも可能である、という事実からである。
よく、近代天皇制軍隊や1960年代の過激派左翼にたとえられるオウム真理教だが、この解釈には一つの問題がある。オウム真理教の事件は、「日本人」が「日本人」にたいして「戦争」をおこしたのである(※2)。ここで、オウムの「戦争」がいかにザツなものであったか、をあげつらったとしても問題は解決しない。問題は、なぜだかわからないが「戦争」をおこしてしまえた、という厳然たる事実である。24年前のいまごろ、首都中心部は「戦争」状態だった。ここを外してはいけない。しかし、この点はここで詳しく論じつくせるものではないので、別の論点を2点だけあげる。
私が関連資料を読んでいて不思議に思う点の一つは、幹部信者たちが麻原(松本)の脱出工作そのほかを検討した形跡がほとんどないことである。4月25日~26日あたり、このように決めた、と中川智正はこう証言している。

「出来ることからやろうという話になった」(※3)

たぶん多くの人たちはこの雑さを笑い飛ばす(あとで恐怖するかどうかはともかく)だろうが、私はこの部分を読んだとき、非常に気味の悪いものを感じた。少なくともこれは、「空気による支配」とか「忖度」とかでは説明しにくい。それでは「教祖の脱出計画」を考えていないことを説明できないからである。ここでは詳しく論じないが、「虚構と現実の関係のゆがみ」があらわれているのではないか、と私は判断している。宗教にせよ政治思想にせよ犯罪理論にせよ、それは必然的に認知体系になる。虚構が虚構だと判断できるのは、それが現実とのズレの検証によってのみである。
オウム真理教の教義が奇妙なのは、外側の”現実”、社会一般に(暴力的に)介入すること自体にほとんど抵抗がみられないことである。「それはカリスマ支配だからだ」というのは不十分である。だったらなぜ、ほかの「サギ宗教」が「サギ」か、せいぜい「脅迫」どまりで、それ以上の犯罪をせずにすんでいるのかが説明しきれない。

最後に、オウム真理教には、ある種の優生思想があったことを指摘しておかないといけない。オウムが宗教体験という「体験」を重視したことは、有名である。また、麻原(松本)自身に、ヨーガ指導者として一定の能力があったことはほぼまちがいなく(※4)、これがオウムの求心力の一つだったこともまちがいない。きわめて問題なのは、それがあっさりと世界破壊を肯定するほどの優生思想につながっていっていることである。「普通の人も優生思想をもっている」という一般論的解釈は、あまり意味がないように私には思える。ここでは詳しく論じないが、そうではなくて、「人体改造」という考え方が、優生思想を近づけているのではないか、とみたほうがいい。

以上、論点をあげるだけにしておいた。最後に断っておくが、私は天皇制批判が必要ない、などとはまったく主張していない、ということだ。むしろ、天皇制(とよばれるなにかしが)と近代の問題点(特に優生思想)をリンクさせて考えないといけないのではないか、という問題意識をわたしはもっている。
この点、なぜ、天皇制と(ナチズムを極点とする)西洋近代の優生思想を区分してしまう、丸山真男にはじまる論者の論理構成を私は根本的に疑っている。


※1:これは英語で書かれた『リヴァイアサン』(1651年)にある文章。プロジェクトグーテンベルク登録のテキストでは「such a warre, as is of every man, against every man」、ラテン語では「bellum omnium contra omnes」
http://www.gutenberg.org/files/3207/3207-h/3207-h.htm
※2:この点、かなり性格がちがうが、朝鮮戦争を思い出させるものがある。
※3:http://aum.hatenadiary.jp/entry/2015/04/19/183708 による。以下、長めに引用。
※4:http://aum.hatenadiary.jp/entry/2015/04/22/213706 などによる。