『梶村秀樹著作集』完全復刊をめざす会・第6支部

名は体をあらわす。伝説の歴史家・梶村秀樹先生(1935年~1989年)の著作集の完全復刊をめざす会です。

「オウム真理教という鏡――消費社会の転換と宗教動員」(中西新太郎、雑誌「前夜」第1期第7号、2006年)

オウム真理教という鏡――消費社会の転換と宗教動員

 一 封印されるオウムの記憶

 一九九五年当時日本社会を震撼させたオウム真理教事件もいまでは、特異なカルト集団の引き起こした特異な事件として記憶されているにすぎない。しかもその特異性は、政治と宗教との鋭い緊張関係に本質的にかかわることがらとしてよりは、(略)別言すればそれは、宗教的形態をとる諸理念、信念及びそれらにもとづく活動が「原理主義」化するポテンシャルを持つことへの社会的な忌避であり封印だったと言えよう。
(略)宗教と政治とのかかわりを規律してきた政教分離という近代の制度原理を全く無視したカルト集団の暴発にすぎなかったのか? 以下では、これらの疑問について検討してみよう。

 二 超人修行と終末観の結合

 オウム真理教事件は八〇年代末を頂点とする日本社会の「金ぴか時代」が、今日言われる格差社会へと変化する歴史的転換点に位置しており、この転換を象徴する。オウム真理教指導部が坂本弁護士一家殺害など批判者の抹殺とサリン製造につらなる犯罪行動に奔走する時期は、絶頂に達したバブル経済が崩壊に向かう過程と一致している。(略)
 麻原彰晃が終末論への関心を当初から持っていたとはいえ、ヨガ教室に始まりチベット仏教を下敷きとした教義によって個の不安救済(修行による超人化)を標榜したオウム真理教の来歴と、通俗化されたキリスト教的終末観とは異質である。にもかかわらず、〈信〉の構造として、消費社会下での「自分さがし」に応える位相と、世界(社会)の破滅から逃れ安心をえる位相との二層が平行しかつつなぎ合わされる。その強引な接合を象徴したのが「ポア」という観念であろう。(略)だが、前述した二層の接合は、個の「解脱」を、政治的意味を帯びた社会行動へと、きわめて粗雑な仕方で結びつける。街の風変わりな「ヨガ道場」が社会に刃向かう陰謀のアジトへ変身する、というわけである。

 三 消費社会における〈信〉の構造
 それでは、『トワイライトゾーン』『ムー』などのオカルト雑誌に小さな宣伝を出していた「ヨガ道場」時代のオウムは政治的世界とは無縁だったのだろうか。この点を検討するためにはいわゆる新々宗教の性格についてみておかねばならない。(略)
たとえば、新々宗教よりも以前の新宗教に属する霊友会の「インナートリップ」が後には「自分さがし」と呼ばれる若者たちの心理をつかもうとしていたことなどはその一例である。新々宗教は、いわばこの新たな宗教基盤を「資源」として発展する。すなわち、消費社会における〈信〉の再組織を試みようとしていたのである。
 ところで、「自分さがし」の要求に答える宗教活動が「豊かな社会」にあって満たされぬ思い、不安を解消する営為とだけ考えられるならば、それは徹底して非政治的だと誤認されてしまう。(略)「特有」とは、「自分さがし」のリアリティと真摯とが外的世界の介入に対する排除、現実(他者)の抹消を不思議とは思わずむしろ当然のように感じる転倒した心理機制(※4)を指している。(略)

四 社会破壊の夢想はいかに正当化されたか

(略)
 現実の政治的世界とは縁もゆかりもない空想の世界で、しかし、社会の政治的改変ないし破壊を〈信〉の力を借りて実現しようとする願望は、このように、七〇年代からずっと存在してきた。その事実は、終末観が持つ社会批判的機能の内でもとりわけて破壊的(暴力的)性格を肥大化させた空想が社会文化の下位層をなす青少年サブカルチャーに埋めこまれていたことを意味する。この状況はまた、特異といってよいほど自閉的で脱政治的な社会文化を生んだ日本の消費社会化には抑圧的現実からの離脱・解放願望を偏頗なかたちで「政治化」させる機序が存在していた、ということも示唆している。ここでは詳述できないが、自分さがしを余儀なくさせる日常をある種の戦争状態として表象させ、自分さがしを観念上で戦闘行為としてイメージさせるような文化的回路が、ここでいう政治化機序のたとえば一例(※5)である。
(略)

