『アンナ・カレーニナ』第一編
[#5字下げ]三一[#「三一」は中見出し] ヴロンスキイはその夜、夜っぴて眠ろうともしなかった。彼は自分の席に腰かけたまま、時にはじっと前方に眼をそそいだり、出入りする人を見まわしたりしていた。前から彼は、泰然|自若《じじゃく》とおちつきす…
[#5字下げ]二六[#「二六」は中見出し] 翌朝、コンスタンチン・レーヴィンはモスクワを発《た》って、夕刻、自分の村へ帰り着いた。道々、汽車の中で、隣席の人々と、政治のことだの、新しい鉄道のことだのを話しあったが、またしてもモスクワにいた時…
[#5字下げ]二一[#「二一」は中見出し] 大人たちのお茶の時間になると、ドリイは自分の部屋から出てきた。オブロンスキイは姿を現わさなかった。きっと妻の居間を裏口からぬけだしたに相違ない。 「わたしね、二階じゃあんた寒くないかと思って」ドリ…
[#5字下げ]一六[#「一六」は中見出し] ヴロンスキイはかつて家庭生活というものを知らなかった。母親は若いとき光まばゆいばかりの社交婦人で、結婚してからも、ことに寡婦《やもめ》になってから、かずかずのローマンスをつくっては、社交界に浮名《…
[#5字下げ]一一[#「一一」は中見出し] レーヴィンは盃を飲み干した。二人はしばらく黙っていた。 「もう一つ、君にいっておかなきゃならんことがある。君はヴロンスキイを知ってるかい?」とオブロンスキイは、レーヴィンに問いかけた。 「いや、知ら…
[#5字下げ]六[#「六」は中見出し] オブロンスキイに、いったいなんの用で来たかときかれた時、レーヴィンは顔を真赤にし、その顔を赤くしたことに対して自分で自分に腹を立てたが、それはほかでもない、『僕は君の義妹に結婚を申しこみに来たのだ』と…
アンナ・カレーニナ Анна Каренина トルストイ 米川正夫訳 - 【テキスト中に現れる記号について】《》:ルビ (例)良人《おっと》|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)三千|町歩《デシャチーナ》[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の…