五 新たな国家統合と〈信〉の動員
 オウム真理教事件が示したのは、しかし、観念の上での自分さがしと終末観的社会破壊心情の接合にはとどまらない。そうした接合に支えられ、宗教教団が現実の暴力行動を「結実」させえたことにこそ特異性がある。
(略)
 この点について、事件当時しばしば強調されたのは、麻原教祖の「妄想」を現実化させてしまうようなカリスマ支配、狂信への歯止めを持たない教団組織の権力構造や権威主義であり、それはまた、戦前日本の軍隊秩序や七〇年代の連合赤軍組織などと比肩された。しかし、この類比は適切さを欠くと筆者は考えている。教団組織の権力構造にしても、「鉄の秩序」とはかけ離れた実態(※6)を考慮すれば、伝統的な秩序観にそってカリスマ支配が貫徹していたとは言い難い。言ってみれば、あちこちでいい加減な「やわな」組織とみえたのに、毒ガス撒布までも実行してしまう組織であるところにオウムの特異性があった。そこで、この特異性を「ワーク」の一体性という視点からここではとらえてみたい。(略)強引な資金稼ぎであれ、「政治的」(暴力的)性格を帯びた行為であれ、〈信〉にもとづく動員としての「ワーク」に一括され編成されてあること、そうあることで、その度合いは一律でないにせよ社会破壊に連なる行為を心理的に容認させること――これらのメカニズムが個々の修行を越え信者たちの動員を可能にしたように推測できる。オウム組織は未熟で粗雑ではありながら、企業組織と共通するトップダウン型の強い権力構造をそなえており、(略)オウム教団がすぐれた組織集団であったからではなく、〈信〉にもとづく動員を宗教団体の既存の限界を乗り越えて実行できるカルト団体であったからこそ、そうしたメカニズムを持ちえたのである。
 オウム真理教事件がかいま見せた宗教と政治との今日的かかわりを国家統合の再編という観点からみるとき、より一層重要な問題がいま出現している。すなわち、〈信〉にもとづく動員の暴力的機能が、国家統合にとって有効で有力な手段として、宗教団体ではなく国家権力によって振るわれるという問題である。君が代日の丸の強要、「心の教育」の強要にみられるように、現代日本の国家統合は、秩序を受容(受忍)させる様式の点で、きわめて暴力的な性格を帯び始めている。「自発的」にそうさせる動員のイデオロギーは、国民保護法のようなあからさまな例のみならず、健康増進法や次世代育成支援対策法といった、一見それとわかりにくい制度分野にも及んで、国民の義務を無条件の要請として受け入れさせようとしている。種々の国家政策が、強い内面統制を組みこんだ再国民化と言うべき強制・動員イデオロギーに貫かれる状況は、あたかも国家による〈信〉の組織化という様相を呈しているかのようである。そうなる根拠についてここでは触れえないが、政策及び国家自体のいわばカルト化が進行していると言ってよい。天蓋宗教を戴く宗教国家という意味ではなくとも、戦前型秩序への回帰とは異なるかたちで「市民社会」に暴力的に介入する「宗教国家」、Jナショナリズムとも結びつく「カルト政治」の回路が開かれようとしている。したがっていま、オウム真理教事件の教訓を真に汲みとるためには、現代日本の国家統合にひそむ宗教的相貌、〈信〉の動員機制を徹底してあきらかにすることが不可欠なのである。

 註
*1 「オウム真理教に近づいてきた若者たちは、おそらくこういった混沌としたおもちや箱のような宗教世界に魅力を感じたのであろう。そこには、ある教えだけを絶対とする宗教にみられるようなきびしさも排他性もない」(島田裕己「オウム真理教というおもちゃ箱」「いま宗教に何か起こっているのか」講談社、一九九一年所収)といった評価が典型である。
*2 天蓋宗教のような体系性をもつ教義のみを教義とみなす立場はここではとっていない。仏教の教説もキリスト教等のそれも混在させたコラージュ型の教義は新々宗教では珍しくない。
*3 藤田庄一(『オウム真理教事件朝日新聞社、一九九五年)によれば麻原による終末論の体系化は八九年とされる。
*4 この心理機制については、拙稿「よい子の幸福論の破綻」(『若者たちに何が起こっているのか』花伝社、二〇〇四年)でややくわしく触れた。
*5 七〇年代以降の青少年文化における戦争表象の歴史をこの点から跡づけることが可能であり、九〇年代における「戦闘美少女」の「戦争参加」についてもこの文脈から検討するべきである。
*6 そのことがオウム教団の参与観察者に無害で無邪気な団体と判断させる根拠にもなった。

強調は引用者。

かずおおくのオウム論の中でも、かなり変わり種で、しかし重要な点をつかんでいる論文である。未解決の論点をしめしているのが信用がおける。
オウム事件の奇妙な点の一つは、ファシズムときわめて親和的(理論的にはどうしてもそうなるはず)ながら、教祖と幹部信者が、事件の目的と憎悪のむける先をきちん共有できていないふしがみられる点である。
たとえば、1995年3月18日夜8時の時点で、新實智光は地下鉄サリン事件の”準備場面”について、「麻原彰晃松本智津夫)からも井上嘉浩からも、(この時点まで)目的を示されなかった。林泰男は監視のためにきていると思っていたそうだが、後でそういわれてびっくりした。おおまかな計画すら知らなかった。犯行については、同行者とうちあわせればいいと思った(降幡「オウム法廷」12巻P235~245。2001年9月26日、新實第96回公判にて)」という、驚くべき証言をしている。これは一例だが、この奇妙さが、ファシズムの理論からあまくだりしきに解説するときのネックになっている。ファシズムの理論ならば、いかなる奇怪な理由であれ、”憎悪のむける先”自体ははっきりしているはずだからだ。私の分析では、「狂信」とともに「解離」がどうしてもはずせない点になる。
さてここで、上の論文における「宗教」を「文化」とおきかえてみよう。たとえば、民俗学精神分析学などで宗教的熱情との共通点がしてきされている、「アイドル活動」「芸人活動」などとおきかえてみること。もう一点、文化のカルト化、といって強すぎるならば、「つかいすてのカリスマ」の増殖について。この問題圏において、「家族」の問題の重要性は指摘されているが、「健康」の問題は同じぐらい重要だと判断してよい。オウムは医療犯罪、というより、心身問題犯罪という面がぬきがたいのだから。